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おかしな聖女は冷血王子に拾われて溺愛されます  作者: 藤七郎(疲労困憊)


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第35話 籠の中の鳥


 西の空が赤く染まる夕暮れ時。

 シュタールヴァルト国境近くの平原にある小高い丘は、シュタールヴァルト軍一万によって包囲されていた。

 丘の上には初戦に合流しなかったアボンダンス軍六千が陣取っている。

 

 丘の上の陣地はジャンの指示だった。

 遅れている軍勢は初戦に間に合わないと割り切って、丘の上に陣取るよう指示していたのだった。

 そしてアリアを攫って逃げ込んだ。


 ただ、そのまま軍勢に守られて国境の向こうへと逃げようとしたが、シュタールヴァルトの追撃が早すぎて、丘から降りられなくなっていた。

 間一髪のグランツの采配と言えた。



 今、丘のふもとで白旗を背中に差した騎士団長ミュラーと、同じく白旗を持つアボンダンス軍の将軍が話し合っていた。二人の黒い影が東へと長く伸びている。


 ミュラーが険しい顔をして言う。


「では、降伏はしないのですね」


「ああ、我々は徹底抗戦する所存である」


 中年の将軍は髭を撫でつつ答える。わりと余裕のある声だった。

 ミュラーは険しい顔のまま、低い声で脅すように言う。


「あなた方は包囲されています。故国へ帰ることは不可能ですよ」


「聖女様を抱えているのは我々の方である。失いたくなければ、戦わないことだ」


「アリア様はシュタールヴァルトの聖女です。勝手なことを言わないよう」


「明日からはどうなるかわからんがな。そうそう、気が向いたら食料を配給してくれるといい――では、さらばだ」


 将軍は不敵な笑みを浮かべて踵を返した。丘の方へと戻っていく。

 まだ若いミュラーは悔し気に唇を噛んでから本陣へと向かった。



 圧倒的に有利なのはシュタールヴァルト軍である。

 このまま包囲を続ければ、アボンダンス軍は水や食料が尽きて餓死するしかなくなる。

 丘を攻め降りて戦うにしても、平地なら数の多いシュタールヴァルト軍の方が有利。


 しかし聖女を人質として取られてしまったため、身動きが取れなかった。

 奪い返すために戦おうとしても、丘の下から駆け上がって戦うのは得策ではなかった。基本的に上に陣取ったほうが有利である。

 聖女を生かすためと言われたら水と食料も供給せざるを得ない。


 両軍とも動くに動けない状況になっていた。



 シュタールヴァルト軍御本部では、グランツが憤りをにじませた表情でうろつき回っていた。憔悴したかのように銀髪が乱れている。


「なぜだ! なぜこんなことに!」 


 ヴィーがしみじみと言う。


「ジャン王子の作戦が異常でしたからでしょう。我が軍の兵士に変装しつつグランツと一緒に本陣へ突入する。六千人の部下をすべておとりに使ってまでね。人を人と思っていない鬼畜の所業でした」


「だがその方法で、我が国にとって一番大切な宝を奪われた! 聖女アリア様を! ――くそっ!」


 ガンッと、グランツは机を殴りつけた。

 いっせいに押し黙る幕僚たち。



 そこへミュラーが帰ってきた。疲れた表情をして。


「ただいま戻りました、グランツ様」


「……どうだった?」


「降伏はせず、徹底抗戦するそうです」


「くっ!」


「あと、気が向いたら食料を配給するようにと言っていました」


「そうくるか! ――くそっ」


 グランツはもう一度、悔し気に机を叩いた。



 ヴィーが言う。


「これから、どうする気だい? グランツ」


「逃がすわけにはいかない。包囲を続けるしかないだろう」


「そうなるよね」


 ヴィーは肩をすくめて答えた。

 グランツは机を見つめつつ呟く。


「せめてアリア様がどこにいるかわかれば、可能性はあるのに……」


「まあ、僕の方もいろいろ探してみるさ。根競べだね」


「頼む」


「あいさ……まあ気楽にいこうよ」


 ヴィーは気軽に答えて、本部を出て行った。

 幕僚たちもそれぞれに動き出す。

 グランツだけは、こぶしを握り締めてうつむいたままだった。


       ◇  ◇  ◇


 平原の夜。

 寝ていたわたしは目を覚ました。

 ――ここどこ? わたしはなんで――あ。


 寝起きでぼんやりしていたけれど、すぐにジャンに連れ去られたと思い出した。


 見渡せば薄暗いテントの中。

 獣を入れる大きな檻の中に閉じ込められている。


 ――また、檻の中。

 王国を追放されたときの記憶がよみがえって、気落ちした。

 


 ――と。

 わたしが起きたのを見計らったかのように、誰かが入ってきた。

 金銀で彩られた胸当て鎧を付けた、金髪碧眼の若い男性。

 ジャン王子だった。


 わたしは檻の中から彼を睨む。


「なにか用? 帰して欲しいんだけど?」


「ああ、帰してやるよ。――生まれ故郷にな!」


「わたしはもうシュタールヴァルトの聖女なの! アボンダンスには帰らない!」


 わたしの拒絶する言葉を受けても、ジャンはニタニタと笑うばかり。


「俺様のために働かなくていいのかよ? まだ家族や友人はアボンダンスにいるんだろう?」


「うっ――!」


 わたしは言い返せなくて唇を噛んだ。

 ジャンはますます勝ち誇った笑みを浮かべた。


「俺様が貧相なお前を有意義に使ってやるって言ってんだ、ありがたく思いな! あーっはっはっは!」


 ジャンは高笑いしながらテントを出て行った。

 テント内には誰もいなくなる。



「なんなのよ、あいつ――ほんとに、なんなのっ!」


 わたしは悔しいけれど何もできなくて震えるしかなかった。

 そして、感情とは裏腹に、お腹は素直にぐぅぅ~と鳴った。

 非常事態なのに、少し恥ずかしい。


「まあ、食べ物には困らないから、いっか」


 わたしは右手のひらにクッキーを出した。そして食べた。

 サクサクした食感と蜂蜜の甘さが口に優しい。

 続いてフィナンシェを出して食べて、アフルパイも出して食べた。

 疲れているのか、甘いものが食べたくてしょうがなかった。

 喉が渇く。



 ――と。

 メイドの猫獣人ミーニャがどこからともなくやってきて、お茶を注いだカップを出してくれた。

 わたしは優雅に指先で取っ手を摘まんで飲む。お茶会ぐらいはこなせるマナーは身に着けていた。


 お茶の、ぬるいけど薫り高い水分が喉を潤していく。

 がぶ飲みしたい今は、熱いお茶よりぬるい方が良かった。


「――あぁ……おいしい」 


 喉が潤えば、またお菓子を食べたくなる。

 一口かぶりついてはお茶を飲み、二口かぶりついてはお茶を――。


「――って! なんでいるの、ミーニャ!?」


 私は驚きで目を見開いて檻の外を見た。

 外にいるミーニャは不思議そうに、こてんと小首を傾げて無表情のまま言った。


「アリア様の傍にいて世話しろって言われた。だから、いる」


「いやいや、ここ敵陣の真ん中でしょ!?」


「いつでも傍にいろって、王様に言われたから」


「な――っ。ひょっとして、ミーニャはメイドじゃない?」


「ん。よくわからない。時々、暗殺する」


「ああ……メイドじゃなくて、そういう職業だったんだ」


 わたしは納得したけれど、ミーニャはまだ不思議そうに小首を傾げていた。

 状況を理解できていないらしい。それとも理解する常識がないのか。


 ――きっとミーニャちゃんは、国の諜報部隊の一員なのだろう。

 それを私の護衛の為にメイドとして派遣してくれていた、と。

 まあ、聖女を守るならそういう人を付けるのも当然かな。



 わたしは食べかけのパイを急いで食べるとミーニャに尋ねた。


「ねえ、ミーニャ。ここから出られそう?」


「ん。私一人なら、いつでも」


「いやいや、そうじゃなくて。わたしを連れてグランツのところまで連れて行って欲しいんだけど?」


「……」


 ミーニャが黙り込んだ。相変わらずの無表情のまま、考え込んでいる様子。

 ただ感情の発露なのか、頭の上の尖った猫耳がピッピッと動く。お尻から生える黒くて長い尻尾は、ゆらゆらと揺れていた。


 ――話が通じているんだか、通じていないんだかわからない。

 そこで、より条件を限定して尋ねる。


「えーっと。今夜、アボンダンス軍が寝静まったころに、誰にも見つからずに、わたしを連れ出せないかな?」


「それならできる」


「ほんとに!? 詳しい時間は何時頃になる?」


「四時間後?」


「じゃあ、四時間後にシュタールヴァルト軍も動いてって、グランツに伝えてきて」


「わかった」


 ミーニャは私の持つカップにおかわりを注ぐと、そのままメイド服のフリルを揺らしてテントから出て行った。



 急に訪れる沈黙と暗闇。

 張りつめていた緊張が解けたわたしは、檻の床にごろんと寝転がった。

 ふと口をついて言葉が漏れる。


「グランツ――会いたい」


 つい、願いを口に出してしまった瞬間、途方もない寂しさと心細さに襲われた。


 暗闇のテントの中、わたしは胎児のように縮こまって助けを待ち続けた。


次話は明日更新。

→『第36話 絶望と希望の夜』

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