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魔法が支配する世界でただ一人、剣で魔法を斬る男 ~ゼロ魔力でも世界を結び直す更新攻略~  作者: 夢見叶
第1章 零の少年と一本の剣

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第1話 魔力ゼロの俺と一本の剣

 針は、動かなかった。

 携行式の魔紋計。村で一番まっとうで、残酷な機械だ。丸いガラスに俺の顔と空の針が2重に映っている。指先に汗がにじみ、喉が乾いた。けれど、黙って見ているしかない。


「……ゼロ。記録、以上」


 判定師の声は乾いていた。乾いた声は、乾いた土に吸われるみたいにすぐ広がる。


「ゼロ、だってさ」「ほら見ろ、光らない」「畑でも耕してろよ」


 口元だけが笑う。目は笑っていない。俺は、彼らの笑いの形が嫌いだった。


「笑うなら勝手に笑え。俺は――生き延びる」


 言葉は小さかったけれど、自分で聞こえるくらいには硬かった。俺がそれを言い終わると、誰かが舌打ちした。誰かは肩をすくめ、誰かはため息をついて散っていく。

 俺は魔紋計のガラスをもう1度のぞき込んだ。針はやっぱり、動かない。空っぽの穴みたいに、そこにあるだけだった。


 魔力があるやつは、光る。数字が出る。未来の選択肢が並ぶ。

 俺には、ない。

 けれど、ないから見える場所だって、きっとある。



 昼過ぎの原っぱは、暑い。風はあるけれど、草の匂いを混ぜながら、のろのろ巡っている。

 俺は木剣を持って、足の裏に草の感触を確かめる。右、左。半歩、ずらす。


「足、腰、呼吸――3つで1つ。半歩ずらせ」


 口の中で繰り返す。これは誰かに教わったんじゃない。見た。田舎の喧嘩、巡回兵の稽古、旅の剣士が気まぐれに振った1太刀。全部を盗み見て、頭の中で組み替えた。

 息を吐く。肩の力を、落とす。

 木剣が空を切り、樹皮に白い薄線1本、すっと残った。線は細くて、だけどはっきりしていた。白墨をかすめたみたいな、乾いた線。


「……いける」


 誰に認められなくても、俺は俺の線を見る。

 もう1度。半歩ずらして、振り下ろす。線は2本。2本の隙間に、わずかに、空気が鳴った気がした。

 ピン。

 そう、針金を弾いたみたいな、小さな音。幻聴かもしれない。でも、俺は耳に仕舞った。俺の辞書の、1ページ目に。


 汗が目に入って、視界が滲む。木剣を地面に立てかけ、水袋に口を付ける。

 喉を通る冷たさが、急に心細くなる。今日、俺はゼロになった。村の中で、もっとも簡単に諦められるやつになった。

 だけど、ゼロは穴だ。穴は、鍵穴にもなる。


「……鍵が、あれば、の話だけどな」


 独り言に、自分で笑った。

 太陽が傾き始める。影が伸びて、原っぱが金色に染まる時間。俺は木剣を背負って、丘へ向かった。黄昏の風は、昼より少しだけ急ぎ足だ。



 黄昏の丘には、1本の痩せた木と、草の波と、沈む太陽がある。

 それから、今日はもう1つ。


 灰色の外套の男が、俺の足を見ていた。

 黙って、ただ、見ている。嫌な視線じゃない。間違い探しみたいな、淡々とした目だ。


「……練習を、見られてました?」


 俺が言うと、男はうなずきもしないで、小石を拾った。指先でつまみ上げ、俺の右足の甲に、コツ、と当てる。


「足が死んでる。半歩、ずらせ」


 短く、低い声。知らない人の声なのに、聞き慣れたルールみたいにすっと入ってきた。

 俺は言われたとおり、半歩ずらした。

 男は、俺の腰を横から見て、また小石で、今度は踵をコツ、と叩いた。


「腰も、呼吸も、いっしょ。3つで1つ」


「……はい」


 なぜか、反射で返事が出る。

 男は俺の顔を見た。近くで見ると、年は読めなかった。若いとも、老けているとも言えない。灰色の外套、灰色の髪、灰色の目。色が抜けているというのではなく、色が混ざりすぎて灰になった、みたいな。


「お前、ゼロか」


「今日、判定出ました。ゼロです」


「ふうん」


 それきり、男はまた俺の足元を見た。

 会話が切られて、ふっと胸が軽くなる。軽くなった分だけ、少しだけ、言いたいことが漏れた。


「ゼロですけど、だから届く場所が、あると思ってます」


 男の眉が、ほんの少しだけ動いた。

 それから、ゆっくりと丘の上を指さす。痩せた木の根元に、白い線がうっすらと残っていた。誰かが粉チョークで引いたみたいに細い線。風で消えかけている。


「見るな。感じろ。感じたら、決めろ」


 線を見ながら言われる、「見るな」は矛盾している。でも、声に怒りはない。

 俺は木剣を抜いた。線のそこだけを、狙う。

 呼吸を合わせる。足、腰、呼吸――3つで1つ。半歩、ずらす。

 木剣の切っ先で、線の端を、コト、と外した。ほんの気持ちだけ、空気の張りがほどける。


 ピン。


 今度は、確かに鳴った。喉の奥で鳴ったみたいに、淡い音だ。

 男は少しだけ顎を引いた。無言の「まあまあだ」という顔。褒め言葉じゃない。でも、悪くない。


「昔、ゼロで世界を繋ぎ直した奴がいた」


 男が言った。風の向きが変わって、灰色の外套の裾が揺れる。


「……繋ぎ直す?」


「線と線の、継ぎ目を。名前は、消されたけど」


「消えるほどの話、ってことですか」


「消さなきゃ困る連中が、いた」


 男は空を見上げた。茜色。日と影の境界は、はっきりした線になって、丘を2色に分けている。

 俺は、その境界に自分の足を置いた。半歩ずらす。境界線の上に、踵を乗せる。


「……もし、その話が本当なら、俺は嬉しいです」


「なぜ」


「ゼロでも、鍵穴になれる。そういう話だから」


 男は、ふっと笑った気がした。目尻が少しだけ、柔らいだ。

 それから、外套の中から、細長い包みを取り出す。灰色の布で、丁寧に巻かれている。

 胸が、勝手に高鳴った。


「選ぶのは刃じゃない。選択だ」


 男が包みを俺に渡した。手のひらに、ずしりと重みが乗る。

 包みの布越しに、形がわかる。剣だ。けれど、そこにあるのに、影が薄い。光を飲む、というより、光の当たり方がずれているような。

 俺はそっと、包みを開いた。


 そこにあったのは、虚ろな剣だった。

 黒いわけじゃない。透明でもない。輪郭だけがはっきりして、中身が空洞みたいに軽く見える。だけど、持つ手首に、世界の重さがのしかかってくる。


「っ……重い。世界が、軋む」


 膝が、わずかに揺れた。支え直す。呼吸が乱れる。3つで1つを、思い出す。足、腰、呼吸。半歩。

 3呼吸で、握り直す。

 男は、じっと見ていた。何も助けないし、何も責めない視線だった。


「名前は?」


「お前が、決めろ」


「……だったら、仮で。虚ろ剣――《Nullbladeヌルブレイド》」


 口にした瞬間、掌に冷たいものが走った。剣が、わずかに鳴る。鳴ったのか、俺の脈が鳴ったのか。

 ピン。

 男は、やはり何も言わない。けれど、その沈黙は、肯定に近い。


「使い方は、教えてくれるんですか」


「いいや。お前が決める。選択だ」


「選ぶのは刃じゃなく、選択」


 繰り返すと、言葉は少しだけ温度を持った。

 俺は剣を持ち上げて、包布に戻した。布越しに伝わる輪郭は、やっぱり薄い。なのに、腕は軽く震えている。

 これが、穴に差し込む鍵かもしれない。

 鍵であり、楔であり、継ぎを留めるピンであり。そんな予感がした。


「お前の足運びは、悪くない」


 男は言った。褒め言葉だ。今度は、間違いなく。


「ただ、死ぬな」


「はい」


「また会う。死んでなきゃ、な」


 あまりにも自然に言われて、俺は笑った。

 死なない。生き延びる。結果で、黙らせる。

 それが、今日の朝、魔紋計の針が動かなかったときから変わらない、俺の目標だ。


「……あの。昔話の、続き。聞きたいです」


「続きは、お前が歩けば、勝手についてくる」


 男は踵を返した。灰色の外套が、夕闇に溶けるように遠ざかる。

 俺は包みを抱えなおし、痩せた木の前にしゃがみ込む。粉チョークの線は、もう半分以上消えている。俺は指でなぞって、残りを覚えた。

 線は、ただの線じゃない。物と物の間を定義する、見えない境目。

 剣は、その境目に触れる。

 それが、今の俺にわかる、ただ1つのことだ。



 夜が、丘の上まで追いついてきた。

 星の出るタイミングは、いつも曖昧だ。暗い布に、1つ、2つ、と針穴が開いていく。

 俺は包みの上から剣を握った。右手に、薄手の手袋を嵌め直す。ぴたり、と掌に馴染む。

 3つで1つ。半歩ずらす。

 頭の中で、リズムが鳴る。3、2――1。声には、まだ出さない。今は、体だけに刻む。


 風が、丘を横切った。草の縫い目が、ミシ、と一瞬だけきしむ音。

 俺は振り返る。誰もいない。

 空気の縫い目は、何事もなかったみたいに閉じていく。


「気のせい、か」


 立ち上がり、村の方角を見る。ここからだと、見張り台の灯りが小さく見える。門がある場所だ。

 門は、村の喉だ。夜になると、2重の門が降りる。

 俺は包みを肩に掛け、丘を降り始めた。足元の石がころりと転がり、闇に紛れる。

 今夜から、俺はゼロのまま、剣を持つ。

 この村の誰に笑われても、もう、どうでもいい。


「……鍵穴を、回すだけだ」


 言葉にすると、気持ちが少しだけ落ち着いた。

 黄昏の残り香が、背中にまとわりつく。空は、深い紺色になっていく。

 草の縫い目が、また、ミシ、と鳴った。今度は確かに、どこか、遠くで。


 村の門が、きしむ音がした。

 1度目は、明らかに閂が降りる音。昼から夜へ、決まり通りに変わる音。

 そして――


 もう1度、門は、きしんだ。


 俺は立ち止まる。風が止む。耳だけが、夜をすくおうと尖る。

 草の波は沈黙し、月の光が薄く丘を洗う。

 誰かが、見ている。

 胸の中で、何かがピン、と鳴った。


 包みの中の剣が、わずかに冷たくなる。俺の手の汗が引いていく。

半歩、ずらす。

 視界の端、夜の縫い目が、ほんの一瞬だけ、ほどけたように見えた。


「――来るなら、来い」


 声は小さく、短い。夜は、答えない。

 俺は息を整え、門の方へ歩き出した。

 生き延びる。結果で、黙らせる。

 ゼロは穴だ。穴は、鍵穴にもなる。

 なら、回すだけだ。俺が選ぶ。刃じゃなく、選択を。


 月は高く、門は2度きしみ、風は、背を押した。

 次の1歩で、何かが変わる。そんな確信だけが、やけに鮮やかだった。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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