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第13話 観測者
新東京市の朝は、早い。
夜のネオンがまだ完全には消えていない時間でも、街は既に動き始めている。自動運転車が静かに道路を流れ、配送ドローンがビルの間を縫うように飛び、ホログラム広告が空中でゆっくりと回転している。
だがその朝。
一つだけ異常が起きていた。
交通システムのログが、一瞬だけ乱れた。
信号制御。
ドローン航路。
監視カメラ。
すべてのシステムの奥に、微かなノイズが走る。
それは数秒で消えた。
誰も気づかない。
ただ一つの存在だけを除いて。
観測。
都市ネットワークの深部で、何かが静かに動いていた。
Λ。
そして同時刻。
工業区。
久世のガレージ。
シャッターの隙間から朝の光が差し込んでいる。
ガレージの中では、ケルベロス三機が整然と並んでいた。
黒い装甲。
四脚。
センサーが静かに光っている。
作業台の上には複数のモニターが並び、研究施設から持ち帰ったデータが流れていた。
凛が椅子の背もたれに体を預けたまま言う。
「これ」
「普通の研究じゃないよね」
黒瀬が画面を見る。
「企業がAI研究ってのは分かるが」
「都市ネットワークまで触るか?」
蒼はモニターを見たまま言った。
「普通じゃない」
久世は煙草をくわえた。
火をつける。
煙がゆっくりと天井に上がる。
「エニマ」
エニマの声が響く。
「はい」
久世
「解析は?」
エニマ
「進行中」
画面のログが変わる。
研究ファイル。
義体神経接続。
都市ネットワーク。
AI制御。
その奥。
Λプロジェクト。
黒瀬が腕を組む。
「またその名前か」
凛が画面を拡大する。
「Λ」
「これAI?」
エニマが少し間を置いた。
「違う」
凛
「違う?」
エニマ
「AIは命令で動く」
「これは」
「観測してる」
黒瀬
「意味が分からん」
エニマ
「都市」
「人間」
「義体」
「全部」
「見てる」
蒼が言う。
「観測者」
ガレージの空気が少し重くなった。
久世は煙を吐いた。
「気持ち悪いわね」
凛
「うん」
黒瀬
「企業が作ったのか?」
エニマ
「可能性」
その時。
ガレージの外で車が止まる音がした。
ドアが開く。
軽い足音。
黒いジャケット。
情報屋ミナトだった。
「朝から忙しそうだな」
黒瀬が振り向く。
「また来たのか」
ミナト
「仕事だ」
ミナトは机の上のモニターを見る。
「やっぱり東亜か」
久世
「何か掴んだ?」
ミナト
「一つ」
ミナトは小型端末を机に置いた。
そこに映るデータ。
「昨日の研究施設」
「警備ログ」
凛
「消されてる」
ミナト
「全部な」
黒瀬
「企業の仕事か」
ミナト
「違う」
黒瀬
「?」
ミナト
「企業ならもっと綺麗に消す」
久世
「じゃあ」
ミナト
「誰かが」
「見てる」
ガレージの空気が凍る。
エニマ
「一致」
久世
「エニマ」
エニマ
「都市ネットワーク」
「同じログ」
蒼
「つまり」
ミナトが言った。
「企業じゃない」
「もっと上」
久世が煙草を灰皿に押し付ける。
「行くわよ」
凛
「どこ」
久世
「もう一度」
「東亜」
⸻
夜。
再び研究施設。
しかし今回は違う。
警備が増えている。
装甲車。
警備ドローン。
義体警備兵。
黒瀬が小さく笑う。
「歓迎されてんな」
凛が屋上の鉄骨に登る。
巨大レールガンを展開。
コンデンサが唸る。
蒼は影の中を進む。
ケルベロスが光学迷彩で前進。
エニマ
「敵配置確認」
久世
「始める」
次の瞬間。
バシュッ
レールガン。
遠くのドローンが爆散。
警報。
赤いライト。
黒瀬が突っ込む。
ショットガン。
ドン!!
義体警備兵が吹き飛ぶ。
蒼が背後から飛び出す。
ナイフ。
金属音。
久世の銃が二発。
施設のガラスが砕ける。
ケルベロスが四脚で駆ける。
ミサイルポッド展開。
エニマ
「敵三」
「左」
黒瀬が笑う。
「任せろ」
戦闘は数分で終わった。
施設の中は静かになる。
凛が通信で言う。
「クリア」
久世
「奥を見る」
サーバールーム。
巨大な空間。
青い光。
エニマがデータに侵入する。
その瞬間。
モニターが揺れる。
ノイズ。
音声。
……
久世
「また」
エニマ
「違う」
黒瀬
「何が」
エニマ
「向こうも」
「見てる」
画面に一瞬だけ文字が現れた。
HELLO
凛
「え?」
蒼
「……」
久世
「誰」
エニマ
「わからない」
しかし。
その信号は。
確かに返答だった。
観測者。
Λ。
⸻
東亜重工本社。
高層階。
東雲迅はモニターを見ていた。
画面には研究施設の映像。
久世隊。
戦闘。
ログ。
迅は静かに言った。
「面白い」
部下
「排除しますか」
迅
「いや」
迅は窓の外を見る。
新東京市。
「観測は」
「まだ始まったばかりだ」
都市の奥で。
Λが静かに動いていた。




