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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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第4話 初依頼、薬草と牙

 朝のギルドは、紙と革のにおいが強い。

 掲示板の端で、地図が継ぎ足されていた。目地がわずかにずれている。誰かが昨夜、追加で貼ったのだろう。


「初依頼は、薬草採取。安全等級は★。帰還優先」


 セシルが書類の角をぴたりと揃え、俺の木札に視線を落とす。

 俺は剣帯を、半歩ぶんずらした。合図。足、腰、呼吸――3つで1つ。


「必要物資は? 粉チョーク、ロープ、短剣、松明……」


「全部、持ちました」


「よろしい。場所は東の森の浅いところ。癒生草。乾燥重量で1束=乾100グラム、茎20本。10束で基準は0.4G。検収は帰還時。――生き延びるが先。いいわね?」


「了解。規定の中で、勝ちます」


 セシルは小さく笑みを落とし、伝票の印欄を指先で示した。2つの丸――ギルド印と治療所印。

 俺は頷き、木戸を押した。蝶番が短くきしむ。


 ミシ。



 東の森は、昨夜の露が残っている。

 風は東から西へ。下草の葉先がわずかに押し倒され、斜面は浅く西に落ちていた。

 地面の筋。小さな獣の通り道が、細い線になって走っている。

 鼻に土の匂い。湿りの層が薄い。今なら足音は殺せる。


「……行く」


 声は小さく、短い。

 俺は葉を踏まない角度で足を置く。踏むなら葉脈の線に沿って。足、腰、呼吸。半歩。

 指先に粉チョークを少し付けて、幹に点を打つ。帰路の目印だ。白い点は、光が弱い朝でも見える。


 森の匂いが、1つ変わった。

 鉄ではない。脂でもない。湿った獣の匂い。

 風の向きがわずかに揺れ、草の縫い目が、ミシ、と鳴る。


「挟むつもりか」


 足跡が交差している。回り込み。浅い森でも油断はできない。

 俺は段取りを、声にして揃える。


「まず、投石で先頭を引く。次に倒木で列を裂く。最後、斜面で足を殺す。――3、2――1」



 1つ目の投石は、鼻先に。

 石が低く飛び、空気がピンと鳴る。

 先頭の小魔獣が驚いて逸れる。群れの隊列に、ミシと細い割れ目が入った。


「今」


 俺は半身で滑り込み、噛みつきの角度をズラす。口の合わせ目を外させ、柄で顎の根をコトと叩く。

 非致傷。骨は折らない。頭が跳ね、獣は体勢を崩す。その脇を抜け――


 2頭目が倒木に乗りかけて、踏み切り足が空を掴む。

 落ち葉の継ぎにわずかな段差。そこで半歩、斜に。

 獣の肩が俺の肩を探す前に、俺はもう、肩の線の外にいる。

 狙いは噛みつきでも爪でもない。支点だ。


 コト。

 柄頭が肩の内側を軽く叩く。重心が泳ぎ、倒木が楔になる。

 群れの列が、はっきりと裂けた。


「2点目、完了」


 息が上がらないうちに斜面へ誘う。

 俺はわざと露の多い草むらを踏んで音を作り、そこから1歩で乾いた地面へ。獣は音を追って濡れた方へ――のはずだ。

 足裏の摩擦が落ちる瞬間、獣の腰が浮く。

 半歩。

 肩で体を外しつつ、前脚の合わせにコト。

 ミシ。

 継ぎがきしみ、体勢が崩れる。転がる音は大きいが、血は出ない。俺は見ない。次の足音だけを聞く。

 3つ目の影が躊躇した。列は完全に分断された。


「引く」


 声にして自分に命じる。

 無理に追わない。ここは採取の依頼だ。戦果ではなく、帰還が目的。

 俺は粉チョークで地面に薄く線を引き、危険側へ向く小枝を2本、目印に挿しておく。

 帰路のラインが1つ、確定する。

 胸の奥でピンと鳴る。線を留める針の音。



 斜面を1枚外れた浅い谷に、癒生草の群落があった。

 薄い青緑、茎は柔らかいが、水分が多い。根元から折らず、節の上できれいに切る。

 俺は茎を20本ずつ束ね、紐でまとめる。湿りを逃がすために、束の間に小枝を1本挟む。

 1束。2束。3束。

 指が覚えるリズム。

 鼻に草の甘い匂い。耳は遠くの足音だけを拾う。

 30分ほどで、目標の10束が揃った。乾燥すれば1束100グラム、10束で1000グラム。基準なら0.4Gだ.


「……帰る」


 もう少し採れる。けれど、欲張りは線を歪ませる。

 俺は白墨で木の根に小さな点を打ち、来た道を戻り始めた。



 帰路の小径で、ふと、違和感に足が止まる。

 陽の当たり方がおかしいわけじゃない。風も匂いも、さっきと同じ。

 ただ――道の真ん中に、乾いた白い輪があった。


「……なんだ」


 輪は薄い。粉チョークで描いたような、でも俺の白墨よりも均一で、消えにくそうな質。

 落ちているようで、落ちていない。地面の上に、輪だけが乗っている。

 風が通っても、輪は揺れない。

 俺は近づかない。柄で、輪のつなぎ目をそっと撫でて、音を聞く。


 ピン。

 ミシ。

 どちらでもない、細い、乾いた音。

 輪の外側と内側で、地面の目地の響きが、ほんのわずかに違った。


「……音が違う」


 学院式の罠。そう断言はしない。けれど、術式の継ぎの気配がある。

 輪を跨がず、迂回する。木の根を踏んで高さを作り、ロープで幹を回し、体重を移して、輪の外に足を置く。

 何も起きない。

 だが、輪は背中に刺さるように、意識に残る。


「戻ったら、伝えておくか」


 セシルの顔が浮かぶ。規定の中で、報告を通す。

 俺は迂回路の端にも白墨で印を付けた。誰かがここを通るなら、輪の外へ誘導されるように。



 門の手前で、保護の鐘が鳴った。昼下がり。

 ギルドの受付に10束の束を置くと、乾いた葉の匂いがふわりと広がる。


「等級は……見たままA。束の組み方がきれい。10束=0.4G。端数はS/Cで支払います」


 セシルは紙の目地を揃え、二印の欄にペンを置く。

 俺は輪のことを話した。位置、見た目、風で揺れないこと、音の違い。無闇に触れなかったこと。

 セシルは最後まで口を挟まずに聞き、短く言う。


「報告、感謝。罠の可能性が高いわ。巡回に回す。あなたは、正解。規定の中で外した」


「迂回路にも印を付けました。木の根に白を2つ」


「確認する。――いい目ね」


 彼女は書類の角をぴたりと揃え、ギルド印を押す。赤い丸が1つ。

 治療所印は、朝の確認の分で既に押されている。2つの丸が並び、支払いが確定した。

 硬貨袋が机に置かれる。小さな重み。

 生活の音だ。

 俺は袋を受け取り、木札を首から戻した。


「他に伝えることは?」


「もう1つだけ。森の浅い斜面、倒木が1本。楔になる位置。あそこは、列を裂ける」


「現場のメモに書いておく。次の人が助かる」


 セシルは、それからほんの少しだけ目を細めた。


「――目が生きてる」


 短い言葉。俺は黙って頷いた。



 夕方、ギルドを出る。

 扉の蝶番が、ミシ。半呼吸のあと、もう1度、ミシ。

 門は、2度きしむ。

 誰かの視線が、今日も背中を撫でた気がした。

 けれど、怯えはない。怖いのは、構造が読めないことだけだ。


 俺は足を半歩ずらし、石畳の目地をまたぐ。

 白い輪が、頭の片隅に残っている。

 乾いた音の違い。風が当たらないはずの輪が、風の中で輪のまま、立っていたこと。

 あれは罠か、標か。誰が置いた。何のために。

 次に通るときには、触れずにほどいてみせる。

 規定の中で。選ぶのは、刃じゃない。選択だ。


 荷車の軋み。夕餉の匂い。人々の声が柔らかく混ざる。

 俺は硬貨袋の重さを確かめ、胸の内で、針をひとつ弾いた。


 ――ピン。


 薄い輪は、まだ、頭の片隅で鳴り続けていた。





お金の計算・支払い方法(ミニ解説)


通貨の単位


1Gゴールド=100Sシルバー=10,000Cカッパー


端数は S/C まできっちり支払い可(四捨五入なし)。


検収の基本(薬草の例)


1束=乾燥100g=茎20本


買取の基準単価:癒生草 1束 = 0.04G


品質係数:A=1.00/B=0.90/C=0.70

→ 実支払 = 0.04G × 束数 × 品質係数


「S/C」は SilverシルバーCopperカッパー の略です。

ゴールド(G)の端数を、下位通貨の S と C で精算するという意味で使っています。


通貨換算:1G = 100S = 10,000C(つまり 1S = 100C)


表記の読み方:


0.392G = 39S 2C


1.07G = 1G 7S(= 1G 700C)


0.005G = 50C


用途:支払い金額を小数点のままにせず、S/C単位まできっちり渡す(四捨五入なし)。


要するに、「S/C」はシルバーやカッパーで端数まで払う

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