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04・砂の水瓶

 表面は乾いた砂が積もるばかりでも、奥底には豊かな水が湛えられている砂漠。その水が湧き出すのは、更に下の硬い深層に、大きな変動が生じた時である。

 

 

 奇妙な現象で人に忌避される砂漠には、緑に縁取られた泉――砂の水瓶があった。稀に訪れる旅人にのみ観測され、彼等の命を繋ぐ事で、水瓶はそこに存在する事実を維持している。

 往路でも経由したそこで水に膝まで浸かり、トアはズボン一つの格好で自分を丸洗いした。先に濯いだ自分のローブやティコのケープなどは、近くの低木に引っ掛けて乾かしている。 

 水辺に落ちている木の皮や葉屑を咥えてせっせと集め、小山をこしらえていたネコマタが、洗い立てとなったトアに目を引かれて感嘆する。瞳孔が針みたく絞られているのは、真昼だからではなく彼が眩しいから、と思わせる様相で。

「砂埃が落ちれば、トアの髪は本来美しい金色なのだな。太陽より滴ったようだ」

 言われたトアは、両手で絞ったその髪を指で梳き、考える。

「……ちょっと落とし過ぎたか」

「うん? 駄目なのか?」

「俺みたいなはぐれ者は、身綺麗過ぎると狙われるし、見すぼらし過ぎると舐められるしで厄介なんだよ。碌でもねえ地回りの多い市街地では特にな。極力寄りたくないが、物資の調達は要るし、ティコの家がある集落の場所も調べに行かねえと――」

 彼等の話に、その幼子の声が弾んで入る。

「トアー! カラカラのきのかわ、いっぱいひろった!」

 亭々たる一本柱と屋根だけの家を思わせるシチゴヤシの木々に沿って戻ったティコは、手に抱えたそれ等をネコマタの小山に足す。

 トアは水から上がって鞄一式とブーツを置いたところへ行き、彼女に言う。

「もう少し要る。もっと拾ってこられるか」

「うん! あっちにある!」

 ティコはここに着いてすぐトアに拭われた丸いほっぺたを緩ませ、再び赴く。

 それを見届けたトアが屈んで肩掛け鞄から取り出したのは、昨日ツヅラヘビの腹で見つけた小動物の肉。手早く捌き、別途拾ってあったシチゴヤシの葉の切片で巻いて包む。

「その鞄も、この星で遺物と呼ばれている利器だな。中に容れた物が、いつ取り出しても容れた時の状態を保っている」

「まあな」

 トアは近くのネコマタを気にせず遠くのティコにだけ注意を払い、背負い鞄に収めていた銃を出した。普段は腰から右腿にかけて装着したベルトに下げ、ローブで隠して携帯している。

 小山の中に肉の包みを仕込み、銃の側面を弄って先端を葉屑につける。すぐさま火が上がり、燻し始めた煙を避けてネコマタは風上に回り込んだ。

「着火は、銃の出力を絞って行っていたのだな。昨日まで、俺に見られないよう隠していたのは何故だ?」

 トアは銃をさっさと鞄に仕舞う。

「こいつは『オーカイス』って名があるくらい、使い方が解明された有用な遺物だ。おまけに燃料補給の必要がない。そういう『名付き』で『自給型』の中でも、武器類は特段の需要があって狙う奴が後を立たないんで、所持を知られちまうと途端に危険が増える。お前は得体が知れねえし、使者だとか、誰かが使役している道具みたいな事を言ったのもあって警戒してた」

「ほう。つまり俺とサザへの警戒は、これをもって解かれたのだな?」

「……自分の身すら守れねえポンコツを使おうって奴がいたとして、そいつも大概ポンコツだろ。警戒してるのが阿呆らしくなったんだよ」

 次に取り出した三脚を使い、彼は濾して鍋に汲んであった水を焚き火にかけた。

 一通りの事が済み、荷物を担いで一旦木陰へと向かうトアに、ネコマタはついていく。

「それほどの希少品なのだな」

 トアは重なって落ちているシチゴヤシの大きな葉を敷物代わりに腰を下ろし、一息吐く。

「この事もあって、俺は一箇所には長く留まれない。生きるために必要な銃に命を脅かされて、常に歩き続けてるってとこだ」

 地球の民が辛うじて絶滅を免れるのと引き換えに失った歴史と文明。残された彼等はその遺産を掘り当てては奪い合い、原理も分からないまま消費して、命を細く短く繋いでいるのが現状だった。

「サザでも武器の類いは希少だが、安全が保たれていて民間に需要がないためだから、因果が逆だな。すなわち、サザにはトアを脅かすものは何もない。ずっと平穏に留まれるぞ」

 毎度の如く誘うネコマタ。

「……そこは『選んでる』んだろ? 住まわせる奴を。御免だな」

 対して初めて、トアが拒む理由らしき事を口にした。ネコマタはその解消を試みる。

「サザへ招く対象は無作為。地球の民にとっては『偶然の機会』。要は星の船が到着する時代に生まれ、星の船の離着陸場が放つ『光の橋』の袂に居られるかどうか、または事前に星の使者と出会ってその機会を知る事ができるかどうか、だけだ」

 するとトアは不機嫌を剥き出しにした。

「そこがムカつくんだよ。俺は偶然でしかない運で『選ばれなかった側』のもんだ。それならそれで、一人で生き抜いやると決めてこれまで来た。今更機会が巡ってきたとか言われても、また救われる者と救われない者を生む世界の話なんざクソ食らえだ」

 ネコマタの持ち掛ける話は、トアにとっては負う過去への冒涜でしかなかった。

「気に障ったのならすまない。サザが新規の受容数を制限していて、行ける者と行けない者を生じさせるのは事実だ。しかし環境保全の都合上――」

「それだけじゃない。サザとかいう星は『死を克服』だとか『天国』だとかほざいてたな。そこに住む奴が、死なずに生き続けるって意味なんだろ?」

 今まで取りつく島もなかっただけに、ネコマタは、トアが意外とサザに関する自分の説明をしっかり聞いていた事に驚く。同時に、彼のサザ行き拒否がその説明を概ね正しく理解した上でのものと分かり、むしろ自分の方が、トアを理解できていない実状に直面する。

「そこに、何か問題があるのか? 不死は人の究極の願いと、サザの創生記にはあるが――」

「選ばれた、しかも生きてる奴だけが行けて死を受け容れないような星が、天国を名乗るな」

 太陽越しの、遥かなサザに向けて言い放つトアを前に、ネコマタは思考する。

「……つまりトアが指す天国とは、その逆か? 全ての死者が行けて、受け容れられる――」

「さあね」

 ティコが戻り、言われて拾い集めてきた物を火にくべる。トアは彼女に声をかけた。

「もう十分だ。しばらくこっちの日陰で寝とけ」

「わかった!」

 ティコはニコニコと駆け寄り、素直に彼の隣に座る。

「タマちゃんもこっち、ここきて!」

「ん、俺か?」

 招かれて、ネコマタはティコの横につく。ネコマタとトアの間で、ティコは満足げに寝そべった。

「ねえねえ、タマちゃんおしゃべりできるようになったから、おはなしきかせて?」

「お話?」

「ねるまえの、おはなし!」

 ティコは、彼女の身近なネコであろうタマちゃんとネコマタとを、完全に同一視していた。せがまれて困ったネコマタが、目でトアに助けを求める。

「……いつも頼まれなくたって、勝手にぺらぺら話してるだろ。俺には全然興味のねえ、眠たくなる話をよ」

 適当にあしらわれたのだが、ネコマタは真面目に受け取って頷く。

「なるほど、いつもと同じ話をすれば良いのだな。よし……」

 ある意味で夢へ誘う話として、ティコにもサザについてを聞かせるのは有効。そう判断し、子供向けの平易な言葉に変換して語ろうとしかけた時、聞き手より思わぬ要望が飛び出した。

「ティコねえ、タマちゃんから『ネコマタ』のおはなしがききたい!」

 ネコマタは目を瞠る。

「俺、の?」

「タマちゃんは、ネコマタになったんでしょ? かえったら、ジィジよろこぶね! すごいね、どうやってなったの?」

 トアも気を引かれて、つい会話に混ざる。

「ジィジって、ティコの爺さんか?」

「タマちゃんのジィジだよ」

「どうして喜ぶんだ?」

「だって、タマちゃんにネコマタになってほしいって、ティコにおはなししてくれたもん」

 トアは二度三度と首を傾げる。

「なって欲しいとか……ネコたまってのは、ただの名前じゃねえのか?」

 ネコマタが補足する。

「……ネコマタ、というのは長く生きたネコがなるとされている、地球伝説上の不死の存在。使者として付けられた、俺の識別名の由来だ。人をさらう怪異との説は、いささか不本意だが」

 トアは腐す。

「現に俺や地球の民を別の星へさらおうとしてんじゃねえかよ。まんまだろ」

 それを聞いたティコが、ネコマタに尋ねた。

「タマちゃんは『てんごくのほし』に、ジィジといけるの? みんなも、ティコも?」

「天国の星――。知っていると? サザを」

「しってるよ。てんごくのほしは、だれもしなない、いいところだってみんないってるもん。ジィジは、てんごくのほしで、タマちゃんとずっといっしょにいたいんだって」

「へえ、ネコたまの話と一致してんな。ティコの周りの奴等は、もうサザって星の事を知ってて、しかも信じてんのか。お前以外の使者が、先に広めたのか」

 トアの推測を、ネコマタは否定する。

「今回使者として地球に派遣されたのは俺一体だけだから、それはあり得ない。サザに関する件もまた、地球伝説となって一部の者達の間に残っているとの情報があり、彼等の知識はそこより継承されたものと考えられる。幾星霜を経る伝聞で、何処まで正確に伝わっているかは不明だが」

「たった一体だけ……?」

 トアは疑問を抱いた。今までに聞かされてきたネコマタの話が皆本当だとして、サザによる、その使者なるものの位置付けや扱いの雑さに。

「そもそも、お前はどうやって地球へ来た? これから来るって星の船に先駆けてよ?」

「臨時に作られた時空洞を潜って来たのだ。サザの入り口から地球の出口へ、という具合にな。ただ、五百光年も離れた遠い地球に通じる時空洞を人為的に開けるには莫大なエネルギーが必要で、今回はほんの数秒、ネコ一匹通れる程度の大きさが限界だった。突貫による不具合も予測されていたので、俺は少しでも身を守るために保護カプセルに入った状態でそこを潜り抜けてきたのだが、カプセルだけが異常をきたして中身の俺が無事だった結果を見るに、正解だったな。お陰でトアに会えたのも含めて」

 夢うつつに、ティコが口にする。

「はやく、ティコとかえろうねえ……ジィジ、タマちゃんいなくなってさびしいって……まってる……」

 トアの胸には、ネコマタに聞きたい事が山積していた。しかしそんな自分に気づいた途端、彼はその山を叩き崩した。

「……ティコを元の集落まで送ったら、お前ともそこでおさらばだ、ネコたま」

 初めての、そして突然の、あまりにはっきりとした拒絶。叩き崩された山の衝撃を、ネコマタはそっくり受ける。

「何故だ? 星の船が来るまでの間、トアは俺が旅に同行する事を許可してくれたのではなかったのか?」

「お前は天国の星とやらを信じる奴相手に、星の船の案内を好きなだけすりゃいい。サザへ行きたいって奴はこの地球上じゃ多分、俺以外全員だ。さぞありがたがられるだろうよ」

 ネコマタの胸にもまた、トアに聞きたい事が積もっていた。ただトアと違い、ネコマタの方は今後の旅でその山を砂糖のようにちびちびと舐め、少しずつ味わって崩していきたいと思っていた。彼に突き放されては、それが叶わなくなる。

「俺は、トアも一緒に――」

「迷惑でしかないんだよ、最初っから」

 寝転がって背を向けた今の彼に届く言葉を、ネコマタはとうとう導き出せなかった。

 

 孤独を選んだがゆえに一粒湧いた彼の涙は、孤独を選んだがゆえに人知れず落とされて、砂の下へとひっそり還っていった。

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