表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第2章 冒険者としての証明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/46

第33話 重ね写像《レイヤード・マップ》

 拡声の余韻が胸の骨をコトリと叩いた。

 観客席から、押し寄せては引く3拍のざわめき。

 審判が掲げた手がゆっくり下がり、会場の空気がわずかに薄くなる。


「公開試合、学院規定に基づき開始する。致傷は禁止。観客保護は最優先。開戦合図は3拍後」


 読み上げる声は固いのに、どこか滑らかだった。ここでの勝敗は、技と同じくらい政治だ。俺は深く息を吸い、吐く。足裏で板の継ぎ目を探った。


「レイ、退路標は打った。救護の導線も確保。無茶は計画の外だよ」


 横でノアが、許可証の写しを卓にコトリと置く。封紐の結び目はきっちり、いつも通りだ。

 俺は頷き、剣帯を指で軽く正した。


「ミア」


「聞こえてる。式は準備済み。錨は君の右足元。合わせ目は1歩前。中央は、踏まないで」


 ミアの声が、すこしだけ早い。緊張の裏返しだ。

 審判の合図が入る。3、2——。


 白い手袋が、パチンと鳴った。アーレン・ヴァルトが片手を軽く持ち上げる。


「重ねる。多層写像、起動」


 床の木目が、もう一枚薄く重なった。白墨のリングが2本に見える。柱の影も2重線。世界が半歩ずれた。

 俺は踏み出す直前で、足を止める。


「どうした剣士。迷ったか」


 アーレンの声は、礼法の教本みたいに整っている。

 俺は目を細め、ずれた白線と本物の白線を並べる。視界は正しい顔をして嘘をつく。足裏だけが真実だ。


 1歩。

 右足が半歩すべり、背中に冷汗が走った。

 観客席から、すぐに声が飛ぶ。


「いま当たったぞ!」

「いや、掠っただけだ!」


 風圧が肩口を撫でた。当てなくても、負け未満の印象は刻める。これがアーレンの戦い方だ。触れさせない。触れさせずに、削る。


「式、展開。正解の線、出す」


 ミアが短く告げると、薄い光の糸が床に走った。

 俺の右足元に小さな錨。そこから、前へまっすぐ細線。

 視界の2重線を、細線が切り裂く。


「ありがたい」


「気をつけて。第2層は視差撹乱、第3層は……たぶん、投影が甘い。頭痛に来る」


 ミアの息がわずかに荒れる。清涼剤を噛む乾いた音が通信に混じった。すぐに落ち着く声に戻る。

 俺は細線の外を歩く。中央は踏まない。ここまで、俺の場所は端だと決めている。


 アーレンが口元をわずかに緩めた。


「線を引くか。悪くない。だが、その線も私の層に重なる」


 彼が袖を払うと、細線の先が2手に割れて見えた。分かれ道に錯覚の標識。

 視界が誘う。足が、行きたがる。

 俺は踵を落として、床の鳴りを聞いた。コト、コト、ミシ。


 ミシ。

 そこだけ音が細い。

 俺は瞬きもせず、視界の端で3つ、印を拾う。


 白線の継ぎ目が、針で刺したみたいに白く尖っている。

 アーレンの補助具の角が、層の端でわずかに光をはねる。

 拡声の残響が返る壁の角だけ、音の返りが早い。


 綴じ鋲は3点。

 第3層だけ、薄い。


「ノア」


「聞いてる。観客の導線は維持。切り口は限定して」


「人は壊さない。構造だけ、ほどく」


 俺は口にして、自分で納得した。勝ち方は、最初に決める。

 アーレンがほんの少し眉を動かす。


「豪語するな。魔力のない君に、層は切れない」


「魔法は斬らない。結び目を、戻すだけだ」


 俺は剣を半身に構え、細線の手前で止まる。

 視界の2重線が、波のように寄せては返す。

 観客席がまた騒がしくなる。


「器物破壊で勝つ気か!」

「人は壊さないって言ってるだろ!」


 ざわめきの中で、審判の手だけが静かに動く。境界の結界が薄く光る。

 俺は吸って、吐く。呼吸を三拍でそろえる。

 細線は、3点へ収束していた。


「ミア」


「錨は固定。合わせ目、もう1歩前。……そこで止めて。次は誘爆する」


「止める」


 俺は一歩だけ滑らす。半歩。もう半歩。

 床の目地に踵が触れた瞬間、視界のずれが強くなる。

 アーレンの手袋が微かに動いた。彼も気づいている。第3層が甘いことを。


「そこだ。逃げれば?」


「逃げない。逃がさない」


 剣先で空気を撫でる。振らない。振れば、嘘の線に触れる。

 刃は、結び目の向きを読むための触角だ。

 俺は刃の重みだけを感じ、角度をほんの少し寝かせる。


 ミシ。

 視界の薄皮が鳴いた。

 俺はそこでやめる。いまは切らない。位置だけ、つかむ。


「第3層だけ、抜く。断章でいく」


「断章?」


「ページを抜くみたいに。3章だけ、削る」


 観客席が再びざわつく。意味がわかった者と、わからない者の波が混ざる。

 ノアが短く咳払いをして、救護の係員に指でサインを送る。退路は開けてある。


 アーレンが笑った。音のない笑みだ。


「では証明しよう。才能こそが正義だと」


「結果で黙らせる。1本でいく」


「1本で?」


「3点、1本」


 彼は白手袋を打ち鳴らす。パチン。空気が弾む。

 床が、壁が、柱が、3層で震えた。

 視界は濁らない。むしろ澄む。嘘が鮮明になっていく。


 右肩をかすめる風。

 アーレンは触れさせない。その距離で削る。

 わかっている。だから踏まない。中央は、踏まない。


「ミア、線を少しだけ、右に」


「修正。……レイ、頭痛は?」


「平気だ。君のほうは」


「清涼剤でゼロ酔いは抑えた。続行できる」


「助かる」


 俺は細線の上を歩く。細い橋の上。片足ずつ、置くたびに世界が少しだけ静まる。

 視界の端で、観客が息を呑むのがわかる。

 剣先を下げ、鋲のうち2つを視線でなぞる。


 白線の継ぎ。

 補助具の角。

 壁の返り。

 3つは離れている。だが、視線をつなげば三角形になる。そこに、第3層の綴じが見える。


「ノア、もしもの救護、準備」


「もう動いてる。君は、君の速度で」


「俺は遅れない」


 アーレンが近づく。距離を詰めるようでいて、実際には変わらない。層が間にある。

 剣の間合いを、彼は巧妙にずらす。

 でも、俺の剣は人に向けない。層に向ける。


「諦めろ、ゼロ。そこは届かない」


「届くよ。結び目は、いつも近い」


 俺は刃をさらに寝かせ、呼吸を合わせる。3拍。

 剣を振らない戦いは、観客には地味に見える。だが、地味でいい。派手さは要らない。切るのは、人じゃない。


 ミアが囁く。


「綴じ鋲、見えてるんだね」


「見えてる。聞こえてる」


「なら、やれる」


 俺はうなずく。

 杖も詠唱もいらない。俺が使うのは半歩と角度、そして決めた順番だけ。


「審判、確認。構造のみ、切除する」


 俺が声を上げると、審判は短く頷いた。観客保護の結界が、ひときわ強く光る。

 アーレンが一瞬だけ目を細める。


「潔癖か、見栄か」


「段取りだ」


 言い切る。

 剣先が、最初の鋲に触れる。

 ミシ、と鳴る。視界の薄皮が歪み、2重線の片方が息を止めた。


「ひとつ」


 息を捨て、次の角へ移る。

 アーレンが前に出る。踏み込みの起点だけが重い。層を押してくる。

 俺はかわさない。正面から受けず、半歩だけ外す。細線を踏み外さない。


 刃が2つ目の鋲に触れる。

 コトリ。

 音が落ちた。視界の厚みがまた、わずかに薄くなる。


「ふたつ」


 観客席のざわめきが、逆に静けさを生む。

 アーレンの額に汗が浮かぶ。彼が汗を見せるのは珍しい。層の維持に負荷がかかっている。


「まだ1つ、残っている」


「知ってる。いちばん遠い」


 いちばん遠い3つ目の鋲は、壁の角だ。拡声の残響が返る地点。

 そこへ届く道は、細くて、狭い。

 俺は体を少し捻り、視界のずれを自分の中に取り込む。嘘の線を、手の内に迎える。


 近くで、ノアが小さく舌打ちしたのが聞こえた。

 無理もない。ここは落ちやすい。やり直しは利かない。


「レイ、中央は踏むなって言ったよね」


「踏んでない。踏まずに届かせる」


 アーレンが来る。

 白手袋の先がわずかに震える。

 俺は剣を下げ、刃の腹で空気を押す。振らない。押すだけ。角度だけ。


「結果で黙らせる」


 自分に向けて言う。

 足裏が、3拍を刻む。

 ミアの導線が、最後の鋲へ細くつながった。


「ミア、カウント」


「了解。……3」


 俺は最後の一歩を、ためる。

 世界が、いやに静かだ。観客席の誰かが喉を鳴らす音まで聞こえる。


「2」


 刃が、結び目の角度に沿って落ちる。

 アーレンの視線がこちらに刺さる。

 白い指先が動く。

 視界が波打ち、砂が落ちる音だけが残った。


 ——1。

 その手前で、俺は止めた。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるのっ……!」


と思ったら


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークすると更新通知が受け取れるようになります!


ブクマ、評価は作者の励みになります!


何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ