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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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第10話 3人目の席は空けておく

 朝の診療所は、湯気と木の匂いが混じっていた。

 ミアは椅子に座り、額の包帯を指でそっと押さえる。表情は悪くない。眼の焦点も合っている。


「動けるよ。式、少しなら見える」


「無理はさせない。情報が先だ」


 医師は脈を取り、短く頷いた。


「過視は引きぎみ。視るのは最大で3分、同じ時間は必ず休む。甘いものを少し、睡眠は多め。夜は出ないこと」


「了解。運用に落とします」


 俺は荷物を持ち、剣帯を半歩ずらした。合図。足、腰、呼吸――3つで1つ。

 診療所の扉を開けると、蝶番が短くきしんだ。


 ミシ。


 半呼吸のあと、もう1度。


 ミシ。


 門は2度きしむ。今日も、誰かの視線は外れない。



 宿を替える。

 選んだのは、表の大通りに面していて、裏口が市場へ抜ける小さな宿だ。出入口が2つ。夜は鍵を二重にできる。廊下の目地も整っている。


「2人部屋をひとつ。裏口は朝、何時に開く」


 カウンター越しに尋ねると、宿主は帳面をめくった。


「夜明けの鐘から。裏は市場の準備で人通りが早い。静けさは保証できないが、逃げるには良い」


「裏から市場、そこから大通り。3手で抜ける。鍵は表裏とも二重に」


「任せなさい」


 鍵束を受け取り、階段を上がる。

 段差のはぎ目を踏まないよう、半歩ずつ位置をずらす。部屋の扉を開け、窓のピンを確かめ、枠の隙間を指でなぞる。

 机を壁際から少し離し、足の引っかかりを消す。椅子を窓から半歩だけ奥へ。寝台は窓直下を避け、壁沿いに回す。

 白墨で床に小さな点を打ち、退避線を矢印で引いた。


「こっちが裏口、ここが集合。迷ったら白い点を追う」


「わかった。点と線で、覚える」


 ミアは机の上で指を動かし、小さな印を重ねる。

 指先の震えはもう目立たない。呼吸が揃っている。



 生活は、武装だ。

 昼前、必要なものを買いそろえる。護身用の木棒を2本、布テープと白墨、笛を2つ、甘い糖蜜の小瓶、保存食に乾いたパン。

 秤の針が揺れて止まる。


「合計で2kgまで。軽いほど線を追える」


「うん。これなら大丈夫」


 残金を計算する。

 出発前は1.2G。宿の前払いで0.2G。日用品で0.4G。残りは0.6G、うち予備を差し引いて可処分0.4G。

 次の依頼は必須だ。


「安全等級は★か、せいぜい★★。広域は避ける。点から線に育てる仕事を拾う」


「わたし、タグ付けできる。距離は10歩までなら、はっきり」


「了解。無理はしない」


 笛の鳴らし方も決める。短音を2回、長音1回で集合。

 木棒の握りを布で巻き、ミアの手首には布テープのリングを作った。引けば外れる仕掛け。掴まれたら即座に離脱できる。


「重くないか」


「うん。軽い。指が冷たくならない」


「それでいい」



 午後は、合図の仕様を合わせる。

 机に白墨で短冊のように書く。


 指2本は3秒後に動く。

 視線が右上なら、俺が半歩先に抜ける。

 地面を2回タップしたら、即伏せ。

 右下を指したら錨。

 二点は合わせ目。

 胸の前のバツは休息。


「3、2――一。動く」


 俺が言い、ミアが指を2本出す。

 3秒後、同じ方向に半歩だけ滑る。

 動きが揃う。呼吸が揃う。

 背中に汗が薄く浮き、だが体は軽い。


「右下、錨」


「了解。支点をコト」


 木棒の柄で、床の節を軽く突く。空気が少し緩むのを、ミアの首の傾きで確認する。

 二点、合わせ。

 撫でて、ほどく。

 コトリ。


「よし、次」


 繰り返し、繰り返し。

 3分やったら3分休む。甘いものを少し舐める。

 ミアは胸の前でバツを作り、肩を上下に1回だけ揺らして呼吸を整える。


「楽にできる。頭も痛くない」


「いい流れだ」


 窓の外で荷車が通る音。市場から果物の匂い。

 部屋の中に、使い勝手の良い沈黙が降りた。



 夕方、ギルドで依頼を3つピックした。

 街路の見回り、倉庫のタグ整理、泉の護符点検。どれも安全等級は★から★★。

 受付に顔を出すと、セシルが目だけ笑って書類の角を揃えた。


「医師印は有効。今日は休める。明日の朝、見回りひとつ空いているけど、取る?」


「取る。規定の中で、勝つ」


「よろしい。ではこれ。もし何かあれば、笛を。巡回に回る」


「助かる」


 短い会話で済ませ、俺たちはすぐ宿へ引き返した。

 通りの灯が順々に灯る。空気が夜に替わる手前。扉は、相変わらず2度きしむ。



 部屋に戻ると、机の上に椅子を3脚並べた。

 コップも3つ。

 ひとつは空のまま。

 ミアが首を傾げる。


「3人目」


「うん。3人目の席は空けておく」


「ノアって、どんな人」


「うるさい。計画が強い。俺の無茶を、計画の内側に縫うやつだ」


「へえ。会ってみたい」


「会える。伝言があった。王都寄りで合流可、だそうだ」


 宿主が置いていった木札を机に置く。角の欠けは小さいが、削り方が几帳面だ。ノアらしい。

 俺は息を細く吐き、椅子を見渡す。


「足りないものは、その席が教える。水がない、布がない、地図が古い。そういう綻びを、空席は教えてくれる」


「席が、錨になる」


「ああ。生活の錨だ」


 ミアはコップを3つに指で小さな印を付け、砂糖と水を入れ替えて並び替えた。

 俺は笑って頷く。

 こういう遊びが、線を確かめる。



 夜の稽古は軽く。

 半歩ずらし、木棒の柄で支点に触れ、合わせを撫でる。

 ミアは指で短く指示を出す。

 指2本、3秒後。

 右下、錨。

 二点、合わせ。

 胸の前でバツ。休む。

 3分やって、3分休む。

 甘いものを1口。

 この繰り返しが、いちばん強い。


「明日の見回りは、道標の合わせ目を2点外す。危険があれば、即撤退。笛は短2、長1で集合」


「了解。距離は10歩までなら、はっきり見える」


「俺は背中を持つ。前だけ見ろ」


「うん」


 ミアの返事は短いが、芯が立っていた。



 窓を閉め、鍵を2つ回す。

 表の鍵、裏の鍵。

 錠前のピンが、指先の感触で噛み合う。

 白墨の矢印を足元にもうひとつ描き足し、机の端には明日の手順の紙を置いた。


 起床。

 甘いものをひと口。

 呼吸合わせ。

 見回りルート、3本。

 戻り道、2本。

 笛の合図、共有。

 危険は即撤退。

 仮保護、二印で盾。

 記録、必ず残す。


「レイ」


 背中でミアの声がする。

 振り向くと、彼女は空席の椅子に視線をやった。


「その席、わたしの友達も座れるかな」


「座れる。強い計画は、席を増やす」


「なら、はやく、来るといいね」


「ああ。はやく、来るといい」


 俺は灯をひとつ落とし、部屋の輪郭を柔らげた。

 ベッドと床の間の線が夜の色に沈み、白墨の点だけが小さく光る。

 風が通り、窓の枠がわずかにきしむ。


 ミシ。


 半拍おいて、もう1度。


 ミシ。


 視線は外れない。

 拍は外せる。

 なら、準備で勝つ。

 俺は胸の奥で針をひとつ弾いた。


 ピン。


「寝よう。明日は早い」


「うん。3、2――1」


 同じリズムで目を閉じる。

 呼吸が揃い、部屋の音がゆっくり薄くなる。

 空の椅子が、夜の中で静かな錨になっていた。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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