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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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第2話 ギルドは門前払いから

 朝の空気は、まだ冷たい。

 ギルドの大扉の前で、俺は1度だけ息を整える。剣帯を、半歩ぶんずらす。癖というより、合図だ。足、腰、呼吸――3つで1つ。

 手をかける。木の蝶番が、短くきしんだ。


 ミシ。


 継ぎの甘さが、音になる。俺はその音を耳の奥にしまい、扉を押し開けた。



 中は天井の高いホールだ。朝から人が多い。匂いは、革と鉄と油と、少しだけ酒。掲示板の前に人だかりができて、各国の言葉で書かれた依頼票が風に揺れる。

 受付のカウンターは長い。右端は冒険者登録、左端は支払い。その中央で、携行式魔紋計が淡く光っていた。針が動けば、数字が出る。未来が並ぶ。動かなければ――


「次の方」


 呼ばれた。俺は歩く。足裏で床の継ぎ目をなぞり、退路と出入口を目で順送りに確認する。

 カウンターの向こうで、女が1人、書類の端を正確にそろえていた。髪は栗色、瞳は淡い灰。小さな癖が目に入る。紙の目地を、半寸だけ指先で整える癖。

 目が、生きている。


「登録希望?」


「はい。レイ・アークライト、17。武器は剣」


「魔力判定は?」


「……ゼロ、です」


 携行式魔紋計に手を置く。ガラスの中で、自分の顔と、空っぽの針が2重に映った。

 受付の隣から、あくび混じりの声が落ちる。


「記録、ゼロ。以上」


 乾いた声が床に吸われたあと、少し遅れてざわめきが広がる。

「ゼロ?」「へえ」「笑わせる」

 口元だけが笑って、目は笑っていない。昨日も見た、いつものやつだ。俺は反論しない。かわりに、出入口、窓、内階段、非常導線――目でなぞって、置き場を頭に地図化する。


「規定では、登録はできません」


 受付の声は、教本の1行みたいに平板だった。

 でも、次の1拍で、すこしだけ、声に温度が宿る。


「――でも」


 俺は顔を上げる。彼女の指先が、書類の目地を揃え、止まる。視線は俺の足首と腰と、呼吸のリズムを見ている。


「あなた、足の縫いが崩れない。目も、周囲を順に見ている。魔力がゼロでも、生き延びる目をしてる」


 周囲のざわめきが、別の質の静けさに変わる。

 受付の名札には、セシルとあった。彼女は軽く顎を引き、書類束から1枚を抜き出す。


「規定の運用で、臨時査定の特例がある。受けてみる?」


 特例。運用。言葉は固いけれど、意味はシンプルだ。

 俺はうなずく。


「受けます。規定の中で、勝ちます」


 セシルの口元が、かすかに笑う。笑っているのは、目だ。


「よろしい。では――」


 彼女が用紙をひらく。印の欄が、2つ並んでいる。ギルド印と、治療所印。二

印で確定、と小さく書いてある。

 セシルは万年筆をとり、さらさらと条件を書き足した。


「臨時査定・特例1号。場所は第1試験場。安全配慮が条件。観客距離を確保、致命所は不可。特に媒体(杖)の破壊は不可。いい?」


「了解」


「明日の朝、鐘が1本鳴り終わったら開始。遅刻は不合格」


「間に合います」


 短い会話で、手続きは半分終わった。

 そのときだ。横から、肩がぶつかった。


「おい、どけよ」


 粗暴な声。がっしりした冒険者が、肩で押し通ってきた。肘が紙束をはじき、木の印章が宙に浮く。

 印章は、回転しながら落ちていく。重さで押せば、カウンターの角に当たって欠ける。印は欠けたら使えない。次の人の登録が止まる。行列が詰まる。苛立ちが増える。些細な事故が、大きな面倒につながる。

俺は、半歩だけずらした。踵を外に開き、肩の向きを1枚、薄くずらす。

 落ちてきた印章の線だけを、指先でピンと止めた。

 軽い手応え。空気が薄く鳴る。

 冒険者は俺を押しのけたまま、何も気づかずに行ってしまう。印章は無事だ。机の上。セシルの手元。


「ありがとう」


 セシルが、短く言った。声は感情を省いたのに、温度はあった。

 周囲の空気が少し変わる。笑いの角が、引っ込む。


「今の、意図的?」


「当たり前です。ぶつかられたときに崩さない縫い目は、練習してます」


「なるほど」


 セシルは印章を押しながら、視線を窓の外へ送った。ほんの一瞬、何かを追うように。

 風の通り道が、ひときわ強く、ホールを横切った。通過音。黒外套の裾みたいな、影。

 気のせい、ではない。俺は胸の奥がわずかに冷えるのを感じた。


「では、続き。臨時査定の説明は、こちらで」


 セシルがカウンターの端を指す。カーテンの向こうは、狭い事務室だった。棚に整然とファイルが並び、壁際の黒板に注意事項が白墨で書かれている。

 セシルは黒板の隅を軽く叩き、白墨を手に取った。


「念のため、追記。観客距離は2歩。刃の向きは必ず試験官の指示に従うこと。破損が出た場合は即時中断。わかりやすく、太字で」


 キュッ、キュッ。

 白い線が重なり、太くなる。俺は頷いた。


「規定、好きなんですか」


「好きというより、守ると強い。規定の中で勝てる人は、現場でも死なない。死なせないための規定だから」


「俺も、死にません」


「死なないで。死なない人に、印を押したい」


 彼女は万年筆をくるりと回し、書類の1つにギルド印を押した。赤い丸が、白い紙に2つ並んだうちの片方を埋める。

 もう片方は、治療所。試験前に医師の確認を受ける必要があるらしい。

 二印。2つの丸。2つの目地。

 頭の中で、音が1つ、鳴る。ピン。

 線を押さえる音。紙と紙の、世界と世界の、合わせ目を止める音。


「それと」


 セシルが身を乗り出した。声を落として、俺だけに聞こえる音量で。


「あなた、ゼロなのに、目が泳がない。目が生きてる。その目は、もう少し言葉で支えてあげて」


「言葉で?」


「規定の中で勝つ。さっき言ったでしょ。それ、いい。あなたの足運びに、言葉を合わせる。言葉で、目地を揃えるの」


 言葉で目地を揃える。変な比喩だ。だが、妙に腑に落ちた。俺はうなずく。


「……やります。規定の中で、勝ちます」


「よろしい」


 セシルは満足げに笑みを引き、ペン先で集合時間に○を付けた。

 その輪は、ほどけない結び目に見えた。


「質問は?」


「1つ。媒体破壊が不可なのは、杖を折れば魔法使いを無力化できるから、ですか」


「そう。けれど、ギルドの保険が適用できなくなる。観客に飛散して2次被害も出る。規定の中で勝つなら、折らずに止めるほうが、ずっと強い」


 折らずに止める。

 俺の中で、昨日の灰衣の男の声が蘇る。選ぶのは刃じゃない。選択だ。

 選択の重さ。選択の足運び。


「……わかりました」


「それと、明日の試験官は主任査定官。記録主義の人。『行為のみを記録する』って言うタイプ。感情は加点も減点もしない」


「なら、やりやすい」


「うん。あなたに向いてる」


 事務室の時計が、短く鳴った。半刻。

 セシルは書類を閉じ、クリップで留める。その動作も、目地を揃えていた。隙間が出ない角度で、ぴたり、と。

 俺は包み――《Nullbladeヌルブレード》を包んだ布――を肩で整え、立ち上がる。


「じゃあ、今日はこれで」


「待って。最後に、注意をもう1つ」


 セシルは窓の外を1瞥した。ほんの、半拍。


「――ギルドの出入りは、見られてる。門は2度きしむから」


 鳥肌が立つ。彼女の言い方は淡々としていたが、指先だけが、目地をそろえるみたいにわずかに震えた。

 俺はうなずく。言葉を短くする。


「気をつけます」


「うん。生き延びて。明日、また」



 ホールに戻ると、混雑は少し落ち着いていた。先ほどの粗暴な冒険者は、どこかへ行ったらしい。

 受付の脇を通ると、モブたちの視線が刺さる。刺さるが、致命ではない。昨日より浅い。

 俺は、応えない。反撃しない。

 扉へ向かう途中、掲示板の端で、紙束が盛大に落ちる音がした。若い職員が慌てて拾おうとして、さらにひっくり返す。

 足が、自然に動いた。半歩、ずらす。

 紙は1枚も散らばらない。俺が、隙間に指を差し入れて線を止めたから。

 若い職員が礼を言う。俺は軽く手を上げ、歩く。

 小さな所作を積んでいく。今は、そういう時期だ。


 扉の前で、俺はもう1度だけ息を整えた。剣帯を、半歩ぶんずらす。

 押し開く。蝶番が、きしむ。


 ミシ。


 外の光が差し込み、ホールの床の目地を真っ直ぐに照らした。俺はその線を跨ぎ、外へ出る。


 風が、頬を撫でた。

 その半呼吸あと、背後で、もう1度。


 ミシ。


 俺は振り返らない。振り返らないけれど、耳は、扉の向こう側の空気のほどけ方だけを聞き取る。通過音。影。

 門は、2度きしむ。

 1度目は、俺が出た音。2度目は、誰かが、見ている音。


 肩の包みが、わずかに冷えた。

 歩き出す。足、腰、呼吸――3つで1つ。

 通りの石畳に、朝の露が光っている。市場へ向かう荷車。犬の吠え声。井戸端の笑い声。全部を聞きながら、俺は道を選ぶ。人通りの少ない裏路地。回り道でも、尾を外すにはこっちがいい。

 曲がり角で、わざと足音を1度だけ強く鳴らし、次の角では音を消す。

 影が追いつく前に、影の継ぎ目をずらす。

 ピン。心の中で、音を1つ鳴らした。



 昼前、治療所は空いていた。白衣の医師は無言で聴診器を当て、脈を取り、簡単な質問をし、最後にひと言だけ言った。


「無茶はするな」


「しません。規定の中で、勝ちます」


 医師は眉をわずかに上げ、印章を押す。赤い丸が、書類のもう1つの欄を埋めた。

 二印が並ぶ。2つの丸は、合わせ目がぴたりと合って、継ぎ目に隙がない。

 紙は薄いのに、重さが出る。

 俺はそれを胸に入れた。



 夕方、ギルドの裏手にある小さな広場で、俺は軽く体を動かした。

 足、腰、呼吸。半歩。

 木の棒を相手に、杖を折らずに止める練習。刃の向きは空へ。力は目地に沿って逃がす。

 棒が折れかける瞬間、手首をわずかに返して、衝撃を逃がす。

 ピン。

 音はもう、幻聴じゃない。俺の合図だ。線を押さえる、針の音。

 汗が顎から落ちるころ、日が傾いた。俺は包みを持ち直し、広場を後にする。

 明日の朝、鐘が1本鳴る。第1試験場。主任査定官。行為のみを記録。

 わかりやすい。ありがたい。



 夕刻の通りは、人間の声よりも荷車の軋みが目立つ。

 俺は道の端を歩く。足音を薄く、呼吸を静かに。

 風向きが変わった。背中で、空気の縫い目が、ミシ、と鳴る。

 振り返らない。けれど、夜明けの丘と同じ、あの気配だ。


「――来るなら、来い」


 声は小さく、短い。通りの雑音に溶けたはずなのに、自分の耳にははっきり届いた。

 角を1つ、過ぎる。わざと足音を鳴らして、次の角で消す。尾が迷うように。

 影は、つかず離れず。

 俺は歩きながら、指先で書類の端をなぞった。二印。2度のきしみ。

 明日の朝、継ぎ目で会おう。

 俺は、ゼロのまま、選ぶ。刃じゃなく、選択を。

 生き延びる。規定の中で、勝つ。結果で、黙らせる。


 そして、門は、きっとまた、2度きしむ。

 その音に、俺はもう、怯えない。むしろ――次の1手の合図として、待っている。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
情景描写が美しい。説明過多というわけでも無く、必要最低限といったところでしょうか。 文全体も比較的読みやすいため、スラスラと読んでしまいます。 個人的にはもっと評価されても良い作品です! 良い作品に出…
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