後編
ズゾゾゾッと音を立て豪快に食事にありつく。
乾ききった体に潤いが足されていく様な。飢えから解放された獣の様な。
そんな幸福感を感じながら目の前の中華蕎麦から意識を逸らす事なくただ食らいつく。
麺の上にありありと乗せられたチャーシューにかぶり付き、肉の旨味を噛み締める。
胡椒の効いた辛味があるスープを一呑み。
暖かな液体が食道から伝い落ちるのを脳で感じる。
スープの中でキラキラと光る黄金の糸は空腹に狂わされ爛々とした己の瞳に、食されたいとつやつやと主張しているかの様に映る。
具材を掻き分け黄金の糸を掴み取る。
輝く黄金を一心不乱に啜る。
啜る。
啜る。
啜る。
啜る。
すする。
スする。
ススる。
ススル。
……………ススッタ。
最後の一本。
まるでこれが最後の理性の一本な様な。
赤黒い地獄の空に垂らされた一本の救済の蜘蛛の糸な様な。
ススル。
次の瞬間、ワッと耳に響いたのは多くの人々の談笑だった。
ご機嫌に酔い、〆の中華蕎麦にありつく一人の女性。
美味しそうに麺を啜り、口いっぱいに頬張る二人の男性。
着崩れた幼子にフォークを持たせ、ちまちまと食事を取らせる三人の男女。
楽しそうに談笑しながらスープを飲む四人の男女。
薄暗かった店内に暖かな光が灯ったかの様な変貌に、目を疑った。
なにかの幻覚かと思い、外の空気を吸う次いでにトイレへと向かう。
幸福の塊である店内を抜け、夏の音楽隊の声を聞き流しながら外廊下を歩く。
ウッウッ…………
シクシク……………
わーん……うわーん…………
ぎゃーーん…………
閉じる寸前の隙間から聞こえて来た嗚咽と号泣が何かを知らせる。
何を?
なにを?
きまっている。
「タスケナキャ」
思考が真っ白に染まり、何か別の考えが脳内の全てを覆い尽くす。
振り返り扉を開け、ワタシは向かう。
何処へ?
どこへ?
あそこだ。
ちゅうぼうだ。
ウッウッ………
シクシク…………
うわぁああん!うわぁああん!
ぎゃぁあああん!!!
涙がポロポロ
ポロポロ
涙がボロボロ
ボロボロ
また仲間が出来るのか。
知らない思考が勝手に働く。
美味しくない?
おいしくない
オイシクナイ?
ワタシ達が作り出した水に愛情が籠っているんだから。
キヅイテ??
キヅイテクレナイノ???
モウ、オソイ……??
オソカッタ…………?
・
・
・
夕闇が街を黒く染めあげた時。
人は暗がりにポツンとある暖かな光を無視出来ない。
暗がりから見える光は鮮明に焼き付き、寄り付き、魅了され、取り込まれる。
光が無いと生きられない植物と同じ様に、水分がないと生きられない人間はいとも容易く飢えを凌ぐ為光ある場所へと集まる。
ならばそれを利用しない手は無い。
「がッ……………アガッ………」
男はトイレの扉に挟まれ泡を吹きながら、痙攣している。
老爺は男を見下ろし、頬に深い皺を刻みながらケタケタと笑う。
「……ピッタリ………………堕ちたなぁ」
時刻は午後19時30分。
猟奇的な殺人鬼は毒を孕んだ食事で多くを屠る。
自らの快楽の為に。
・
・
・
オイシクナイ?
オイシクナイヨネ???
ワタシタチノ、ナミダハ、ショッパイノ………
キヅイテ……
キヅイテ…………
ショッパクテ、オイシクナイデショ……?
サムイデショ………
カエリタクナルデショ……………?
ハヤク
ハヤク
コノ、サツジンキ二、コロサレルマエニ
ナカマニ、ナラナイデ
ガララッ
「…………いらっしゃい」
「わぁ。麺類いっぱい!うどん二個下さい!」
コナイデ……
コナイデヨ……………
「………ん?なんかお水しょっぱいね??」
「熱中症対策かな??」
「ナトリウム助かる〜」
コレイジョウ、シナナイデヨ……………