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影法師  作者: 桜柚
第一章
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壬生浪士組という存在【壱】


東雲と伊助、この二人の攻防は暫くの間、収まる気配はない。やり取りを目で追いながら、青年ーー原田はゆるりと首を傾げた。


「何だ? アイツら、知り合いなのか?」


「そのようですねぇ。まあ、芹沢さんとも知己のようでしたから」


芹沢という名に原田は目を見開く。厄介な事に巻き込まれたという、気持ちが渦巻き何とも言えない表情を浮かべた。


「おいおい。芹沢さんの許可、取ってんのかよ……」


「あはは、取ってる訳ないじゃないですか。芹沢さんがこそこそ会ってる人ですよ? それに、あの腕っ節の良さ。あの人、一体何者なんでしょうかねぇ?」


沖田は嬉々として、伊助を締め上げる東雲を見つめている。厄介な奴に目を付けられたな、と原田は嘆息を漏らす。


沖田は良くも悪くも、強者に敏感だ。

敬愛する局長の近藤の為に振るう力を鈍らせない為に、邪魔者を排除する為に、どうしようもなく強い輩を求めてしまう。


それを駄目とは言わない。だが、自重はしてほしい。巻き込まれるのは、大概此方なのだから。


砂利を踏み締める音が、次第に近付いてくる。原田は思考を打ち切り、顔を上げた。


「あれ? 何か騒がしいと思ったら、喧嘩?」


「伊助、とありゃ、誰だ?」


外出から戻ってきた、小柄の青年と総髪姿の青年が同時に口を開く。原田は視線を二人に向けて、軽く手を振った。


「伊助の知人らしい。丸腰で浪人を叩き伏せたとかで、連れてきたんだと」


総司がな、と原田が指差せば二人はああ、と頷きを返す。


「また、沖田くんの悪い癖かぁ……」


「捕まった奴は、災難以外の何物でもないよな。土方さんに、伝えとかないでいいのか?」


「こんだけ騒いでんだ。否が応でも、気付くだろ」


ダンダンダン、と床を踏み鳴らす音が響き渡る。その足音の主を知っている者からすれば、身を縮ませるような嫌な音だ。


原田達は互いに顔を見合わせ、彼が庭に出て来る前に避難しようとそろそろと動き出す。だが、それを沖田が許さない。


「嫌だなぁ、左之さん。平助、新八さんも一緒にいましょうよ。仲間じゃないですか」


「離せっ! 総司! 俺は、これ以上巻き込まれたくねえ!」


「右に同じっ!」


「って、俺達は関係ないよね!? 沖田くんと左之さんの、判断でしょう!?」


原田と永倉が中心となり、何とかして寄り掛かる沖田を引き剥がそうとするが、なかなか離れてくれない。道連れにしようとする魂胆が見え見えだ。醜い攻防が繰り広げられる中、一人の男性が庭に降り立った。


「総司ィ! てめえ、勝手に出て行きやがってーーおい、何を連れて来てんだ」


長い髪を一つに結った美丈夫ーー土方が、東雲達と沖田達を交互に見比べその双眸を細める。


「聞いて下さい! 歳さん! 新たな仲間ですよ!」


「「「うおっ!?」」」


あれ程引っ付いていた原田達をぺいっと押し退け、沖田は土方に駆け寄った。対抗していた力が重力に代わり、三人は無残にその場に崩れ落ちる。


それを横目に、土方は深々と息を吐いた。


「仲間だぁ? また勝手な事を……。第一、そいつ優男じゃねえか。どっから連れて来たんだよ」


「先刻、路上で捕まえてきました! 丸腰で浪人達を倒したんですよ。気になりませんか?」


「何?」


土方は眉間に皺を刻んだまま、未だに伊助を片腕で締め上げている東雲を見据えた。普通にその場にいる筈なのに、隙が全く見受けられない。


笑っているその表情も、何処か作り物のように見える。もし、抜刀をしてそれを今、この場で彼に振るったとしよう。生き残っているのは、果たしてどちらだろうか。


「面白え」


微かに土方は口端を吊り上げた。


「先輩、良かったね! 副長と沖田に、気に入られたみたいだよー」


「嬉しかないな。迷惑だ」


東雲は伊助の首を脇で固めながら、そう吐き捨てた。酷いなぁ、とぼやく伊助は東雲から逃げる様子は見られない。逃げられないのか、それとも逃げる気がしないのかーー


ギュッと更に力を加えれば、流石の伊助も口を噤んだ。


「興味を持ってくれて悪いけど、僕は誰の下にもつかないよ。土方歳三さん」


伊助を抱えたまま、東雲は自分を射抜く土方を真っ直ぐに見据える。土方はその歪みのない瞳に目を奪われそうになるが、ある言葉が引っ掛かり眉間に皺を刻んだ。


「何故、俺の名前を知っている?」


「先刻、彼が歳さんと呼んだ事と、伊助の副長という呼名を照らし合わせて、導き出した答えだよ。芹沢からも、多少は話を聞いていたんでね」


「芹沢さんだと?」


土方は、隣にいる沖田にどういう事か説明しろ、と目線を向ける。


「ああ、知己だそうですよ」


「誰の」


「ですから、芹沢さんの。今日散歩していたら、仲良く談笑されてまして」


沖田の言葉に、土方は東雲と芹沢の関係を直ぐ様理解した。引っ掛かっていた東雲の強さ。あれの関係者となれば、その態度も余裕も、納得出来る要素となる。


「ほお? ……成程な。芹沢さんの懐刀がこの京にいると噂があったんだが、お前がそうか」


「違うね。僕は、ただの酒飲み仲間」


否定を示し、東雲はへらりと笑みを浮かべた。


「そして。芹沢の愚痴を聞き、要望に応えれる品物を渡す、しがない商人さ。ま、後は僕の弟子が世話になってるから、様子見もあるかな」


「弟子?」


「そう、コイツだよ。伊助」


土方は東雲の腕の中で、ぐったりと項垂れている伊助に視線を移した。


彼が、浪士組結成時から芹沢に付き従い、常に芹沢の隣にいた事は記憶に新しい。裏表のない笑顔と、その明るい性格で試衛館の面々と、直ぐに打ち解けた。特に、原田、永倉、藤堂と馬が合うようで八木邸にいるより、前川邸にいる方が多いような気がしなくもない。


「おい、伊助。本当か?」


「はっ、えっ? ……ああ、うん。そう。そうだよー。先輩は俺の恩人でもあるんだ。何てったって、行き倒れていた俺を助けてくれたんだからね!」


東雲の拘束から抜け出し、えっへんと胸を張る伊助に土方は眉を潜めた。


「行き倒れ? 水戸でか?」


「えっとー、確か」


「江戸だよ。江戸の桟橋近くで浮いてたからな、コイツ。聞けば、腹は空かしてるし、生活力もないし。仕方ないから拾ってあげたんだよ」


溜め息を吐く東雲に、伊助は酷い言い草だなぁと口を尖らす。そんな二人に対し、伊助の知られざる過去を知った他の面々は驚きの声を上げた。


「何だ、伊助は江戸の生まれなのか!」


「うん? えーと、多分そうかも」


「多分なのかよ!」


土砂に仲良く潰されていた、三馬鹿もとい、原田と永倉の二人は起き上がるなり伊助の下に駆け寄った。

やいのやいの、盛り上がる三人の会話に東雲は薄っすらと目を細める。


だが、それは一瞬の事で、瞬きの間の後、東雲は再び息を吐くと踵を返した。


そのまま気配を消し、門扉へ向かおうとするがーー


「おい、待てよ。まだ話は終わっちゃいないぜ?」


「そうです。市中での調書もまだ取ってませんし」


対照的な笑顔を湛えた、土方と沖田に肩を叩かれ、東雲は動きを止めざる得なかった。

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