第8話 彼の本性
次の日の朝。
相変わらずの森の中で、わたしたちはたき火を囲んで朝食を取っていた。
まだ寝ぼけているような、ほわほわした楽しいひと時。
グランツの持っていたお茶の葉で淹れたお茶が、ボーっとする心に沁み込んできておいしい。
狼たちも嬉しそうにパイをがっついている。
なんか青い小鳥が来ていて、チチチッと鳴きながら零れたパイを突いている。
のどかな風景。
――と。
狼たちがいっせいに立ち上がった。パイを残したまま。
目つき鋭く辺りを見回し、頭の上の大きな耳がピッピッと警戒するように動く。
青い鳥も、翼を羽ばたかせて飛び去った。
近くにいた、お母さん狼に尋ねる。
「どうかした? マミー?」
「グルル……ッ!」
わたしの問いには答えず、マミーは遠くを見ながら口角を上げて低く唸った。
グランツも剣を持って立ちあがると、わたしの前に出た。
剣を構えつつ低い声で言う。凛々しい横顔が美しい。
「気を付けてください、アリア様。何か来ます」
「え?」
わたしは耳を澄ませてみる。
すると、遠くの方から大勢が歩く音や茂みをかき分ける音がかすかに聞こえた。
「……――じ……ま!」「おぉぅ――ま!」
わたしには人間の声に聞こえる。
呼びかけるように叫んでいた。
とりあえずわたしは狼たちに隠れるように指示を出す。
彼らは声を立てずに頷くと、素早く茂みや木の陰に移動した。
頭が良くて助かる。まあ、頭隠してなんとやらで、茂みから灰色の尻尾が出てるけど。
それから目の前にいるグランツに呼びかけた。
「ねえ、グランツ」
「なんでしょう?」
「驚く用意しておいた方がいい?」
彼が肩越しに振り返った。銀の前髪がかかる赤い瞳の目を細めて、少し笑っている。
「なぜですか?」
「王子とか、グランツハルト様って呼んでる気がするの」
「きっと気のせいでしょう」
「ほんとうにもう」
わたしは呆れていいのか、震え上がればいいのかかわからなかった。
聖女の勉強の時、隣国の情報も習っている。
その知識に寄れば、シュタールヴァルトのグランツハルト王子は、鬼のように怖い人として有名だった。
なんでも剣の切れ味を試すために罪のない部下百人を斬り殺した、とか。
夜な夜な侍女を殺しては血を飲んでいる、とか。
そもそもシュタールヴァルトを建国した初代国王は吸血鬼だった、とか。
まあ悪名が響いている人だった。
やたらとわたしを丁寧に扱ってくるグランツとはイメージが違いすぎた。
そんなことを考えていると、武装した兵士たちが前方にやってきて並んだ。
全員から緊張しているのが伝わってくる。
そして兵士たちの中から体格の良い中年男性が出てきた。
片目は眼帯。刈りそろえた髭に短い頭髪。武装は兵士たちと同じだが年季が入っている。
なんだか渋い表情をした中年男性だった。
中年男性は渋い声で叫ぶ。
「王子! グランツハルト王子!」
「何者です?」
「はっ! 我々はグレンツマウワー辺境伯領の防衛隊であります。わたしは隊長アーゲ。王子のお迎えに上がりました」
グランツは冷ややかな目をして隊長を見下ろす。グランツの方が背がかなり高かった。
いや、アーゲ隊長も低くはないんだけど。
グランツが鋭い声で叱咤する。
「いったい今まで何をしていたのですか! アリア様を待たせるなんて、許されないおこないですよ!」
「ええっ!」
わたしは驚いて叫んでしまった。
てっきりねぎらいの言葉の一つでもかけるかと思ったのに。
直立していた隊長や兵士たちは震え上がって恐縮する。
グランツが冷笑を浮かべて兵士たちを見渡す。
「国を守る兵士としてたるんでいますね。全員、覚悟してくださいね?」
「待って待って、グランツっ」
呼びかけると、グランツはわたしに目を向けて少しだけ微笑んだ。
「どうかしましたか、アリア様? 用なら後にしてもらえないでしょうか。今から職務怠慢の兵士たちを打擲しなくてはなりませんので」
「いやいや、迎えに来てくれたんだから、まずはお礼でしょ!」
「えっ」
グランツが目を丸くして驚いた。瞳の光が戸惑うように揺れる。
わたしは真剣な表情を向けて彼を説得する。
「そもそもグランツが行き先も言わずに抜け出したのが悪いんでしょ。まあ上のものはむやみに謝れないと聞くから、だったらまずはお礼を言いなさいよ」
「しかし……」
「しかしもへったくれもないの! あなたはわたしに『剣と命を捧げる』って誓ったでしょ! だったら正しい剣と命を捧げて!」
グランツは言葉を失って立ち尽くした。
並んだ兵士たちが顔を青ざめさせつつ、ひそひそと話し出す。
「おい、あの女ヤバいぞ」「命が惜しくないのか」「死んだな、かわいそうに」
兵士たちが震え上がる中、わたしだけが目に力を込めてグランツの赤い瞳をしっかり見つめていた。
――内心、ちょっと怖かった。
ひょっとして叩かれるぐらいはするかも知れない。
でもお菓子食べれば怪我は治るし、と心を奮い立たせる。
無意味に部下を叱る彼を放ってはおけなかった。部下たちがかわいそうだ。
数瞬の間があって、突然グランツはわたしのそばで膝をついた。
銀髪を揺らして頭を下げつつ、色気のある低い声で話し出す。
「おっしゃるとおりです、アリア様。申し訳ありません」
そして立ち上がると、兵士たちを見てほんの少しだが頭を下げた。赤い瞳がキラリと輝く。
「皆のものも私を探しに来てくれて、礼を言います。感謝していますよ」
「「「――っ!」」」
兵士たちが絶句した。
信じられないものを見るかのように、目を見開いて驚いている。
アーゲ隊長がおずおずと慎重な声で尋ねてくる。ちらちらとわたしを見ながら。
「感謝の言葉、まことにありがたく思います……して、そちらの女性はどなたでしょう?」
「彼女はアリア様。私の命の恩人です。アリア様がいなければ私は死んでいました。癒やしの力を持つ素晴らしい女性であり、私がもっとも大切にしたい人です」
「な、なんと! そのようなことが! アリアさん、ありがとうございま――うわっ! お下がりください王子!」
隊長は胸に手を当てて敬礼しつつ、わたしに向かってお礼を言っていたが、突然、腰に差した剣を抜いて構えた。
その視線の先をたどって肩越しに振り返ると、茂みから顔を覗かせて好奇心一杯の目で見ているイチローたちがいた。
――口の部分が長いんだから、目だけ隠してもバレバレでしょ!
わたしは手を上げて叫ぶ。
「ちょっと待って! この子たちは敵じゃないから! ――みんな! わたしの後ろに整列!」
「「「わぉん!」」」
狼たちは一声鳴くと茂みや四方から飛ぶように現れて、わたしの後ろに横一列に並んだ。
ちゃんとイチローから順に、大きさ順だ。
兵士たちが動揺してうろたえた。
「なっ――! 狼たちが命令を聞いた……?」
眼帯をして一見ふてぶてしいアーゲ隊長すら絶句した。
わたしはにこやかな笑顔で説明する。
「この子たちは悪い狼ではありません。わたしとグランツを守ってくれた――そう、守護獣です」
「しゅ、守護獣……伝説の?」
隊長は戸惑ったが、グランツが大仰に頷く。
「聖女を守る聖獣や守護獣はよく聞く話でしょう? ――そう、アリア様は聖女なのですよ」
「聖女様!?」
「「「おお~」」」
兵士たちが納得したように声を上げた。
「聖女様、さすがです!」「すごいです!」「だから王子様をいさめられたのか!」
口々に聖女と褒められると、照れくさかった。
グランツがよく通る声で言う。
「では国へ戻りましょう。隊長、案内を頼みますよ」
「ははっ――皆のもの、行くぞ!」
「「「おう!」」」
兵士たちが先頭になって森を西へと進み出す。
その後方をついて行くわたしとグランツ。
狼たちは森を駆け回りつつ、後方や左右の索敵をしてくれていた。
魔の森というのに、安心して移動できた。
夜は夜で、ミートパイを兵士たちに振る舞うと感激された。
「うますぎる! さすが聖女様!」「ずっとこの国にいてくれ!」「最高です、聖女さま!」
お酒は出ていないと言うのに、何かに陶酔したように賛辞を口走りながらパイを頬張る兵士たち。
それだけでは終わらず、さらに一騒動起こった。
それは、パイを食べていたアーゲ隊長からだった。
食べるうちに「ん?」と首を傾げて眼帯を外した。
すると眼帯の下の目がきらきらと輝いていた。
「なっ!? 見える! 失明した目が戻ってる!」
「「「うぉぉぉぉ!」」」
隊長の復活した目を見て大声を上げる兵士たち。
ますますわたしをたたえる。
兵士たちのわたしを見る目が人を見る目じゃなく神を見る目になっていた。
――まあ、死にかけの人すら治したもんね、わたしのお菓子。
片目の失明ぐらい簡単だろうと思った。
少しやってしまったかなと思っていると、グランツが声をかけた。
「そうですよ。聖女アリア様の出した食べ物を食べれば、どんな怪我や病気も瞬く間に治るのです。隊長も感謝しておくように」
「は、はい! ――アリア様! 本当にありがとうございます!」
「い、いえ。治ってよかったです」
わたしは笑顔を引きつらせながら答えた。
隊長の目が治り、ますます兵士たちは喜ぶ。
そんな騒動の中、グランツが隊長に呼びかける。
「そうでした、隊長。辺境伯のところへ先触れを出しておいてください」
「わかりました、グランツハルト様」
隊長は兵士を二人ほど呼び寄せた。
するとグランツ自ら指示を出していた。
――先触れ? ああ、王子様が帰還するから用意しとけってことね。
狼たちも夕飯を終えると、交代で見回りをしてくれる。
森の中とは思えないほど安全で、わたしはその日も安心して眠った。
親友キャラが上手く書けないので不定期更新になります。
まあもう最悪の場合、作者が好きなように書いて完結まで書きます。
プロットは出来ているので。
※大幅に変更しました。
僕に女性向け異世界恋愛のシリアスな話を書くのは無理でした。
なので、ヒーローやざまぁ相手の性格を変更して、一話から全部コメディ寄りに書き直しました。
話が大幅に変わってしまったので、ブクマしてくれた人はすみません。




