第30話 戦略会議
宴会の次の日。
シュタールヴァルト王国のお城に昼の強い日差しが降る。
城の中にある会議室で王国内の重鎮が集まっていた。
楕円形の大きなテーブルに座るのは、国王を筆頭にグランツや大臣たち、それに騎士団長ミュラーだった。
わたしは会議室の壁際に立っていた。
本来は参加する権限はないけれども、不安が募ったため無理を言って参加させてもらったのだった。
グランツが冷たい無表情な顔をして言う。
「アボンダンス王国との衝突は避けられない。聖女アリア様が安心して暮らすためには、一日も早くご両親の保護が必要と考えます」
「戦争を仕掛けて大丈夫なのかね?」
大臣が異議を唱えるが、グランツは理路整然と答える。
「本格的に戦うわけではありません。アボンダンス王国は現在、疫病と食糧不足によって非常事態に対処しきれないと考えます。その空隙を突いて一気に進軍してご両親を保護、その後速やかに撤退します」
「抗議が来るのではありませんか?」
「でしょうね。まあ、国境線はそのままで、迷惑料としてアリア様直々の食料を提供すれば、こちらの言うことを聞かせられるでしょう」
部下の反論もグランツは平然と答えた。
わたしは不安になって口を挟む。
「でも戦いになったら、被害を受ける人たちもいるのでは?」
「被害は最小限に抑えます。騎兵主体で進軍し、街道を通らず魔の森の浅いところを進みますのでご安心ください」
「そう、なんだ」
冷静ながらも自信満々に答えるグランツに、わたしは何も反論できなかった。
その後も質疑応答が続いたが、隣国に進行するのは決定事項のようだった。
最後に沈黙していた国王様が重々しい口調で言う。
「ふむ。戦いは避けられぬのようだな。準備に一週間、それから二週間かけて進行か。皆のもの、無謀な戦いはせぬように――ん?」
話が決まりかけた頃、ドタバタと賑やかな音をさせて一人の文官が走り込んできた。
服を乱した文官は息を切らせながら告げる。
「申し上げます! アボンダンス王国が兵を挙げました! 我が国に攻めてくるようです!」
「なにっ!?」「なんだと!?」「なんですって?」
会議室にいる重鎮たちが一斉に驚きの声を上げた。
わたしも驚いて声を出せなかった。
グランツが険しい顔をして言う。
「どのような状況でしょうか?」
「隣国の進軍ルートはこの通り。一週間後には国境を越えて進行してきそうです――ルートは……」
文官は楕円形のテーブルに地図を広げつつ説明した。
すぐに将軍や大臣、騎士団長たちが激しく意見を交わし始める。
様々な作戦が検討された。
けれども、どの作戦も問題があるらしく、話し合いは紛糾した。
どうやら進軍速度が遅くて、どの作戦でも大きな被害が出るらしい。
わたしは地図を見ながらぼんやりと考える。
――なんで国境付近まで行くのに二週間もかかるんだろう?
辺境伯領の領都から王都に来るまで馬車でゆっくり進んで一週間ぐらいだった。
軍隊ならもっと急いで進軍できそうだし、数日で行くことも可能なのでは? と疑問に思った。
軍事に関しては素人だから、なにか間違ってるのかも知れないけど。
そこでわたしはグランツに近寄って尋ねた。
「ねえ、グランツ」
「なんでしょう、アリア様?」
「進軍するのにそんなに時間かかるものなの? 明日に出発すれば、一週間後には国境付近の平原でぶつかりそうなものだけど?」
私の疑問に、グランツが丁寧な言葉で答える。
「軍隊は騎士や兵士だけで戦うものではありません。兵士たちが毎日食べる食料を一緒に運ばなくてはいけないのです。だから食料を運ぶ輜重部隊が必要なのです」
「なるほど? 用意が大変ってこと?」
「そうです。さらに言えば、食料を一緒に荷馬車で運ぶので、行軍速度はどうしても落ちてしまいます」
「えっ!? そんなに?」
「はい。一万人が一日三食、それを二週間分です。荷馬車数十台分の食料が必要になります」
「なるほど。それで時間がかかって、国の奥まで敵が攻め込んできてしまうのね」
「その通りです。大きな被害が出てからの戦いは避けられません」
グランツは美しい顔を悲しげにゆがめて言った。
わたしは、ふむ、と顎に手を当てて頷きつつ考え込む。
――逆に食糧の問題が解決すれば、国境付近に住む人々を助けられるのでは?
「ねえ、だったら。わたしが一緒について行ったら、その都度食料を出せるから、しちょーぶたい? ってのは必要なくなって素早く進行できるのでは?」
「いけません! 輜重部隊は後衛とは言え、戦闘部隊です。アリア様が危険にさらされる可能性が高くなります」
「でも、急いで行かないと国境付近の村や町がひどい目に遭うじゃない」
「それは……そうなのですが……」
グランツは悔しげに唇を噛む。
美形中尾の額にしわが寄っていた。
しかし居並ぶ将軍や騎士団長は、顔を輝かせてわたしの案に乗ってきた。
「アリア様に同行していただけるなら、半分の時間で進軍できましょうぞ!」
「しかもまずい携行食ではなく温かいミートパイも食べられますね」
「ぐっ……ですが……」
グランツは反論したそうに言いよどむ。
だが国王様が両肘をテーブルに着き、顔の前で手を組んだ。そして厳かな声で言う。
「国の被害は最小限にしなければならぬ。戦争によって一番困るのは市井の民なのだから。よって、今から準備をして明日出発するために、アリア様の意見を採用しよう。――よいな? グランツ」
「は、はい」
「皆の者もその方向でよいな?」
「「「はいっ!」」」
みんなが一斉に声を揃えて返事した。
最後に王様はわたしを見て言った。
「と言うわけだ。我が国のために危険にさらすやも知れぬ。申し訳なく思うぞ、アリアよ」
「いえ、追放されたわたしによくしてシュタールヴァルト王国に恩返しできるので嬉しいです。それにきっとグランツが守ってくれますから――だよね、グランツ?」
私が傍にいるグランツに信頼の微笑みを浮かべて問いかけた。
グランツは立ち上がるとわたしの傍に跪いてわたしの右手を包むように手に取る。
「もちろんでございます、アリア様。このグランツ、剣と命を持ってアリア様を守ります」
「ありがとう、グランツ」
グランツがわたしの右手の甲に唇を寄せる。
――こんな、国の重鎮がいるところでもするの!?
わたしはいまだに慣れず、頬が火照るのを恥ずかしく思うのだった。
次話は二日後。




