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05・廃墟に響く音色

 元から誰も居ないのと、元居た誰かが居なくなるのとでは、後に残された世界は姿を違える。内なる廃墟は、そもそもの出会いを避ける理由となる。

 

 

 立ち並ぶ建造物を手当たり次第に上から齧り取るなど、一体どんな怪物の仕業か――。経由した地は、そんな空想をさせる無惨を晒していた。石壁だけを残す通りは、風と砂塵が往来するばかり。久しい訪問者としてそこを歩くトアは、後方のネコマタに呼び止められた。

「待ってくれトア、ティコが止まってしまった」

 ティコは通りの真ん中でしゃがみ込み、俯いている。トアは帽子のつばを上げて一つ息を吐き、ティコ達の位置まで引き返した。

「疲れたか」

 トアが取り出した水筒を、しかしティコは受け取らず、力ない声で彼に問い掛ける。

「……おうち、いつつく?」

「まだ分からない。まずそれを調べられる街まで行かない事にはな。この先の、夜に薄ぼんやり浮かんで見える山は何かしらの大規模な作業場だ。そういう場所の近くには拠点の街が必ずある。今はそこへ――」

 トアの説明の内、ティコが聞いて理解したのは冒頭の『分からない』だけだった。ぽろぽろと、大粒の涙が零れ出す。

 ティコが初めて会う者と突然余儀なくされた旅でも心の安定を保てているのは、よく見知った、しかも話せるようになった頼もしい『タマちゃん』と思い込んでいるネコマタの存在が大きい。けれど、行けども行けども誰にも会えない日の重なりは、時折それを上回って彼女を不安定に傾ける。

「ふむ……このままでは旅の続行は難しいようだが」

 ネコマタはトアを仰いだ。ティコはしゃくり上げて、郷里の人々恋しさを訴える。

「あいたいよう……」

「帰ったら会える。お前を助けたところからそう遠くないはずなんだ。回り道で時間食ってるだけで」

「おうち、かえっても……もお、だあれもいないかも……」

「うん? 何で居なくなる?」

「みんながさきに……てんごくのほしに、いっちゃったら――」

 晴天の下に発生した、子供一人分の局地的な土砂降り。ネコマタが言う通り、旅は続けられない模様。

 今居るここは、遠目に集落と思えた場所。人で潤っている事を期待して頑張って歩いてきたのに、着いてみれば人っ子一人居ない廃墟。不安定なティコの心は、ここに郷里のあり得ない姿を映し見てしまったのだった。

 ネコマタは屋根を欠いた家屋の壁際まで駆けていき、二人を呼ぶ。

「こちらの日陰で休もう」

 一旦そうするより他なく、トアはティコを促す。彼女はべそべそ泣きながらもどうにか立ち上がって進み、日陰でネコマタを抱え込んで座った。

 その足で、トアは壁の陰に見つけた井戸に立ち寄る。拾った瓦礫の欠片を中に落とし、暗い底で深く跳ねる水音を聞いた。

「……枯れてねえな。なら多少留まれるか」

 確認だけ済ませてティコ達のところへ戻ると背負い鞄を置き、帽子を脱いで彼女の隣に座った。

 口にしないが、実はトアも休息を求めていた。普段なら全く平気な距離しか歩いていないのだが、彼の旅慣れた足は『他人の速さに合わせて歩く』事にだけはてんで不慣れで、脛やふくらはぎが思わぬ負荷に悩まされている。足をさする上で触れた膝下丈のブーツも、砂塵を弾いて履物内への侵入を防ぐ加工がかなり剥げてくたびれてきており、彼は買い替えの必要性などをぼんやりと考える。

 泣き続けるティコ。下手に宥めたら余計に泣かれそうで、トアはしばらく放置を決め込むつもりだった。が、彼女の膝でただ涙に打たれるしかなくなっているネコマタを見かねて、やおら動く。

「……仕方ねえな……」

 開けた背負い鞄に片手を突っ込み、何やら探る。

 ほどなく、ティコは自分の大きな泣き声に寄り添い始めた不思議な音に気づき、顔を上げた。星々の瞬きが奏でとして耳に届いたならこんなふうだろうか、と感じさせる音色。

 その源らしきトアの手元を、ネコマタも泣き止んだティコと共に見つめる。彼等が食いついたのを確かめて音を止ませ、トアは手の中に収めていた物をティコに差し出した。黄土色の小さな箱で、片側に鉤状の摘みがある。

「貸してやる。ここを、こっち向きにゆっくり回してみろ」

 恐々受け取ったティコは教えられた通りに、小箱の摘みを人差し指と親指で回した。すると再び、あの音色が流れ出す。ティコの目と口が、驚きと喜びで大きく開いた。ネコマタのヒゲも音の波に弾かれる。

「とても興味深い。それは何だ?」

「『オトマキ』っていうカラクリ楽器だ」

「楽器以外の機能は?」

「何もねえよ」

 ネコマタはすっかりオトマキに魅了されたティコの膝を降り、トアに寄る。

「珍しいな」

「大きな街じゃ、ありふれてる」

「いや、トアがあれを所持している事こそを珍しいと思ったのだ。食糧でも道具でもない、生命維持活動にはまるで無関係な品だろう?」

 旅をして生き長らえる上で、トアは荷が負担とならないよう、鞄の中身は必要最低限の道具で固めている。唯一の例外が、このオトマキ。

「……別に、人が何持ってようが放っとけ」

「トアは、今のティコにはオトマキが有効と判断した。という事はひょっとして、トアも似た精神状態になる場合があり、それを必要と――」

「うるせえな、食えも使えもしないんで鞄からなくならねえだけだよ」

 雑な理屈。では何故ティコにあげてしまわず、貸すに留めたのか――。そう突っ込みたかったものの、ネコマタはトアの頭上に雷雲が湧くのを察知し、これ以上『転気』に振り回されないよう控えた。代わりに違う話を振る。

「ところで、この集落には何があったのだ? 建造物の痕跡が多く、人で賑っていた事が窺えるのにすっかり廃れている」

「多分、元は『トーカ油』の採掘場だ」

「トーカ油!」

 油と聞いてしゃんとしたネコマタの尾を、トアはすぐ折る。

「もう残っちゃいねえよ。だからそれ目当てだった奴等が撤収して、廃墟化したってこった。建物を打ち壊して、資材までしっかり回収してな」

「そ、そうか……。でもどうして、油の採掘場だったと分かる?」

 トアは掌で地面を撫で、そこに交じった玄色の粒を晒す。

「砂を被って分かりにくいが、セッカチュウがやたら落ちてる。地中のトーカ油に反応してこの土地に集まっていたのが、油を採り尽くされて虫から石に戻ったんだろうよ」

 トーカ油は、旧文明において恒星エネルギーが資源化されたもの。地球では、遺物の機械を動かすために必要な燃料として需要が高い。

 ネコマタは自身に格納している地球の資料と照らしつつ納得する。

「なるほど、全てを機械技術で賄うサザと違い、地球には生物技術が働き続けていて、文明喪失後もトーカ油は生成されているのだったな」

「技術で? 天然のものじゃないのか?」

「地表に降り注ぐ太陽のエネルギーを、改良された微生物が取り込んで液化する。そうして地中に貯留したものが、地球で採掘できるトーカ油。つまり、かつて発達した高度な生物技術によって今尚、作られているものと言えよう」

「ふうん……」

 気まぐれに尋ねたものの興味は長続きせず、壁にもたれたトアの耳は、ネコマタの話からティコが鳴らすオトマキの方へと傾く。

「恒星エネルギーの資源化に成功し、ほぼ無尽蔵な力を手にした事で、人は一層文明を発達させ、あらゆる願いを実現させてきた。その究極が、『死ヲ克服セシ機械化星』――サザ」

 かの文言でトアの目つきが変わっても、ネコマタは気づかない。

「サザは、地球で太陽にあたる恒星カンナのエネルギーより生成したトーカ油にて、一切を――」

「もういい、やめろ!」

 つい放った強い口調が、サザの話だけでなくオトマキの音まで止ませてしまった。静まり返ってハッとなり、トアはティコを振り向く。びっくりして固まった彼女はトアと目が合うと、みるみる涙を溜めた。

「あ、いや違う、お前に言ったんじゃなくて、えっと……」

「ティコにも、タマちゃんにも、おこっちゃやだ……!」

 目を泳がせるトアもこれまた珍しい――と、怒られた当事者のネコマタはあっけらかんとして彼等を観察する。

「……悪かった。もう怒らねえよ」

「ほんとに?」

「ああ。怒らねえからその箱の音、もっと聴かせてくれ。聴きながら休みたい」

「……うん!」

 ティコは晴れやかさを取り戻し、オトマキの奏でを再開する。一方、どうにか二度目の土砂降りを免れたトアは、天を仰いだ顔に帽子を被せ、自分の調子も何もかも崩されてどうしようもない表情を隠した。

 ネコマタは敬服する。

「トアは偉いな。実に面倒見が良い」

 帽子の中でくぐもる吐露。

「……ガキの頃に置き去りにしやがった奴等と同じになりたくないだけだ……」

「え?」

「何でもねえ」

 トアは口を閉ざし、しばし休むに徹した。

 

 繰り返し、響く音色。旅人の孤独を密やかに埋めてきたそれは、別のもの等に置き換わろうとしていた。

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