第6章 労働力不足への対応
我が国の少子化が問題視されてから30年間が経過したがその間子育て支援など色々な対策が講じられて来たが未だに少子化に歯止めがかからない。そんな中、衆議院議員森山克子は民民党党首に上り詰め総選挙を戦い抜き女性としては初めての内閣総理大臣に就任、以前から持っていた少子化対策の法制化を実現する。
第1章から第10章までは森山克子が新少子化対策の法制化を実現するまでの過程が綴られており第11章からは新少子化対策法施行後のドラマが展開する。ご期待あれ。
話は全てフィクションです。なので登場人物は全て架空の人です。
翌日、昨日に引き続いて森山の話が始まった。森山は昼間多忙なために夕食後会議が始まった。
「多くの若い女性が15年間も20年間も会社勤めが出来なくなりますと当然の事労働力不足の問題が持ち上がります。現在では子育てよりも社会で活躍する事を希望される女性も大勢いらっしゃると思います。けれども私が提案する少子化対策が実行に移されると老後に不安のない暮らしを希望される女性が次第に増えると思います。ですから、最初から国全体の労働力不足に対応する施策を考えておかねばなりませんよね」
「数年前までは就業者の男女比率に少し差があり女性の方が少なかったですけれど、現在は男女ほぼ同数となっており女性が現場から外れると雇用現場では大問題になります。ですから労働力不足の問題はきっちりと解決法を考えておかないといけません。」
「外国人労働者を増やすお考えですか?」 若い野沢登美子が質問した。
「貴女がおっしゃる海外から労働者を受け入れて労働力不足をカバーする方法は手っ取り早い対策ですわね。でもね、私は外国の方々に頼らずに国力を強くする事を念頭に考えて行きたいと思っているの。現在女性の就労先を見ますと医療や福祉分野が最も多く男性が卸しや小売業よりも製造業に就労している比率が高いのに女性は製造業よりも卸しや小売業に就労している方がずっと多いのよ。しかも女性は非正規雇用やパートの比率が高いわね。幼児の保育園を縮小し、学童の保育施設を縮小するとどうなります? 働けない方が大勢出ます。けれども子供は10歳までは必ずご自分の手で育て、原則他人に預けないこと、幼稚園は2年間として現在義務化されていませんが義務化に変更する。現在増えつつあります学童保育は小学校5年生と6年生だけにします」
「学童保育のために小学校の図書室や体育施設を充実して放課後延長して小学校で楽しく過ごせるように出来ればよろしいかと考えています。そんな事をすると教師の手が足りないと沢山苦情が来ると思います。私はね、学校の施設管理を兼ねて1人か2人責任者として教師が残る必要がありますが、月々少しですが謝礼を出すとして学校のある地域の年金を受給されている高齢者の有志の方々にお願いして雇用形態ではなくて有償ボランティアとして子供たちのお世話をして頂いたらどうかと考えています。幼児を預かるのは色々問題が起こりやすいですが、小学校の5~6年生なら心配は少ないでしょう」
「基本的な考え方は子供が中学校を卒業するまでは原則母親が子供の世話をしますが、子供が全員中学生以上に成長したら母親は社会に出て就労する事をお勧めしても子育てを伴う日常生活に大きな支障はないように思います。自分の子供たちが全員高等学校を卒業しましたら、女性は出来るだけ社会に出で就労し、思い切り稼いで頂くと良いと思います」
「子育てを卒業した女性たちは40歳代になっていらっしゃる方が多いと思います。そんな女性たちが気持ちよく就労できるようになるには企業の協力は欠かせません。少子化に歯止めをかけて国力を強くするためですから企業は全面的に女性たちの後押しをして皆さんに子育て後の不安を持たせないよう世の中の意識を改革して頂かなければなりませんわ」
「母親が規則に違反して隠れて就労して子育てをいい加減にしていないか、そんな心配はありませんか?」とまた須藤が質問した。
「貴方時々良いご質問をなさるわね。私もそれが心配なの。ご自分の子供をほったらかしにして他の事をするのは国として許せませんが、子育ての日常の様子や悩みを自治体として把握して適切な対応をする事は現在よりもずっと大切になりますよね。そこで私は現在高齢者や障害者、児童、母子世帯など要援護者に限定して実態把握や相談支援それに地域の見守りなどを行って下さっている民生委員の役目を拡張して子育て中の母親の見守りや相談支援もお願いするように法律を改定したいと思っております。そうする事で自治体として子育て中の母親たちの実態を掌握できますし、また悪い言い方ですがちゃんと子育てをしていないのに年金を受給するために偽って申告するようなケースを防止出来ると思います」
「さて、ここからが大事な話です。この話を持ち出しますと労働団体や野党などから猛反対の炎が燃え上がる気がします。でもね、私の考えている少子化対策を実現するためには国民が一丸となって突き進むような気持ちを盛り上げるようにしませんと途中で挫折してしまいます。
「初めに私からの質問ですが、衆参議員の皆さんは1日どれくらい働いていらっしゃいますか?」森山は皆を見回した。
すると皆顔を見合わせて、「24時間です」と答え全員が笑った。「そう、お気持ち的には24時間よね。私も総理大臣になってから1日25時間お仕事をさせられているような気がします」と森山も笑った。
「私は労働力不足をなんとか解消するために現在1日8時間労働が基本になっていますが、これを10時間に変えたいの。子育て中の奥様を持つ男性諸君には少しでも家計を助けるために残業時間制限なんて気にせず思い切り残業して稼ぎまくって欲しいと思います。もちろん健康第一ですけれど。それから被雇用者の定年は68歳に延長して年金はどなたでも68歳を過ぎてから受給できるようにします。年金受給者になっても働ける方々は頑張って働いて頂きますが、その場合年金は一切減額せず定年後も働く意欲を持って頂きたいのよ。もちろん働いて稼いだ分には所得税と第二所得税が課税されます。私はね、高齢になっても意欲的に働く人が増えれば介護にかかる費用が随分減るのではないかと期待しているの。それに週休2日制ではなくて土曜日の半日就労を復活させたいのよ。現在いつの間にか祭日が随分増えましたが昔からあってどうしてもなくせない休日を除いて例えば山の日とか緑の日などは廃止してしまいたいのよ。国の将来の事を考えての対策ですから天皇陛下には大変申し訳ないのですが、天皇誕生日は休日扱いではなくしたいの。国全体の労働力不足を少しでもカバーしなければなりませんからお許しは出ると思います。もちろん子供たちが増えて少子化の問題が解消しましたら天皇誕生日は当然元通り休日に戻す条件です。国全体が労働力不足で外国の方々の手をお借りしなければならない現状なのに休日が多く遊ぶ事に熱中していては国力は強くなりませんしそれで労働力不足なんて言うと笑われます。国民の祝日は昭和23年7月5日に成立した祝日法で決められているのは皆さんご存じよね。内容は議員立法で改定できますから世論さえ味方に付ければ問題はありません。労働基準法を盾に反対なさる方がおられるかもしれませんが、労働基準法では1週間に1日休み、4週間に4日休みを取る規定ですから特に問題はありません。もう一つ大切な事は労働生産性の向上を図る事です。労働力不足の中にはただ人手が足りないと労働生産性にお構いなしに人手を増やす場合がありますが、国としては企業が直接的労働時間を短縮するためにロボットに置き換えるなど機械化する、AI技術を駆使して間接的労働時間を短縮する、製造分野もサービス分野も人々が生み出す成果の価値を高める、つまり付加価値を向上する、こう言った労働生産性の向上のための投資に資金面から後押しして労働力不足問題に対応して行きたいのよ。私は倍々運動を提案したいの。今まで2日かかっていたお仕事を1日で済ます、2人でかかっていたお仕事を1人で出来るようにする。国全体のお仕事をしている方々全員が今までより倍の能率を目指して頑張るのよ。そうすると結果的に皆様の収入も倍とは言いませんがお給料を今より相当多く頂いても世の中が回ると思います。衆参議院の代議士も現在衆議院480名、参議院247名を衆議院240名、参議院125名と民間に率先して定員数を減らさないと皆様に無理なお願いは出来ませんよね。なので私たちも、ただダラダラと少子化の議論を続けるのではなくて出来るだけ短時間に良い案を練り上げて行くのも言ってみれば労働生産性の向上と関わりがありますね」
「行政から受けるサービスだって人々はより多く注文を付けますが、これだってタダじゃありません。皆様の税金を沢山使っていますし、世間から要求されるサービスを提供するために人が、つまり労働力が相当費やされています。私は公的なサービスは相当高くつくと言う認識を皆様にお持ち頂いて現在の公務員の人数も2/3位に減らせないか真剣に考える時期にきているのじゃないかと思っています。現在国家公務員が約60万人、地方公務員が約280万人です。自動車関係のお仕事に携わっておられる方々が日本全体で概ね550万人と言われていますから公務員数は決して少なくないです。公務員の皆様は各々大切なお仕事をなさっていますのでただ人数を削減しましょうと言っても無理です。公共サービスの仕事が減ったり、仕事の効率が上がれば自然と人員がだぶついてきます。そう言う考え方が大切です。私たちの父母が小さい頃は小学校の1クラスの人数が40名、50名だったと聞いています。今は法律上1年生は上限35人、5,6年生は1クラス上限40人と決められていますが、実際には1クラス当り全国平均で小学校は約25人、中学校は29人です。私はね、子供たちは50人に先生がたったお一人でもちゃんと育つと思います。それには条件があって昔のように多くの母親が専業主婦で子供が学校から帰ったらいつでも母親が迎え出るとか学校で何かあればいつでも学校の連絡に応えて母親が学校に出向けるって状態が必要ね。さらに宿題や補修は母親が手伝える環境が大切です。今は学習塾に通うのが当たり前のようですが、私は学習塾は不要だと思っています。子育て中母親は無給でご主人の収入だけで生活しなければなりませんから大多数の方々は子供たちを学習塾に通わせるような金銭的余裕はないはずなので、世の中全体が子供を学習塾に通わせないような雰囲気を作る事が大切だわね。今は教科書がとても良い内容になっていますから教科書の問題集をきっちり解けるように何回も繰り返し練習すれば十分な実力が付きますし教育テレビの番組を再編成してテレビでも学習指導を充実させたいのよ。子供たちは早くからタブレットを使って学習しているわね。私は子育て中の母親たちにリスキリングの一環として誰でもタブレットやパソコンを使いこなせるようにしなければならないと考えています。ご自分の子供と一緒にタブレットを使って学習すれば親子揃って上達すると思うのよ」
「現在子供の数が減って1クラス当り30人に満たない学校が増えているので子供の数が増えない限り森山先生のお考えのようにはならないのと違いますか?」
先程が熱心に森山の話を聴いていた白石翔太議員が質問した。
「おっしゃる通りです。地方に行けば昔は1クラス30人、40人学童が居たのに今は2人とか3人に減ってしまったなんて悲しい話が沢山ありますね。私の提案が認められて日本中に子供たちが増えましたら昔のような活気が学校にも戻ってくると思います。先程仕事の効率の話をしました。昔教師は1クラスで40人も50人も受け持っていましたしその頃学習塾通いをする生徒は少なかったです。にも拘わらず日本人の子供たちの知能は世界のベストテンに入っていました。今はどうでしょう? 1クラス30名以下の所が多く、多くの生徒が放課後学習塾に通っています。なので今の子供たちの知能も世界のベストテンをキープしています。国際的な学力調査のPISAのデータですけれど。でもね、高等学校までは学力が高いそうですが、大学以上になると急にランクが下がってしまいます。私はね、母親の子育ては子供が中学校を卒業するまでと区切りましたが大学は問題があると思っているのよ。大学生は遊ぶための小遣い稼ぎでバイトしている方も相当多いと聞いています。人間関係の形成に資するとか言って友人と遊ぶ事を認める方がいらっしゃいますが、一体全体、大学は学術としての知識を授け、専門の学芸を教え研究し、知的と道徳的と応用的能力を養成する事が目的で、その成果を社会に提供して社会の発展に貢献する目的もありますから原点に立ち返ってもつと厳しくする必要があると思っています。4年間で規定の単位を取れば卒業ではなく厳しい卒業試験に合格しなければ卒業出来ない仕組みに変えたいのよ。今は高卒の約6割が大学に進学しているわね。なのでこの方本当に大学卒なの? と疑いたくなるような方に出会った経験があります。考えても見て下さい。大学で4年間も遊んで暮らしている方々が今何人居ると思いますか? 全国で約300万人も居るのですよ。その半数でも大学に行かないで社会に出て仕事をすれば労働力不足を軽減できるだけでなく家計が楽になる家庭も多いのではないかと思います。これから私の提案が通って将来子供の数が増え、その中の6割か7割の子供たちが4年間も大学で遊んでいるなんて想像するとやはり大学は入るのは楽でも期末試験に不合格なら退学させられ社会に出て仕事をしなさいとか、卒業するのは厳しくて卒業試験に合格できない方々は高卒のまま退学させられ浪人は認められないなんて世の中なら大学で遊んでなんかいられませんよね。期末試験と卒業試験はもちろん大学毎に勝手にやるのではなくて全国統一のテスト、皆さん大学を受験なさった時大学入試共通テストを受験なさったでしょ? それと同じよ。大学生になったら毎年期末に大学生全員が全国統一のテストを受けて合格しなければ進級や卒業ができないの。このテストは今の独立行政法人大学入試センター(DNC)に任せて、大学進級・卒業試験センターみたいな形を新たに作って実施したいの。そうすれば大学側でも緊張感が生まれて、いい加減に学生を指導していちゃ大学そのものがアウトになるわね。それに私は理工学部の学生を今よりずっと増やしたいと思っています。特にIT分野、これからはAIの時代でしょ? また農業や生化学分野ももっと学生を増やしたいわね。農業なんてと思われるかも知れませんが、畑や田んぼを耕す事は勿論必要ですが温暖化が進んでも安定的に食料が自給できるように作物工場を進化させたり新しい食材の開発とか色々あります。食料は国として自給率100%が目標ね。食料は国力の基本ですから」
「森山先生、大学は専門的な分野が多岐に亘っていますから試験問題を作成するのに苦労しそうに思いますが?」と珍しく小野寺議員が質問した。
森山はよくぞ質問してくれたねと言う表情で、
「皆さんマイクロソフトが提供しているコパイロット(Copilot)を使った事がありますか?」と全員の顔を見た。
「名前は知ってますが使った経験は・・・」と皆困った顔になった。
「今は昔と違ってAIの進歩がすごいのよ。私はね、ソフト開発者が日常的に使っているプログラムのコード作成やデバッグ用のGitHub Copilotのような専門的なAIプログラムに倣って、大学の進級、卒業テスト問題作成専用のプログラム、例えばTest for University CopilotのようなAIプログラムを作らせてそれで問題を自動的に生成するようにすれば教授が1週間もかけて作る問題が数分で完成すると思うのよ。Copilotは副操縦士って意味だそうで、操縦士である教授は生成された試験問題をそれで良いか点検するだけだわね」
そう言って森山は微笑んで更に続けた。
「大学の奨学金返済が社会問題になっていますが、本当に学力が優秀で大学の厳しい期末試験、卒業試験をパスして晴れて大学を卒業される方々は今の学生のせいぜい1割位じゃないかと思っています。ですから厳しい試験をパスして大学を卒業された方々は全員奨学金の返済を免除しても財政的に財源は何とかできると思っています。今のように何でもかんでも大学に通った方全員の奨学金を補助しようなんて考えるのは間違いだと思うのよ。保守政党が大好きなバラマキはしたくないのよ。皆さん、私学助成金がどれくらいかご存じ? 毎年3000億円も助成しています。私はね、大学生の人数が減ってもこの額は維持して生き残った私学を手厚く助成して教育や研究内容の充実を進めて欲しいの。これは本当の人材育成につながると思うのよ」
「森山先生、殆どの大学生が卒業試験をパスして卒業されたら奨学金免除の財源が大変じゃありませんか?」と小林芳男が心配顔で尋ねた。
「それは嬉しい悲鳴よね。私は大歓迎、優秀な学生がそんなに大勢なら国としては大変な財産になりますから他のものを削っても全員に社会に出て奨学金返済の悩みなんかなく気持ちよく活躍してほしいわね。経済的に楽になれば素敵な女性と出会い早く所帯を持って新しい家族を沢山迎える努力をして頂きたいの。今若い男性が所帯を持ちにくい原因の一つに奨学金返済と住居費高騰の問題があります。所帯を持たなければ子供が増えるはずがありません。結婚して子供を持ちたいと思っても経済的な環境が整わないとダメよね。今の少子化問題の解決法として子育て支援なんてものは沢山ありますけれど生計が借金だらけじゃ子供が欲しい気持ちが萎えてしまいます。でもね、大学卒業生の就職先について私なりに意見を持っているの。大勢の方々から納めて頂いた税金から奨学金返済の手当をするとして、せっかく国で手厚く援助した卒業生が初任給が高い外国の企業に就職して海外に出てしまって優秀な人材獲得に苦労している日本の企業の力にならないなんて、苦労して税金を納めている方々から見ると結果として外国の企業をより強くするためだったら税金を納めたくないわね。なので奨学金返済を免除した卒業生は一定期間、例えば奨学金を本人が返済するのに要するであろう期間、外国の企業には就職出来ない条件を付けるとかそんな事ができないかしらと思っているの。職業選択の自由を掲げて反対なさる方もいるかも知れませんが私は日本人として倫理的に国の将来を考えて行動して頂きたいのよ」
「今日は夜遅くまでご苦労様。皆様お疲れでしょ? この辺りで今日はお仕舞いにしましょう」森山は皆を労い散会した。