第10話 もこもこ狼とグランツのこと
シュタールバルト王国の東の端。
魔の森近くの平原にある大きなテントに、午後をだいぶ過ぎた日差しが斜めから差す。
メイドたちの力添えによって身支度を整えた私は、テントの傍に立っていた。
白い狼たちが少ししょんぼりしながら傍に寄って来る。
「えっ!? イチロー? ニーナ? サンダース?」
馬ぐらいある大きな狼たちは、小さくなってはいるけれど、一回り大きくなった様に思えた。
特に白い毛が、ふっさふさで、もっこもこになっている。
私は内面に欲望が沸き上がるのを感じながら、イチローに尋ねる。
「ね、ねえ。ちょっと触っていい?」
「くぉん」
弱々しい鳴き声だけど、意味的には「問題ない」と答えてくれたので、私は両手を広げてイチローの体に抱き着いた。
彼の巨体が、ぼふっと私を受け止める。両腕が届かない大きさ。
「ふわぁぁぁ……っ!」
ふっかふかの、もっこもこ!
巨大なクッションに飛び込んだかのよう。
白毛に顔を埋めると石鹸の清らかな匂いと共に、微かなお日様の匂いがした。
「すごい! 全然違う」
森にいた頃、何度か狼たちに乗せてもらったけど。
その時は彼らの毛は硬くて、ごわごわ、パシパシしていた。
タワシみたいだった。
それが洗われたことによって、想像以上の柔らかい毛となっていた。
「これ、さいこー」
私はイチローの白毛に抱き着いて喜んだ。
イチローも、まんざらでもない様子。
ほかの狼たちも見る。
みんな白い毛がそよ風に吹かれて揺れていた。
特にニーナとアフルとモモとマミーが柔らかく揺れている。
「みんな美人になったね」
「「「くぅん」」」
嬉しそうに目を細めるメスの狼たち。
狼の毛の感触を楽しんでいると、ヴィーが話しかけたきた。
何がおかしいのか、目を細めて微笑んでいる。
「やあ、アリアさん。美しくなられましたね」
「ヴィーさん、ありがとう」
「狼たちも綺麗になられたようで。ここまで白いとは」
「灰色だったのはきっと薄汚れてたからね」
私の言葉を聞いた狼たちが「がーん」とショックを受けていた。
そんな狼たちを見て、ヴィーがクスッと笑う。
「この見た目なら聖獣ホワイトファングと言い張っても通用しそうだね」
「街でも一緒にいられるってことですか?」
「そうさ。まあ7匹もいるのはおかしいんだけどね」
苦笑気味に微笑むヴィー。
なんだか人当たりが良くて優しい人だなと思った。
苦労している気配も感じられる。
この人になら、気になることを尋ねていいかなと思えた。
「あの、ヴィーさん。いくつかききたいことがあるんですけど」
「いいよ。なんでも聞いて」
「ヴィーさんはグランツと仲がいいんですね」
「まあ腐れ縁だね」
呆れたように微笑みつつ、ヴィーは肩をすくめた。
「グランツってみんなから恐れられてるんですか?」
「そうだね。周りを信じず、冷酷な対応をしてばかりだからね」
「部下から避けられたり、排除されたりされそうですけど」
「グランツは優秀だからね。頭が良くて、剣術と魔術も王国一。実力が伴っている以上、誰も逆らえないのさ。国王すらね」
「それはまた……」
呆れながらも頷く。
しかし、すぐに疑問が浮かんだ。
――魔法、まったく使ってなかったように思うけど?
ヴィーが口元を手で押さえてクスッと笑う。
「まあ、グランツのあまりの横暴に反逆しようとした騎士百人は半殺しにされたけどね」
「あっ、噂の。殺してはいないんですね」
「王国騎士だからね。でも一対百で勝ってしまったから、もう誰も逆らわなくなったよね」
「そんなに強いんだ、グランツ……やっぱり吸血鬼の血を引いてるから?」
ふふっとヴィーが笑って意味深な流し目をする。
「初代国王は吸血鬼だったという伝説があるよね。グランツもそのうちアリアさんを襲うかも?」
「それはなさそう。襲う気だったらもう襲われてるし、襲ったところでおいしくないもん。私の血なんて」
「あははっ。そうかもね」
意味深に笑うヴィーが気にかかった。
それよりも質問を優先した。気になっていたことがあるから。
「グランツのお母さんってどんな人ですか?」
「ん~。それは僕からは言えないかな? グランツに聞いて」
「なんとなく話してもらえそうになくて」
「だろうね~。まあ、話したくなったら自分から話すんじゃないかな?」
「そうですね。わかりました」
メイドが来て、ヴィーに話しかける。
「ヴィー様。グランツ様の用意が出来ました」
「わかった。すぐ行くよ。――さあ、アリアさん、グランツのところへ行こう」
ヴィーに連れられて隣にある大きなテントに入った。
テントの中、真ん中辺りに凜々しく立つ王子様がいた。
仕立ての良い服にマントを羽織っている。服には金や銀の糸が使われていて輝くような威厳がある。
マントにはシュタールヴァルトの紋章――針葉樹を背景にして剣とハルバードが交錯する紋章――が入っていた。
まさに王子様といった格好。
背が高いけど細身の体躯に衣装が似合っていて、美形度が五割増しぐらいになっていた。
しかしグランツはわたしを見るなり、うっと息を飲んで目を抑える。
わたしは首をかしげて尋ねた。
「どうかしたの、グランツ?」
「いえ、アリア様があまりにも美しすぎて。一瞬、失明してしまったかと思いました」
「お、大げさだってばっ」
わたしは直球で褒められて、視線を逸らして照れるしかなかった。
グランツがマントを揺らしながら一歩進み出る。
「では街へ行きましょうか、アリア様」
「う、うん」
わたしはグランツと並んで外に出た。
テントの外にはいつの間にか馬車が止まっていた。
グランツが馬車に乗り込んだ後、半身になってわたしに手を差し伸べた。
「どうぞ、アリア様」
「あ、ありがとう」
わたしは途惑いながら彼の手を掴んで馬車に乗り込んだ。
頬が熱くなるのを感じずにはいられなかった。
ヴィーは馬に乗って馬車を先導して、馬車の周囲をもこもこの白い狼たちが取り囲んで歩いている。
揺れの少ない馬車はカタコトと、車輪の音を響かせながら大きな街へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
アボンダンス王国の王都にある王城内では。
年配の男性、シャルル国王が執務室で暗い顔をして大きな机に座っていた。
机の上に広げられた報告書に目を落としている。
「ジャンの奴め……なんてことをしてくれたのだ」
シャルル国王は気落ちした声で呟いた。
すると、執務室の中にいつからいたのか、つばの広いとんがり帽子を被った老婆が鷲鼻の顔をしわくちゃにして笑う。
「ひゃっひゃっひゃ。暗い顔をしてどうしたのじゃ? 泣き虫シャルルよ」
「魔術師長、コーデリアか。これを見てくれ」
シャルルは机に広げていた書類をコーデリアと呼ばれた老婆に見せた。
老婆は濁った眼を見開いて書類を読む。
「ふふん。聖女アリアを連れて行った兵士たちの報告書か。お菓子を無限に出した上に、癒しの効果があるとな。ワシの予言通り、あの村娘が正真正銘の聖女じゃったというわけじゃな! ひゃっひゃっひゃ」
「その聖女を追放してしまった……この先、我が国は大丈夫だろうか?」
「ふんっ。聖女がいなければ、災厄によって滅びようぞ」
「その災厄とは、どのような災厄なのだ?」
「それはワシにもわからん。ただわかっておるのは災厄が起きたとき、聖女がいなければこの国は滅ぶと言うことだけじゃ」
「いったい、どうすれば……」
「魔の森に追放したのなら、騎士や兵士を出して連れ戻すしかなかろう? ――もはや時間がない。急ぐのじゃ」
「わ、わかった。魔女コーデリアよ」
魔女と呼ばれたコーデリアは、顔をしわくちゃにして鷲鼻を揺らしながら笑った。
その不気味な笑い声は、王城に響き続けた。
不定期更新ですみません。
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