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影法師  作者: 桜柚
第一章
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壬生の狼【参】


そう言って、東雲は対面にいる伊助に向かって意味深な笑みを向ける。伊助は居心地悪そうにしながら、自身の団子を掴み飲み込むと、脱兎の如く店から出て行った。


「へ、えぇぇぇっ?」


驚き声を上げたのは平間だけで、東雲と芹沢の二人はのんびりと茶を啜っている。


「相変わらず、逃げ足だけは早いな」


「そうさな。誰に似たのやら」


「僕ではないのは、確かだよ」


カチャン、と最後の団子の串を皿に投げると東雲は手を上げ店の者を呼んだ。


「おねーさん、お勘定ー」


「へえ、ただいま!」


店の者が駆けて来るのを見て、東雲は席を立つ。それに続くように、芹沢も立ち上がった。

何も言わずスタスタと歩いて行く東雲を見送り、平間は芹沢へ視線を向ける。


「せ、芹沢先生。支払いは……?」


「すまぬが、平間。この場は任せたぞ」


「へ? ちょっと、先生!?」


銭を机に置き平間の肩を叩くと、芹沢も席を離れていく。平間は銭と店から出て行く二人を交互に見つめ、何とも言えない深い溜め息を吐いた。






一方、先に外に出た東雲は人々の往来を眺めていた。何年、何十年経とうとも、この風景は変わらない。


(……ま、最近は浪人がやたらと増えてきたけど。徳川の支配もそう長くない、か……)


黒船が来航して以降、各地で尊皇攘夷が叫ばれている。此処、天皇のお膝元である京では顕著だ。故に、天誅などの要人暗殺が後を絶たない。


再び、戦の世になるのだろうか。


(……どうなろうと、僕には関わりのない事だ。あの頃のように、駆け回る必要はないんだから……)


背後から近付く気配に、東雲は小さく息を吐く。


「芹沢も物好きだよな。はるばる京なんかに来るなんてさ」


東雲が振り返れば、其処には腕を組み此方に歩いてくる芹沢の姿があった。東雲の横に並ぶと、人々の往来を一瞥し、パチンと扇子を閉じる。


「国より、此方の方が性に合っておったのよ。お陰で己の命の価値も、随分高くなった」


「はっ、簡単には死ねないって?」


「儂を潰すには、一筋縄ではいかんという事だ。佐伯のように野垂れ死にはせん」


それは暗に、自分に殺してみろと言っているようなものだ。東雲は眉間に皺を寄せると芹沢を見据える。


「……アンタだけは頼まれても殺りたくないね。本気出さないと、いけなくなるから」


「ほぅ、お主の本気か。是非とも、見てみたいものだ」


「嫌だ。大金積まれても、受けないよ」


そう言ってそのまま、東雲は芹沢の横を通り過ぎ歩き出す。くつくつと笑い声を上げ、芹沢も東雲の後を追った。


「ふむ。では、他の頼み事ならば構わんな?」


「……嫌な予感しか、しないんだけど」


目線だけを芹沢に向ければ、意地悪な笑みを湛えた芹沢が自分を見据えている。


何もかも見透かしたように話す芹沢が、東雲は苦手でもあった。避けようとしても、不思議と捕らえられてしまう。


逆らえない何かを芹沢は持っていた。


「新見を、知っているか?」


「ああ……確か、アンタの腰巾着の、狐目のひょろい奴?」


「そう、それだ。その奴をどうにかしてもらいたい」


東雲はどういう事だと言わんばかりに芹沢を睨み付ける。


「は? 何でさ。アンタの部下だよね」


「奴が、佐伯を招き入れたのよ。意味は分かるな?」


「……ああ、なるほど」


佐伯は長州の間者だった。それを手引きしたのは東雲の雇い主の一人でもある桂だと聞いているが、新見も一枚噛んでいるとしたら状況は変わってくる。


「新見とは、同郷なんじゃないの?」


「フン、確かに、新たに名を与えたりもしたが、最近の奴の行動は目に余る。儂に無断で、金策を繰り返しておるようだ」


「ふぅん……」


顎に手を当て、東雲は目を細めた。


浪士組の為に動く芹沢と違い、新見は己の欲望を満たす為に動いているように見える。先日、島原で見た奴は酒を浴び、延々と騒いでいた。


(……確かにあれは、上に立つ器ではないね。地位や役職に胡座かいて、自爆する馬鹿だ。芹沢から見限られてる事も知らないで……)


何気なく視線を芹沢に向ければ、芹沢は笑っていた。引き受けると、確信しているのだろうか。余裕の笑みを浮かべ続ける芹沢に、東雲は小さく息を吐く。


「引き受けないよ。僕も、色々と忙しいからね」


東雲は一匹狼だ。混沌、殺伐とした京の中でどの派閥にも属さず、仕事をこなしている。


沢山の銭を稼ぐ為にも、ここは芹沢の依頼を受けるのが妥当だろう。だが、今は芹沢ら、浪士組に関わる気にはなれなかった。

興味もないし、芹沢に力を貸す謂れもない。


「相変わらず、容赦ないねー。先輩は」


足音が聞こえ視線を移せば、伊助が此方へ小走りで来ていた。芹沢の要求をピシャリを跳ね除ける東雲を見て、伊助は苦笑を浮かべる。


「まぁ、自分が納得したヤツしか引き受けないしねぇ。何か意味でも?」


「伊助には教えない」


「えぇぇぇぇ……」


崩れ落ちるような仕草を見せる伊助に、芹沢は笑みを溢し扇子を広げ扇ぎ始めた。


「ふむ、まぁ、良い。先ずは頭に置いておいてくれれば、な。伊助、首尾はどうだ?」


「へっ? ……ああ! 副長はいつも通り、苛立ってましたよー。あれは確実に小言か嫌味をもらってますね。沖田が何かやったみたいで」


「そうか。ならば、頃合いか」


そう言って芹沢は踵を返し、歩き始める。

どうやら、屯所に帰るようだ。丁度店から出て来た平間を捕まえ、雑踏の中に消えていく。


それを横目に見ていた伊助も、一息吐いて動き出す。


「じゃあね。先輩。くれぐれも宜しく!」


「引き受けないよ、僕は」


「先輩はやるよ。何となく、そんな予感がするんだー」


伊助は軽く手を振ると、芹沢達の後を追うようにその場から掻き消えた。



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