前編
小説家になろう夏のホラー2025企画の作品です。
前後編同時投稿☆
とあるシャッター街となってしまった寂れた商店街。
かつての賑わいは今はなく、ただポツポツと営まれている店舗の店主は年老いた老人だったりその子女、孫だったり。
都会の喧騒とは程遠く、まるでここだけがタイムスリップしたかの様な空間が広がる。
…………ーー………ーん………
そんな商店街の唯一の飲食店。
こじんまりとした昭和感漂う古民家で老爺一人が営む飲食店は白熱灯に照らされた薄暗い店内に、様々なメニュー表が壁に羅列されている。
ガララッ
「…………いらっしゃい」
開けにくい古びた木製の引き戸に手を掛けたまま暖簾をくぐる。
夏の暑さに茹だる体が薄暗い店内に入った瞬間、外界との気温の差に身震いする。
24歳。男。何の変哲もなく、ただ仕事をこなし食事を楽しみに生きるしがないサラリーマン。
当の私もこの飲食店を利用する一人間。
仕事で疲れた体を引き摺り、潤いを求めて店へと足を運び食事にありつく。
それ程までに固執する飲食店なのだ。
人気のメニューは麺類。
特にうどんや中華蕎麦。
私はうどんより中華蕎麦を好んで食べる。
それにここの食事は、都会にありふれたチェーン店とは違い値段に見合わぬ程の量をした個人経営様様と思う様な食事が提供される。
瞳を使い疲弊した心身にガツンと響く食事といえばここなのだ。
扉から店内の奥に移動し、通りすがりにお冷を注ぐ。
とうに過ぎ去り開催されることの無い花火大会のポスターが貼られた、毎度座っているテーブルへと着席する。
「チャーシュー盛りの中華蕎麦、下さい」
「………あいよ」
厨房に立つ老爺に注文を言い届ける。
建物越しにひぐらしが絶えず寂しげにカナカナと鳴き続ける声をBGMに、壁に取り付けられた台座に置かれた画質の悪いブラウン管テレビから、夕方のニュース番組が流されていた。
夕食の時間帯となった今でも私以外の客は誰一人としてここへ足を運んでくる様子はない。
コポコポとお湯が湧く音が加わり、次第に空腹に響く香りが漂ってくる。
「………先のスープね」
そう言われ目の前の机に置かれたのはここのメニューには書かれていない、しかし定番の品。
この飲食店の全てのメニューにはメインディッシュが来る前に必ず食前の暖かいスープが提供される。内容は日毎に違い、わかめスープだったり、コンソメスープだったり。
今日はゆらゆらと踊る卵が特徴のたまごスープ。
初めてこの飲食店で口にした飲食はあまりにも飲み慣れない塩味に戸惑った。
しかし、疲れた体が塩味を求め次第に慣れ始めた事により旨みが勝り始めた。
今ではメインディッシュの前にスープを飲まないと落ち着かない体になってしまった。
器から漂う鶏ガラの風味。ほのかに香るごま油のアクセントが空腹の胃袋をさらに刺激する。
スープと共に出されたスプーンで一匙掬い上げ、口に含む。
冷房で冷えきった体に暖かな液体が染み込み芯から温もる感覚が胃から全体へと伝わっていく。
夢中になり一口、二口と飲み進める。
ゴトッ
「………チャーシュー盛り中華蕎麦」
暖かな夢を飲み終わったと同時に、メインディッシュである中華蕎麦が届いた。
目の前の湯気が頬を掠める。
「………あと少し」
そう呟き空になった器を老爺が下げるのを見送り、ふと壁に貼られた花火大会のポスターを眺める。
何年か前のポスターに書かれた花火の日時は7月26日19時30分。
丁度数年前の本日に行われたものだった。
人手不足により開催終了したかつての花火大会。
何年もの前の事でありながらも夏の風物詩には誰しもが焦がれる物なのかと思いを馳せ、少しぬるくなったお冷を流し込む。
お冷の程よい塩味が喉の渇きを潤した。
机上に置かれた胡椒を手に取り、蓋を開けラーメン皿を一周するように満遍なく振りかける。
スープと混じりあった香ばしい胡椒の香りを堪能する。
外は日が沈み、赤みがかっていた空が徐々に藍色へと塗り変わり影が長く長く伸びて行く。
「いただきます」
割り箸を握りしめ麺へと食らいつく。