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無実の罪で婚約破棄されたけど、アタシ歌姫になります

作者: 黒おーじ



「アリア・セレスティン。オマエとの婚約を破棄する!」


 魔法貴族(メイジ)学院の大食堂に婚約相手の大声が響いた。


 大好物のブリオッシュを頬ばっていたアタシはびっくりしてのどを詰まらせてしまう。


 うっ! 水、水……


「む、むぐぐう……ふう、あぶなかったー(汗)」


 ……シーン


 あっ、いけない。つい“地”が。


「コホンっ……あら、ライラット様。そのような怖いお顔でいかがなさって?」


「ふんッ、あいかわらずトボけた女だ。聞こえなかったのか? オマエとの婚約を破棄すると言ったんだ!」


 あんな大きな声で騒ぎ立てていたのだから聞こえないはずはない。


 周りに人もいるのに恥ずかしいなア。


 ちなみに婚約というのはいわゆる許嫁いいなずけで、ずっと前に親同士が決めたものである。


 別に反抗しようだなんて思ったことはなかったけれど、アタシとしても特に思い入れはないものだった。


「婚約関係を解消しようというのですわね?」


「そうだ!」


「ライラット様がそのようにおっしゃるならばあたくしに異論はございませんわ。しかし、よろしければ理由わけをお教えくださいまし」


理由わけか? 簡単なこと。いかに身分が高かろうとキサマのような心の醜い、性悪な女と結婚することはできないのだ」


 うわー、ひどい言われよう。


 傷つきやすい子なら泣いちゃうかもしれないよ?


「い、一体……あたくしが何をしたとおっしゃるの?」


「ふんッ。僕が何も知らないとでも思ったか? 今ジーナを連れてくるぞ!」


 ライラットはそう言うと見物人たちの中から一人の少女の手を取り、引いて来た。


 平凡だが華奢な体つきで、少しタレた目がタイプと思う男には好かれそうな顔立ちをしている。


「アリア・セレスティン。キサマは自分の家の力をかさに彼女をイジめていたんだろう」


「はア……?」


 思わず地声が出てしまう。


「あ、いや……おっしゃる意味がわかりませんわ」


「とぼけるな!」


 とぼけるもなにも……


 アタシその子としゃべったこともないんですけど?


「第一、どうしてあたくしがそのようなことをしなければなりませんの?」


「ジーナは平民ながらこの学院で一番の成績を取り続けている。それをやれ生意気だの学院の品位を落としているなどと言いがかりをつけ、クラスで“ハブ”にしているらしいじゃないか!」


 それが本当ならばヒドイ話だ。


 でも、本当ではないので、ヒドイのはその話そのものである。


「ジーナはな、平民の家に生まれながら努力して、特待生としてこの学院に通っているんだ。病気のお母さんを元気づけるために、毎回1位を取って帰るよう必死に勉強しているんだぞ!」


「ライラットさま……♡」


 あれ、このふたり?


「ライラット様。もしかして……」


「うっ……ふ、ふんッ、そうさ。僕とジーナは愛しあってる。これが親の決めた結婚ではない、真実の愛さ」


 はあ、そらよござんすね。


 どんな愛でもよいのだけれど、ただひとつ……どうかアタシのカンケーないところでやってほしかった。


「ジーナのことは僕が守る! アリア・セレスティン、もうオマエの横暴は許さないぞ!」


 ライラットは平民の女の子の肩を抱きながらビシッと人差し指を向ける。


「真実の愛ですって!」


「キャー☆」


「ライラットさま、カッコイイ!!」


 見物人たちからそんな声援が上がる。


 いつの間にかアタシはこの茶番を盛り上げるためのていのいい悪役に仕立て上げられていた。


「ちょ、ちょっと待って、あたくしは……」


 説明すればするほどイイワケがましくなり、あまつさえ婚約に未練があるように取られかねない。


 どうすれば……?


「……うふふ」


 その時、ふと、あのタレ目がアタシをさげすむように笑った。


 あッ! この女……


 確信犯だー!



 ◇



 ライラットとジーナは付き合うことになったそうだ。


 別にうらやましくはない。


 心の底からどうでもいい。


 ただ、返す返す思うのだけれど、真実の愛でもなんでもいいからアタシのカンケーないところでやってほしかった。


「あっ、ライラット様とジーナちゃんが歩いてる」


「キャー☆」


「ヤバー、エモーい」


 世間もその話題で盛り上がったが、それはアタシへの悪評を“養分”としての盛り上がりである。


「それにしてもあの時のアリア様の顔、ヤバかったよねー。スカッとしちゃった」


「ほんと、ざまァって感じ。あははは……」


 この魔法貴族(メイジ)学院は、基本的に王侯貴族の子女たちが多く通う学院ではあるが、一応アタシんちは公爵なので、周りの子たちよりちょっぴり家柄もよかったりする。


 そのことは時に恩恵ももたらすのだけれど、ひとたび『傲慢』のレッテルを張られるとそれこそハブられたように誰も相手にしてくれなくなった。


 もちろん近くの友達なんかはアタシの無実を知っているのだけれど、それも一歩周りから見るとまるで『取り巻き』のように見られるワケで、ごく親しかった子たちとも自然と疎遠になっていく。


 家ではお父様も困り果てていた。


 このような悪評が立っては新たに縁談を探そうにも難しいんだってさー。


 ……来年はアタシも16歳。


 中等部卒業を期にとっとと結婚して、なんやかんや貴族の専業主婦でぐーたら暮らすという人生設計もパーである。


「まぢツラたん……ですわ」


 失意のアタシは、学院サロンの魔法ピアノにしなだれた。


 黒い屋根の鋭利な斜め。


 その向こうには、美しい銀髪の男性が譜面台へ瞳を落としている。


「アリア。まだ落ち込んでいるのか?」


「セフィード様……」


 むくりと顔を起こすアタシ。


 セフフィード様は今の王様の8番目の王子である。


 王族ながらちょっぴり不良なところも相まって女子にはたいへんな人気なのだけれど、これが本当にちっとも相手にしないのでみんな諦めてしまい、『そのケがあるのかも……』『もしかしてあのお方と?』などと腐った話に花を咲かせる者さえあるシマツ。


 学院では音楽サロンの部長だけ熱心に行っているが、あまりにキビしいのでみんなヤメてしまい、今やこの部屋に近づくのはピアノを聞きに来るアタシくらいなものだった。


「いいふうに考えろよ。そもそもキミに結婚なんて向いてなかったのさ」


「け、結婚そのものをあきらめたわけではございませんのよ!」


「そーなのか?」


 セフィードさまはひとつ髪をかきあげると、ピアノを弾き始めた。


 聞いたことのない曲。


 綺麗……


 そして、ただ綺麗というだけではない魔法的魅力があった。


 心おどる和音コード進行、意外性のある旋律メロディ


 どこで教わったのかしら?


 曲が終わると落ち込んでいた気持ちも少し慰められた気がした。


「……アリア。俺と組まないか?」


「へ?」


 唐突な言葉につい地が出る。


 プロポーズ?


 じゃないよね。


 結婚を『組む』などと表現するのは相当な上級者のような気がするし。


「ええと……どういう意味ですの?」


「今説明する」


 そう言うとセフィード様は譜面へペンを走らせ、あっという間に完成させるとアタシへ差し出した。


「スゴ……これ、今思いつきましたの?」


「いいや。記憶さ」


 セフィード様は譜面を取り上げるとそれを窓から射し込む太陽の光に透かしながら続けた。


「俺には前世の記憶がある」


 え? セフィード様って前世とか言っちゃう人だったんだ?


「そこで俺は1億を超える国の子だった。その国はかつて歌が人々を支配し、時代のヒット曲ともなれば数百万、数千万の人がその曲を聴いた。そういう各時代に壮大なパワーを誇った曲たちを……俺は覚えているんだ」


 どーしよう。


 作り話にせよ例え話にせよ、突拍子もなさすぎてちっとも理解できない。


 でも、真剣なのはすごく伝わるのでバカにしたりはできない気もする。


「ええと、まだよくわからないのですが」


「アリア。君は美しい……」


 え!?


「……声をしている」


 あ、『美しい声』か。


 一瞬、脳内でつい都合のいい改ざんをしてしまった。


 声を褒められるのはイヤな気分じゃないけど、でもピンと来ないんだよねー。


 自分の声って自分じゃよくわからないから。


「キミと出会ってからずっとそのことを考えていた。俺の覚えている曲を、キミが歌うんだ」


「それって……」


 そこでセフィード様は譜面ではない一枚の羊皮紙を差し出す。


「入部届だ」


 やっぱり……(汗)


「ええと、あたくし残念ながら根性がスライムですの。ツライ練習にはとても……」


 と、出て行こうとするアタシ。


 ガチャ、ガチャ……


 しかし、サロンの扉が開かない。


「鍵、かかってるから」


 セフィード様の手がのしかかるように扉を突いた。


 ち、近い(汗)


 顔、整いすぎでしょ。


 銀髪の隙間から覗く瞳の視線が熱い。


 ドキドキしちゃダメー!!


「キミは歌姫になれる」


「セフィード様……」


 こうして、根性もないが押しにも弱いアタシは「練習はやさしくしてくださいまし」という約束で学院サロンに入部するのだった。



 ◇



 それから。


 放課後にセフィード様のレッスンを受けるようになった。


 楽譜の読めないアタシはメロディを教わり、そのとおりに歌えるようにしていく。


 根性も記憶力もないから覚えるのが大変なんだけどねー(汗)


 やがて、セフィード様はアタシを本物のサロン、大人の貴族が集まる会へと連れ出した。


「す、すばらしい! なんだこの歌声は!?」


「うーん、みるなあ(泣)」


「セレスティン家のご令嬢にこのような才があったとは……」


 歌はとてもウケた。


 大商会のスポンサーが付いたこともあって魔動レコードを出すことになる。


 レコーディングは大変だったよー。


 それで発売になってからもピンと来なかったのだけれど、王都の街中を馬車で移動中にそこかしこでアタシの歌が聞こえてくるようになると『これはたいへんなことになった』という実感がわいてくる。


 魔動レコードは大ヒットだった。


 歌う場所も貴族のサロンから王宮へ、コンサート会場も100人から500人、千人、5千人、一万人……と広くなっていく。


「アリアー!」


「いいぞー」


「アリアちゃーん!!」


 みんながアタシのことを見ていて、アタシの名前を叫ぶ。


 舞台からみると無数の魔法ペンライトが夜空の星のようで、歓声は潮騒のようだった。



 ◇



「アリア様の新曲買った?」


「当たり前じゃーん。泣けるよねー」


 歌が王国中をかけめぐると学院での暮らしもちょっぴり変わった。


 決して冤罪が晴れたわけではないのだけれど、風評の上書きというか、みんな王国の若者の気分で歌姫を見る熱量の方がよほど大きいらしい。


 傲慢令嬢のレッテルを張られることもなくなったし、疎遠になっていた友達も戻ってきてくれた。


 よかったー。


 これでトイレでお昼ご飯を食べずに済むぞー!


 そんなある日のこと。


「アリア・セレスティン。オマエとの“婚約の破棄”を破棄する!」


 魔法貴族(メイジ)学院の大食堂に大声が響いた。


 大好物のフォカッチャを頬ばっていたアタシはびっくりしたがのどを詰まらせることもなく振り向く。


 すると、そこには元・婚約者のライラットがふんぞり返って立っていた。


「ライラット様。そのようなニヤけたお顔でいかがなさって?」


「聞こえなかったのか? 喜べ! オマエとの婚約の破棄を破棄すると言ったんだ!」


 コイツ、何を言っているのだろう?


 それで『はい、わかりました』と言うとでも思っているのだろうか。


「ええと、真実の愛はいかがなさって?」


「ジーナか? ふんッ、あのような平凡な女、別れたさ。今思えば一時の病だったのだ。そんなことよりアリア、オマエのコンサートを見てやったのだぞ。あの熱気と歓声を見て思った。これが真実の愛だったのだ、と」


「????」


「ふふふ、遠慮することはない。もうオマエのご両親にも了解を得てある。中等部を卒業したらすぐ式を挙げよう!」


 瞬間、お腹に熱湯が沸いたかと思った。


 今すぐ食堂のテーブルをひっくり返して怒り散らしたい気持ちだ。


 でも、あまりにツッコミどころが多くて、何をどう言葉にしていいかわからない。


 悔しい。


 アタシってどうしてこうなんだろう?


 のどが詰まったように言葉が出ず、じわりと涙が滲む。


「悪いな。ライラット」


 その時、ふわりと誰かに抱きとめられる感覚を得る。


「セ、セフィード殿下?」


 そう。


 アタシを抱きとめたのはセフィード様だった。


 見上げると綺麗なあごのラインの向こうで宝石のような瞳がライラットをにらんでいる。


「面白い言葉だな。婚約破棄を破棄だと? そんなもの今さら遅いに決まっているだろう」


「ふ、ふんッ。いかに殿下であろうと貴族の家同士の問題に首を突っ込むのは筋違いでしょう。どうか口をはさまないでいただきたい」


「別に、正当な理由はある」


 セフィード様はよりきつくアタシを抱き寄せる。


 うぐ、ちょっと背骨が苦しい……


「ライラット。オマエが一時の病とやらに浮かれている間、俺はアリアを愛するようになっていたんだ」


 え!?……♡


「なんだと! し、しかし、もともと婚約していたのは当家。王家の権力をかさにフィアンセを略奪するなど横暴以外のなにものでもない!」


 本当、あー言えばこー言うなア。


「なるほど。ならばこういうのはどうだ? キサマ、ずいぶんと真実の愛とやらにこだわりがあるようじゃないか」


「む、勿論!」


「ならばアリアに決めてもらえばいい。キサマか俺で、どちらを愛しているか」


 セフィード様が合図するようにこちらを見つめる。


 ああ、これなら簡単だ。


 何を言えば自分の気持ちをハッキリさせられるか。


あたくし、セフィード様が好き! セフィード様と結婚致しますわ!」


 食堂に女子たちの悲鳴と歓声の入り混じった声が響く。


 ライラットはもう何も言うことができずに、ただ口をパクパクとするだけだった。



 ◇



 放課後。


 いつものように学院サロンの部屋でピアノの前に座るセフィード様。


 アタシはちょっとモジモジしながらその隣に座った。


「せ、セフィード様……♡」


「やれやれ、演技というのは疲れるものだな」


 えっ……えんぎ?


「レコーディングもコンサートもこれからって時にとんだ邪魔が入るところだった。アリア。キミの演技もなかなかだったぞ」


「そ……そうですわね」


 アタシは顔が熱くなって、隣を離れて背を向けた。


 恥ずかしー!


 アタシだけめちゃめちゃ本気だったよー!


 でも、そりゃそうだよね。


 セフィード様はアタシを歌姫にしたいだけなんだもん。


 好きになんてなるワケないじゃん。


 あはは。


 あれ、涙が……


「バカ。冗談だって」


「え?」


 聞き返そうとして振り向くと、開きかけたアタシの唇は彼の唇にピタリ……と封じられた。




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