積読検挙のご案内
「積読犯の検挙ですか」
パトカー特有の黒、白に赤の回転灯を載せた車が、薄暗く湿った雪がツラツラと降る夜、一台のパトカーと軽バンが2台連なった車列が大通りを走り抜ける。
後ろからは同じ白黒の軽バンが続く。
「ああ、この先の家で前々からマークされていた家の令状がやっと出てな、今日はその家の検挙だ」
「だいたいどれくらいの本が?」
運転していた女性が隣の男に話しかける。
「一部屋丸々だ」
「そんなにですか!?」
「ああ、今夜も長くなるぞ、奥山くん」
助手席の男は窓に顔を向け黙り込んだ。
車内はどこか暗い雰囲気に包まれた。
車列はとっくに赤色灯を消し、ゆっくりと住宅街の道を走る。
そのまま車列は進み、一つの一軒家に着いた。
「ここですか」
令状を持って玄関ベルを鳴らす。
「はいはーい」
中から、初老の気の良さそうなおじさんが、ほろ酔いのまま出てきた。
「あなたが積読されている本を差し押さえに参りました、こちら令状です、それでは失礼致します」
後ろから箱を持った警官がゾロゾロと部屋に入った。
「は?え?」
酔いが一気に覚めたように笑顔から一転、顔が歪んだ。
「大丈夫です、あなたにはなんの前科も付きませんから」
奥山が男の肩に手を回し慰める。
「あの、本を、差し押さえですか?」
「ええ、法律、ですので..........」
男はよろよろとキッチンに行き、水を一口飲んだ。
「そっちの本も差し押さえだ」
警官は容赦なくダンボールに本を敷き詰めていく。
「あの本は、亡き妻と私が長年集めた大切な本なんです、それを差し押さえって..........」
「それは、お気の毒に.......」
奥山は男の背中を優しく支えた。
男はぶつぶつと何かを呟いた後、壁にあったフライパンを奥山の腹部に叩き込んだ。
「かはっ!?」
いきなりの打撃に奥山は倒れるも、なんとか受け身はとった。
「高野さん!!!」
奥山はすぐそこにいるであろう高野に助けを求めた。
「私の、本を、とられて、たまるものかぁ!!!」
いつの間にか男は包丁を持ち、奥山の腹部に刺し込んだ。
「いっ!!!」
男は包丁を抜こうとするも抜けず、フライパンに持ち直した。
「奥山くん!!!」
奥山の声を聞いた高野が飛んできた。
「何をやっている貴様!!!」
高野は腰から警棒を引き抜き伸ばす。
「貴様ら、殺してやる!!」
男がフライパンで振りかぶったところを、警棒で手の甲を叩いた。
「ぎ!」
あまりの痛さに男はフライパンを落とし、一瞬動きが止まった。
高野はその隙を逃さず、そのまま拘束された。
「奥山くん、大丈夫か!?」
「はい、なんとか.......」
奥山はそのまま救急車で運ばれた。
後日
「奥山くん、大丈夫か?」
「ええ、すっかり良くなりました..........」
病室で横になっていた奥山が答えた。
「本当に、あれで良かったのでしょうか?」
「奥山くん、こんな言葉を聞いたことはないか?『国をとるのも人を殺すも誰も本意じゃないけれど』」
「いえ、聞いたことありません.........」
「詰まるところ、我々は誰も本意じゃないんだ」
「しかし........」
「この後に続く言葉は知っているか?」
「.........」
「『トコトンヤレトンヤレナ』だ」
「!?」
「とことんやらなければいけないんだ、私はこの法律を作った政治家がにくい...........」
高橋はそう切り捨て病室を出た。