第11話 辺境領都ヴァント
夕暮れ時の涼しい大気。
西の空が赤く染まり、東に向かって長い影が落ちる頃。
わたしたちの乗った馬車は、高くて分厚い外壁をくぐって辺境伯領の領都ヴァントに入った。
ガラガラと車輪の音を響かせて、馬車は石畳の道を通っていく。
大通りは馬車が数台すれ違えるほど広かった。
道の両側は石で造られた堅牢な建物が壁のようにそびえている。
街の敷地も広く、外壁と街の間に広場のような空間が取られていた。
わたしは馬車の窓から街の様子を眺めつつ言った。
「立派な壁のある街ね。なんだか街の規模よりも大きく敷地が取られてる」
「ああ、それはですね。王国騎士団が駐屯できる場所なんですよ。ここは魔の森に近くて、魔物があふれたら辺境伯の軍だけでは対処できませんので」
「なるほど」
グランツがしてくれた説明に、わたしは納得して頷いた。
頑丈そうな建物が多いのも、魔物の襲撃を考えてのことなんだろう。
ふと、大通りから入る細い路地が目に入った。
路地には、ぼろを着た人々が壁にもたれて座っている。
――貧しい人が多いのかな?
なんとなく気になって、そういう人々を探すように見てしまった。
キョロキョロと見渡すわたしを不審に思ったのか、グランツが微笑みながら尋ねてきた。
「どうかされましたか、アリア様?」
「うん、ちょっと。街の大きさの割りには、貧しい人があふれてる感じがして……」
「……それは、お目汚しすみません。明日には排除しておきますので」
グランツは怖いことを、さらっと言った。
わたしは慌てて手を振って否定する。
「そこまでしなくていいから! むしろ彼らに食べ物などの慈悲を施すべきでは?」
「うーん、それは難しいでしょうね。我が国は山がちで平地が少なく食糧自給率が低いのです。それに農作物の収穫量が下がってまして……鉄製品を売ったお金で他国から仕入れようとしても、他国も今年は不作気味なようで値上がりしているのです」
「そっか。それじゃあ仕方ないのかな……」
なんとなくモヤモヤした気持ちを抱えながらも、わたしは納得するしかなかった。
馬車は石畳の大通りを進み、街の中央に立つ大きな建物まで着た。
お城というより、砦のような堅牢な建物。
大きな両開きの門が開かれて、馬車は敷地内へと入っていく。
馬車を降りると、ヴィーが入り口前に立って笑顔で出迎えた。
「ようこそ、領都ヴァントへ」
「お邪魔します」
わたしは恐縮しながら頭を下げた。
グランツが横に並びつつ、偉そうに言う。
「アリア様が遠慮することはありません。我が国はすべてアリア様の庭ぐらいに考えてもらって結構なのですよ」
「あははっ、グランツも言うねぇ~」
ヴィーは軽やかな声を立てて笑った。なんだか可愛らしさを感じる仕草だった。
冗談はさておき、わたしたちは砦のようなお城に入った。
中は天井が高い。武骨ながらも、赤いじゅうたんが敷かれて、壁には鮮やかな色をしたタペストリーが飾られていた。
そして広間に案内された。太い柱が林立して高い天井を支えている。
正面は数段高くなっており、壇上には玉座のような豪華な椅子が置いてあった。
謁見の間だろうと思われた。
広間には大勢の貴族っぽい人や騎士っぽい人が並んでいた。
左右に別れた人々の間を、わたしとグランツはヴィーに促されて進んだ。
そして三人で壇上に立つ。
グランツが居並ぶ人々を睥睨すると、人々はにわかに体をすくめた。まるで怯えているみたいに。
そんな人々の反応を意に介さず、グランツは朗々とした声を広間に響かせた。
「よく集まってくれましたね。私はグランツハルト・エーデルルビン・ケーニッヒ・フォン・シュタールバルトです。そして隣にいる彼女は、私が最も大切にしたいと思っている女性、アリア様です。アリア様に不敬がないよう、お願いしますよ?」
グランツは赤い瞳を光らせて、広間にいる人々を睥睨した。
人々は身を震わせて立ち尽くす。
続いてヴィーが微笑みながら前に出る。
「みんな、あんまり気にしなくていいからね。ただアリアさんは、皆さんにも大切に見守って欲しいなと思ってます。よろしくね」
ヴィーがわたしを見て、可愛くウインクした。
どうやらわたしにも何か話せと言うことらしい。
場違いな雰囲気にのまれつつも、わたしは白い修道服を揺らして壇上の前に出た。
「アリアと言います。ただの村娘ですが、なぜだか聖女として育てられたこともありました。かといって何もできませんが、みなさん、よろしくお願いします」
わたしはぺこりと頭を下げた。明るいオレンジ色の長髪がさらりと垂れる。
――と。
広間が慌ただしくなった。
広間に通じる扉が開いて、縛った女を連れた兵士が入ってきたのだった。
壇上のすぐ下まで女を引き連れて来ると、膝をついて報告する。
「グランツハルト王子、ヴィー侯爵、申し上げます! この女が軍糧である保存食をかすめ取っておりました!」
「なんですって?」
「それは、穏やかじゃないですねぇ」
グランツとヴィーは女を睨んだ。
メイド服を着た二十歳ぐらいの侍女は、涙ながらに訴えた。
「申し訳ございません! 給金だけでは一家四人を養うことはできなくて、悪いことと知りながら廃棄予定の軍糧を奪うことに、手を染めてしまいました」
何度頭を下げる侍女。
傍にいる兵士はグランツを見上げて言った。
「厳罰をお願いします」
「言われるまでもありませんよ……国の食料を奪うなど、言語道断。ただ、私にも慈悲の心はあります。一家全員、首吊りか股裂きか晒し首か。お好きな処刑法を選ばせてあげましょう」
「ひぃ! どうかお慈悲を! このままでは身売りするしかないのです!」
侍女は涙ながらに訴えた。
しかしグランツは氷のような無表情で女を見下ろす。
「知ったことではありませんね」
彼の言葉にわたしはショックを受けた。
女性があまりにも可哀想すぎると、わたしは思った。
だから、グランツの傍に駆け寄って言った。
「ちょっと待ってよ、グランツ!」
「なんでしょう、アリア様?」
「働いても暮らしていけないって、おかしいじゃない! むしろ国民をそんな状況に追い込んだ、王子であるあなたの責任でしょ! 反省するのはグランツの方よ!」
ヒュッと、一瞬にして広間の空気が氷点下まで下がった。
居並ぶ人々が、ひそひそと小声で話し合う。
「あの女、王子に逆らうなんて!」「なんという恐れ知らずだ」「おいおい、あいつ死んだわ」
なにかとんでもないことをやらかしてしまったかもしれない。
背筋に冷たい汗が伝う。
――でも、わたしはグランツの赤く冷たい瞳を見上げて睨んだ。
グランツは苦し気に戸惑いながらも言葉を絞り出す。
「いや、しかし。王子として国民に示しをつけねば――」
「その女性を許さないなら、もうプリン出してあげないんだからねっ!」
わたしの必殺の言葉に、グランツは「ぐっ!」と息を詰まらせて唸った。
それから、眉間にしわを寄せつつも、苦しげな表情をして言った。
「わかりました、アリア様。その女性は許しましょう。罪には問いません」
「「「えええええ~!」」」
広間に群衆の驚きの声が反響した。
「ありえない!」「あの冷酷な王子が!」「断罪せずに許すなんて!」
人々が口々に驚きの言葉を連ねた。
――グランツはメチャクチャ恐れられているんだってことがわかった。
そのグランツは、沈痛な表情を浮かべて額に手を当てた。
「しかし、この女を許したところで、抜本的な対策にはなりません」
「ふふんっ。それは、わたしがなんとかしてあげる!」
わたしが胸を反らして言うと、グランツが不思議そうに首を傾げた。
「どうやってです?」
「これよ!」
わたしは右手を彼の前に突き出した。
指先でつまんでいるお菓子を見せつける。
一拍置いて、グランツが震える声で言った。
「それは……塩乾パンでしょうか?」
「その通り! 塩乾パンは不味くはないけどうまくもない。でも、冷所に保存すれば、半年や一年は持つ保存食! ――私がスキルでみんなの食料を出してあげる!」
わたしは右手を床に向けた。
ザァァッと右手から塩乾パンが流れ落ちて、赤い絨毯の敷かれた床に山を作った。
ヴィーが感心した声を出す。
「さすが聖女様だね」
「このような方法で我が国を助けていただけるとは……このグランツ、改めてあなたに忠誠を誓います」
グランツは私の前にひざまずいて頭を垂れた。
広間にいる人々が嬌声に近い、驚きの声を上げる。
「うぉぉぉぉ!」「さすが聖女様!」「王子様まで従えるなんて!」「我々は助かるぞ!」「やったぁ!」
わたしは右手から塩乾パンをまだまだ出しつつ、人々の称賛する声にめまいを覚えたのだった。
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