第38話 幸せなエンディング
戦争が終わってからもしばらくは忙しかった。
戦後の復興と、塩乾パンの配給システム構築と、国民への救済。
シュタールヴァルトによるアボンダンスへの支配体制の確立など。
それらのどたばたが収まった数か月後。
わたしはシュタールヴァルトの王都にある教会にいた。
天井の高い大聖堂。
壁も天井も、祭壇に向かって並ぶ長椅子も、すべて白で統一されている。
大勢の観客が見守る中、わたしは入り口から祭壇へと続く赤い絨毯の上を歩いていた。
白いウェディングドレスと顔を隠すヴェールを揺らしながら。
祭壇に向かって並ぶ長椅子には、見知った顔が並んでいた。
シュタールヴァルト国王夫妻だけじゃなく、ヴィーさんやアインさん、騎士団長ミュラーさんや、ドワーフ公爵令嬢。
メイドの猫獣人ミーニャや白狼たちまでいた。
赤い絨毯の向かう先、祭壇の前には白いタキシードを着たグランツが微笑みながら待っている。
銀髪の貴公子。わたしの王子様。赤い瞳のまなざしが優しい。
祭壇まで来ると、グランツの手を取って祭壇に上がった。
祭壇の上にいた年配の司祭がわたしたちを見て厳かな声で言う。
「それでは誓いの儀を執り行いたいと思います」
「はい」「……っ」
グランツが返事をし、わたしは緊張で頷くことしかできなかった。
司祭がグランツを見て言う。
「グランツハルト・エーデルルビン・フォン・シュタールバルトよ。汝は病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻アリアを愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「もちろん。心から誓います」
グランツは胸に手を当て堂々と言った。
司祭が一つ頷くと、髭を揺らして私を見る。
「では、アリア・ジューシヒカエテン・フォン・シュタールヴァルトよ。汝は病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫グランツハルトを愛し、敬い、支えることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、誓いの交換を」
司祭に促されて、わたしはグランツと向き合った。
グランツはわたしの左手を取ると、指に指輪を優しくはめてくる。
そして、ボソッと呟く。
「素敵ですよ、アリア様」
「……はぃ」
顔が火照るのを感じながら、指輪のはめられて手を見つめる。
薬指にキラキラと輝くダイヤの指輪。
――名前にシュタールヴァルトがついてしまった。王太子妃になってしまった。
そしてお菓子そのものの意味があるジューシヒカエテンがミドルネームになってしまった。
重圧と、おかしみと、愛の重みが、指輪にズシッと乗ってくるかのよう。
心の準備ができないうちに、司祭が次の行動を促した。
「では、誓いのキスを」
「……っ!」
わたしはますます顔が火照った。うつむいてしまう。
しかしグランツは微笑みながら、わたしの顔にかかるヴェールを上げていく。
上目づかいで見上げると、グランツは微笑みの中に、いたずらをした子供のような笑みを浮かべていた。
「アリア様からしてくれてもいいのですよ?」
「――っ! ば、ばかぁっ――んぅ!?」
恥ずかしくて顔を背けようとした瞬間、頬に手を当てられて上を向かされ、熱く長い接吻をした。
触れ合う唇から情熱が伝わり、息が止まりそうになる。
「んんっ――長いってば」
わたしは頬を真っ赤にしながら顔を背けた。
グランツがふふっと微笑む。
その瞬間、聖堂内に拍手と歓声が沸き上がった。
「おめでとう!」「素敵よ!」「幸あれ!」
「「「わぉぉーん!」」」
白狼たちまで喉を反らせて遠吠えで祝福してくれた。
――恥ずかしかったけれど、みんなに祝福してもらえるって嬉しい。
その後はグランツと二人で、人々に挨拶しながら入り口へと向かう。
まずは祭壇の一番近くに座っていた国王夫妻が挨拶してくる。
「息子を、我が国を頼みますぞ。聖女アリア様」
「はい。微力ながらこの国の為に精いっぱい頑張りたいと思います」
王妃様がわたしを見て微笑む。
「素敵だわ。二人とも幸せにね」
「はいっ、お義母さま」
「ふふっ、お義母様だなんて」
国王がグランツを見て言う。
「これからも頼むぞ」
「お任せください、父上」
わたしたちは国王夫妻から離れた。
歩き出すと次はヴィーさんが冷やかしてくる。すみれ色の瞳を細めて微笑んでいた。
「なかなか結婚しないから、捨てられたのかと思ったよ」
「そんなわけあるか。アリア様は誰にも渡さない」
グランツが軽口を叩く。
ヴィーさんはおかしそうに笑いを堪えつつ頷いた。
「そうだね。二度と手放さないようにね」
「当然だ」
グランツが言い切るので、わたしも口を添えた。
「ヴィーさん。二人で幸せになってみせます」
「楽しみにしてるよ、アリアさん」
ヴィーさんと別れて歩き出した。ふと後ろを見ると、白狼たちが従者のようにしずしずとついて来ている。
それからしばらく挨拶しながら歩くと、上品な方々とは場違いな、もっさりした中年の夫婦が出てきた。
わたしは二人の顔を見るなり、嬉しさのあまり駆け寄った。
「お母さん! お父さん!」
わたしは両親の広げる腕の中に飛び込んだ。村の生活で鍛えられた、がっしりとした腕で抱きしめられる。
懐かしさと暖かさが全身を包んだ。
母と父が口々に言う。
「よく頑張ったねぇ。アリアが幸せになってくれて、本当に嬉しいよ」
「大変だったな。幸せになるんだぞ」
「うん、うん! わたし、幸せになる、絶対になる!」
なぜだか涙があふれて、視界がぼやけた。
グランツが傍へ来て優しい声で言う。
「アリア様のご両親。来ていただいてありがとうございます」
「ああ、あなたがグランツハルト様ね。アリアを幸せにしてあげなきゃダメなんだからね」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
わたしは焦って母の口を塞いだ。
一国の王子に向かってなんて口の利き方!?
けど、グランツは気にした様子もなく微笑んでいた。
胸に手を当てて恭しくお辞儀をする。
「はい、肝に銘じておきます」
「グランツさん、アリアをよろしくお願いします」
「はい、幸せにしてみせます」
父の言葉にも丁寧に返答するグランツ。
なんだかわたしの家族までも受け入れてくれているような態度で、心が温かくなる。
ぼーっとしていたわたしを、グランツが促す。
「さあ、行きましょう」
「うん、グランツ」
両親と別れてさらに入口へと向かった。
賓客への挨拶が終わると、わたしたちは教会を出た。
昼の明るい日差しの下、外には大勢の民衆が集まっている。
教会前に停まる馬車に乗ろうとするわたしたちを、人々が祝福する。
「ご結婚、おめでとうございます!」「おめでとうございます!」「ばんざーい!」
人々が花びらを頭上にまいた。風に巻かれて、花弁がきらきらと舞い散る。
大勢の人たちに祝福されながら、わたしとグランツを乗せた馬車は大通りを進んでいった。
まるでパレードのよう。
向かう先はお城。このあと食事をしながらの披露宴が開かれる予定だった。
わたしは人々に手を振って応えつつグランツを見る。
「グランツ」
「なんでしょう?」
「わたし、とても幸せだわ」
「私もですよ」
グランツがそっと顔を寄せてくる。わたしは静かに目を閉じた。
唇にもう一度、頼もしくも優しい情熱が伝わってくる。
まぶたの裏に真上から降る光が差し、暖かな光がわたしを包む。
その瞬間、わたしの心から幸せがあふれた。
閉じた瞳の目尻から雫となってこぼれ落ちる。
歓声に包まれるパレードの中、今なら聖女として世界中の幸せを祈れるぐらいに、喜びに満たされていた。
――わたしは今、たまらなく幸せだった。
『おかしな聖女は冷血王子に拾われて溺愛されます 完』
終わり良ければすべて良し、かな。
結局、書き上げるのに三か月もかかってしまいました。反省。
とまれ、ポイントが伸びなかったけど、なんとか最後まで書き上がりました。
ブクマしてくれた24人の読者さんや、ポイント入れてくれた8人の人たち、感想や誤字報告で応援してくれた皆さんのおかげです。
頑張れました。ありがとうございます!
少しでも楽しんでもらえた作品になってたら幸いです。
まあ、次作は。
女性向けはいろいろと難しかったので、自分的に慣れている男性向けを書こうかなと思います。
では、また。




