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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第2章 冒険者としての証明

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第32話 満員の競技場、ゼロの立ち位置

旗が鳴る。

風が層になって、布の端を重ね、色と音を持ち上げる。拡声の魔導器が吐き出す声は、遅れて胸骨にコトリと当たって跳ねた。俺は歩幅を半歩だけ狭める。立つ場所は、もう決めてある。中央は踏まない。


入場通路の先で光が割れ、歓声と罵声が同時に押し寄せた。

「剣で魔法に勝てるかよ!」

「黙って見ろ、結果が出る!」

波は3拍で来て、3拍で引く。ピン、ミシ、コト。俺の耳はそこだけ正確だった。


「レイ」

袖を引く、小さな手。ミアだ。緊張で指が冷たい。

「息、合わせよう」

ノアがミアの手を包む。

「3、2、1。吸って、止めて、吐く。もう1回」

ミアの肩が上下して、すぐに整った。ノアの手の動きはいつも通りだ。段取りは、場を止めないためにある。


俺は剣帯を半歩ずらす。鞘口が鳴った気がした。

「結果で黙らせる」

自分に聞こえる声量でいい。こんな場所では、視線は刃より重い。


アリーナの土は白線で四角に切られている。角の白が、ほんの少し濃い。目地を見れば、設営班の気質が出る。几帳面、あるいは見た目重視。今日のこれは、見た目重視だ。


場内の光が落ち、審判が中央に立った。黒い杖の先に光字が咲く。

「臨時試合規定を読み上げる。致傷行為の禁止。媒体への干渉は許容範囲内。観客との距離は厳守」

条文が空に浮かび、薄く回転して全席に見せられる。政治ショーの枠が、光で描かれていく。


反対側の入場口から、白い手袋が歩いてきた。いや、手袋に引っ張られて男が歩いてくる。学院次席、アーレン・ヴァルト。礼は教科書どおり、角度も時間も美しい。

「剣で術に触れる? なら、触れさせない層を重ねればいい」

挨拶の最後、彼はそれだけ俺に言った。挑発というより、思想の提示だ。重ねる。つまり、こちらの刃の届く位置を、最初から別の場所にずらすつもりだ。


「ミア」

俺が名を呼ぶと、彼女は顎を引いて目を細めた。

「式、展開。糸をほどくように……視える、行ける」

足もとから薄い糸が、空と土のあいだに縫い目を引く。ピン。砂粒がわずかに立つ。

「右足元、錨。合わせ目は左前。線がひとつ、浅い」


ノアは会場スタッフに小さく手を上げる。

「退路標、そこ逆。救護導線は客席下から回して。……そう、それで流れは止まらない」

人が多すぎる場所では、正解はひとつではない。最悪を起こさない配置が、勝ちと同じだけ重要だ。


俺は白線から半歩外れた位置に立つ。

土のわずかな起伏、光字が作る影の薄さ、観客の視線の流れ。全部が線になる。

「1本でいく。ミア、弱点を出せ」

「出てる。そこ、左前」

ミアの声はいつもより少し高い。だが、揺れてはいない。


アーレンは手袋をパチンと鳴らし、笑った。

「立ち位置で勝ち筋を作るか。悪くない」

「そっちは重ねるんだろ」

「もちろん。見えているものを、もう一度同じ場所に描く。それだけで人は迷う」

言葉の切れ目に、観客のコーラスが混ざる。

「さっさと始めろ!」「ゼロの抜け道だ!」

ゼロ。俺についた渾名は、罵倒にも称賛にも、同じ音で転がる。


審判が杖を上げた。

「双方、構え」

会場の空気が、音を失う。代わりに音の前の音が大きくなる。砂が擦れるミシ、旗が重なるピン、遠い蝶番のコト。

「3、2——」


俺は息を置く。置いて、床を読む。

中央は踏まない。ここで踏むべきは、視線の隙と、線の継ぎ目だ。

無幻歩は拍外し。逆落は媒体だけを落とす。零式・線断は、線を断って構造だけほどく。

人は壊さない。構造だけ、ほどく。何度も何度も、自分に刻んだ言葉。


アーレンの足の親指が、ほんのわずかに砂を掬った。

白手袋の中の指が、見えない板を撫でる。

「重ねる」

彼の唇がそう動いたのを、俺は読んだ。


ミアの合図が飛ぶ。

「左前、浅い。今なら通る」

ノアの声も重なる。

「許可証は通路に。救護は外周。……行ける」

3人の呼吸が合う。ピン、ミシ、コト。

審判の杖が、下りる直前。


俺は半歩、外に出た。

観客の視線が空白を作る。その空白の縁を踏む。

剣が鞘を離れる。音は出さない。出るのは砂のささやきだけ。

「結果で黙らせる」

喉の奥で転がした音は、俺の内側にだけ届いた。


アーレンの前に、透明な薄膜が重なった。光が微かににじむ。重ね写像。

触れさせない層を、彼は本当に置いてきた。

俺の刃が触れるより前に、触れたことにされる。そんな構図だ。


「ミア」

「線、ずれる。床の木目、気をつけて」

床の木目。言われて見ると、木目が、もう1枚ある。

同じ模様が、半歩だけずれて並ぶ。

遠近がほんのすこし狂う。吐き気は来ない。だが、身体が2度目を要求してくる。もう1回、見直せ、と。

「合わせ目、左前。継ぎ目に触れれば剥がれる」

ミアの声が綱になる。


俺は無幻歩で拍を外す。

3、2、のあいだに、別の呼吸を差し込む。

刃先は、アーレンの真正面ではなく、ミアの言う継ぎ目の1歩手前に落とす。

触れない層に、触れないまま、触ったことにする。

逆落の抜きで、媒体だけを落とす。


アーレンの唇がふたたび動く。

「見失え」

見失う? 誰が?

俺か、客か、それとも彼自身か。

考える時間は残っていない。


観客が波になった。

「おおおお!」

波の前で、白線が震えた気がした。違う。震えたのは俺の視界だ。

白線が2重に見える。

線と線のあいだに、薄い空気の層ができる。

ピン。砂粒が、そこだけ立った。


ノアの声が遠くなる。

「流れは止まらない……続けて!」

審判の杖が、落ちる。


アーレンの足元に、もう1枚の影が生まれた。

彼の影が、ほんの少しだけ遅れて動く。

遅れているのに、位置は先回りする。

重ね写像が場の時間を薄くずらす。その薄さが、刃にとっては致命的だ。


俺は刃を立て、最短の線で合わせ目を縫いにいく。

刃の軌道は、俺の眼で見る軌道と、一瞬だけ重ならなかった。

木目が笑う。

いや、笑ったのは観客だ。

「当たってないぞ」

「いや、当たった」

どちらも正しい。ここでは、同じことが2度、同じ場所に置かれる。


ミアが叫ぶ。

「レイ、左、半歩!」

半歩。俺の得意な距離だ。

俺は中央を踏まず、中央の影だけ踏んだ。

空白の縁を、ふたたび踏む。

ピン。

視線の重さが、刃の軽さを引き上げる。

ミシ。

見えない薄膜が、音を出さないで裂ける。

コト。

鞘の古い金具が、遅れて鳴った。


アーレンの白手袋が、俺の刃の先に触れそうになる。

触れない。触れたことにされる。

重ねの層が、俺の感覚より先に結果を置いていく。

厄介だ。だが、剥がれ目がある。ミアが見つけてくれた。


「人は壊さない。構造だけ、ほどく」

口の中で反芻し、俺は線を断つ角度に剣を倒す。

零式・線断。

音は出ない。出るのは影の形だけだ。

白線の上に、もう1つの白線の影が乗る。

影が、ちょっとだけズレた。

そこに、俺の勝ち筋が見えた。


アーレンが目を細める。

「そこか」

彼はすぐに理解したらしい。手袋を鳴らす余裕はない。

重ねは、彼の意志だけで立っていない。場の空気、観客の期待、光字の規定。全部を織り込んだ層だ。

だからこそ、継ぎ目がある。


俺は踏み込まない。

半歩、外す。

外したまま、線だけを斬る。

視線の波が、俺の背中を押した。


「3、2——」

俺は数え直す。

時間を作るためじゃない。拍を壊すためでもない。

重ねられた時間を、数え直すためだ。


審判の杖が下りた瞬間、会場の空気がひっくり返った。

歓声と罵声が同時に膨らむ。

旗の色が重なり、光字が反射して眩しい。

床の木目が、はっきりと2重になった。


俺はそこで気づく。

2重じゃない。3重だ。

木目が、もう1枚増えている。


アーレンの声が、耳ではなく骨の方向から届いた。

「重ねる。見失え」

俺の視界が、ピン、ミシ、と鳴ってから、何かにコトリとぶつかった。


剣先が、確かに合わせ目に触れた感触。

けれど次の瞬間、合わせ目が半歩だけ移動する。

それは、俺の感覚が置いていかれたのか、場が俺を置いていったのか。

答えを確かめる前に、世界が薄く波打った。


白線が、3本。

木目が、3層。

観客の声が、3拍。


俺の足は、どれを踏んでいる?

中央は、どこだ?


考えるより早く、審判の杖が完全に下りた。

試合開始。


……その瞬間、床の木目が、もう1枚、増えた。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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