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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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番外編 受付嬢と2度のきしみ



 朝の鍵を回すと、扉の蝶番が小さく鳴いた。ミシ。半拍おいて、もう1度ミシ。2度のきしみは、今日の騒がしさを先回りして知らせてくる。私は内側から戸締まりを確かめ、受付台へ歩いた。


 角をそろえて積んだ申請板は、昨夜のままだ。机の端で半寸ずれていた1枚を指で押す。カタン、と音が整う。紙の目地が揃うと、頭の糸も同じように真っ直ぐになる。


「おはよう、セシルさん。今日は混みそうだね」


 食堂の奥で湯気を上げる鍋の番をしていた見習いが顔を出す。私は微笑んで頷いた。


「臨時査定の朝だからね。手順は確認通り。医務の連絡は半時おきに取る」


「了解。鐘を3回鳴らせばいい?」


「2回で十分。3回は火災か外敵の時」


 扉を押す音。最初の来客が早歩きで入ってくる。口々に噂を運び、視線は掲示板の赤札へ吸い寄せられた。


「ゼロが試験に出るって話、ほんとなのか」

「面倒はごめんだぜ。規定破りは勘弁」


 私は呼吸をひとつ深くして、受付台の朱肉を開けた。ピン、と乾いた音が指に返る。印綬の鎖は冷たい。


「臨時査定は規定内で運用します。観客距離は3歩、媒体は致傷不可、補助は2名まで。危険と思えば中止します。以上、掲示通り」


 ざわめきは収まらないが、波は低くなる。列の先頭に、白衣の男が割り込んだ。綺麗に整えられた髭。胸元に神紋の刺繍。声はよく通る。


「私はヒーラー。臨時査定には専属の監督印が必要だ。私の印で十分だろう。安全はすべて保証する」


 そう言って、男は自分の印綬を机に置いた。朱の紐が光る。私は笑って、その印を持ち上げた。重さは本物。けれど、指に伝わる気配が軽い。


「規定では監督印の同席は任意。けれど、私たちが守るのは規定の文字ではなく、ここで働く人と街です」


「なら、なおさら私の印を。ギルド印は1つで足りるはずだ」


「1つでは不備です」


 私が言い切ると、男は眉を上げた。周囲の冒険者も、小さく息を呑む。私は机の上に申請板を1枚置き、印影の位置を示した。角と角を合わせる。目地は揃う。


「監督印は時に利益と結びつく。だからこそ、別の系統の判断が必要です。医務の立会い印。2つの印影を並べる。二印。これなら、穴は通路になる」


「前例はあるのか」


「今日から作ります」


 男の口元が歪む。背中で誰かが笑った。その瞬間、押し合う気配。肩がぶつかり、印台が傾いた。朱肉の方が音を立て、印綬が机の端から落ちかける。


「あっ」


 誰かの声。私の手が届く前、細い指が印綬の鎖を押さえた。落ちる前の一瞬で、指1本が重さを止める。ピン。乾いた音が空気を締め、印綬は机の上に戻った。


「落ちるぞ」


 短い声。振り向くと、黒い剣帯を半歩ずらした少年が立っていた。視線は印へ。顔は私を見ない。列の別の冒険者が彼に文句を言いかけ、飲み込んだ。彼の肩からは、距離を測る癖が見えた。


「助かりました」


「通りすがりだ」


 少年はそう言って、何も取らずに列から離れた。背の向こう、閉じた扉の外で風が1度、途切れる。ミシ。半拍おいて、もう1度。ミシ。2度のきしみが耳の奥に残る。


 黒外套の影。見に来ている。


 私は印台をまっすぐに戻し、朱肉の蓋を閉めた。余計な力は入れない。手の震えをごまかすためではない。目の前の目地を揃えると、空気の乱れが少しだけ静まる。


「二印の件、医務と確認を取ってから掲示します。それまでは臨時査定の受け付けを停止します」


「仕事を止めるのか」


 白衣の男が肩をすくめる。周りの視線が刺さる。私は彼に笑いかけた。


「止めるのは、誰かが怪我をする未来です」


 彼は私を値踏みするように見つめ、顎を少し上げた。


「そうか。ならば、医務の印を取ってこい。今日中にだ」


「鐘が2つ鳴る頃までに返事をもらいます」


 男は印綬を拾い、裾を翻して去った。扉が開く。ミシ。半拍。ミシ。私は見習いに目配せし、連絡用の鐘を指さした。


「医務へ連絡。立会いについての承認可否。院長か代理の印が必要」


「はい」


 見習いが走り、私は列の先頭を入れ替えながら処理を進める。紙を置く。角を整える。印を押す。ピン。手の中のルールが、ひとつずつ街へ降りていく。


 昼前、鐘が1度、鳴った。見習いが走って戻る。汗まみれの顔で、封書を差し出した。


「医務の副院長から。臨時査定は条件付きで承認。観客距離3歩、媒体致傷不可、配布薬は医務管理のものに限る。立会い医師1名の派遣も可能。ただし午後から」


「ありがとう。水を飲んで。鐘は一度だけでよかったのに」


「もう一度鳴らしていいですか。嬉しかったので」


「いいよ。2度目は私のため」


 私は封を開き、印影の型を確認した。印綬の重さは、先ほどとは比べものにならない。紙の目地に印影を重ねる。角は半寸も狂わない。押す。ピン。片方の影が、紙の上で呼吸を始めた。


 受付の前には、白衣の男が戻っていた。背後に数人連れている。彼は私の手元を見て、口の端を上げた。


「で、2つ目の影は」


「これからです」


 私は扉の方へ目を向けた。通路の向こうから足音。ここまでの距離を正確に測ったみたいな、整った歩幅。医務の袖章をつけた女医が現れ、無駄のない挨拶をした。


「立会い医師、クラーラ。承認文書の原本と、印」


「ギルド受付、セシル。掲示の条件に合意をいただけるなら、二印の運用を今日から開始します」


「賛成。あなたたちが守ろうとしているのは、規定ではなく人でしょう。ならば、印は2つ要る」


 私は文書を机に置き、角と角を合わせ、女医の印を受け取った。朱肉はさっき開けたまま。蓋の影も揺れない。押す。ピン。2つの印影が並び、紙の上に2つの呼吸が宿る。揺れない。


 白衣の男は舌を打ち、形だけ肩をすくめた。


「ふん。勝手にやれ。後で文句が出たら、その時は責任を取るんだな」


「もちろん。責任はここに置く。だから、ここで受け取る」


 彼は踵を返し、連れてきた者たちと共に去った。扉が開く。ミシ。半拍。ミシ。2度のきしみがまたしても耳に残る。黒外套の気配は色を変えず、窓の外の影だけが少しだけ伸びた。


「掲示を更新する」


 私は白墨を取り、掲示板へ向かった。白墨は乾いていて、指に粉が残る。書く。臨時査定の条件。観客距離3歩。媒体致傷不可。立会い医師必須。二印。最後に小さく、今日の日付と私の名。


 背中から、控えめな拍手が起きた。片手だけの音。やがて左右の手が揃い、温度のある音に変わる。私は振り向かない。書いた字の歪みを指で直し、目地を揃える。これで、落ちにくくなる。


 午後。臨時査定に向けて、少年がひとり、受付台に立った。黒い剣帯を半歩ずらした、あの少年だ。目は真っ直ぐ。声は短い。


「臨時査定の申請。俺は危険を、規定内で止める」


「申請書はここ。規定はここ。二印はここ」


 私は紙を渡し、彼の指が迷わないよう、角と角を示した。彼は頷き、名前を書いた。字は癖がない。迷いが少ない。印影の下で、朱がきれいに呼吸する。


 立会い医師の姿は、扉の近くにある。白衣の男は戻らなかった。もし戻っても、もう穴は通路になっている。印影は2つ。紙の目地は揃っている。扉の蝶番も、油をさした。


 日は落ち、窓の外が金に染まる。私は申請板の角をそろえ、朱肉を拭き、白墨をしまった。最後に、机の端に置いた2つの印影を並べて見る。半寸も狂わず、真四角に並ぶ。静かな決め絵だ。


「セシルさん。今日の最後の鐘、鳴らします?」


 見習いが顔を出した。私は頷いた。


「1度でいい。2度は、もう聞いたから」


 鐘が鳴る。軽い音。扉の向こうで、風が1度だけ途切れた気がした。ミシ。半拍の空白。けれど、2度目のきしみは来ない。私は胸の内で小さく笑い、札を1枚、掲示に足した。


〈臨時査定 二印必須〉


 明日も混むだろう。文句も来るだろう。けれど目地を揃え、印影を並べ、扉に油をさしておけば、街は今日より少しだけ安全になる。規定は人を縛るためではない。守るためにある。なら、私の仕事は決まっている。


 紙を束ね、灯りを落とす。小さな光が消える時、机の角でピン、と音がした。私の中の線が、一本だけ強く張り直される。さっきの少年の横顔が、少しだけ目に浮かんだ。短い声と、指一本のピン。あの静けさは、好きだ。


 扉を閉めると、蝶番が小さく鳴いた。ミシ。半拍。私は待つ。2度目は来ない。今日の二印が、ここを支えている。そう思いながら鍵を回し、私は夜の街へ1歩踏み出した。


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