第7話 名付けで喜ぶ狼たち
今日も今日とて森の中。
わたしはグランツと並んで歩いていた。
ただしわたしは狼に乗っているけど。三番目ぐらいに大きい狼が乗せてくれていた。らくちん。
前や横や後ろは、狼たちが警戒しながら歩いてくれる。
おかげでわたしたちは安全に森の中を歩けていた。
明るい灰色をした狼たち。前に一頭。後方に一頭。
茂みの向こうにチラチラと、少し離れた周囲にも狼が見え隠れする。
――ていうか、出会った頃より色が薄くなってない?
最初は真っ黒かったはず。それが暗い灰色になって、今は明るい灰色。
ここ数日、一緒にいるだけでもどんどん白くなってきている気がした。
気になって隣を歩くグランツに尋ねた。わたしが見上げるほど彼は背が高い。
「ねえ、グランツ。狼たちの色、明るくなってない? わたしの気のせい?」
彼は赤い瞳の目を細めて私の乗る狼や、周囲の狼たちを見る。銀色の前髪が風にそよいだ。
「言われて見れば、確かに。きっとシャドウウルフかグレーターウルフであるこの者たちも、聖女アリアの御威光によって日々浄化されているのでしょう。さすがはアリア様です」
「あ、ありがとう」
心酔してくれているようなのは嬉しく思う反面、大げさにわたしを祭り上げる発言には少々気後れした。
というかこれ、好きとかの感情じゃなさそう。
教会で似たような人を見たことある。
信者が礼拝堂で跪いて一心不乱に祈る態度とそっくり。
神に対する崇拝や敬愛の感情だと思う。
――そう。女性として好かれたわけじゃない。聖女として敬われてるだけ。
勘違いしそうになるけど、勘違いしたらダメだからね、わたし。
そう自分に言い聞かせつつ、彼の隣を狼に乗って進んだ。
さらに森の中を歩くこと一時間。
木漏れ日から刺す陽の光がまっすぐに落ちてくるようになった。影も濃くなる。
太陽が真上に来たようだった。
わたしは前方を歩く一番大きな狼に話しかける。
「そろそろお昼にしようか。――えーっと、一番大きい狼さん」
「わぅん」
大きい割には可愛い声で鳴いて足を止める狼。
周囲からも茂みをかき分けて五頭の狼たちがやって来る。
――てか、名前がないと不便ね。
狼がわたしの周囲に集まって全員お座りしたところで、わたしは提案した。
「呼びかけにくいから名前つけてもいいかな? もう名前があるなら教えて欲しいけど」
わたしの言葉に、狼たちは頭の上に『?』を浮かべながら、お互いの顔を見合わせた。
『知ってる?』『知らない』『名前って何?』『おいしいの?』
そんな疑問に思う声が聞こえる顔をしていた。怖い顔をした狼なのに表情が豊かでコミカルだ。
ともあれ、どうやら名前はないらしい。
狼たちはオスが3匹、メスが4匹なのは調査済み。
わたしはちょっと偉そうに胸を張りながら、まずは一番大きな狼を指さした。
「まずはあなた! 一番大きいから、イチローで!」
「わおん!」
イチローは嬉しそうに口角を上げて、ふさふさの尻尾をぱたぱたと揺らした。
気に入ってくれたみたい。
ちなみに『いち』は東方の数の数え方。
教会で聖女としての知識をいろいろ学んでいるときに教えられた。
2は『に』。3は『さん』。
続いて二番目に大きな狼を指す。
「あなたは二番目に大きいけどメスだから、ニーナちゃんで!」
「くぅん!」
お座りするニーナも嬉しそうに尻尾を振った。
近くにいたグランツが、顎に手を当てながら疑うような声で呟く。
「その名付け方だと……」
わたしは気にせず、三番目のオス狼を指さす。
「三番目に大きいあなたは、サンダース!」
「がぉん!」
大口を上げて吼えて喜ぶサンダース。
次々と付けた名前を気に入ってもらえたので、わたしも少し調子に乗った。
しかしグランツがボソッと呟く。
「残りのうち三頭は同じ大きさですよ……」
「あっ!」
しまったと思いつつ、わたしは残りの四頭を見た。
三頭が同じ大きさで、さらに一回り小さい狼がいる。
――いや、まだよ! まだ名付ける方法はあるはず!
むむむっと唸って考える。
すぐに気が付く。
四頭のうち一頭はオスだった。
他に特色と言えば……あ!
このオスは偏食家だったことを思いだす。
「あなたは腎臓パイばっか食べるから、キドニスね!」
「ぐぉふ」
ちょっとだけ不服そうにしながらもキドニスと言う名前を受け入れてくれた。
――そうか、食べ物から名付けるのもありだ。
残り三頭のメスのうち、一頭を指さす。
「あなたはアフルパイばかり食べてたから、アフルちゃんで!」
「くぉん!」
「あなたはピーチパイを必ず食べるから、モモちゃんで!」
「わふん!」
最後の一頭は一回り小さいが、他の狼よりも落ち着いた風格があった。
それに他の六頭から慕われていて、懐かれているのも見ていた。
一番大きなイチローが頭をぐりぐりこすりつけてじゃれついて寝ていたぐらい。
わたしは最後の一頭に恐る恐る尋ねる。
「間違ってたらごめんなさいだけど、あなたはこの子たちのお母さんですか?」
狼はおもむろに頷く。太い尻尾が一回だけ動いた。
当たっていたらしい。
わたしは笑顔になって指さす。
「じゃああなたはマミーね! ――お母さん、これからもよろしく!」
「わぉ――ん!」
マミーはのどを逸らして高らかに吼えた。他の狼たちも、嬉しそうに「わふっ」とか「ぼふっ」とか鳴く。みんな喜んでいた。
ともあれ、これで狼たちの名づけは終わった。
近くにいたグランツが心底感心した声を出す。
「これほど簡単に名付けを受け入れてもらえるとは。さすがアリア様、聖女のお力でしょう」
「そんな大したことしてないってば」
わたしはパタパタと手を振って、大げさな彼の言葉を謙遜する。
それから手を叩いて合図した。
「さあ、名づけも終わったところでお昼にしましょ!」
「「「わぉん!」」」
狼たちが嬉しそうに吼える中、わたしはミートパイなどを出しつつ、みんなで昼食を食べた。
軽く食べてすぐ出発するので、火は起こさない。
隣に座るグランツが、内臓パイを食べつつ感心している。
「今日もまた聖女の偉大さをこの目で見れました。私はどれほど幸運なのでしょう……ぜひとも我が国に来ていただけませんか?」
「あ、うん。わたしも別の国に行かないといけないからグランツの国に行くよ」
「最大限のもてなしで迎えましょう。国賓待遇でよろしいですか?」
重々しい声で言い切ったので、逆にわたしが慌てた。
「ちょ、ちょっと待って! 国賓待遇って、大げさすぎよ。そこそこでいいから」
「私としては承服しかねますが……アリア様は、我が国に来て何を望むのでしょう?」
「えーっと。お菓子屋さんを出してお金を稼ぐ。そして両親を会の国から呼びたい。それが今の望み」
「だったら王都の商業区にある一等地を贈呈いたしましょう」
「いやいや、そんないい場所、すでに大きな店があるでしょ」
「ふっ、その程度の生涯は力ずくで排除して見せますよ。アリア様のためなら」
グランツは長いまつ毛に縁どられた赤い瞳を光らせる。美しすぎて、ちょっと怖い。
この目は冗談を言っている目じゃない。
「暴力はダメだってば! 町はずれの小さなお店でいいから!」
「ならば私の持てる力を総動員いたしまして、その店を絶対に流行らせてみせましょう」
「あー、もう! 変に目立ったら、またあの国がちょっかい掛けてくるかもしれないでしょ! わたしは穏便に平穏に過ごしたいの!」
「アボンダンス王国などアリア様は気にしなくていいのです。私が全力で排除しますから!」
「ああ~! もうっ! 大げさにしたくないんだってば!」
わたしはその後も必死で説明した。
家族に迷惑がかかる可能性もあるから今は大人しくしていたい。
けれども、グランツは憤りを声に滲ませて馬鹿王子を罵り、わたしを守ると誓い続けるのだった。
そして、なんだか昼食を食べた気がしないまま話し合いは平行線で終わってしまった。
グランツはにこやかな笑顔を向けてくる。
「とりあえず、帰国しましたらご両親の状況を調べさせましょう」
「あー、はい。お願いします」
――やれやれ、これからどうなることやら。
両親に再会するという、ささやかな幸せが欲しいだけなのに。
魔の森で命拾いはしたようだけど、今後が心配で頭が痛くなってくるようだった。
今は考えないことにする。お菓子を出すだけの能力だし。
その後はまた森の中を歩いた。
次話は苦戦中。
出来れば明日には更新したいです。




