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ぶにゃー

作者: さのすけ

吾輩は猫である。

いや、正確には猫というモノを知らない。

正しく言うならば—— 吾輩は猫と呼ばれることがある、である。


暗闇の中で、がこん、がこんと音がする。

懐かしい音だ。僕の一番古い記憶。

それは、室外機の下でうずくまっていたときのもの。

温かくて、でも少し湿っていて、暗くて、誰もいなかった。


空が青くなると、どこからか大きな生き物たちが現れて、足早に歩いていく。

何をそんなに急いでいるんだろう。


あーお腹すいたなー。がこん、がこん。

あーなんで僕はここにいるんだろー。がこん、がこん。

あー誰もいないのは寂しいなー。がこん、がこん。

……寂しいって、どういう意味だろう。


なぜだか無性に声を出したくなった。

僕はここにいる。

なんで誰も僕を見てくれないんだろう。

寂しいよ。

あれ、寂しいって——なんだったっけ。


僕よりも大きくて、たくさんいるあの生き物は怖い。

でも……勇気を出して声を出してみた。

ぶにゃー、ぶにゃー。

……意外と、大きな声が出せたな。

ぶにゃー、ぶにゃー。

なんだか、僕、かっこいいかも。

ぶにゃー、ぶにゃー。

調子に乗って、たくさん声を出してみる。


——そのときだった。

近づいてくる足音。

ぴたっと止まった。

しゃがみこんだ影がひとつ。

顔がこわばって、目があった。

怖い。怖い。怖い。

僕は飛び出して、がむしゃらに走った。

気づいたら、さっきの影はいなくなっていた。

他に行く場所なんてない。

またあの場所にいた。

僕が知っている、唯一の場所。


震える体を丸めながら、またがこん、がこんの音を聴く。

あーお腹すいた。

あーまたひとりぼっち。

ぶにゃー……ぶにゃー……。


そのときだった。

今度は、二つの声が近づいてくる。

「絶対、猫だよ!」

「いや、猫はこんな鳴き声じゃないでしょ」

僕はまた逃げた。

「やっぱり、猫だったじゃん」

「ほんとだ」

車の下、塀のすきま、駐車場の隅……

でも、ふたりとも諦めない。

ついてくる。

追いかけてくる。

なんでそんなに来るんだよ。


茂みに飛び込んだ。

……ここには、入って来れないようだ。

良かった。


ふたりは茂みの前で、じっと立ったまま、しばらく動かなかった。

いつまでいるんだろう。

でも、なぜかそれがちょっとだけ嬉しかった。

ああ、これが「寂しくない」ってことかもしれない。

そう思ったら、体の力が抜けて、いつの間にか眠っていた。


目が覚めると、ふたりはいなかった。

静かな夜。

どこにも行く場所がない。

室外機のところに戻ろう……

そう思ったけれど、あれ、場所がわからない。

ここはどこ?

不安が胸にざわつく。

ぶにゃー、ぶにゃー。


その声に、また足音が近づいてくる。

「この辺で聞こえたよね?」

「確かに鳴いてたよ」

さっきのふたりだ。

車のそばまで来る。


焦って、タイヤの上に乗った。

声を出さないように、息をひそめる。

「いないね……」

「この辺だと思ったんだけどなあ」

足音が遠ざかっていく。


——ぶにゃー、ぶにゃー。

あれ、また声が出た。

なんで僕、鳴いてるんだろう。


「やっぱり聞こえる!」

ふたりが戻ってくる。

僕は慌てて息を潜めた。

静かに、静かに。

「聞こえなくなった……」

また、遠ざかっていく。


ぶにゃー……ぶにゃー……。

あれ、声が勝手に出てしまう。


「いた!」

彼の声だった。

僕は跳ねるように駆け出した。

でも、駐車場の奥で行き止まり。

もう逃げ道はない。

壁の前で、固まってしまった。


「大丈夫、怖くないよ」

手が伸びてくる。

怖い。怖いのに……なぜか、温かそうだった。


体が動かない。力が抜けた。

気づけば、その手の中にいた。

彼女の腕の中に抱き上げられていた。

お腹の奥の方が、じんわりと温かくなっていく。


「ほら、チュール、食べてごらん」

顔の前に、細長いものが差し出された。

くんくん、ぺろ……ぺろ…… おいしい。

これは……なんだっけ?

ぺろ、ぺろ…… ああ……眠いな……ぺろ……


僕は、彼女の腕の中で、小さな音をたてながら、目を閉じた。

心臓の音が聴こえる。

どくどく、どくどく。

あたたかい。


……これが、「寂しい」の反対の意味なんだ。

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