壬生浪士組という存在【参】
ーー明け六ツ刻(午前六時頃)
「おっはよう、ございまーす!」
このまま斬り殺しても良いだろうか。
東雲はカラカラカラと、勢い良く戸を開けてそう思った。
前髪をかき上げた後、深々と息を吐く。今日は藤吉に、営業・接客・販売を任せて遠出しようと画策していたのに、全てが台無しである。
「あれ、無視ですか?」
「頼んでもいないのに、朝っぱらから騒々しく来て、喜んで受け入れる奴がいれば見てみたいね」
そう吐き捨てながら、踵を返し店の奥へ引っ込む東雲に沖田は緩く首を傾けた。
「おかしいなぁ、伊助さんからこうしたら喜ぶと聞いたんですけどねぇ。東雲さん、朝は暇そうにしてるからって」
「よし、伊助は今日、叩き潰す。あんな奴、弟子でも何でもねぇわ」
嫌がらせのつもりか、はたまた早く壬生浪士組に入れる為、幹部をけしかけたのか。
どちらにしろ、朝が酷く苦手な自分に対する酷い扱いである。骨は拾ってやるから、伊助は死んで詫びるといい。
苛立ちを露わにする東雲に、沖田は慌てて声を上げる。
「あんまり、伊助さんを虐めないであげて下さいね。私が、無理矢理頼み込んだようなものですから」
無理矢理頼んだとしても、それに許可を出し余計な情報を明け渡したのは他でもない伊助だ。潰さないにしても、何らかの報復はすべきだろう。
東雲はそう決意し、一先ずは目の前の招かねざる客を片付ける事にした。
「別に、もういいよ。お前が帰ってくれれば、それで」
「え、何でですか?」
きょとんと悪びれる事なく、不思議そうな沖田に東雲はこめかみの奥が痛み出す。対する沖田は、そんな東雲の心情など余所に笑みを浮かべていた。
「私、東雲さんと戦えるのすっごく楽しみにしてたんですよー。隊の皆さんと戦うのも楽しいんですが、直ぐに皆戦えなくなるんで、困っちゃうんですよね」
東雲は、沖田の言葉にひくりと頰が引き攣る。
そういえば、以前、芹沢に聞いた事があった。沖田の剣は他の隊士とは違う、並外れた才があると。
太平の世では、滅多な事では奮えない、護りではなく攻める剣。人斬りに向いた剣、だと。
「……それが、僕なら平気だと?」
「ええ、あの芹沢さんが隠していた懐刀の貴方なら、簡単には壊れないでしょう?」
ピリッと肌を刺すように流れる殺気。これをまだ戦場の経験もない、若者が出せるのか。東雲は内心驚きつつ、嬉々とした感情も湧き上がる。
かつて、浴びた高揚感。あの迫る命のやり取りーー。懐かしい情景を思い出し、東雲の目が、ゆるりと細められた。
ああ、成程。芹沢の話の通りなら、沖田総司は自分が一度、相手をすべきだろう。
そう決めて沖田に視線を向けようとすれば、フッと何かが横切り其処に降り立った。
「おーおー、朝から元気なこって。流石壬生狼というべきか。血気盛んだねえ」
足音もなく、土間に現れた男に沖田は警戒を示す。総髪に無精髭、野暮ったいその風貌に、只の町人ではないのは明らかだった。不逞浪人か?と沖田は警戒し、思わず身構えた。
「……貴方は?」
「東雲の知己で此処の客だよ。久々に会ったんでね、泊まらせてもらってたのよ」
ガチャリと手にしていた刀を腰に差し戻すと、男は肩越しに東雲へ視線を向けた。
「立て込んでいるようだから、俺は一旦帰るぞ。いいか?」
「ああ、悪いね。荷物はどうする? 運ぼうか?」
「……いや、いい。後でウチの小姓に取りに行かせる。それまでは預かっててくれ」
「了解。またな、一琉」
東雲がそう呼び掛ければ、男は軽く手を上げ開いたままの戸から足早に去っていった。
残された東雲と沖田の間に、沈黙が走る。突き刺さる視線に微かに眉を寄せると、東雲は小さく息を吐いた。
「言っておくけど、アイツの身元は確かだよ。京に何軒か店も構えてるし、藤吉にも聞いてみるといい」
東雲の返答に、沖田は納得出来ないのか、訝しげな表情を浮かべている。先程の笑みが嘘のようだ。
「どう見ても、商人には見えませんでしたが……?」
「あー、まあ、立場上色々あんだよね。大体、今の京でまともに商売してたら生き残れないし。公儀の愚痴やら、不満やらを口にする浪人がわんさかいやがるから。それらを相手にする場合、どんな格好が情報を掴みやすいか。少し考えれば分かるだろ」
今の京は、熱に浮かされている。
酷く危なげな、祭りにも似た高揚感に。
あちこちで議論が交わされ、店に入れば必ずと言っていい程、公方(将軍)や公儀(幕府)に対する不満が飛び交っている。
京の都に馴染むには同じ様に、公儀の愚痴や不満を声に出すと良い。そうすれば情報は掴みやすく、繋がりも得やすい。
特に長人(長州の浪人)による煽りや触れが顕著で、それに触発された事件も起き壬生浪士組でも捕まえた捕縛者が多々いた。
にも関わらず、京では関わりが深い長人達が攘夷を決行し、公儀を良くしてくれると期待している声が多いのも事実。
「公方様が、直ぐ様江戸に帰ったのもよくなかったからな。暫くこの喧騒は収まらない、悪化する一方だろうよ。なら、それに順応し、上手く生活していくのが、商人ってモンだろ」
淡々と事実を述べる東雲に、沖田は反論出来る術を持たなかった。
実際、浪士組である自分達は壬生狼と呼ばれ蔑まれてすらいる。感謝を告げる声なんてほんの僅かだ。
特に、今では芹沢鴨筆頭局長を始めとする芹沢派の数々の迷惑所為で、煙たがられている様でもあった。




