第32話 ジャンの策略
アボンダンス王国が侵攻を開始してから一週間後。
ジャン王子率いる軍勢が国境沿いの検問所に迫った。総数は1万2000人。シュタールヴァルトよりも多い。
しかし着いて来れている軍勢は騎兵6000人ほどだった。
歩兵や輜重部隊の隊列は、ばらばらになって長く伸びきっている。
すでに連絡がいっていたのか、検問所のシュタールヴァルト側は無人だった。
検問所を馬に乗ったまま突破しながらジャンが金髪を乱して後続を振り返りつつ叫ぶ。
「おらおら、どうしたぁ! 遅れたら略奪に参加できねぇぞ! 金や食料が欲しけりゃ死ぬ気で走りな! ひゃはは!」
併走していた部下が驚いて咎める。
「ジャン様。略奪は国際法違反でございます。なにとぞお考え直しを」
併走していた部下が、驚きつつも諫言する。
しかしジャンは下卑た笑みを浮かべて怒鳴り返す。
「国際法なんて負けた国が従う法だ! 勝てば違法行為も合法になるんだぜぇ? ひゃっはっは!」
「ジャ……ジャン様……」
部下は絶句して俯きながら従うしかかなかった。
ジャンは馬を走らせながら内心で舌打ちする。
――チッ、臆病者め! 略奪でも許可しねぇと軍の士気が上がらねぇだろ!
ったく、俺様はシュタールヴァルトに勝って穀倉地帯を奪い、その勝利を掲げて王様になるんだからよぉ。迅速な進撃したから、敵はまともに戦えねぇしな!
しかし国境を越え、しばらく走った頃。
ジャンは馬の手綱を急に引いた。馬はいななきつつ竿立ちする。
そして平原を横切る小川の向こうを眺めて、ジャンは青い瞳の目を見開いた。愕然として、声を震わせ叫ぶ。
「バカな! これだけの大部隊を展開して陣地も築くなんて! 昨日や今日の仕事じゃねぇぞ、どうなってやがる!」
平原を横切る小川の向こうには、シュタールヴァルト王国の大軍が布陣していたのだった。
ジャンは驚愕と焦りで顔をしかめつつ親指の爪を噛んだ。金髪が目を隠す。少し子供っぽい仕草だった。
それでも敵軍を睨むように眺めながら、思考を走らせることをやめない。
――ざっと見て八千。左翼と右翼が二千、中央が四千。馬防柵と堀を完備かよ。その割には歩兵が少くねぇ。後ろに下げたのか? それとも騎兵が主体? 軍糧はどうした? ――まさか?
しばらくして考え込むジャン王子の後ろに、遅れて追随してきた騎兵や歩兵が集まってきた。
騎士の一人が進み出て尋ねる。
「どうします、ジャン王子。軍勢の数ではこちらが多いですが」
「おいおい、正面からぶち当たったら負けるぜ? 小川の対岸に奴らの魔法と弓矢がぎりぎり届くんだからよ」
「な、なんと!」
「もし全軍突撃した場合、隊列を乱しながら小川を渡ったところを狙い撃ちされて、さらに陣形を立て直す間もなく騎兵が突っ込んでくる。ボロ負けするぜ」
年配の騎士が言う。
「北か南から回り込むしかありませんな」
「そうなるけどな……ちっ、北側の軍はヴィー侯爵が率いる魔法部隊だぜ」
「合成魔法を撃たれたら川を越えてこちらまで届きます。南を回り込むしか」
「何言ってやがる。それが向こうの狙いなんだよ。進路を一つに限定して、伏兵で挟み込むって寸法よ。向かうなら北だな」
別の部下が言う。
「お待ちください。南なら陣地になりそうな町があります。外壁が石造りで分厚く、町並みも石やレンガが多いです。全軍が駐屯できる敷地もあります」
「逆に聞くけど、北には?」
「柵が囲んでるだけの小さな村があるだけです」
「木造の家か?」
「はい。しかも家と言うより小屋ばかり百軒ほどかと」
「その村を占領して陣地を築く。ついでに食料も奪う。ついてこい!」
「「「は、はい!」」」
ジャンは部下を二人呼び寄せて、それぞれに指示を出すと、馬を北に向けて走らせた。
しかしジャンは劣勢の状況の中にも拘わらず、ニヤリと強烈な笑みを浮かべていた。
しばらくして村が見えてきた。
百軒ほどの木造小屋が密集した村。村の周りには畑が広がっていた。
しかし近づくにつれて、鋭いまなざしで睨んだジャンは舌打ちする。
「チッ……対策済みかよ」
麦畑の穂は刈り取られていた。野菜もすべて収穫されて実のない草葉が揺れるばかり。
それでもジャンは馬の速度を落としつつ村に乗り込む。
着いてきた騎士と兵士に指示を飛ばす。
「罠に気を付けながら村を調べろ! その後は陣地を築きな!」
「は、はい」「しかし……」「こんな村で陣地を?」
「家具や薪、あと村を囲む低い柵を抜いてきて村の中にある道に積み上げろ! 馬防柵の代わりだ!」
「「「は、はい!」」」
「あと手の空いてる兵士は畑の麦わらや草葉を刈ってきて1メートルぐらいの筒状に丸めろ」
「え?」「どういう理由で?」「なぜでしょう?」
「気にすんな。今は馬防柵の追加ぐらいに思っとけ」
「はいっ」
それからジャンは魔術師と工作兵を呼んで指示を出した。悪い笑みを浮かべ、青い瞳をギラつかせながら。
「まあいい――聖女が来てやがるなら、勝ち筋はあるってもんだぜっ! くくくっ!」
◇ ◇ ◇
午後の平原。
わたしはシュタールヴァルト軍の中央にある本陣にいた。
二日前には国境沿いに来ていて、陣地を作ったり村や町の人を避難させたりと、戦いの準備は住んでいた。
今は本陣の前の方にいる。
後ろの方にいろと言われたけれど、一時間前ぐらいに東の方向に土煙が上がったから前へ来た。
居ても立ってもいられなくなって。
馬防柵の隙間から遠くの方を見るわたしは、顔がこわばっているのを感じていた。たぶん不安と恐怖のせい。
グランツがどれだけ「安心してください」と笑顔を向けてくれても、最悪な予想が脳裏に浮かんで消えなかった。
なんでこんなにグランツのことが気にかかるのかわからない。
――グランツがここにいないから?
すでにグランツは騎兵を率いて出て行った。
――と。
左翼の魔法部隊の上に魔方陣が現れて、巨大な火の玉が川の向こうへと飛んでいった。
ついに戦争が始まったらしい。
「きゅーん」
護衛として傍にいた白狼の一匹、サンダースが不安そうな声で鳴いた。
総勢十匹いる白狼たちは切り札的に使いたいと言うことで、序盤では戦わないらしい。
「大丈夫。きっと大丈夫」
わたしは片手でサンダースの背中を撫でた。
もう片方の手は胸に当てて、祈ることしかできない。
――どうかグランツが無事でありますように。
そう、切に願った。
最後まで書き上がりました。
これから毎日更新します。
次話
→『第33話 グランツ王子 Vs. ジャン王子』




