ほっとした理由
掲載日:2025/12/19
寿命が短いと知ったとき私はほっとした。
治療は可能だと医師は言った。
費用も、成功率も、平均的。
ただし条件があった。
「家族を残すこと」
この時代では個体の延命は推奨されない。
未来は『継がれるもの』だからだ。
私は同意書を受け取らなかった。
震えも後悔もなかった。
未来を諦めていい理由がようやく手に入った気がした。
街は静かだった。
子ども連れの人間だけが、やけに目につく。
彼らは皆、未来の部品を連れて歩いている。
私にはそれがない。
夜、端末が通知を吐いた。
『最終寿命予測:残り三年』
三年あれば十分だと思った。
何かを始めるには足りないが、
何かを終わらせるにはちょうどいい。
私は自分のデータを整理した。
写真。
記録。
誰にも引き継がれないログ。
家族という項目は最初から空欄だった。
それでも最後に一つだけログを残した。
理由は分からない。
『――未来を持たなかった人間がいた』
それだけでいい。
寿命が短いことに私は最後まで安堵していた。
希望を持たずに済んだから。
誰かのために生き延びなくて済んだから。
死は。
私一人のものだった。
それだけにほっとする。
ほっとしていた。




