第24話 あの国この国の裏側
夜。
王都ルビンの城にある会議室。
広いが簡素な部屋で、5人ほどの官僚が書類に向かって忙しそうに働いている。
執務机に座ったグランツは、部下からの報告を受けていた。
「……で、ありまして。各国の情報を鑑みますとただの飢饉ではなく、人と植物両方にかかる伝染病だと思われます。我が国も収穫は壊滅的ですが、アリア様のおかげで人的被害はなく、国内の食糧事情は改善いたしました。――報告は以上です」
グランツは無表情な顔で部下を見上げる。
「それで、アリア様に支払う代金ですが。いまだに査定は終わらないのですか」
「申し訳ありません、グランツハルト殿下。アリア様は食糧だけでなく、病人や怪我人も全快していますので……」
「だったらなおのこと正当な報酬を支払わないといけないでしょう?」
「四肢欠損や不治の病まで治したと考えますと、治療費が天文学的な数字になってしまいます。国の財政が傾きかねません」
「なんですって? つまり私のアリア様に泥を押しつけるというのですか?」
グランツが鋭い眼光で睨み、腰の剣に手をかけながら立ち上がった。
官僚は顔を青ざめさせて震え上がる。
「も、申し訳ありませんグランツ様っ!」
「あまり私の部下をいじめないでいただきたいですな、殿下」
痩身の男が机の傍に来た。グレーの髪を短く刈り揃えた、精悍な顔つきの壮年。
彫りが深く、眼差しには知性を感じさせる。
国王の懐刀として辣腕を振るう、宰相クルーガーだった。
グランツが形の良い眉を寄せて舌打ちする。
「いたのですか、クルーガー」
グランツを無視して、クルーガーは部下を見る。
「わかっておる。アリア様への支払いもなんとかなるだろう」
「えっ!? クルーガー様? 莫大な赤字になりますが……」
若い部下は困惑しながら尋ねた。
クルーガーは顎を撫でつつ落ち着いた声で言う。
「けが人や病人が治った、ということは労働力が増えたということだ。つまり魔物の素材や魔石、鉱山の発掘量や鉄器やアクセサリーなどの増産が見込まれる。実際、先月より数割増しになっておるからな。長い目で見れば、報酬を高く設定しても十分に支払えるだろう」
「わ、わかりました。では、そのように」
部下が書類を抱えて急ぎ足で出て行く。
グランツが感心したようにうなずく。
「アリア様の力はそこまで及んでいたのですか。さすがですね」
「うむ。アリア様によって国は守られましたな。これからもしばらくはアリア様のお力が必須になるでありましょうぞ」
ちらっと意味深な流し目を送るクルーガー。
グランツが、むっとして眉間のしわを深くして睨む。
「どういう意味でしょう、クルーガー?」
「グランツ王子。アリア様の引き留め、頼みますぞ」
「何を言い出すかと思えば。いいですか、クルーガー。アリア様はそんな下心で付き合ってはいけないお方なのですよ。清く尊い存在。敬愛し崇拝する相手なのです」
「それは大変でございますな」
クルーガーはひょうひょうとして軽くあしらうように言うと、書類の束に向かい始める。
グランツは悔しそうに顔をしかめた。彼が苦手らしい。
言いくるめられた気がして、グランツは不機嫌そうに言葉を吐く。
「クルーガー、アリア様から慈悲深い提案を頂きました。すぐにアリア様の存在を隠しながら近隣国へ食料の援助をしてください。最初は無料、しばらくしてから有料にするといいでしょう」
「承知いたしました。さっそく計画を立案しましょうぞ」
「よろしく頼む」
グランツは不機嫌そうなまま、整った顔をしかめながら部屋を出て行った。
しばらく静かになる会議室。
ふと、クルーガーは顔を上げてグレーの短髪をぽりぽりと掻く。
「はて。大変、というのは自分の心をごまかすのが大変という意味であったのだが、正しく伝わったであろうか……」
少しだけ興味深そうな顔をしたが、すぐに書類へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
アボンダンス王国の教会に、人々が押し寄せていた。
多数の病人が廊下や礼拝堂に横たわり、敷地内で行われている炊き出しに行列を作っている。
教会にある豪華な一室に金髪碧眼の青年、第三王子のジャンがいた。ソファーに座って葡萄酒を飲んでいる。
そこへマリアンヌが入って来た。美しかった見た目は衰えて、肌に張りがなく髪の毛もぱさぱさになっている。
疲れた様子でふらふらと歩いて、ソファーにいるジャンの隣に座る。
彼の腕にすがり付いて、上目遣いの涙目で訴えかけた。
「ジャン様、大変ですわ! 治しても治してもまた新たな病人が出ますのっ。畑や植物が枯れて、ご飯が食べられない人々も多いそうですわ」
「聖女様なんだから、困ってる人々を助けてやらねぇとなぁ?」
「そんな! もう無理ですわ! 魔力がいくらあっても足りないし、植物の復活なんて管轄外ですし! ――なんとかしてくださいまし!」
「なんともならねぇよ。あの女がいなきゃ、この国が滅びるのは時間の問題だったんだよ」
「ジャン様……? まさか飢饉が起きることを望んでいたのですか?」
マリアンヌは不安な顔をしながらおそるおそる尋ねた。
ジャンは金髪を乱れ差すと、悪魔のような残忍な笑みを浮かべて言う。
「当たり前だろう? 国が平和なままじゃ、順当に第一王子が国王になっちまう。国が乱れてこそ、俺様が王座を掴めるってもんよ! フハハハハ――ッ!」
両手で口を覆ったマリアンヌは、激しいショックを受けて絶句する。
――ジャン様はわたくしのことなど愛していなかったのですわ! ただ、国を乱れさすために本当の聖女を始末したかっただけ。わたくしはいいように利用されたのですわっ。
とんでもないことになったとマリアンヌは思った。
貴族とは言え、親が金で買った地位。古くからの貴族には蔑まれていた。
だからこそ王族との婚姻によって箔を付けようとした。
それなのに……。
しかしマリアンヌはジャンに騙されたと考えたけれども、そもそも彼女だってジャンの地位とお金が好きなのであって、彼を愛したわけではなかった。
お互い様であったのに、マリアンヌだけが被害者面をする。
「ひどい、ですわ……」
呆然とするマリアンヌの肩を抱き寄せて、ジャンは耳元でささやく。青い瞳が輝く。
「さあ、マリー。貴様の親父に連絡して、武器を調達してくるんだな」
「ぶ、武器ですって!?」
「安心しろ、金ならたっぷりあるぜ? なんせ枢機卿を押し付けられたが、地位を利用して裏金作りまくったからよ」
「なにをおっしゃられて――まさかっ! 簒奪を企んでおられますの!? 無理ですわ! 兵を上げた時点で厳罰に処されてしまいますわ!」
「関係ねぇな。勝てば官軍なんだぜぇ?」
「無理、ダメです、不可能ですわっ!」
「それこそ無理ってもんだ。マリーの実家が大商人だからこそ、今までよくしてやったんだぜ?」
「うっ……そんな……」
マリアンヌはこの先どうなるかを考えて真っ青な顔をして震える。か弱い手でジャンの胸を押して離れようとするが、ジャンは彼女の肩を抱く力を強めて逃さない。
さらに耳たぶを甘く噛みながら、絡みつくような言葉をささやく。
「もう後戻りできねぇよ、マリー。地獄の果てまで付き合ってもらうぜぇ? あーっはっはっは!」
「くぅ……ううう……」
マリアンヌは絶望して、抱き締められながら目を閉じる。
どうしようもない気持ちが涙となって、痩せた頬をつうっと一筋流れた。
◇ ◇ ◇
すっかり夜も更けた深夜。
寝間着に着替えたわたしは一人、天蓋付きのベッドで寝ていた。
しかし全然眠気が訪れなかった。胸がドキドキして頭がぼーっとする。
グランツの横顔、苦しそうな顔、爽やかな笑顔が脳裏に去来して、身もだえしながら寝返りを打つ。
わたしを抱き締める、細くも逞しい腕――。
――ああ、グランツ。
この気持ちって同情? 憐憫? 守ってあげたい?
なんだろう。彼のことばかり考えてしまう。
わたしの手を取る、彼の長い指先。見上げた先に見えるのは、彼の細いのどにある喉仏。
わたしを見下ろす優しくてどこか悲しい紅の瞳。
だからグランツが私を大切にするのは、聖女だからなんだって。
ただの村娘に何の価値もないって。勘違いしたらダメなんだから、わたし。
どれだけ自分の心を抑えようとしても、グランツの微笑みが脳裏から離れない。
結果、わたしは枕を抱えて夜が明けるまで右へ左へ横転し続けた。
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次話は近日中に。




