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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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第3話 落ちこぼれの査定試験

 朝の鐘が1本、澄んだ音を残して消えた。

 第1試験場。土の広場の中央に、白墨で描かれた円。掲示板には太い字で「観客距離 3歩」「医師立会い」。セシルの字だ。角が揃っていて、無駄がない。


 俺は剣帯を、半歩ぶんずらす。合図。足、腰、呼吸――3つで1つ。

 紙の端に並ぶ2つの赤い丸、ギルド印と治療所印が、朝日に薄く光った。昨日の二印。

 隅に立つ主任査定官は、無表情で巻物を開く。短く刈った髪、硬い靴音。


「臨時査定、特例1号。記録は私が行う。致傷行為は禁止。貸与媒体の破損は不問。観客は白線外。質問は?」


 俺は首を横に振る。

 セシルが観客側のロープを確認し、医師が頷いた。準備は整っている。手順が噛み合えば、怖くない。

俺は軽く息を吐き、円に入った。


「始める。――行く。結果で黙らせる」



 試技1。反応。

 円の外、木製の台に据えられた装置が、カチ、カチ、と拍を刻む。先端の筒から、魔導弾の訓練球が射出される。訓練と言っても当たれば痛い。

 発射のリズムは一定だ。タ、タ、――タア。3拍目で安定線が立ち、弾道が固定される。固定された線に、普通は盾を合わせるか、避ける。


 俺は、そこにいない。

 半歩、ずらす。


 タ、タ――の間。3拍目に満ちる前の空白。

 膝から力を抜き、足を薄く滑らせ、腰で体の向きを1枚ずらす。呼吸は3つで1つ。

 弾が空気を押し分ける前に、俺は空白を通過した。


 観客の何人かが、あれ、と声を漏らした。


「いま……詠唱が遅れた?」


「いや、あれ、ズラされたんじゃ……」


 装置が2発目、3発目を撃つ。俺は同じように、完成拍の外側を掠めて抜ける。

 空気が軽く鳴った。ピン。俺の中で鳴る、合図の音。


「反応、合格。反則なし」


 査定官の声は淡々としていた。感情は加点にならない。行為のみを記録する人間の声。

 セシルと目が合う。彼女は小さく頷き、口の形だけで言った。


「3拍目、外した」


 うん、と俺も口だけで返す。体の芯に、微かなめまいが走った。地面の目地が1瞬だけずれて見える。

 深呼吸で整える。ゼロ酔い。まだ、軽い。



 試技2。対人。

 相手は学院風の初級術士。若い。真面目そうな顔。支給の杖を握り、足を揃えて立つ。教本通りの構えだ。

 安全規定に従い、俺は刃を抜かない。包みのままの剣を背に、素手と柄で戦うことになっている。


「合図と同時に、術式を1つ。受験者は阻止を試みよ。致傷不可。媒体破壊は不問」


 査定官の手が落ちる。

 初級術士の口が開く。短詠のリズム。タ、タ――タア。

 手首の杖先に光が集まり、線が立ち始める。立つ――その前。俺は、半歩。


 歩幅を半寸だけ詰め、腰で軌道を折り、杖と手の要に柄頭をコトと当てる。

 すべては1息。反動は弱い。だが要は外れた。杖は手の内からふわりと浮き、落ちる。

 術士の指は無事。声は途切れ、集まりかけた光は霧みたいに散った。


 静寂。

 落ちた杖が土をはね、遅れて乾いた音を足した。


「反則なし。1本」


 査定官の筆がさらりと動く。

 観客席の空気が割れた。どよめきと、笑いと、感嘆と、舌打ちが1度に鳴る。


「杖だけ落とした……?」「なんだ今の、柄で」「ゼロのくせに」「いや、今の拍、見たか」


```

俺は相手に軽く頭を下げ、杖を拾って差し出す。術士は混乱しながらも受け取った。

```


 セシルの口元がわずかに緩む。目は笑っている。俺は胸の内で短く応じる。ピン。



 試技3。木製ゴーレム。

 円の外から運ばれてきたそれは、人の背丈ほどの木偶だった。関節のはぎ目が露出し、術式フレームの刻みが薄く光っている。要するに、媒体と給部を通じて立っている。

 審判が白墨で注意線を太くなぞる。セシルは観客をさらに後ろに下げる。医師は距離を確かめ、頷く。


「準備、よし。――開始」


 木偶の胸部で、術式のリズムが生まれる。タ、タ――タア。

 安定線が立つ前に、俺は読む。

 足裏で土を撫で、体を薄く、薄く。半歩。

 でも焦らない。3、2――1。

 数えることで、怖さは薄くなる。昨日から体に刻んでいた数えだ。


「3……2――」


 木偶の肩の蝶番が、微かに震えた。

 ――1。


 俺は懐へ滑り込み、柄頭で肩の内側、支点を叩く。コト。

 蝶番のはぎ目が、ミシと鳴った。

 木偶の腕が落ち、体が傾ぐ。術式の光が揺れ、給部の線が一瞬だけ空を切る。その隙に踏み込み、もう1度。

 コト。

 今度は股関節の楔が外れ、重心が崩れる。木偶は前へよろめき、胸部で光が1つ消えた。


「停止。反則なし」


 筆が紙の上を走る音がはっきり聞こえた。

 俺は1歩下がり、呼吸を整える。ゼロ酔いが喉の奥を撫でたが、すぐ遠のいた。

 観客のどよめきは、今度は少し違う質になっている。

「媒体がなきゃ……」「ただの木偶だって?」「いや、拍を読んだ……」


 俺は肩の包みを確かめる。包みの中の剣――名を与えた《Nullbladeヌルブレード》は、静かだ。刃に頼っていない。選んだのは、選択だ。


「以上、試技終了。判定に入る」


 査定官は巻物を閉じ、俺の正面に立つ。目はやはり、揺れない。


「受験者レイ・アークライト。行為のみを記録した結果――仮登録、F。認定する」


 木札が差し出された。手触りの素朴な札だ。角は丸く、刻印は深い。

 俺は受け取り、軽く頭を下げる。


「ありがとうございます」


「規定説明は受付で。安全規定は遵守。破った場合は剥奪だ」


 淡々とした言葉が続き、終わる。

 セシルが近づいてきた。書類束の角はぴたりと揃っている。


「おめでとう、レイ。――目が生きてる。明日以降の依頼は、まずはこれ」


 差し出された紙は簡単な護衛と荷運び。危険度は低い。俺はうなずき、視線だけで問う。


「今の、どう見えました?」


「反応は、3拍目の立ち上がりの半歩前。対人は《逆落》で杖だけを外した。木偶は支点を2度。全部、規定の中。――強い」


 言い切る声が、妙に心強い。

 俺は木札を握り直し、胸の内で反芻する。規定の中で、勝つ。選ぶのは刃ではなく、選択。

 勝因は、拍と構造。魔力じゃない。

 それでも、胸の奥に残る薄い刺がある。

 視線。試技の最中、背中を撫でた気配。音にならない、通過音。



 手続きが終わり、俺は試験場を出る。

 白墨の円から1歩外へ。看板の蝶番が、風で軽く鳴った。


 ミシ。


 半呼吸のあと、もう1度。


 ミシ。


 門は2度きしむ。昨日と同じ、いや、昨日より近い。

 振り返らない。振り返らないが、耳は門の向こうの空気のほどけ方だけを拾う。

 セシルが横に並んだ。声を低くする。


「見られてる。気を付けて。――でも、怯える必要はない」


「怯えてません。外すだけです」


「うん。規定の中で、外して」


 彼女はそれだけ言ってカウンターへ戻っていった。

 俺は木札を胸にしまい、深く息を吐く。

 3、2――1。

 足、腰、呼吸。半歩。

 石畳に出る。朝より人が増えて、喧噪が濃い。荷車の軋み、売り声、犬の吠え。音の面に、別の音がまぎれる。針を少しはじいたような、小さなピン。


 影は、ついてくるのか。

 それとも、ただ見ているだけか。



 治療所の前で、医師が手を振った。


「脈は?」


「問題ありません」


「無茶はするな」


「規定の中で、勝ちます」


 医師は頷き、扉を閉めた。

 俺は路地を選び、裏手へ回る。目立たない道。昨日、尾を外したのと同じ手順。

 角で足音を1度強く鳴らし、次の角で消す。影の継ぎ目をずらす。

 ピン。胸の内で音が鳴る。

 包みの中の剣が、わずかに冷える。世界の圧。

 でも、今日は、勝った。仮登録だろうと、ゼロだろうと、関係ない。紙の二印は、ただの印じゃない。継ぎを留めるピンだ。

 線を押さえれば、継ぎ目は耐える。次に、結べる。



 夕刻、第1試験場はもう空だ。白墨の円は半分ほど消え、看板は紐でくくられている。

 俺はそこで1度だけ、足を止めた。

 朝の俺と、今の俺。違うのは、木札1枚と、3拍の自信。

 門の方角から、風が吹く。

 看板が、ミシ。

 半呼吸のあと、もう1度、ミシ。

 俺は微笑む。

 来るなら、来い。

 拍は外せる。構造は視える。――だが、視線は外れない。だから、忘れない。

 ゼロは穴だ。穴は鍵穴にもなる。

 鍵は、もう、手の中にある。


 俺は踵を返し、歩き出した。

 明日は初依頼。規定の中で、勝つ。結果で、黙らせる。

 背中で、門が小さく鳴り、風が、前へ押した。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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