第18話 ダンスの花咲く庭園
ある日の午後。
塩乾パン出しの仕事が終わったわたしは、お城の中庭にあるあずまやでお茶を飲んでいた。クッキーを食べつつ。
白狼のニーナはおやつのパイを食べた後、早々に丸くなって寝ていた。
心地よい甘さとそよ風。ほっと落ち着くひととき。
一人の時間を楽しんでいると、突然ダダダッと庭を駆けてくる音がした。
何事かと思って目を向けると、グランツが豪華な衣装を着たまま走ってきた。銀髪は乱れ、荒い息をしている。
あずまやまで来て軽く息を整えるグランツ。
わたしは首を傾げつつ彼に尋ねた。
「どうしたの、グランツ? 久しぶりね」
「お久しぶりです、アリア様。いえ、そうではなくて……」
「仕事は順調?」
「そんなこと、どうでもいいんです!」
グランツは傍まで来て至近距離から険しい顔でわたしを見下ろした。
「仕事がそんなことって……一体どうしたの?」
「庭で男と密会していると聞きました! 私という者がありながら、他の男の方がいいと言うのですか!」
「えっ」
急な発言に驚いた。
――いったいなに!? 会っちゃいけない人だった?
それとも……嫉妬? まさか。
わたしはそこまで意識してなかったのに、グランツの必死な態度に少し胸がどきどきしてきた。
「ち、違うわよ、グランツ。何もないって。ただの庭師のおじさんに、シュタールヴァルトの歴史を教えてもらってるだけだから」
「だったら私が教えます! 我が国の門外不出の真実から、闇に葬られた秘事まで、全部!」
「逆に怖くて、聞きたくないってば!」
「残念です」
グランツは美しい顔を大げさにしかめて言った。
わたしも負けじと顔をしかめて問い質す。
「そうそう、グランツに聞かなきゃいけないことがあったんだけど」
「なんでしょう?」
「ジューシヒカエテンってどういう意味? みんな笑うんだけど」
「なぜ笑うのでしょう? こんなに素敵な名前はないと言うのに」
うっとりとした笑みを浮かべるグランツを、わたしはジト目で睨みつつ尋ねる。
「で、意味は?」
「ジューシヒカエテンは、我が国の古い言葉で『お菓子』を意味します。アリア様にぴったりでしょう?」
「それが原因よっ!」
確か名前のフォンの後は苗字であると同時に支配地域を指す。
――手のひらからお菓子を出す女が、お菓子を支配していますと名乗っているようなもの。
それでは笑われて当然だと思った。
今まで数多く名乗ってきたので、その分恥ずかしい。
わたしは頬を赤く染めながら、グランツの胸をポカポカと叩いた。
彼は笑いながらすべてを受け止めてくれた。
しばらくして心が落ち着いたころ。
わたしはグランツに尋ねた。
「なんだか王都に来てからグランツは忙しそうね?」
「はい。食料の収穫がさらに減りまして……その調整に走り回っています」
グランツは深刻な表情でうつむいた。銀髪が力なく垂れて、美しい横顔に暗い影が差す。
「原因は?」
「どうも植物が枯れる病気が広がっているようです」
「ええ!? 大丈夫なの?」
「飢饉になるでしょうね……他国では。我が国はアリア様がおられますので、耐えられるかと」
聖女が国を救うと予言されていたのにお菓子しか出せなかったわたし。
まさか飢饉で食糧不足になるからだったとは。
元の国は今頃大変じゃないかなと思った。――お父さんとお母さんは大丈夫だろうか?
わたしは不安を隠しつつ、元気に頷く。
「そうね。だったら夜も頑張って一年分の塩乾パン出そうかしら?」
「アリア様の負担になるようなことはしてほしくありません」
「でも何もしないとみんな困るでしょ? いい暮らしさせて貰ってるんだし、その分は働くわ」
「……ありがとうございます、アリア様。この埋め合わせは必ずしますので」
「ありがと、グランツ」
わたしは笑顔で答えた。
埋め合わせなんて期待してない。ただ彼の気持ちに応えたかった。
グランツは、ふと思いついたような口調で言った。
「それからですね、アリア様」
「なに?」
「今夜は舞踏会があります。ぜひご出席ください」
「待って。聖女はダンスしないからね? できないとも言うけれど」
わたしは慌てて念押しした。
しかしグランツは口の端を上げて、ふっと意味深な笑みを浮かべる。
「大丈夫です。私のリードに身を任せてくださいすれば、きっとうまくいきます」
「いやいやいや、無理でしょ。聖女は清楚な壁の花、って教えられたから何一つ練習してないよ?」
「どんな失敗も、アリア様がなされば可愛らしくなります」
「それはグランツだけだってば」
わたしが苦笑しながら言うと、グランツは胸に手を当ててお辞儀をしつつ、わたしに片手を伸ばした。
「では今から練習なさってはどうでしょうか?」
「い、今から……うん」
わたしは彼の手を取った。すらりと長い指に、以外と力強く引き寄せられる。
グランツの腕に抱き寄せられ、痩せてはいるけど筋肉質な細身の体に包まれた。
恥ずかしくて頬が熱くなる。
何も考えられずにいると、グランツはわたしを連れてあずまやの外に出た。
陽光の降る庭園で、ダンスの授業が始まる。
「まずはゆっくり動きますから、私と同じ側の足を同じように動かしてください」
「こ、こう?」
下を向いてグランツの長い足を見ながら、わたしも足を動かす。
「そうです。1――2――3。もうすこし早く動きますよ。1,2,3,そうです。出来ていますよ、アリア様。素晴らしいです」
「あ、ありがと」
「では、片手は私の背中に回してください」
「は、はい――っ」
わたしは言われたとおりに腕を回した。彼の引き締まった体と服越しに密着する。
――えっ!? ダンスってこんなに密着するものなの!?
恥ずかしくて頬が火照る。赤くなった顔を見られたくなくて俯いてしまう。
しかしグランツが低く優しい声で囁く。
「アリア様、踊るときは顔を上げるものですよ」
「は、はい――うっ!」
見上げるとグランツの赤い瞳と目が合った。風にそよぐ銀髪が陽光を浴びて輝いている。
透き通るような白い頬。通った鼻筋が美しい。
――吐息が交差するような至近距離に、息が詰まりそうだった。
それでもダンスの練習は続く。
花咲く鮮やかな庭園の中、彼の手にリードされてわたしは回る。黒いロングスカートが広がった。
わたしの目まで回りそう。
そんな顔を真っ赤にして途惑うわたしを、グランツは見下ろして、ふふっと頬を緩める。
そんな彼を、わたしは上目遣いで睨む。
「な、なによぉ?」
「ひたむきなアリア様が、とても愛おしいです」
「い、言わないでっ」
ますます赤くなる顔を上げてられなくて、わたしは俯いてダンスを続けた。
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次話の更新は木曜の予定です。




