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臨界レコード― Dead Men Tell No Tales  作者: 優未緋


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第1話 事故として成立する夜


深夜のニュースは、淡々としていた。


『本日未明、首都圏再開発区画にて爆発事故が発生しました。警察は、設備の複合的な不具合によるものと見ており、現時点で事件性は低いとしています』


この国は、少しだけ未来へ進んだ。

人工知能は生活の隅々に溶け、行政も交通も医療も、最適化という名の補助に慣れてしまった。人間とAIは共存している――という建前で、社会は回っている。


犯罪は減った。

正確には、表に出にくくなった。


記録される世界では、罪よりも説明が先に立つ。

暴力は衝動ではなく設計になる。殺意は刃物ではなく環境に隠れる。

落下。誤作動。熱暴走。設備トラブル。

原因はいつだって「複合的要因」だ。


誰かが意図したかどうかは、重要じゃない。

重要なのは――それが“事故として成立するかどうか”。


だから、名のない仕事が生まれた。

責任を整え、記録を揃え、矛先を消す。

誰も正式には口にしないが、関係者の間ではそう呼ばれている。


――後処理屋。


ニュースは続く。


『なお、現場周辺の監視システムの一部に一時的な障害が確認されていますが、因果関係は不明とされています』


因果関係は不明。

便利な言葉だ、と玲は思う。


玲――久世玲は、端末を閉じた。

暗い車内に、街の光が流れていく。再開発区画はガラスと鉄骨の塊で、夜は人の気配が薄い。完成前の街は、いつだって事故に向いている。


「……着いた」


運転席から目を逸らさずに、男が言った。

情報屋のミナトだ。彼は玲を見ない。彼女も彼を見ない。必要な言葉だけが落ちる。


「相手は?」


「警備会社。表向きは区画の治安維持。裏は……まあ、いつものだ。企業私兵が出てる。あと、変なのが一体」


「変なの?」


「人間だった形跡がある、ってやつ」


玲は笑わなかった。

二丁の拳銃を確かめる。金属の冷たさが好きだ。引き金を引く前の静けさが好きだ。撃てば世界が単純になる。その瞬間が、好きだ。


左目の奥で、小さな声が弾んだ。


「ねえ隊長。もう始まってるよ」


エニマ。

神代が作った人工知能。敬語はない。子どもみたいに喋る。なのにやることは、えげつない。


「見えてる」


「うん。監視網、今はまだ起きてる。起こしっぱなしだと、すぐ騒ぐよ」


「起こさなくていい。寝かせとけ」


「了解。……あ、でもね。今日は派手になりそう」


玲はドアを開けた。夜の空気が冷たい。再開発区画の奥――仮囲いの向こうで、光が揺れた。火線。銃声。爆ぜる音。


「始める」


二丁を抜く。

ためらいはない。銃は道具だ。日常だ。楽しい。


鉄骨の影から出た瞬間、弾が頬を掠めた。

玲は返さない。避ける。撃つ。右、左、右。反動は義手が吸う。生身の右腕が、逆に軽く感じる。


企業私兵は統制が取れている。動きが揃っている。装備が揃っている。だからこそ、撃ちやすい。


玲は走らない。跳ねない。叫ばない。

ただ、近づいて、撃つ。


遮蔽物の角から覗いた男の眉間に一発。

次の男の膝に一発。倒れたところへ一発。

止まる。世界が止まる。その瞬間が、心地いい。


「隊長、通信が動いた。外に呼んでる」


「呼ばせるな」


「うん。切るね」


玲が撃っている間に、エニマは別の戦場を走る。電波の中で、鍵穴を探して、こじ開けて、黙らせる。


ドローンが浮いた。ライトが玲を照らす。

玲は笑いそうになるのを堪えない。堪える必要がない。


二発。

ドローンは火花を散らして落ちた。派手だ。いい。


奥で、変な音がした。

金属が軋むような、骨が鳴るような。


「……来る」


鉄骨の間から、影が出た。

人間の形をしていた。だが歩き方が人間じゃない。義体の関節が悲鳴を上げ、皮膚の下で配線が光っている。首の後ろに、何かが刺さっている。


私兵が怯えた声を漏らした。


「やめろ、そいつは――」


影が私兵を掴んだ。

軽く、引き裂いた。

血が飛ぶ。玲は眉一つ動かさない。


「被験者か」


「うん。区画の中枢設備と、変な結び方してる。……嫌な結び方だよ」


影がこちらを向いた。

目が、人間の目じゃない。焦点が合っていない。

なのに玲を見ている。獲物として。


玲は二丁を構えた。

楽しい。撃てる。壊せる。


影が踏み込む。速い。重い。

玲は撃つ。胸。肩。関節。止まらない。

弾が肉に入る感触はある。だが止まらない。止まる理由がない。


エニマの声が、少しだけ高くなる。


「隊長。今――今撃つなら、事故にできるよ」


玲は理解する。

影の背後、天井近くに走る太いケーブル。中枢設備へ繋がる導線。

撃てば、切れる。切れれば、負荷が跳ねる。跳ねれば、爆ぜる。


事故になる。


玲は迷わない。

迷う理由がない。


二丁を重ねるように、狙いを一本に絞る。

引き金を引く。連続した銃声。

火花。断線。眩い閃光。


次の瞬間、爆発が来た。


玲は飛ばされた。背中を打つ。肺の空気が抜ける。

熱が頬を舐めた。鉄骨が落ちる音が、雨みたいに響く。


視界が戻る。

影は崩れている。動かない。

私兵も、もう動かない。動いていても、すぐ止まる。


「……できた。設備トラブル。綺麗に事故だよ」


玲は起き上がり、埃を払った。

義眼の視界に、警報が走る。外周の監視が戻り始めている。


「ログは」


「上書きした。映像は、爆発の白で潰れてる。音は……銃声、ちょっと残るけど、工事の破砕音に混ぜた」


「十分」


玲は二丁をしまった。

撃つのは楽しい。終わらせるのも、嫌いじゃない。


「ねえ隊長。こういうの、好きだよね」


「うるさい」


「えへへ。ごめん」


笑い声みたいな音。

感情じゃない。癖だ。神代の悪趣味だ。


遠くでサイレンが鳴った。遅い。ちょうどいい。

後は、事故として処理されるだけだ。


玲は、暗い通路を歩く。

夜風が再開発区画を抜けていく。ガラスの街は冷たい。



病院は、いつも同じ匂いがする。

消毒と、乾いた空気と、眠り。


玲は花を買わない。持っていかない。

言葉だけを持っていく。


個室のベッドに、男が寝ている。

石川。元部下。いまは眠ったまま、長い呼吸だけが生きている証拠だ。


玲は椅子に座り、顔を見た。


「……石川」


返事はない。

当然だ。


「……悪いな」


それだけ言って、黙る。

謝っても意味はない。けれど来ない理由にもならない。


ドアが小さく開いた。

背の高い老人が入ってくる。背筋がまだ真っ直ぐだ。公安の癖が抜けない。


相良義孝。


相良はベッドを見て、玲を見る。目に余計な感情はない。あるのは事実だけだ。


「また来ていたか」


「たまによ」


相良はそれ以上、問わない。

玲も語らない。語っても、石川には届かない。


「例の区画」


相良が言った。声が低い。


「事故になった」


玲は答える。


「そうだな」


相良は頷いた。


「……監視が一時、死んでいた。妙だ」


「複合的要因だろ」


玲が言うと、相良は口元だけで笑った。笑いではない。息の漏れだ。


「都合のいい言葉だ」


「昔からある」


相良はベッドに視線を戻した。石川の顔は動かない。眠りは深い。


「石川は、君を慕っていた」


「知ってる」


「……そうか」


相良は、それ以上言わない。

言えば、責任になる。

責任は、事故の中に埋めておくものだ。


玲は立ち上がった。

最後にもう一度、眠る男の顔を見る。


「……また来る」


返事はない。

それでいい。


廊下に出ると、左目の奥でエニマが小さく囁いた。


「隊長。今日の事故、ニュースになるね」


「もうなってる」


「うん。……ねえ、隊長」


「何だ」


「“因果関係は不明”って言葉、好き?」


玲は少しだけ口角を上げた。笑ってはいない。

ただ、気分が悪くなかった。


「嫌いじゃない」


「そっか。じゃあ、次も不明にしよ」


玲は歩き出す。

この国の夜は長い。事故はいつも足りない。


そして後処理屋は――名を持たずに、今日も仕事をする。


(第1話 了)

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