第1話・婚約破棄と聖女追放
「よくも騙してくれやがったな、偽聖女め! てめぇなんぞ婚約破棄の上、国外追放だ!」
数百人は入れる大きな教会の礼拝堂。朝の日差しがステンドグラスを輝かせている。
高い天井にわたしの婚約者だった第三王子ジャンの怒鳴り声が響いた。
派手な王族の服装の胸元を開けて着崩している痩身のジャンが、嘲るような笑みでわたしを見ている。
……一方的な宣言過ぎて、壇上に立って儀式を受けていたわたしは、口を半開きにしたまま言葉が出なかった。
貧しい村で生まれ育ったわたしは10才の時に、国を救う聖女だと予言されて、王都の教会に連れてこられた。
それから7年間ずっと清貧という名ばかりの、村より貧しい食事と寝床で暮らさせられた。
さらに聖女にふさわしい振る舞いやマナーや知識を、体罰を加えられながら学ばされた。
ただでさえ痩せていたわたしは、さらに痩せた。
今では17歳にしては背も高くなく、背中まである茶髪もくすみ、白かった肌は脂が抜けてぱさぱさになっていた。
鏡で見たときは頬がこけいるのに大きな茶色の目がぎょろついていて、骸骨か幽霊かと思った時もあった。
わたしが聖女用の白い修道服を着ていると、服までくすんでいるように感じた。
つらくて苦しくて、何度も死のうかと考えたけど、脳裏に浮かぶのは優しかったお父さんとお母さん。
『聖女になれば、きっとまた会える。』
そう信じて、今日まで頑張ってきた。
……それなのに。国外に追放されたらもう両親に会えなくなる。
わたしは震える声でお願いした。
「……待って。待ってください。聖女に任命したのはそちらなのに、国外追放なんて」
二十歳になったばかりのジャン王子は、着飾った豪華な服をギラギラときらめかせながら叫ぶ。
「ゴミしか出せねーくせに、聖女きどってんじゃねーよ!」
ジャン王子の王子とは思えない悪態に、わたしは床の上に視線を落とした。
大理石の床の上に、人差し指ぐらいの茶色い棒が転がっていた。
古くなったパンを細く切って、古くなった油で揚げ、塩を掛けただけのお菓子。
通称「揚げ棒」。貧しい庶民が口にするお菓子だった。
「こ、これはゴミではなくて、揚げ棒と言――」
たった今、儀式で授かったスキルを説明しようとしたが、王子の罵る声に遮られる。
「口答えしてんじゃねぇ! この犯罪者め!」
「はっ、犯罪者だなんて! わたしは何も――」
「てめぇは国外追放だ! 入国したら即死刑だ、ひゃはははっ!」
「そ、そんな!」
わたしは絶句して言葉が出なかった。
僧衣を着た太った男――特に腹が出ているピエール大司教が落ち着いた態度で一歩前に出る。
「お待ちください、ジャン王子。聖女がいなくては教会の信用に関わります」
「本物の聖女なら、もういるぜぇ? ――来な! マリアンヌ!」
ジャンがガラ悪く呼びかけると、座っている参列者の中から一人の若い女性が立ち上がった。
青い修道服を着たマリアンヌだった。伯爵か子爵の娘で、わたしより二歳ぐらい上。いつも金や銀の豪華な装飾品を身につけている。
身分の低い人には高圧的で、生活態度も悪かった。肉料理やお酒などの贅沢をしてるのを見たことがある。
一度「なぜあなたなんかが聖女ですの!」と激しく叱責されたこともある。
そんなマリアンヌは聖女のように厳かに、でもどこか貴族のように優雅にしずしずと歩く。
わたしのいる壇上へ上がると、ジャン王子の隣に立った。
ジャンが肩を抱き寄せつつ大声で怒鳴る。
「こいつが次の聖女だ!」
「そうですわ。わたくしこそ真の聖女にふさわしいのです」
二人の急な発言に、参列者が途惑うようにどよめいた。
マリアンヌは誇らしげな笑みで見上げている。
ジャンは強烈な笑みを浮かべて命令した。
「見せてやりな、マリアンヌ!」
「ええ、よろしくてよ――領域回復」
マリアンヌが胸の前で祈るように合わせた両手から、暖かい光が広がった。
大聖堂にいる全員を包んでいく。
怪我をしているわけではないので回復の効果はないけれど、大気に清浄な気配が満ちあふれた。
わたしはその光景を呆然と眺めていた。
うらやましさと情けなさの混じった気持ちで。
わたしは予言された聖女と言われていたのに、魔力が少なくてヒールすら唱えられなかった。
マリアンヌが合わせていた両手をほどく。
参列者が心地よさそうな笑顔で彼女を見ている。
マリアンヌはお淑やかさの中にも侮蔑を含んだ笑みでわたしを見る。
「どうでしたか、みなさん? わたくしは上級のエリアヒールを唱えられます。ところがアリアは聖女と言われながら、超初歩のプチヒールですら唱えた途端魔力が枯渇して気絶してしまう人です。とてもじゃないですが、聖女としてやっていけるとは思えませんわ」
わたしは何も言い返すことが出来ない。事実だったから。
参列者から驚きの声が上がる。
「なんと!」「そうであったか」「プチヒールで気絶とは、聖女と呼べぬな」
「その通りだ、マリアンヌ! 魔力あふれる貴様こそ、真の聖女! 俺様の婚約者にふさわしい!」
ふっふーぅ、とジャンは楽しげな声を上げた。
ピエール大司教は、やれやれと肩をすくめて言った。
「仕方ありませんな。して、アリアの処遇は、先ほど言われたとおりで?」
「おうよ! 偽物聖女は国外追放だ! ――おい、連れて行け!」
どやどやと武装した兵士たちが入ってきた。槍をギラリをきらめかせながら、壇上にいるわたしに向かってくる。
誰も声を上げない。聖女アリアを弁護してくれる人はいない。兵士以外誰も動かない。
――誰も助けてくれない。
壇上のジャンとマリアンヌだけが、自分たちだけの世界に入ってイチャイチャいしていた。
「この国を害する悪女を追い出せて本当によかったですわ、わたしの王子様っ」
「そうだろう、お前のおかげだぜ、マリアンヌ伯爵令嬢」
「きゃっ」
ジャンはマリアンヌを接吻するかのような勢いで抱き寄せた。教会の中だというのに。
スタイルの良いマリアンヌは喜びの笑みを浮かべながらも、勝ち誇った視線をわたしに向けてくる。
その時、王子が揚げ棒を踏み潰した。パキッという乾いた音が静かに響く。
――わたしの今までの貧しい人生を全否定されたような気がした。
もう反論も、抵抗する気もなくなった。
こんな最悪のジャン王子と結婚しなくて良かったと、それだけは不幸中の幸いだと思った。
わたしは兵士たちに両脇を抱えられて、されるがままに礼拝堂から連れ出された。
◇ ◇ ◇
午後の日差しが青空から降る。
石やレンガでできた数階建ての建物が立ち並ぶ王都。
わたしは檻のついた荷馬車に載せられて、罪人のように市中を引き回されていた。
ガタゴトと石畳に馬車の車輪の音が響く。まるで囚人の護送だった。
舗装された道の両側には王都に住む人々が出ていて、わたしを指さして糾弾した。
「偽物だったそうよ」「国を騙すなんて」「ありあってひと、さいてー」
幼い子供の言葉が胸に刺さった。
これではまるで見世物だった。
――わたしは何も悪いことしてないのに……!
悔しいのか、つらいのか、よくわからない気持ちになって、奥歯を噛みしめていないと涙がこぼれそうになる。
わたしは自分の右手のひらを見る。
ぽこっと茶色い揚げ棒が手のひらに現れた。
わたしが聖女になる儀式を受けて授かったスキルが、これ。
『手のひらからお菓子を出す能力』
なんの力も持たない能力。人々を癒す力でも、人々を勇気づける力でもなかった。
馬車が揺れて、手のひらから揚げ棒が落ちた。
汚い板張りの床の上を、ころころをと転がっていく。
――こんな能力だったから、捨てられたのかな。
馬車は石畳の道を進んで、王都の外へと向かっていく。
途中、何気なく目に入った、子供の手を引く親子の姿が目に眩しい。
――ああ! わたしはもう二度とお父さんとお母さんに会えないのに。
檻の外を流れていく親子の姿を見て、わたしはふと昔の村でのことなどを思い出す。
幼い頃、村の近くの森に魔物が出た。
村の男衆総出で魔物退治に向かった。父も当然参加した。
そして魔物を退治すると同時に、父は森ミツバチの巣から蜂蜜を手に入れて帰ってきたのだった。
その日はわたしの誕生日。
母が腕を振るってクッキーを焼いた。
蜂蜜を練り込んだ、四角いクッキー。
甘くて、香ばしくて、さくさくして。一枚食べたら次の一枚が止まらない。
「どんどんお食べ」
と、母が自信たっぷりの笑みを浮かべてクッキーを差し出す。
横から手を伸ばした父の手を母がはたく。まずはアリアからだよ、って。
何気ない日常。暖かい誕生日の想い出。
こんなおいしいお菓子を食べれるなんて、わたしは世界で一番愛されている子供に違いないと思った。
「お母さん……」
ふと気が付くと、わたしの右手のひらに、四角いクッキーが載っていた。
おそるおそる口に運ぶと、サクッと小気味良い音を立てた。
疲れた心に、甘い蜂蜜の味がしみ込んでくる。
サクサクと食べるうちに、わたしの視界がぼやけた。
堪えようとしても、ぽたぽたと目の端から涙が溢れる。
「お母さん……お父さん……会いたいよ……」
街の人の嘲笑が響く中、わたしは何度もクッキーを出した。
でも、目からぼろぼろ零れる涙は、クッキーを何枚食べても止まらなかった。
初めて女性向けを書いてみます。執筆速度はたぶん遅め。
ダメなところがあれば教えてください。特にヒーロー役が性格や行動が良いか悪いか。
ヒーローは4話から出ます。
次話は夜更新
→『第2話 レパートリーを増やせ!』




