表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/42

第6話 攫われた子ども

 昼前のギルド裏手は、パンの匂いと革の匂いが混じっていた。

 薄曇り。看板の蝶番が、風で短く鳴る。


 ミシ。


 俺は剣帯を半歩ぶんずらし、列の先で待つ母親に向き直った。顔色は悪いが、言葉はしっかりしている。


「お願い。うちの子が帰ってこない。夕刻までは一緒にいたの。露店を回って、それから……匂いが変だったの。焦げた匂い。道の草が輪みたいに白くなっていて」


「消えたのは何刻ごろ」


「宵の手前。家まではあと少しなのに、路地で手を離して……」


「わかりました。順路を一緒に」


 俺は母と並び、街の通りへ出た。足、腰、呼吸。3つで1つ。焦りを外に置いて、線だけを見る。



 露店の並びは、帰り道になると逆向きの風で匂いが変わる。パン、燻製、香草。匂いの帯が交わる場所は、人が詰まりやすい。

 そこから路地へ折れる角の石畳に、靴のコバで擦れた薄い線が重なっている。急いだ足。引かれた足。2種類の線。


「ここで折れてる。ここから輪の方向に、抜かれてる」


 母は口元を押さえ、小さくうなずいた。

 俺は彼女をギルド近くの詰所に預け、軽装で戻る。粉チョーク、申請板、短いロープ。刃は抜かない。規定の中で、勝つ。


 路地を抜けて旧柵の切れ目へ。柵板の欠けは、荷車がよく擦る位置だけが丸い。そこを通って小川の石橋、畦道の折れ。

 草が踏まれてできた細い筋が、西へ向かって伸びていた。


 風が変わる。鼻に、乾いた匂い。焦げより薄い、粉の匂いだ。

 畦道の先、林の縁。道のまんなかに、乾いた白い輪がひとつ。



 立ち止まる。半歩ぶんずらして、輪を斜めに見る。

 切れ目がある。合わせ口が半寸だけずれている。供給を先に切って、枠だけ残した作法。前に見たものと同じ気配。


「三点。支点と、合わせ口と、逃げ線」


 声に出して段取りを固定する。

 粉チョークを指に付け、倒木のはぎ目に退避の印。失敗しても体が流れない角度。

 呼吸をそろえる。3、2—1。


 柄で輪の外周をそっと撫でる。耳の奥に細い音。


 ピン。


 次に継ぎ目。ほんの少しだけ力を乗せ、布越しのように滑らせる。


 ミシ。


 位置は合っている。

 視界の目地が一瞬ずれた。ゼロ酔いの兆し。深呼吸で戻す。3、2—1。


「合わせ口、そこだ」


 柄を半寸だけ滑らせ、力を抜いた角度で、結び目だけを外す。

 指先の感触が軽くほどけて、細い音が落ちる。


 コトリ。


 輪は粉に戻って風へ乗った。爆ぜない。香りもしない。

 供給は切られていた。残された枠は、見せ札か、誘導か。


「線だけなら、外せる。だが……」


 粉の落ち方が整いすぎている。切り口は直線で、目地が揃う。学院で叩き込む手だ。

 輪の先を追う。草の筋はやがて太くなり、黄褐色の地面へ続いていた。



 黄昏。林の奥に、廃小屋が見える。

 壁板に穴、屋根に欠け。けれど角は、生きている。ここだけ補修が新しい。


 外周を大きく回り、風上から匂いを拾う。

 焦げた符の匂い。樽の裏に焼け符。角に重いもの。錨だ。

 学院の癖。角に錨で面を固定し、出入口に枠。運ぶものが軽ければ、輪を踏ませて引く。子どもでも、足のサイズで足場を選べない。


「嫌な手だ」


 独り言になる。

 見張りがいる。3人。廃小屋の四隅を三角に回し、四呼吸で角を交代する。

 合図はないのに、足は一定の拍を刻む。タ、タ、タア。3拍目で視線が重なる。死角がゼロになる瞬間。


 でも、半拍だけズレがある。角へ入る前の浮き。そこに、半歩分の穴。


「3、2—今」


 発見の手応えを、体の芯に刺す。

 焦ってはいけない。夜まで待つ。巡回の癖は、暗くなるほどこぼれやすい。

 俺は粉チョークで外周に小さな点を打ち、退路と迂回路を確保する。倒木、石、根。音を立てない踏み石だけを繋ぎ、逃げ線を結ぶ。



 夜半。雲が薄くなり、月が出た。

 息を浅く。体の厚みを削る。土の目地を踏まない。

 風向きが変わり、樹の陰が伸びる。巡回の足が、四呼吸で角を渡る。


「3、2—1」


 視線が重なる直前、半歩で縫い目へ滑る。

 壁沿いを体で縫い、廃小屋の扉へ。

 扉は割れ目だらけだが、合わせ目は不自然にきれいだ。ここだけ、手が入っている。


 指先で合わせ目の空気を撫でる。

 冷たい。糸が張っている。細い術式糸。

 さらに目を凝らす。暗さになじんだ視界に、針の頭のような小さな金属の光と、糸が結ばれた結び。


 錨ピン。

 角の錨と、扉の糸が面を作っている。糸を切れば面が鳴る。錨を全部抜けば面が崩れ、音が出る。

 ここで、選択がいる。


「触れたら鳴る。抜くなら、1本だけ」


 1本だけ抜く。面の張力を落とすが、全崩壊は避ける。

 残った錨と糸に、重さが再配分される瞬間。そこを三拍で跨ぐ。


 俺は呼吸を合わせた。

 3、2—1。

 指を伸ばす。

 ピンの頭に触れる。

 金属は冷たい。

 指先の皮膚が、糸の震えを拾う。

 半歩。わずかに体の向きをずらし、肩の重さを逃がす。

 選ぶのは刃じゃない。選択だ。


 息を吐く。

 ピンが、かすかに動いた。


 ピン。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるのっ……!」


と思ったら


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークすると更新通知が受け取れるようになります!


ブクマ、評価は作者の励みになります!


何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ