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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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第7話 廃小屋突入

 夜の森は、雨上がりの匂いが濃い。

 湿った空気に指を入れるみたいに、ゆっくりと進む。剣帯を半歩ずらす。合図。足、腰、呼吸――3つで1つ。

 小屋まではあと数十歩。巡回の足音は3拍で重なり、4呼吸で交代している。癖は反復で見える。


「3、2――今」


 地面の目地を外して背後に回り込む。肩でバランスを奪い、口と鼻を掌で塞ぎ、足首の縫い目を一筆で折る。

 非致死。音は出さない。倒れた男を倒木の陰へ滑らせる。

 続くもう1人は、杯をテーブルに置く半拍前。床板の木目に合わせて踏み、体の軸を半寸傾ける。

 柄で顎根に軽くコト。息だけがこぼれ、灯りも揺れない。


 外周は3人。交代の気配が来る前に、最後の1人の背を取って同じ手順で落とす。

 森の音が戻る。雨水が葉先から落ちる音、遠い梟。

 俺は小屋の輪郭をゆっくりなぞった。



 廃小屋の外周には、白墨じみた薄い輪が点々と残っている。

 風と合わず、輪だけが残っているやつだ。昨日、森の小径で見た輪と同じ作法。

 粉チョークを指に付け、地面に3つ、点を置く。支点、合わせ口、逃げ線。


「3、2――1」


 柄で輪の外を撫でる。

 ピン。

 線の音。生きている。

 縁の継ぎ目を薄くなぞる。

ミシ。

 ここが合わせ口。

 柄を半寸滑らせ、留めの糸を浮かせる。

 コト。

 通電だけを落とす。枠は残す。全解除はしない。退路で逆に使うためだ。


 扉枠にも温度差がある。黒ずんだ木、乾いた白の粉、触れた指に細い砂の手触り。

 蝶番の下側だけ、湿った糊気が残っていた。そこが錨。

 錨には触れない。合わせだけ抜く。


 呼吸を3拍で整える。

 3、2――1。

 扉の合わせ目を柄で軽く撫でる。

 ミシ。

 きしみが消える角度を覚え、手首を半寸返して、静かに押す。

 扉は、音を飲み込んで開いた。



 土間は狭い。燭台が1つ、油の匂い。テーブルには牌と欠けた杯。

 床の目地がずれている板が1枚。そこをわざと踏まずに、壁の陰へ斜に滑る。

 見張りの息は浅い。椅子がきしむ半拍前に、肩を押し、足首を折って、床に静かに置く。

 掌の下で、喉が上下する。

 寝息に変わった。時間はまだある。


 奥へ続く戸口の前で立ち止まる。

 乾いた白墨の匂いが強くなる。結界。面で閉じてあるが、合わせが甘い。

 壁の柱に粉チョークで2点、支点と逃げ線を置く。

 柄で輪郭を薄く撫でる。

 ピン。

 次に合わせ目。

 ミシ。

 そこで、ほんの一呼吸だけ止め、柄を半寸入れ替え、留めだけを外す。

 コト。

 面は壊さない。合わせだけが外れ、通れる幅だけ空白が生まれた。


「通す」


 独り言は短く。

 俺は空白をくぐり、奥の部屋へ滑る。



 最奥は、雨音が遠くなった。

 檻がある。木と鉄の混ざった即席の造り。蝶番は2つ。上は乾いて軽い。下は湿りが残っている。

 糊気。誰かが慌てて打ち直し、乾き切る前に閉めたのだ。

 檻の向こう、丸まった小さな影。呼吸はある。微かに震えている。

 俺は膝をつき、囁く。


「黙ってろ。今、切る」


 返事はない。

 檻に顔を近づけず、耳と指で読む。

 縫い目、合わせ口、楔。

 柄を縦にして、合わせの溝に差す。

 少しずつ角度を変え、乾いた繊維が分離する所を探る。

 ピン。

 ミシ。

 位置はここ。

 呼吸を3拍に戻す。

 3、2――1。

 柄で糊の膜だけを剥ぐ。

 ベリ、と音が喉の奥で鳴った気がする。実際の音は、ただのコト。

 合わせが抜け、檻の隅に薄い隙間ができた。


「檻の継ぎ目、1本、外す」


 隙間から小さな手が伸びる。かすれて震える指。

 指先が、空中の何かをなぞる。

 その指が、空に点を打つみたいに止まった。

 小さな声が、そのまま空気になって落ちる。


「ここ、線」


 息が詰まる。

 俺は頷き、子どもの指が示した空間の線の端だけを撫でる。

 ピン。

 ミシ。

 そこに、確かに薄い線があった。枠の残り香。

 子どもの目は布で覆われている。けれど、線を指でなぞれた。


「すぐ出す。腕、ここに」


 細い手首を包み、隙間に誘う。肩を抜き、腰を通し、足を引く。

 体は軽い。年は8から10くらい。髪は短く、衣は薄い。

 外気が触れた瞬間、かすかに震えが強くなった。


「歩けるか」


 首が小さく動く。

 抱き上げず、背に乗せる。腕を首に回させ、膝で支える。

 包みの中の剣は、今日も未抜刀だ。使わない。使わなくていい。


「拾う。生きて、帰す」



 戻り道は、一筆書きだ。

 行きに残した枠を敵にだけ引っ掛かる向きで整え、通電を落とした箇所を自分たちの退路にする。

 土間の角の面は合わせだけ外したまま。踏み違えれば彼らが転ぶ。

 眠らせた見張りの足先を壁に向け、障害物に変える。

 扉の前で一呼吸止め、耳を澄ます。

 外周の気配は薄い。代わりに、森の奥で短笛のような通過音。


 扉に掌をかける。

 ミシ。

 開く。

 外気が湿りを載せ、肺に落ちる。

 半呼吸のあと、背後で、もう1度。

 ミシ。

 扉は2度きしんだ。


 追いつかせない。

 俺は肩の重みを確かめ、森の影へ入る。

 粉チョークの点を拾い、倒木のはぎ目を跨ぐ。

 子どもの呼吸は浅いけれど、乱れてはいない。

 俺は数える。

 3、2――1。



 外周の輪の残骸の脇を、わざと大きく踏んで目印を偽装する。

 濡れた葉の線に沿って足を置き、乾いた枝は踏まない。

 背の温度が少し下がった。

 背中越しに、小さな声。


「いたい」


「どこ」


「うしろ、すこし。だいじょうぶ。ここ、線」


 また、指が俺の肩越しに空を撫でた。

 指が止まる位置は、さっき俺が避けたはずの場所と重なる。

 線を読む目。

 この子は、見える。いや、感じられる。

 言葉は短く、歩みは早く。


「もう少しで小屋の輪から外れる。静かに、深く、呼吸して」


 子どもの指が、俺の胸の上で3回動く。

 3、2、1。

 呼吸が揃った。

 背の重みが、少しだけ楽になる。



 森縁に出る直前、木の上で枝がきしんだ。

 ミシ。

 黒い外套の裾の影が、風の中で切れた気がした。

 振り返らない。

 足、腰、呼吸。半歩。

 影は追う。だが、ここは俺の線だ。


 村の方角の灯りが、木々の間に滲む。

 子どもの腕が首にきゅっと回る。


「つかれたら、いって」


「だいじょうぶ。おにいちゃん、ふしぎ」


「どこが」


「ぜんぶ、はこんでる。あしで、てで。ことばで、いま、ここ」


 笑う余裕はない。けれど、その言葉は、少しだけ体温を戻した。

 俺は森の縁を抜け、土道に乗る。

 遠くで犬が吠え、夜番の灯りが揺れる。

 ギルドまでの導線は頭に入っている。門は遅い時間でも、報告は通る。二印で固定すれば、誰も文句を言えない。


「帰る。規定の中で」


 独り言は短く、軽い。

 背中の子は、こくりとうなずいた気がした。



 廃小屋の方角から、風が遅れてやって来た。

 湿った匂いと、油の残り香と、白墨の粉の乾き。

 扉は、たぶん、もう1度きしむ。

 1度目は、俺が出た音。

 2度目は、誰かが追ってくる音。

 足取りを半寸だけ広げる。

 3、2――1。


「終わり。次」


 村の灯りが近づく。

 俺は子どもを背に乗せ直し、石畳の目地をまたいだ。

 風が前から吹き、夜が、少しだけ軽くなった。


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