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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第2章 冒険者としての証明

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第39話 縫い目の向こう

足元に、濁りの名残が薄い膜になって残っていた。


さっきまで俺たちを飲み込もうとしてきた濁流は、もうどこにもない。あるのは、石畳に貼りついた水と、鼻の奥に残る鉄と苔の匂いだけだ。


「……1、2、3」


小さく数えながら、息を吸って、吐いて、止める。


耳の奥で鳴っていた、ゼロ酔い特有の鈍いざわつきが、ようやく静まってきた。剣帯を半歩ほどずらし直して、腰の位置と重心を確かめる。


拍は、戻った。


次は──切らずに合わせる番だ。


 


「レイ、こっち見て」


前を行くミアが、地図を片手に振り返った。


光タグの淡い光が、壁沿いに点々と浮かんでいる。さっきノアが打ったものだ。タグの線と、紙地図の線を重ねるようにして、ミアは目を細めていた。


「ここだけ、地図と壁が半寸ズレてる」


ミアが、壁と紙を指でなぞる。


「他はきっちり合ってるのに、この区画だけ。3層の裏打ちが薄くなってる。たぶん、ここが縫い目」


「縫い目、ね」


俺は、壁に走る、かすかな継ぎ目を見た。


石と石の合わせ目。そこだけ、光の反射がほんの少しだけ違う。地図では真っ直ぐ切れている線が、実物ではわずかにたわんでいる。


「ここを通るのが、本命ってわけか」


「その前に、帰り道」


ノアが口を挟む。


 


彼は黙ってロープの一端を自分の腰に巻きつけ、もう一端を俺の腰に結んだ。余った部分を手のひらで測って、うなずく。


「10歩ごとにピン。曲がり角でタグ。帰還導線、1本化」


そう言って、ノアは床の隙間に《ルートピン》を打ち込んでいく。金属音が、湿った空気の中で短く跳ねた。


「戻る道から作るの、ほんと好きだよね」


ミアが苦笑交じりに言う。


「嫌いになる要素ある? 帰り道がない探検なんて、死ぬための遊びだよ」


ノアは肩をすくめた。


「俺は仕事で来てるから。遊びじゃない」


「同意」


俺も短く返す。


戻る線を先に結ぶ。その癖は、ノアの中で完全に根づいている。


それは、俺にとっても悪くない習慣だった。


 


縫い目の前で、俺は足を止めた。


継ぎ目に、そっと耳を寄せる。


冷たい石の感触。水膜が耳たぶをかすめた瞬間、奥の方で、小さな音がした。


──ミシ。


ただのきしみではない。半拍遅れて返ってくる、不自然な揺れ。


「どう?」


ミアの声が、背中越しに飛んでくる。


「圧が、ここで詰まってる」


俺は耳を離さないまま答える。


「さっきまでの水、全部、この縫い目で一度引っかかってから流れていった感じだ」


「やっぱり」


ミアが短く息を吐く気配がした。


「圧の流れが変だと思ったんだ。ここで止まって、奥に押し込まれてる。錨はもっと先。直打ちは、無理」


「触ったら?」


「誘爆。最悪、3層ごと落ちる」


即答だった。


俺は顔をしかめる。


ここの縫い目を、普通に斬るのはやめておいた方がよさそうだ。


「じゃあ、触らずに済ませる」


「いつものやつだね」


ミアの声が、ほんの少しだけ軽くなる。


俺は耳を離し、1歩下がった。


 


「ノア、ロープの遊び、半分」


「了解」


ノアが返事をして、ロープを軽く引く。


腰に伝わる張り具合を感じながら、俺は足幅を測った。水膜の上に、靴底をそっと置いていく。


1歩、半寸。


また1歩、半寸。


つま先を、縫い目に対して斜めに。


「……1、2、3」


呼吸を数えながら、俺は腰をわずかに折った。


重心線を、自分の中でイメージする。頭のてっぺんから、喉、胸、腹、足裏までを貫く1本の線。


その線を、壁の継ぎ目とぴたりと重ねる。


肩を、半段だけずらす。


柄には触れない。


剣はただ腰にあるだけで、俺は自分の「気配」だけを縫い目に合わせる。


世界の目地が、カチ、と音もなくかみ合った気がした。


耳の奥で鳴っていた「ミシ」が、今度は「しゅ……」と溶けて消える。


かわりに、圧の流れが、俺の背中をすり抜けていくのが分かった。


「……継ぎ、揃った」


小さく告げると、ミアが息を呑む音がした。


「圧、逃げた。いまなら通れる!」


「よし」


俺は1歩前に進む。


靴底が水膜を踏んでも、音はほとんど立たない。波紋だけが薄く広がる。


 


「順番は、俺、ミア、ノア」


「ロープ、張りすぎ注意ね」


「分かってる」


俺が縫い目をまたぐと、ロープがわずかに引かれた。後ろの2人も、歩幅を合わせているのが分かる。


ノアが、淡々とつぶやいた。


「通過時刻、記録。タグ色、白。通過方法、非破壊。……査問用ログもよし」


「こんな地下でまで、査問の心配?」


ミアが少し笑う。


「むしろこういう時こそだよ。成果が出てから邪魔してくるのが、上の人ってもので」


ノアのぼやきに、俺も苦笑をこぼした。


「じゃあ、黙らせるだけの結果を持って帰ればいい」


 


縫い目の向こうは、思ったよりも広かった。


天井はさほど高くないが、部屋全体が1つ、大きな実験場みたいな雰囲気をまとっている。


壁際には、枠だけ残して炭になった符札が並んでいた。線の部分だけが黒く焼けて、紙の縁はほとんど無傷だ。


床には、魔導管のようなものの切れ端が散らばっている。中心ではなく、供給路だけをきれいに切り離した痕。


机の上には、紙片がいくつも重なって落ちていた。どれも端の目地だけが妙に揃っていて、真ん中の文はきれいに抜き取られている。


「……学院の仕事の手だな」


思わず口をついた。


「遊びじゃない切り方だ」


「だよね」


ミアが紙片を見つめながらうなずく。


「式だけ何度も差し替えた跡がある。ここで何回も実験してた。都市の機能ラインに、どこまで干渉できるか……そんな感じ」


「触るのは、なし」


ノアがすぐに釘を刺す。


「現物には手を出さない。規定通り、写しだけ」


「分かってるって」


俺もミアも、同時に返した。


 


ミアが、壁と床を見比べる目を細くしていると、ふいに彼女の肩がピクンと揺れた。


「大丈夫か」


「……ちょっと、線が多い」


彼女はこめかみを押さえた。


「ごめん。3呼吸だけ、待って。光が2重になってきた」


構造視の限界だ。


ミアの頭の中では、今この瞬間も、何本もの目に見えない線が走っている。それを無理に追いかければ、意識が落ちてもおかしくない。


「いい。無理して倒れたら、全員足止めだ」


俺は彼女から一歩離れて、部屋全体を眺めた。


ノアが記録帳を取り出し、タグの光で照らしながら、位置と形だけを書き写していく。必要なところにだけ、小さなタグの点を置く。


「符札群、壁際1列目。タグ番号、11から15。魔導管の切断痕、床中央。タグ番号、16」


ぶつぶつとつぶやきながら、ノアのペンが走る。


俺たちは、現物を動かさない。


痕跡はそのままにして、でも見たという事実だけは持ち帰る。


査問でも、報告でも、俺たちの言葉だけでは弱い。だからこそ、ノアのタグと記録帳がいる。


 


ふと、足元の石の隙間で、何かが光った。


「ノア。ここ」


呼ぶと、ノアが光を向けてくれる。


細い光の輪の中に、小さな黒い欠片があった。封蝋だ。崩れているのに、どこか、形の名残を感じる。


「触る?」


ミアが、まだ少し息の荒い声で問う。


「触らない」


ノアが即答した。


「タグだけ。色は黄。位置は……縫い目から3歩、右」


俺はしゃがみこんで、顔を近づけた。


黒い封蝋の痕には、かすかに紋の跡がある。薄くなりすぎて、ここからじゃ判読できない。


ただ、その黒だけが、この部屋のどの焦げよりも、深く沈んだ色をしていた。


「印、だね」


ミアがつぶやく。


「ここが通過点っていう。誰かの印」


「そうだな」


その時だった。


 


──ミシ。


遠くで、扉がきしむような音がした。


俺たちは同時に顔を上げる。


音の方向は、この部屋ではない。もっと先。風路の先で、石と石が鳴るような、かすかな音。


耳を澄ます。


半呼吸の間があって、もう一度。


──ミシ。


今度は、さっきよりも少しだけ近いように感じた。


部屋の空気が、わずかに引かれる。


誰かが、どこかで扉を開けて、通り抜けていく。その風の名残だけが、ここまで届いた、そんな感覚。


「いまの……」


ミアが小さくつぶやく。


「扉か?」


「扉か、結界か。どっちにしても、通り抜けたやつがいる」


俺は腰のロープを指でつまんだ。


震えはない。けれど、一瞬だけ、外側から軽く引かれたような錯覚があった。


見えない観客が、こっちを覗いていった。


名前も、顔も置いていかずに。


「封蝋は、その客の落とし物ってわけか」


ノアがぼそりと言う。


「うちらと同じルートを使ったのか、それとも……」


「判断する材料は足りない」


俺は立ち上がった。


「だからこそ、証拠は全部、持ち帰る。触らず、壊さず、でも逃がさない」


「了解」


ノアがうなずき、ペンを走らせる。


 


記録を一通り取り終えるころには、ミアの呼吸も落ち着いていた。


「ごめん。もう大丈夫」


「3呼吸、って言ってたけど、5は休んでたな」


俺が茶化すと、ミアは頬をふくらませる。


「こまかい。そのくらいサービスで見逃しなさい」


「サービスで命落とされたらたまったもんじゃない」


ノアが笑いながらロープを軽く引く。


「そろそろ戻ろう。タグの数も残りが心もとない」


「だな」


俺たちは、来た縫い目の方へ引き返した。


 


戻りも、壊さない。


縫い目の前で立ち止まり、俺はさっきと同じように耳を寄せる。


今度は、最初から「ミシ」は鳴っていない。圧が抜けたあとの静けさだけがある。


それでも、念のために、俺はもう一度合わせた。


足幅を半寸調整し、腰線を継ぎ目に重ねる。肩だけ半段ずらし、呼吸を3つ数える。


「……よし」


短く告げて、縫い目をまたいだ。


ノアは《ルートピン》を1本ずつ抜いていく。抜いたピンの穴には、必要最小限のタグだけを残す。


「拾うのは要だけ。壊しはしない」


俺がそう言うと、ノアはにやりと笑った。


「そうそう。片づけは仕事の半分」


「残り半分は?」


「帰ってからの報告書」


「最悪だな」


そんな会話をしながらも、俺たちの足取りは軽い。


縫い目を抜けても、背中に刺さっていた視線みたいなものは、完全には消えなかったが。


 


最後の曲がり角に差しかかった時、また、あの音がした。


──ミシ。


さっきよりも遠い。さっき通った扉が、もう一度だけ、自重で鳴ったような音。


「さっきの逆だ」


ノアがつぶやく。


「今度は、閉じた音」


半呼吸の間。


俺は立ち止まりかけて、すぐに歩き出した。


ロープが軽く揺れる。


──ミシ。


もう一度。


今度は、俺たちの真上のどこかで、石がほんの少しだけ軋んだ気がした。


ミアが、不安そうに俺を見上げる。


「いまの……」


「見られてる」


俺はそう言って、前を向いたままロープを握り直した。


「でも、いい」


息を1つ、深く吸い込む。


「結果で黙らせる。それだけだ」


扉が誰に開かれ、誰に閉じられているのかは、まだ分からない。


けれど、縫い目の向こうで拾ったものたちが、いずれあいつらの喉を塞ぐ。


そう信じて、俺は地上への道を踏みしめた。


次の1手を打つのは、もうこっちの番だ。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるのっ……!」


と思ったら


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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