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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第2章 冒険者としての証明

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第36話 紙面と酒場と陰口

 朝の路地は、石畳の目地だけがしっとり濡れていた。

 夜のうちに降ったらしい細かい雨はもう上がっていて、代わりに焼きパンと油の匂いが、低く溜まっている。


 がさり、と音を立てて、新聞束が屋台の上に置かれた。

 同時に、声が跳ねる。


「本日の号外! ゼロ、魔導を無効化! 学院式多層術式に前代未聞の一太刀!」

「それと、こっち! 非人道の剣、若き術者を辱めたか!」


 同じ少年の口から、互いに殴り合っているみたいな見出しが飛び出した。

 手際よく新聞を広げる少年の指に、インクが黒くついている。


 ちら、とだけ視線を向ける。

 紙面には、昨日の試合の絵が、派手な線で描かれていた。

 剣を振り抜く俺。砕ける光。膝をつく術者。誇張されすぎていて、別人みたいだ。


「どうする、買う?」

 隣でノアが肩越しに紙面を覗き込みながら、小声で聞いてくる。


「見出しは読めた」

 俺は首を横に振る。


 街のざわめきが、耳の奥で2つに割れている。

 ゼロが魔法を斬った。

 ゼロが非人道だ。


 数字は動かない。

 動かすのは、結果のほうだ。


「公開試合だから、映像も記録札も残るわよ」

 ノアが、少年の声から少し離れたところで付け足す。

「紙が何を書いても、記録のほうが本物」


「なら、それでいい」

 そう答えて、屋台の前を通り過ぎた。


 紙は買わない。

 銀貨を払う価値があるのは、次の依頼のための装備だけだ。


     ◇


 ギルド前の広場も、今日はいつもよりうるさい。


 掲示板には、昨日の公開試合の結果が早くも貼り出されていた。

 その横に、薄い木札が山になって積まれている。苦情用の札だ。


「……増えましたね」

 受付カウンターに近づくと、ラウラが溜め息ともつかない息を吐きながら、木札を指で3度はじいた。


 コト、コト、コト。


「問い合わせは殺到中。でも、規定上は白、です」

 いつも通りの抑揚で、彼女はそう告げる。


「白なら、それで」

 俺は肩をすくめた。


 ラウラはこくりと頷き、壁の掲示をちらりと見やる。


「公開試合は公開記録対象ですから。映像も、記録札も残ります。感想や印象より、そちらが優先されます」


 つまり、どれだけ紙面が煽ろうと、最終的に参照されるのはリングの上の実物だ。

 俺にとっては、それだけ分かれば十分だった。


「で、次の依頼は?」

 ノアが、話を切り替えるみたいに身を乗り出す。


「次……ですか」

 ラウラが少しだけ視線を泳がせた、そのとき。


 ギルドの奥の扉が、ミシ、と鳴いた。

 隙間から、ギルベルトが顔だけを覗かせる。


「ゼロ。ちょうどいい」

 低い声。無駄のない呼びかけ。


 ギルベルトは分厚い紙束から1枚だけを迷いなく抜き、それを空中でひらりと振った。


「紙面に追いかけられるより、結果を積め」

 それが前置き。

「王都下水の地図が歪むという報告が来ている。調査系を押さえろ」


 ラウラから見れば、苦情が山ほど積まれている横で、新しい依頼があがってくるわけだ。

 忙しそうだな、と思う程度には、俺もこのギルドに慣れてきた。


「地図が、歪む……?」

 ノアが眉を寄せる。


「写像が合わんのだとよ。入口から一定までは合ってるが、途中から線が捻じれているらしい」

 ギルベルトの目だけが、わずかに鋭くなった。

「詳しくは書類にある。紙はラウラから受け取れ」


 それだけ言って、彼はまた扉の向こうに引っ込む。

 扉が閉まると同時に、ミシ、と同じ音が1つ。


「……相変わらず、言いたいことだけ言って去っていくわね、あの人」

 ノアが肩を落とした。


「助かりますけどね。ラインがはっきりするので」

 ラウラがわずかに苦笑して、書類を俺たちのほうへ滑らせる。


「王都下水、予備調査……」

 ノアが目を走らせる。

「ほとんど未踏域ね。退路標ルートピンと光タグ、多めに持っていきたいわ」


 下水の匂いが、書類から立ち上るわけではない。

 それでも、字面だけで湿った空気が喉に張りつくような気がした。


「世論はどうでもいい」

 俺は紙面のことを思い出しながら、ぽつりと言う。

「地図が歪むほうが、よっぽど不安だ」


「はい。なので、さっさと飯を食べて準備しましょう」

 ノアが書類を丁寧に折りたたむ。


     ◇


 昼の酒場、双角亭は半端な時間のわりに人が入っていた。


 窓から斜めに光が差し込み、丸卓の上には、しわだらけの新聞が数部。

 梁には古い酒瓶や、誰のものか分からない古い盾。

 空気には麦と揚げ油と、少しだけ酸っぱい匂いが混ざっている。


「静かにやれ。店を傷つけるな」

 カウンターの向こうから、店主が短く言う。

 その手は、テーブルに並んだコースターの端を、きっちり揃えていた。


 俺たちは奥寄りの丸卓に座った。

 少し離れた卓で、すでに声がぶつかり合っている。


「だからよ、あれは反則だって言ってんだ!」

 声が一段高い。客の男が、新聞を拳で叩いた。

「魔法を切るなんて、非人道だろ! 若い術者を辱めて、胸張ってんのか、あのゼロは」


「規定を読んでから騒げ」

 向かい合う別の男が、むしろ面倒くさそうに返す。

「致傷は禁止、守られてたろ。血なんて一滴も出ちゃいねえ。杖が折れただけだ」


「折られたほうのプライドは致傷だろうが!」


 感情と規定。

 紙面の2つの見出しが、そのまま人の口を借りて喧嘩しているみたいだ。


「ねえ、場所……変える?」

 ノアが小声で聞いてくる。


「いい。食う」

 俺はジョッキの位置を半歩ずらして、耳だけ向けることにする。


「お、ちょうどいいじゃねえか」

 そう言ったのは、さっきの大声の男だ。

 俺たちのほうを見て、にやりと笑う。


「本人、いるじゃねえか。ゼロさんよ」


 歩いてくる足音。

 距離を測るみたいに、俺は視線を胸、喉、目の順になぞる。


「ひとつ聞かせろよ。あれで勝って、楽しいか?」

 男は酒臭い息を近づけてくる。

「相手の術をぐちゃぐちゃに切り裂いてよ。恥かかせて。それで喝采あびて、嬉しいか?」


 その視線には、怒りと、どこか怖れが混じっていた。

 魔法を切る剣という存在そのものが、気持ち悪いのだろう。


 俺は一度だけ瞬きをしてから、短く答える。


「俺は試合を終わらせた。それだけだ」


「それが非人道だって言ってんだよ!」


 男の声がまた1段大きくなる。

 店主がカウンターからじろりと睨むが、まだ止めには入らない。

 他の客たちも、様子をうかがっている。


「規定の話はもう聞いた。ギルドが白だって言ったのもな」

 男は続ける。

「でもよ、見てたやつらが気分悪かったら、それで終わりじゃねえのか?」


「気分で終わらせるなら、規定はいらないわ」

 隣で、ノアが静かに立ち上がった。


 彼女はテーブルの縁に指先を置き、トン、トン、トンと3拍叩く。

 話の拍を取る癖だ。


「事実だけ並べます」


 少しだけ、場の空気が変わる。

 ノアの声は、感情を乗せすぎない程度に、よく通る。


「1つ。観客との距離は規定通り、確保されていました。3歩と少し。誰も巻き込まれていません」

 人差し指で、1。

「2つ。致傷は禁止。それは守られていました。傷ついたのは媒体と、多少のプライドだけです」

 中指で、2。

「3つ。媒体破損は、不問。紙にも書いてありましたよね」


 男は口を挟もうとしたが、その前にノアは続ける。


「それから、公開試合は公開記録対象。映像も、記録札も残ります。紙面の文字より、そっちのほうが長く残る」


 テーブルの上の、しわだらけの新聞がやけに薄く見えた。


「規定、規定ってよ……」

 男が顔をしかめる。

「紙に書いてありゃ、何してもいいのかよ」


「いいえ、何をしてもいいわけじゃない」

 ノアは首を横に振る。

「拍を外さなければ、いい」


「は?」


「先に拍を外したのは、多層術式側です」

 ノアの目が細くなる。

「立ち上がり、3拍目。伸びてました。あれじゃあ、カウンターをもらうのは当然」


 彼女は俺のほうを見ずに、淡々と言い切った。


「レイは拍を外していない。外されたのは、そちらのほうです」


 一瞬、酒場の喧騒が、小さくしぼむ。

 誰かが、へえ、と感心したように息を漏らした。


 感情のぶつかり合いに、拍だの立ち上がりだのという具体的な言葉が混ざったことで、話が急に冷静になる。

 そういうやり方ができるのが、ノアだ。


「……でも、気分は悪い」

 男は最後に、それだけを残した。

「俺は、そういうのが嫌いだ」


「それはあなたの自由です」

 ノアが淡々と返す。

「でも、規定違反じゃないなら、処罰も取り消しもありません。それもまた、自由ですから」


 男は舌打ちをひとつ残し、自分の卓へ戻っていった。

 対面に座っていた擁護派の男が、こちらに軽くジョッキを掲げる。


「次の依頼の結果を見てからでも、文句は言えるさ」

 そんな声が、周囲からいくつか続いた。


 店主がそのタイミングで、カウンターに置いていたジョッキをコトリと音を立てて置く。

 空になった器が、音で「この話はここまで」と区切りをつけた。


     ◇


 腹を満たし終え、会計のために席を立つ。


「3人分で、これね」

 ノアが銀貨を数え、店主に差し出す。

 手持ちの袋が、少しだけ軽くなった感触がある。


「宿1日分が、半分飛んだわね」

「下水の準備もいる」

「分かってるわよ、もう」


 生活の数字は、世論よりずっと分かりやすい。

 減った銀貨は、戻ってこない。だからこそ、次の依頼で取り返すだけだ。


 そのとき。


 酒場の扉が、またミシ、と鳴いた。

 今度はさっきより、少し低い音で。


 黒い外套を羽織った人物が、視界の端を通り過ぎる。

 フードを深くかぶっていて、顔は見えない。

 ただ、靴底の硬い音だけが、コツ、コツ、と床板の上に残っていった。


「……今の」


「見なくていいわ」

 ノアが、小さく首を振る。

「どうせ、いい客じゃない」


 黒外套が通り過ぎたあと、俺たちのいた卓の上に、小さな紙片が1枚だけ残っていた。


「さっきまで、なかったわよね」

 ノアがそれをつまみ上げる。

 札の切り口は、妙に真っ直ぐで、角がぴたりと揃っている。


「嫌な切り方」

 ノアが小声でこぼす。


 学院で見た符札と、同じ匂いがした。

 きっちりしすぎていて、継ぎ目のない線。それが逆に不自然に思える。


 何も書かれていない札を、ノアは懐にしまう。

 今は追うべきではない。そう判断しているのが、仕草だけで分かった。


     ◇


 双角亭の外に出ると、路地はひんやりしていた。

 さっきの酒場の匂いとは違う、湿った石と、遠くの下水の匂い。


「さっきの人、完全に学院の手癖よね」

 ノアが歩きながら、先ほどの札の感触を思い出しているのか、指先をこすり合わせる。


「そうだな」

 俺も同じ感覚を抱いていた。

 昨日のリングで見た、術式札の縁。あの直線と同じだった。


 そのとき、別の足音が路地を叩いた。


「れ、レイさん、ノアさん!」

 若い声。ギルドの紋章をつけた青年が、息を切らしながら駆けてくる。


「報告です!」

 立ち止まるなり、彼は声を張った。


「王都下水の地図が歪むとの報告が、複数件ギルドに上がっています。ギルベルトさんからの伝言です。ギルドとして、予備調査をお2人に付与、とのこと!」


 そう言って、青年は丸めた紙片を差し出してくる。

 ノアがそれを受け取り、素早く目を通した。


「入口付近までは従来の地図と合致……ある地点から、写像が乱れている」

 ノアの眉間に、しわが寄る。

「退路標、多めに打たないと。戻れなくなる」


「ギルベルトさんから、もうひとつ伝言です」

 青年は続ける。

「報告線は、ギルドに1本通してください。紙面は放っておけ、とのことです」


 苦笑が、喉の奥から漏れた。


「だそうよ、レイ」

 ノアが紙片を折りたたみながら、俺を見る。

「紙面は放っておけ、だって」


「元から放ってる」

 俺はそう答える。


 紙より大事なのは、足元の石だ。

 今は、その下が歪んでいる。


「段取りは、どうする」

 俺が聞くと、ノアは指でまた3拍、トン、トン、トンと刻んだ。


「1、装備の確認。光タグと退路標の追加」

 人差し指。

「2、宿に戻って、食料と防臭布の補充」

 中指。

「3、明朝出発。下水の入口で、退路のマーキング」

 薬指まで折り曲げたところで、ノアは小さく息を吐く。


「3日分は見ておきたいわね。銀貨は……また軽くなるけど」


「銀貨は稼げばいい」

 俺は空を一度だけ見上げた。

 曇った空の下、路地の向こうにあるはずの下水の入口を想像する。


「世論は好きに騒げ。数字と記録だけ見ておく」

 それは、俺自身への確認でもある。


「結果で黙らせる。行く」


 そう口にした瞬間、足元の石畳の下から、遠いミシ、という音がした気がした。

 都市の下の継ぎ目が、かすかに鳴っている。


 それがただの気のせいか、それとも歪んだ地図の前触れか。

 確かめるのは、俺たちの役目だ。


 俺たちは路地の先、下水の入口へ続く道を一度だけ見やり、それからそれぞれの準備へと歩き出した。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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