第34話 一瞬のスキ
真上からの日差しが平原に降る午後。
シュタールヴァルト王国の国境近くで戦いが始まっていた。
わたしは本陣の中にいた。
遠くに見える村で先頭が開始されてからはらはらして見守っていた。
すると騎馬隊が黒い列となって小川を渡り、本陣へと駆けてくるのが見えた。
わたしは体をすくませる。
――敵!? それとも、グランツ!?
じっと見ていると先頭の馬に乗る人は、慣れ親しんだ銀髪をなびかせているのが見えた。さらさらの髪を陽光が輝かしく照らしている。
――グランツ!
わたしは嬉しくなって心が弾むのに任せながら本陣の前へと駆け出した。
開かれた門からグランツ率いる騎馬隊が入って来る。なぜか藁束を抱えている騎兵が少し気になったけど、今はそれどころじゃなかった。
先頭にいるグランツへ、わたしは駆け寄る。
「グランツ!」
「アリア様!」
グランツは馬から降りて両手を広げた。
私は逞しい腕の中へ飛び込む。
「無事だったのね、グランツ」
「作戦はおおむねうまくいきましたよ」
「本当に良かった」
グランツの着る軍服の胸元にわたしは顔を埋めた。
そんなわたしの頭を彼が優しく撫でてくれる。
「ご安心ください。アリア様を悲しませることなんてしませんから」
「ありがとう、グランツ。嬉しいわ」
しばらくお互いの体温を確かめ合うように抱き合っていた。
でも、まだ昼間な上に周囲の兵士たちの視線を感じて慌てて離れた。
わたしは照れ隠しの為に早口でグランツに尋ねる。
「それで、戦いはどうだったの?」
「かなりの戦力を減らせました。アボンダンス軍の半数はちりじりになったのではないでしょうか」
「じゃあ、シュタールヴァルトが総兵力でも優勢になったってこと?」
「その通りです、アリア様。もうあとはお互い総力戦でぶつかっても勝てますね」
「よかった」
わたしは、ほっと胸をなでおろした。
しかしグランツが眉間に深いしわを寄せる。
「ただ――ジャン王子を取り逃したのは痛かったですね」
「えっ!? ジャンが来てるの!?」
「はい。アリア様にひどい仕打ちをしたジャン王子は許せません」
わたしは両肩を抱えてぶるっと震えた。ジャンの仕打ちを思い返して。
「グランツ。頼りにしてるから」
「お任せください」
グランツは胸に手を当てて、笑顔で答えた。美形の微笑みは目に眩しかった。
――と。
わたしたちが本陣の門の近くで立ち止まっていたので、にわかにごった返してきた。
後続も本陣に戻って来たらしい。
グランツがわたしの耳に顔を寄せて言う。
「アリア様。しばらく本陣の奥でお待ちください。私は報告と今後の作戦について話し合わねばなりませんから」
「だよね。うん、またあとで」
わたしはグランツから離れて本陣の奥へと歩き出す。
グランツは将軍や参謀のいる本部へと向かう。
その時だった。
ドドドッと数十頭の馬が走ってきた。
今戻ってきた後続部隊なのか、それともグランツと一緒に戻ってきた部隊なのかわからない。
でも、シュタールヴァルトの鎧を着た数十の騎兵たちが、私目掛けて走ってきた。
「え?」
驚く間もなく、というか驚いている間に、先頭の騎兵に腕を掴まれて馬上へ抱え上げられた。白い修道服の裾が広がる。
わたしは驚きながらも馬上で暴れた。
「な、なにするの!」
「暴れんじゃねぇ! ブチ殺すぞ!」
「なっ――ッ!」
よく知る声に驚いて相手の顔を見る。
シュタールヴァルトの兵士が被る兜から覗くのは、ウェーブのかかった金髪とギラつく青い瞳。
――ジャン王子!
「なんで! ――うぐっ!」
「うるせぇ! ――者ども、帰るぞ!」
わたしは口を塞がれて、体も締め付けられた。
ジャンが馬を操り、本陣の門へと走らせる。後に続くのは数十の騎兵たち。
門は帰って来る部隊を迎えるため、開きっぱなしだった。
素早く駆け抜けるジャンの騎兵たち。
「ガフゥ――ッ!」
白狼の誰かが唸りながら騎兵に襲い掛かった。一瞬で倒すもののジャンは気にせず駆け続ける。
わたしは口も鼻も押えられて息もできない。苦しさで暴れるもののジャンの腕を振りほどけない。
締め付けられて苦しい。
どんどん視界が狭くなり、暗闇に覆われていく。
そんな意識を失う瞬間、「アリア様っ!」と悲痛な叫びが聞こえた気がした。
そしてわたしは完全な暗闇に飲まれた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
本部で次の作戦を話し合っていたグランツは、にわかに起こった騒ぎにいち早く気付いた。
なぜか胸騒ぎがして無性に焦り、本部を飛び出した。
近くにいた兵士へ、きつい口調で問い質す。
「おい、貴様! 何が起こった!?」
「は、はい、グランツ様。一部の騎兵が突然、アリア様を抱えて本陣を出ました!」
「なんだと!」
グランツはすぐにおのれの失策を悟った。
――村を燃やしたのは煙に隠れてこちらの装備を奪い、私と一緒に本陣へ入るためだったかっ!
グランツは舌打ちしながらも傍にいた馬に飛び乗り、前へと駆け出す。
門近くまで来たときに、砂煙を上げて走る小集団が見えた。
「アリア様ぁ――っ!」
そのままグランツは単騎で本陣を飛び出した。先を行く小集団を追いかける。
単騎とは言ったが何匹かの白狼は咄嗟に動いていた。グランツの後を追って走る。
さらにグランツは後ろを振り返って、大声で叫んだ。
「全軍、突撃ィ――ッッッ!」
数瞬、置いて。
慌てふためきながらも、騎兵部隊や歩兵たちが本陣を出た。遅れて気が付いた白狼たちも飛び出す。
左翼も右翼も連動して出撃する。陣を組んでいる余裕もなく、ただの集団となって前線の小川へと向かう。
さらにグランツは小集団を追いかけながら、前方へと叫ぶ。
「その集団を止めろ、ヴィー! アリア様を守れ!」
「え?」
小川近くでアボンダンス軍を追い詰めていたヴィーが緑髪を揺らして振り返る。
砂煙を上げて駆けてくる小集団を見た。
しかし魔法を放とうとして「うっ」と息をのんだ。
小集団の騎兵は全員、藁束に白い布をかぶせた物を抱えて馬を走らせていた。
ぱっと見では、どれがアリアかわからなかった。
ヴィーが逡巡しているうちに、その横を小集団が駆け抜ける。
先頭を走る男が叫ぶ。
「ざまぁねぇな! 王国一の風使いさんよぉ!」
「そ、その声はジャン王子!」
ヴィーは馬をめぐらせて追おうとしたが、一拍遅れた。
その間に小集団は小川へ乗り込んだ。
追いかけようにも、まだ残るジャンの軍勢が槍衾で邪魔をする。
「くっ!」
「ヴィー! 吹き飛ばせ!」
追いついたグランツが馬を掛けながら命令する。
ヴィーは両手を前に突き出して兵士の壁を吹き飛ばす。
「ガルル――ゥ!」
さらに残った邪魔な兵士も白狼たちによって倒された。
道が開ける。
しかしグランツが小川を渡った時には、もう騎兵の小集団にはかなり距離を離されてしまっていた。
グランツは血がにじむほど握りしめた拳で、己の太ももを叩く。
「くそっ! ――アリア様……!」
後ろから鬨の声を上げてシュタールヴァルト軍が殺到する。
でもグランツは悲しみと悔しさで、美しい顔を歪めるばかりだった。
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次話は明日更新。
→『第35話 籠の中の鳥』




