第37話 戦いの後で
次の日の朝。
グランツはシュタールヴァルト軍を率いて、国境を越えた。
当初の予定通り、わたしの両親を救い出すため、こちらからアボンダンス王国へ攻め込む。
だが、大きな抵抗を予想していたけれども、心配は杞憂に終わった。
なぜならアボンダンス王国内は、戦いどころではなかったからだ。
進軍する先々の村や町は疫病と飢饉で苦しんでいて、悲惨な様相を呈していた。
戦わないどころか、むしろわたしたちが塩乾パンを配って回ったぐらい。
そのまま何の抵抗も受けずに進軍して一週間後。
シュタールヴァルト軍は抵抗らしい抵抗も受けずに、アボンダンスの王都を占領した。
お城ではフィリップ国王と対面して、無条件降伏を受け入れさせたのだった。
お城の玉座の間にて。
段上の玉座に座るグランツに対して、段下で傅くフィリップ国王は疲れ切った顔をして言う。
「このたびは愚息がとんでもない迷惑をかけたことを、心からお詫びする。我が国はシュタールヴァルトのどんな命令にも従うことを誓おう。そして貴国と我が国民への謝罪として、私は王位を退こう」
「わかりました。しばらくはシュタールヴァルトによって統治しましょう。アボンダンスの王位はシュタールヴァルト国王が決めることにします。その代わり、統治している間は国民が餓えない程度の食料を配給しましょう」
「慈悲深い対応をしていただき、まことにありがとうございます」
国王が深々と頭を下げた。床につくぐらいに。
王の任命権を渡すと言うことは、属国になると同意義なのにもかかわらず。
「で、戦争を起こした張本人、ジャン王子の身柄はどうされますか?」
グランツが冷たい声で問いかける。
フィリップ国王は顔をしかめて答えた。
「育て方を間違えてしまったようじゃ。ジャンの身柄はそちらに任せよう」
「庇わないのなら、極刑になると思いますが、よろしいのですか?」
「国を滅ぼそうとした罪人じゃ。どのようになろうと構わぬ」
「そうですか……まあアボンダンスには優秀な王子があと二人いますからね」
グランツの傍に立つわたしは、王様の後ろに跪く二人の男性に目を向けた。
一人は第一王子シャルル。
もう一人は第二王子アルフォンス。
二人とも敗戦国の王族ながら、顔を生き生きと輝かせていた。
特にわたしを見る目が信奉者の目そのままである。
痩身のシャルル王子が顔を上げて言う。
「グランツ王子。こちらから戦争を仕掛けて起きながら、寛大な処置。まことに痛み入ります」
隣にいる体格の良いアルフォンス王子も顔を上げて言う。
「できるならば、次代の王は長兄シャルルにお願いしたく存じます。私は剣を振るしか能のない男ですので」
アルフォンス王子は深く頭を下げる。
グランツは無言のまま頷いて、返答とした。
二人の王子が戦争に負けたのに、喜んでいる原因はと言えば。
シャルル王子は賢くも病弱だったが、わたしのお菓子で健康になっていた。
アルフォンス王子は、手足を魔物に食われていたが、その欠損は治っていた。
そのため、二人は治したわたしを女神のごとく扱ってくれていた。
――いや、お菓子食べさせただけなんだけど。
あまりの歓迎ぶりに、わたしはむしろ戸惑うばかりだった。
玉座に座るグランツが厳かな声で言う。
「では、そのようにいたしましょう。そしてジャン王子は後日、街の広場にて処刑といたします」
「「「はは~」」」
王様たちが再度、頭を下げた。
グランツが立ち上がってわたしを促す。
これでいいのかなと思いつつ、グランツと並んで玉座の間を出たのだった。
◇ ◇ ◇
数日後。
アボンダンス王国の王都にて。
午後の日差しが降る広場には、大勢の民衆が詰めかけていた。
広場を見下ろす壇上に、両国の重鎮たちが揃っていた。
わたしやグランツ、フィリップ国王や王子たちなど。
アボンダンスの聖女として、マリアンヌ伯爵令嬢もいた。ただ彼女はやつれていて、顔は幽霊のように青ざめている。
檀上から突き出すような舞台には、断頭台が設置されていた。
見上げる民衆たちがざわざわとざわめく。
――と。
人々のざわめきが一段と大きくなった。
広場の隅から、縄で繋がれたジャンが出てきたからだ。
ジャンは胸元をはだけた白シャツに、黒のズボンを履いていた。
金髪は無造作に乱れ、目の下にはクマができている。
しかしこれから処刑されると言うにもかかわらず、野心的な眼光は青い瞳にまだ宿っていた。
両手を縛られてながらも、ふてぶてしく歩きながら断頭台へと向かう。
が、しかし。
ジャンは壇上のグランツの前まで来たとき、急に歩みを止めた。
首をめぐらせてグランツを笑顔で睨む。
「よぉ、グランツ! 最後に一言ぐらいしゃべっても構わねぇよな?」
「……許可しよう」
「そうこなくっちゃな!」
ふてぶてしい笑みを浮かべ、大股で歩く。壇上の端まで行くと眼下の人々を睥睨した。
そして、しばらく眺めた後、盛大に噴き出しながら笑った。
「はっはぁ! 俺様の策略に踊らされた馬鹿ども! 揃いも揃ってバカ面丸出しだなぁ? いい気味だぜ!」
「なんだと!」「ふざけんな!」「お前のせいだろ!」
「おいおい、俺様だけが悪いとでも言うのかよ? お前らだって楽しんだろぉ? なんせ戦争は最大の娯楽なんだからよぉ! あーっはっは!」
「そんなわけあるか!」「どれだけ苦労したと思ってんだ!」「そんな理由かよ!」
「俺様はつまらねえ世の中を楽しく生きようとしただけなんだよ! その上、王族のメンツに泥を塗れればよかったから最高に楽しかったぜ!」
「はあ?」「どういうことだ!」「死ね!」
ジャンは壇上を振り返って叫ぶ。
「ピエール司教もマリアンヌも、馬鹿みたいに騙されて笑い堪えるのに大変だったぜぇ! 国民も王族も偽聖女も、ざまぁみろだ!」
「なんだと!」「早く死ね!」「殺せ!」
「ああ、そうだな! 早く処刑されてぇな! なんたって、てめぇらのバカ面を見なくて済むからよ! むしろありがたいぜ! ひゃーはっはっ!」
「黙れ、売国奴!」「ふざけんな!」「ころせ!」「ころせ!」「殺せ!」
その後、民衆が怒りの「殺せ」コールを合唱した。
広場の空気が怒気で震える。
それでもジャンはあざ笑う高笑いをやめない。
ますますいきり立つ民衆たち。
グランツが片手を上げて民衆を沈めつつ、厳かな声で言った。
「もういいだろう。ジャン王子を処刑せよ」
「歩け!」
ジャンは兵士に引っ立てながら断頭台へと歩き出す。
その途中、マリアンヌの前に来たとき、うつむいたままボソッと呟いた。
「マリー。お前との時間、なかなか楽しかったぜ――ありがとよ!」
「ジャン様――っ!」
マリアンヌの傍にいたわたしは、はっと息をのんだ。
――ジャンは最後に、すべてのヘイトを背負って死ぬつもりなんだ! マリアンヌさんを本気で愛してたんだ!
それから断頭台の刃が素早く落ちて、ジャンの首をはねた。
赤い鮮血が霧のように散る。
――憎い相手だと思っていたのに、最後はあっけなかった。
それ以上にわたしは、なんだかよくわからないショックを受けて、壇上で立ちすくんでいた。
すると、グランツが傍に来てわたしの肩を抱いた。
「すべて終わりました、アリア様」
「うん。そうだね。ありがとうグランツ」
「行きましょう」
「うん」
グランツに抱えられるようにして歩きだした。
何がショックだったのかわからない。
でも今は、グランツの力強い腕だけが頼もしかった。
――これですべて終わったんだ。
わたしはようやく見えない鎖から解放された気がした。
誤字報告ありがとうございます!
次話は明日更新。
→『第38話 幸せなエンディング』




