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おかしな聖女は冷血王子に拾われて溺愛されます  作者: 藤七郎(疲労困憊)


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第5話 野営


 日の暮れた森の中。

 木々の生い茂る魔の森は、日差しを隠すため真っ暗になっていた。


 そんな森の中、わたしとグランツは大きな木の下でたき火を燃やして野営していた。

 場所はグランツが熊と戦った場所からだいぶ離れたところ。

 血の臭いで魔物が寄ってくる可能性があったから移動したけれど、まだグランツが怪我が治ったとはいえ本調子ではなかった。

 そこで、早めに休息することにした。



 たき火を囲んで、わたしの出したミートパイや野菜卵パイを食べながらグランツと話し合う。

 ちなみに一枚は多いと思ったので、八分の一にカットしたパイを出した。

 試しにやって見たら出せたので良かった。どうもこの能力は具体的なイメージが大切に思えた。


 グランツがミートパイを頬張りながら言う。


「初めて食べますが、とてもおいしいです、アリア様」


「ミートパイが初めて? 食べたことないの?」


 わたしはタメ口で尋ねた。元は村娘だから、このしゃべり方が楽だった。


 なぜ疑問に思ったかと言えば、グランツが着ているものは鎧や厚手のズボンなど冒険者の格好だが、雰囲気からして身分の高そうな人だと思っていた。

 それこそ毎日ミートパイぐらい食べられるぐらいに。


 グランツは上品にパイを食べつつ言う。


「いえ、ミートパイは食べたことはありますが、もっと繊細な味でした。これはとても肉の味が濃いといいますか、野趣溢れる味をしているのです」


「あっ、そうか!」


 このミートパイはわたしが村の祭りで食べたパイと同じものだ。

 使われているお肉は、鹿とか猪とか兎とか、村の周辺で獲れたもの。

 特に猪は雑食性のため、当たり外れがある。たぶん果物や野菜を多く食べた猪は臭みが少なく味が濃くておいしい。豚の三倍ぐらい旨味が濃いと感じる。

 上流の人が食べる牛や豚や羊ではなかった。


 

 わたしがそのことを話すと、グランツは頷きながらパイを頬張った。


「なるほど、猪肉もいいものですね。アリア様の村の食事を味わえたこと、至上の喜びです」


「様はやめてよ。もう聖女ではないんだから」


「いいえ、アリア様を呼び捨てにするなんて、そんな恐れ多いこと出来ません。それでもアリア様が望まれるのでしたら……」


「わたしが望んだら?」


 チャッと剣を鞘走らせて、自身の細い首に当てて言った。


「不敬を重ねて生きるぐらいなら、いさぎよく死にます」


「だから、すぐに自害しないで!」


「では、様付けで呼ぶことを許していただけますか?」


「わ、わかったわよ……っ!」


 不承不承、私が承諾すると、グランツは剣を鞘に収めつつ目を細めて満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、アリア様。その優しさに私は救われます」


 彼が向けてくる屈託のない心からの笑みに、ドキッとしつつも私はふてくされる。


「じゃあ、わたしはグランツ様って読んだ方がいい?」


「いえいえ、私のことなど、呼び捨てで構いません。むしろ、犬や虫呼ばわりしてくれても」


「いやいや、そんな失礼な呼び方出来ないでしょ。せめて、さん付けで。年上っぽいし」



 グランツは緩やかに首を振った。銀髪がさらさらと流れる。

 そして剣の柄に手をかけつつ言う。


「さん付けすら必要ありません。認められないならば――」


「ああ、もう! わかったから死のうとしないで! ――ったく、なんでそんなに死にたがるのよ」


 私の問いかけに、グランツはたき火を見た。細面の顔に愁いを帯びた影が揺らめく。


「私は生きる意味を見いだせていませんでした。すべてが空虚でした。ある意味、死に場所を探していたのです」


「それが森に一人でいた理由?」


「そうです。一人で生きてても仕方ありませんから……そんなとき、アリア様に出会ったのです」


「わたしのお菓子がたまたま怪我を癒やしただけで……」


「いいえ、私の心の隙間を埋めてもらえたのです。誰もそばにいない私の心を、満ち足りた光で」


「それは良かったのかな」


「はい、救われました」


 グランツはニコリと微笑んだ。彼の笑顔が眩しい。



 それから夕食を食べながら、村のことを話したり、聖女としての暮らしを話したりした。

 ジャン王子の言いがかりからの追放、この森にいた理由、狼に襲われたりまで。


 食後のお茶を飲みながらグランツが言う。


「ひどい話ですね。聖女アリアの素晴らしさを理解せず、身勝手に追放するとは。しかも懇意にしている伯爵令嬢を聖女にするためだとは……」


「男は美しくて高貴な女性が好きなんでしょ」


 わたしがそう言うと、グランツは手を伸ばしてわたしの手を握ってきた。

 長い指の力強さに、少しドキッとする。


 赤い瞳を燃えるように輝かせて彼は言う。


「私は絶対に裏切りませんよ? たとえアリア様が何歳だったとしても変わらぬ忠誠を誓います」


「や、やめてよ、グランツ。こんな貧相なわたしに」


 わたしは顔が火照るのを感じながら、慌てて握られた手を離した。

 グランツが不満そうに眉を顰める。


「私の人生で出会った女性の中で、一番素敵な人です。それは保証します」


「あ、ありがと」


 わたしはうつむいて顔を隠しつつ、必死でお礼を言った。


 少し怒りながら? グランツは真剣な眼差しで言ってくれた。

 たき火を受けて輝く銀の前髪となだらかな頬。赤い瞳が妖しいまでに美しく揺らめく。

 美形な彼にそこまで言われると、嬉しいけど恥ずかしかった。



 このままだとわたしの心がもたないので、話題を逸らした。少し疑問に思うこともあったため。

 わたしは何気ない口調で尋ねる。


「思ったんだけど、グランツは高貴な身分の人じゃない? わたしの口調も丁寧にした方がいい?」


「いえいえ、アリア様はご自身が話しやすい口調で話されて問題ありません。むしろ、親しみを感じて私は嬉しいです……許された気がして」


「ほんとグランツは大げさなんだから」


 微笑むグランツにつられて、わたしも微笑んだ。

 本当はわたしなんかがタメ口をきいていい相手じゃないはず。たぶん貴族様かなにかだろうけど、こうなった以上タメ口を通そう。



 ――と。

 突然、ふっ、とグランツは口の端を上げて笑みを浮かべた。


「大げさじゃありませんよ、アリア様」


 嫌味なはずの表情も、美形な彼がやると絵画のように似合っていた。

 わたしは見惚れそうになって視線をたき火に移しつつ尋ねる。


「どういうこと?」


 グランツは考えながら理由を話した。


「実際、私は身分がそこそこ高い人間なのです」


 わたしは無言でうなずく。

 ――うん、やっぱりね。



 彼は言葉を続ける。


「しかし地位には義務や職責が伴います。それが嫌で、我がままに振舞ってきました。傍若無人と言えるかもしれません」


「ふむふむ。でも、それで森に?」


「本当のところを懺悔しますと。魔の森の魔物が活性化して被害が出ていたので、むしゃくしゃしていた私は魔物を退治して憂さを晴らそうとしたのです。危険だからと止める護衛を振り切って単独で。そこでブラッディベア―と戦い、あなたと出会ったのです」


「あ~、部下の人たち、今ごろ顔面蒼白でしょうね~」


「それは……そうですね、心配して探しているかもしれません……アリア様は、そんな私をお嫌いになりますか?」


 グランツは心配そうに眉尻を下げてわたしを見てきた。



 わたしは少し考えつつ言葉を口にする。


「うーん、グランツは反省した?」


「もちろんです。どれだけ自分が愚かだったか身をもって知りました」


「だったら、わたしはグランツを許します。今後はしないようにね」


 わたしはこの話は終わりとばかりに笑顔で言い切った。

 するとグランツは赤い瞳を潤ませて、片膝をつく姿勢になるとわたしの手を取って自身の額に当てた。


「ありがとうございます、聖女アリア……! 感謝いたします」


 もー! なんて大げさなの!

 美形にかしずかれると、わたしの心がもたないってば!



 わたしは手を放しつつ、右手のひらにプリンを出した。


「じゃあ、食後のプリン食べる?」


「……いただきます」


「えっ?」


 グランツはわたしの右手の持って顔を寄せた。

 てっきりコップかお皿に移し替えるかと思ったのに。


 グランツはわたしの手のひらから直接プリンを食べた。

 美青年がひざまずいてわたしの手のひらをなめるようにプリンを食べていく。

 たき火が彼の銀髪と、細い輪郭を鮮やかに照らす。

 彼の舌が手のひらをなぞってくすぐったい。


 もうわたしは恥ずかしいのか、怒っているのかわからなくなって、彼に手を掴まれたまま叫んだ。


「も~手のひらから直接食べるの禁止! 今回だけだからね!」


「ありがとうございます、光栄です」


 グランツは自信に満ちた笑みを浮かべて最後の一片まで、わたしの手のひらからプリンを食べきった。


 ――なんなの、この人! わざとやってる!?

 わたしの頭から湯気が出ているに違いないと思いつつ、真っ赤になった顔を逸らした。


ブクマありがとうございます。


次話は明日更新。

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