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影法師  作者: 桜柚
第一章
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炎の雨、迫る粛清【壱】




さわさわと木々が揺れ、境内には静かな時が流れる、黒谷金戒光明寺にある京都守護職、会津藩本陣。


来客が帰り、静まり返った奥座敷に数人の男達が身を寄せ合っていた。

誰にも聞かれないようにと、襖は全て締め切られ、座敷内の灯りもない。


「首尾は?」


「既に整っております」


「悟られてもおりません。如何様にも動かせます」


上座に座る一人の男が手で遊んでいた扇子をパチリと閉じれば、残り二人の男は居住いを正す。彼の言葉を待つ男達の表情は心無しか固い。


秘勅ひちょくを賜った。早急に動かねばならぬ」


男の手には一通の文が握られていた。その中身は非常に重い、天子からの勅令。朝廷を通さずに、とある一族の手により届けられた。


それ程までに、朝廷内部は奴等に牛耳られている事を意味する。躊躇してる隙などない。


「殿、やはり()()()の協力は仰げないのですか?」


「あれは中立の立場を崩しはせぬよ。期待は出来まい。文を届けてくれただけで良しとしよう」


文を懐に仕舞い、男ーー松平容保まつだいらかたもりは顔を上げる。鋭いその瞳に映るは、虚偽の沙汰で自身を追い出そうとした公卿達。


決して許しはしない、目に物見せてくれる。


「衝突は避けられぬだろう。心してかかれ」


淡々と告げられた言葉に二人は、是の意味を込めて松平に静かに頭を下げた。


決行は八月十八日。

薩摩藩と我が会津藩で、朝廷に害なす長州藩を、一人残らず京から追い出す。


その日は、長い一日となるだろう。





◆◆◆







陽が傾きかける頃、市中を歩く東雲達の姿があった。

東雲と藤堂は酷く疲れ果てており、沖田だけは異様な程元気である。


「……沖田くんさぁ、何で、まだ体力残ってるの? 疲れを知らないの?」


「よせ、藤堂。戦闘狂に何言っても通じないから。基準は自分自身、相手の事は考えない」


東雲がじろり、と沖田を睨むが沖田は何処吹く風というように、笑みを絶やさない。かなり機嫌が良いようだ。


激しい口論の末、何を思ったか沖田と藤堂は取っ組み合いの喧嘩を始め、それを止める為に東雲が木刀を取り出し、諌めようとしたのだが。

結局は、沖田と東雲が手合わせする流れになり、かなりの時間を要してしまった。お陰で今日の用事が全て白紙である。


「ふふふ、私としては、東雲さんと斬り合いを出来たのが楽しかったです! 今度は真剣でやりましょうね!!」


「絶対、嫌だ。死んでも嫌だ」


東雲はそう言って、口元をへの字に曲げた。手合わせしてみて分かったが、沖田

の剣筋は試合向きではない。実戦のそれだ。如何に人を斬れるか、再起不能に出来るかを見ている。これを実戦ではない稽古でやられれば、怪我人が続出なのも納得だ。


「藤堂。沖田あれとの手合わせは地獄だな。隊士達、着いてこれねぇだろ」


「わかる? そうなんだよ。だから今では平隊士の訓練時に沖田くん、出禁なんだよね。相手出来るの、一部の幹部だけだからさあ」


しみじみと言葉を紡ぐ藤堂に、東雲は思わず肩を叩いてやった。

こんな慰みで積み重なってきた苦労が報われる訳ではないが、少しでも緩和出来るように、と願いを込めてみる。

 

自身の不満を口にする二人に沖田は足を止め、徐ろに口を開いた。


「失礼ですねぇ。私だって、色々考えているんですよ? だから、今は平隊士ではなく、土方さんに遊んでもらってるじゃないですか」


「土方さんに対する悪戯が異様に増えてると思ったら、それが理由だったのっ!?」


驚きの声を上げる藤堂に対し、沖田は可笑しそうにカラカラと笑っている。

これは悪いと微塵も思っていないな、と沖田の声色を見て東雲は小さく息を吐いた。


そう言えば、藤堂が沖田を連れ戻しに来たのは、土方から怒りの呼び出しではなかったか。だと言うのに、東雲の家で長々と過ごしてしまった。帰屯次第、特大の雷が落ちるのは確定だろう。


これは、本格的に藤堂を労ってあげるべきかな、と手の伸ばしかけた時だった。


「あっ、見つけた!! 総司、平助!」


だんだら模様の羽織を着た青年ーー永倉が駆けてくる。余程、捜し走り回っていたのだろう。額からは汗が滴り落ちていた。それを軽く手の甲で拭い、永倉は藤堂と沖田に駆け寄る。


「あああ、新八さん、遅くなって、ごめん。これには理由があって、」


「総司の方は後回しだ! 今はそれどころじゃねえんだよ!!」


「え、どういう、」


疑問を口にする藤堂と沖田よりも先に、東雲は市中の喧騒の異変に気付く。

空へと視線を向ければ、遥か先の方から夕焼けとは違う明るさが見える。

思わず、鼻を動かせば鼻腔を擽る焼けた匂い。


「ッ、やりやがったな……!」


永倉が二人を呼びに来た時点で、察するべきだった。あの焦燥感、人手を欲する仕草。


芹沢が、事を起こした。それも最悪な形で。長年の勘から状況を察するに、火事を起こしている。多数の目撃者がいるならば、言い逃れなど出来ない。


永倉から説明を受けた沖田と藤堂が此方に視線を向ける。その表情は酷く苦痛に歪んでいた。


「東雲さん! すみませんが、」


「……いい。早く行きな。取り返しがつかなくなるぞ」


振り払うように手を動かした東雲に軽く頭を下げ、沖田達は走り去って行った。

この距離だ。急いでも、凶行を止めるには遅い。出来ることは延焼を少しでも抑える事。火を放った場所が全焼するのは免れないだろう。


「で? 何時まで隠れているつもりなんだ、お前は」


東雲がちらりと視線だけを横に向ければ、朝方に家で別れた筈の一琉が、ひょっこりと姿を表す。何処か呆れた表情の東雲に対し、一琉は軽くパチンと手を合わせた。


「いやあ、伊助以外と談笑するアンタが珍しくて。暫く観察してた。悪いな」


東雲から返事は返ってこない。ただ、明るく燃えている空を、ジッと見据えたまま動かずにいる。それに小さく息を吐いて、一琉は言葉を続けた。


「燃えてんのは、大和屋だ。芹沢鴨が隊士数十人を連れて、火を放った」


「……理由は」


「大和屋が生糸を買い占め異人に売り莫大な利益を収めていた。だから、天誅を加えてやったんだと、先刻は言ってはいたが、まあ、事実だろうよ。大和屋が生糸を買い占めて、織元がかなり苦労してたからな」


「そうか」


事実にしろ、民の為にしろ、京都守護職庇護下にいる組織の局長が、それをして許される訳がない。何より()()という、尊攘派の志士達が使う言葉を口にしてしまった。これはもう、会津藩も黙っていられないだろう。


あれ程、気に入っていた居場所の壬生浪士組を潰したいのか。




いや、これが芹沢の狙いなのかもしれない。











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