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06・魑魅魍魎の街1

 助け合うために寄り集まった者達が、いずれ争い、潰し合う。外側から身を守るために築いた壁の内側で、更に自分の内側から人の皮を食い破って出てくる『人ではない何か』こそが『人の性』だと、彼等は自称する。

 

 

 一日に陽の差し込む時間帯が全くない路地裏の古物屋には、廃棄対象にしか見えない品々が壁一面の棚に積み置かれていた。

 店主の男は毛深く太い指で持った小さな拡大鏡を覗き、カウンターに載せられた仮称『常闇の殻』を査定する。

「……ふん、見れば見るほど薄気味の悪い代物だ」

 その殻――ネコマタが封じられていたカプセルを売りにきたトアは、つば広帽の陰から尋ねた。

「幾らだ?」

「せいぜいコレだな」

 店主が書いて寄越した紙片に、トアは渋い顔をする。

「安いな、未知の材質の珍品だろ?」

「遺物なんて、何でできているか明らかな方が珍しいくらいだ。おまけに名付き以外の用途も分からんやつは、各地で遺跡発掘事業が盛んになって世に溢れ返っちまった今じゃ大半がガラクタ扱い。なかなか捌けなくて、見ての通り店を圧迫して敵わん」

 店主は、積み上げた品物がいつ雪崩を起こしてもおかしくない自分の後ろを親指で指した。トアは鼻で笑う。

「確かに、ここに売ったら逆に場所代を取られちまいそうだ」

「もし容れ物ならせめて中身が残ってりゃあ、一部の心も懐も豊かな変人の間でそれなりの価値になったろうが、殻だけではな」

 トアの横でティコに抱っこされているその『中身』が、ぎくりとして気持ち縮こまる。

「そうかよ。なら他へ行く」

 トアはさっさと見切りをつけ、カプセルを回収する。

「あー無駄無駄、余所に持ってったって金になるどころか、それこそ置き場所代やら処分代やら請求されるのが落ちだ。まあうちなら、欲しがりそうな物好きに伝があるから買い取ってやれるが」

 相手の言い回しを受けて、彼は瞬刻思案する。そして渡された紙片を宙に放り、きっぱり断った。

「……いや、もういい。先に会った学者を名乗る奴に、これより高値を提示されてるんでな」

 店主の片眉が上がる。

「何……?」

「そいつに、この品は千年に一度か二度ぐらい稀な、宇宙からの飛来物だとか何とか捲し立てられた。譲って欲しいと持ち掛けられた値が妥当か俺には判断つかないんで、別の目利きにも見てもらおうとここへ来たんだ。ま、ガラクタを持ち込んで悪かった。相応以上で買い取ってくれる方に売るよ。じゃあな」

 トアがカプセルを押し込んだ鞄を背負い直して踵を返すと、店主は再度引き留めた。

「待て。その学者ってのはどんな格好をしてた?」

 何故そんな事を聞かれるのか分からない体で、トアは答える。

「格好? さあ、確か白地に青の斜線が三本入ったマントを着てたが」

「ほお、そりゃロドーアの派遣文官……? 急ぎでないなら、もう少し話さないか?」

 

 

 トアの一行が現在訪れているのは、辺境区のフォルトピアニという街。トアが何かしらの大規模な作業場とみて行き先に据えていた山は、それそのものが巨大な旧文明遺跡で、遺物の発掘作業が盛んに行われているところだった。更に見込み通り、その発掘場に近接し、労働者達の活動拠点としてあったのが、この街である。古物屋だけでなく、街全体が発掘されたガラクタや瓦礫を組み上げて作られたような、鈍色の景観。

 交渉が上手くいって今日だけ懐が温かくなったトアは、人が行き交う路上をティコの手を引いて歩く。彼のフードに収まったネコマタが、ひそひそと聞いた。

「先にカプセルを欲しがった学者の方は、放っておくのか? そもそも、いつそのような者と話した? 街へ入ってすぐの店で、俺が売り物に目を奪われていた間か? それとも何らかの故障で呆けてしまったのか、覚えが――」

「居ねえよ、そんな奴」

 ネコマタは今こそ呆ける。

「……嘘だったのか?」

「先に嘘を仕掛けてきたのは向こうだからな。あの野朗、あれがただの遺物じゃないと気づいてて買い叩こうとしやがった」

 トアは、店主が此度の査定依頼品をなまじ利く自らの目で『他に類がない』と見定めたのを逆手に取り、今後一層の高値となる可能性を示唆し、最終的に当初の予定よりも値を釣り上げて売却したのだった。

 相変わらず騙す事を知らないネコマタは、もう一つ純粋に心配する。

「『まもなく形を失う物』という重要な注意事項も、説明していなかったが……」

 あのカプセルは、開封されて一定期間を過ぎると徐々に昇華し、跡形もなくなる仕組み。その事実をあらかじめ知らされていたトアは、しれっと返す。

「聞かれない事はわざわざ言わねえ。使い捨てって話だからお前に遠慮なくさっさと換金した。それだけだ」

「消失を目の当たりにしたら、店主は納得いかず抗議しにくるのでは?」

「あれより先に、俺もこんな掃き溜めの街からは消え失せるし問題ねえよ」

 収集した遺物を売り、その金で必要最低限の物資を調達したら、街に長居は無用。今回だけでなく、それがトアのいつもの行動だった。

 問題なくはないと思うも、トアの中で既に終わっている話を引っ張り続けたところで彼の機嫌を損ねるだけだと判断したネコマタは、話題を変えた。

「さておき、トアは人との関わりを極力避けている割には、随分と交渉の術に長けているのだな。過去にどんな経緯で学んだのだ?」

 けれども何故か、却ってトアをいらつかせる結果となる。

「……もうそろそろ黙れ。この街では俺の近くで人語を喋るなと言ったはずだ。珍獣の飼い主と間違われて強盗に遭う前に、殻の中身も売っ払われたいか?」

 そう言われると、ネコマタは大人しく口を噤むしかなかった。

 トアが『この街では』と強調したのは、初めての訪問でもすぐに察せられた治安の悪さに起因する。ネコマタが自分で歩かずティコに抱っこされたりトアのフードに入ったりしているのも、普通のネコにはない二本の尾を隠し、無駄に目立って狙われるのを避けるため。

 そうして気をつけていても、良からぬ者は彼等にたかってくる。

「やあ、そこのお兄さん」

 後方より声がかかり、小型の乗り物が横付けされた。それは立ち乗りの滑走機で『シェムレ』と呼ばれ、重力に反して僅かに浮き、非接触の地面上を推進する比較的ありふれた旧文明の名付き遺物。バーハンドルを握る乗り手は、紳士服を着た痩せぎすの男だった。

「妹さんと、ネコまで連れての放浪ですか。フォルトピアニへは、仕事探しに?」

 身なりで勝手な推察をされたトアは帽子を深く被り直して無視し、通り過ぎようとする。しかし男はすかさず前へ回り込み、道を阻んだ。

「お守りをしながら、あちこち回ったり仕事をしたりするのは大変でしょう。良ければ、お連れをお預かりしますがいかがです? 実はこちらも、病気がちで家に籠っている娘の遊び相手を探していまして。ああ勿論、預かり代などは不要です。逆にお礼をお支払いしますよ」

「断る。どけよ」

 男はまず応じそうにない雰囲気のトアを差し置き、目をぱちくりさせているティコを直接誘う。

「んー、お嬢ちゃんはどうかな? 街で新しい友達ができて、砂糖菓子も食べられますよ」

「……おかし?」

 小さなお腹をきゅうと鳴らし、ティコは男の愛想笑いを見上げる。

「耳を貸すな、行くぞ」

 トアはこういう輩を警戒して、街の中を移動する際は彼女と繋いだ手を片時も離さずにいた。進めないなら引き返すまでと背を向けると、男は嘆いた。

「そりゃないですよ、お兄さん! 可哀想に妹さん、お腹を空かせてるじゃないですか。家はすぐそこです、とりあえず娘と一緒に昼食を――」

 空いている側のティコの手を男が掴んだ瞬間、トアは全身の毛を逆立てるが如き剣幕でそれを叩き払い、男を睨んだ。

「――薄汚ねえ手で触んな。どうせその『病気がちな娘』ってのはヤニくせえ息を吐く、ギラギラした世にも醜い肉塊なんだろうよ。とっとと消えろ」

 男の柔和な面が剥がれ落ち、目が据わる。

 人との関わりを忌避する普段のトアなら、対人のいざこざを最も嫌って不用意に相手を刺激せず、そつなくかわしているところ。それができないほど彼が激昂した理由を、ネコマタはまだ知らない。

「……口の聞き方がなってねえ小僧だな。お前も連れてって、ちゃんとした教育を受けさせてやろうか?」

 男の上等な服も高価な乗り物も全て、獲物を欺くための借り物。中身はごろつきと元々分かっていたトアは、男の豹変に動じない。

 シェムレを降りた男は、いきなりトアの胸ぐらを掴んで凄んだ。だが、トアは怯まないばかりか何の躊躇もせず、相手の腹に拳を見舞って返り打つ。

 息を詰まらせてよろめいた男の背が道沿いの小さな店にぶつかり、薄壁と硝子を震わせる。

 その隙に、トアはティコを抱き抱えた。流石に連れをこれ以上危険に晒す訳にいかず急いで立ち去ろうとする彼に、苦痛と屈辱から急速に転換した殺意が向かう。

「てめえ、ふざけやがって……!」

「トア、危ない!」

 察知したネコマタが禁を破って叫ぶ。振り返ったトアは、男の手に握られたナイフを認めた。地が蹴られる寸前に声を張り上げて彼の凶行を止める者がなければ、トアは無事では済まなかったかも知れない。

「あーあ何やってんだい! 人の店の前で揉め事を起こすんじゃないよ全く!」

 男は今し方ぶつかった店から出てきた女に勢いを削がれ、怒声を飛ばす。

「てめえはすっこんでろ!」

「……はあ、誰かと思えばダクラかい。勘弁して欲しいね」

 左右非対称に切り残した黒い前髪を搔き上げ、腰の細い女は場の状況を読み取る。

 周囲に人の姿はそこそこあるが、彼女以外でこの騒ぎを視界に入れている者は誰一人居ない。あたかも、透明な出来事であるかのように。統治者が設けた治安維持組織の力は行き届いておらず、大小問わず諍いは日常茶飯事。巻き込まれないために皆、危ない目に遭っている他人を助けようなどとはせず素通りする。ここはそういう街だ。

 ふと、女がティコに視線を注ぐ。

「ん? そのケープ、アタシが仕立てたもんじゃないか?」

 トアは驚き、彼女がティコに歩み寄ってケープの裾に触れるのを見守る。

「やっぱりこの刺繍! 花に鳥の図柄といい、白に金を一本交ぜた三本取りといい、間違いない。ついこないだ『セグノ』から来た客に売ったやつだ。おやおや、もう派手にほつれて切れちまってるとこが――」

 セグノは、ティコがそこに住んでいるとトアに告げた集落の名と同じ。

「おい、一緒に刺されたくなかったらそこをどけ!」

 女はわざとトアの前に位置取り、ダクラと呼んだ男の邪魔をしていた。

「この子等はうちの客だよ。もうちょっかい出すのはやめとくれ」

「殴られたまま黙ってられるか!」

 すると女は、高慢に持ち掛けた。

「ここで大人しく引き下がってくれれば、『あの貸し』をなしにできる――と言ったら?」

「何?」

 二人の間でしか通じない会話。女の含み笑いの意味も、ダクラだけが理解する。

 沈黙の後、納得したのかダクラはいやにあっさり怒りを鎮め、ナイフを畳む。

「……へっ、しょうがねえ。だが二度はないと思え、小僧」

 捨て吐いてシェムレに乗り、彼は去っていった。

 トアはティコを下ろして向き直り、女に礼を述べる。

「……助かった。ありがとよ」

 対する返しは、存外辛口だった。

「アンタ、場数を踏んでそうなのに迂闊だねえ、あんな小物もかわせないなんて。疲れが溜まってるせいじゃないかい?」

「は、そうかもな……」

 言われた事が顔に書いてあるのを自覚して、トアは苦笑する。連れと目的地がある旅という不慣れが影響しているのは確かだった。

「他の連れは? さっき危ないって叫ぶ声が聞こえたけど、姿が見えないね」

 ネコマタは慌ててトアの頭の陰に身を隠す。

「……知らねえよ」

 とぼけられて釈然としなかったが追求するほどの興味もなかったので、女はトアにくっついてまだ少し怯えている様子のティコに目を移した。

「しかし不思議な縁を感じるね。傷んだケープが、直して欲しくてアタシんとこへ帰ってきたんじゃないかと思えるよ」

 ティコは自分のお気に入りの服に話題が及んだ事がちょっと嬉しくて、おずおずと言う。

「……あのね、トトがティコにって、くれたの」

「トト……お父さんだね。そうかい、トトさんがくれたのかい。ここへ買いにきたのは、アンタのトトさんだったんだねえ。よし、せっかくだ。その刺繍のほつれ、修繕させとくれ」

「しゅう……?」

「直すって意味さ」

 ツヅラヘビに襲われた際にほつれてしまったのをずっと気にしていたティコは、表情を明るくする。

「なおるの?」

「ああ勿論さ。それを元と同じに直せるのは、宇宙広しと言えども創造したアタシだけだよ。さ、こっちへおいで」

 トア達についてくるよう促し、女は店の方へ向かう。

 慎重さを取り戻したトアは、初め動かなかった。でもすっかり舞い上がったティコが、彼の手を引っ張ってせがむ。

「トア、いこ!」

 女が扉口で振り返り、笑って手招く。

「心配しなくても、こっちから言い出した事で金を取ったりはしないよ。修繕が済むまで、うちで休んでたらいいさ」

 修繕は名目で、実のところは疲れた自分への休憩所の提供。トアはそう解釈する。一方、トアの行動への理解を深めつつあるネコマタは、もしこの時に彼が単独であったならば、早々に街を出た方が気が休まるとして彼女の善意を断っていたのではないかと、密かに思った。

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