91:真の歴史
「世には様々な著者と勇者による英雄譚が広まっているが、それらはあまり正しいとは言えんな。最も有名な少女による英雄譚も、少し話が混ざってしまっている。開戦から話すと余りに話が長くなってしまう故、私が神々の下に降った経緯を掻い摘んで話すとしよう」
そう言って魔王さんは語り出した。
「先ず魔王軍と周辺諸国及び幾つかの教団による人類軍との戦いだが、人類軍の優勢には間違いなかった。少女が氷の魔王を追い詰めたのも事実だ。だが幾つかの隠された部分がある。それは戦争末期の事だった。あの者が更なる四人の魔王を誕生させた事から始る」
「四人の魔王? って、どう言う事ですか? 魔王は一番偉い王様って意味じゃ……」
「少年よ。魔王とは、役職と言う意味だけでなく、状態を表す意味もあるのだよ」
僕はその答えに頭を悩ます。
「え、ぇえと。つまり、強さの基準としての『魔王』があるって解釈で、合ってます?」
「そういう見方もできるな」
と、その答えに魔王さんは頷いた。
「魔王とは魔族に於ける種族進化の最果てなのだ。本来そう何人も覚醒する物ではないが、あの時はいろいろと条件が重なってしまってな」
そう魔王さんは瞼を下ろして語る。
「そのせいで魔族の個体数は随分減った物だ」
次いで零すように言った。
なるほどね。確かリシアは紅の魔王さんに対して、戦争末期には既に魔王としての強さを持っていた等と言っていた。
つまり目の前の魔王さんが魔族の種としての最上位である『魔王』で、氷の魔王はその『魔王』すらも下す存在って事か。
〝魔王すらも下す魔王〟漸くその意味が僕にも分かったかもしれない。
「して、その後を話そう。この魔王を誕生させる行為を黙っていなかった連中が居た。それが天界の神々だ。これから神々が本格的に魔王討伐に向けて動く事になる。各天界から戦力を集め、人類軍は勢いを増していった。四人の魔王を誕生させたと言っても真価を発揮するには条件が厳しくてな。あの者の粗雑な人選により正しく覚醒したのはたった二人だけであった。両名とも既に魔王軍幹部であり、その力を使う事ができた。その内の一人が私である」
と、魔王さんは語る。
「天界はその正しく覚醒した者のもう一人の方を最優先で討伐する事とし、実際にそれは成った。そして天界は新たに覚醒した魔王達へと調停を申し出たのだ。あの者は既に失踪し、戦自体続ける理由すら失っていた我々はそれを飲んだ。こうして天界と三名の魔王間によって条約が結ばれ、歴史の裏で終戦した。天界は魔王軍と国家を解体する事とし、各地方へと分散させた。その一角がここである」
話を聞いて察しはしていたが、やはりこの国の様に魔王の納める地は他にある様だ。
「魔族は強き者に従えと言う思想が強くてな。残り三名の内、名実共に最も強かった私がお守り役として問題児と国民の三割を抱え、この大陸に追いやられたのだ。その際やはり向こうの大陸を占める第一天界とこちらの大陸を占める第二天界では多少の確執はあったようだがな」
「だ、第一?第二?」
「天界とは大陸や浮島の様に孤立した空間なのさ。次元は同じだがな」
な、なるほど。僕が今までお世話になってきたのは第二天界と言う事か。
「とまあ、この様な歴史を辿り、私は実質的に天界の支配下に置かれていると言う訳だ」
と、話の終わりを告げるそれに今一度居住まいを正した。
勝てば官軍と言うやつか。この場合勝ったのは人類軍と言うより天界だろう。
「それから元の国はどうなったんですか?」
「氷の魔王が支配していた地は周辺国家に吸収され、領土は半分以下になっている。国民もそれに伴う形となり、それを嫌がった者は各魔王に付いていく事となった。王の不在となった地は天界と周辺諸国介入の下再建する事となる。今やあの地は人口の半分以上を魔族の占める国家で唯一の共和制だ」
と、魔王さんは答えてくれた。
かつての氷の魔王の国を前身とした国家か。
実に興味深い。
分かってはいたが、そこにも居ないとしたら。
「氷の魔王は、今はどこに」
「さぁな。ただあの者が生きてるのは確実だろう」
こんな貴重な機会はそうないと、問いを重ねる。
「そもそも、何故氷の魔王は人類と戦争を? やっぱり領土とかの問題ですか? 資源とか、政治関係とか……よく分からないですけど」
僕は最近、この答えが気になっていた。
口には出さないが、正直言って『魔王』って存在は野心的なイメージがある。世界征服を野望に抱くみたいな。
だが現実的に国家として運営してるこの国やその王に君臨する魔王さんを見ては、そんな事も無い気がしてきた。
もしかして人間側が仕掛けた戦争なのかな?とも今更思ったが、当然もう遅い。
魔王さんはそんな象徴的とも言える質問を受け、暫し反芻する様な間を置くと徐に僕を見返した。
「気付くのさ。この世の理とされる事の理不尽さに」
そんな曖昧な答えに僕は疑問顔のまま返した。
「魔王とはな。大方二通り居るのさ。この世の不条理に抗おうとした者か、この世の不条理を解決しようとした者か」
「どういう……」
「何れ分かる。君が、このまま進み続けると言うのならな」
その言葉と視線にぱちくりと瞬きだけしか返せなかったが、幸いそれは魔王さんの方から逸らしてくれた。
「だが、あの者だけは違ったな。あの者だけは、私情で動いている」
「あの者……氷の魔王?」
「そう呼ばれているな」
遠くを見る様語る魔王さん。
「それは一体……」
「さぁな。あの者の行動はいつだって勝手な物だった。魔王になったのも、単なる気まぐれかもな」
そして続く言葉に、僕は今日一番の混乱を極める事となる。
「やろうと思えば残りの人類軍も、天界からの使者も、魔王軍すらも、一人で壊滅せしめたろうからな」
「え? あ? え? え、え?」
口から零れる戸惑いの言葉。
ま、魔王ってそんな規格外なの!?
あ、あれぇ? もしかして、今僕ってばとんでもない人の前に居る??
「まぁ、歴史の話はこの辺で良かろう」
と、魔王さんは目蓋を下ろして終わりを示す。
「え、えーと。い、一応訊いときたいんですけど、今もまだ国交はありますよね? 天界と」
そうおずおずと言った様子で確認したのはエリィだった。
「ああ、無論だ。何なら、天界とを行き来する転移魔法陣もここにはあるぞ。仮にこの場に天界へ戻りたいと申し出る神が居た場合、私にはその願いに応じる義務がある。人が管理するにしろしないにしろ、そう言った天界へと行く手段を奴等は用意してるのでな」
その言葉にほっと肩の力を抜いた様子のエリィ。
そう言えば、エリア様が帰ったのも森の中に隠された魔法陣だったっけ。
天界は抜け目が無いな。
「さて。私ばかり話してる様でつまらないだろうが、私自身から話しておきたい事が一つある」
と、魔王さんはそう続けた。
「ルンバスの件だ。君らにも無関係ではなかろう?」
その問いかけに僕らは少なからぬ反応を示す。
「随分前から神々から頼まれていた事がある。とある悪魔の討伐依頼である。大悪魔と呼ぶに相応しく、安全に屠れるのはこの大陸で私を置いて他に居ないだろう。私に話が来るのは当然だった」
魔王さんはそう語る。
「悪魔の名はバティン。上位悪魔より更に上の存在──悪魔君主だ」
悪魔君主。
僕は内心で反芻し、ごくりと生唾飲む。
悪魔も進化をする。強さによって区分され、悪魔君主とはその最上位であった。
「奴とは我も少し因縁が合ってな。この大陸中を探し回った。と言っても、私はこの地に縛られている身ゆえ、私の部下がと言う意味だが」
魔王さんはそう続き。
「そして目ぼしい地を見つけた。それがあの地、フィットネア領だ」
その言葉に僕らの皆が動揺したろう。
「実りの豊かなあの地に何故魔物が少ないか分かるかね? それはあの地に強力な悪魔が複数体住んでいたからだ。正確には、あの地と座標を同じくする地獄などと呼ばれる次元の世界にね」
僕はその説明に半ば納得する。
山脈の飛竜が移動した事で魔物の移動があった様だが、それと同じか。
「知性の低い魔物程レベル差には敏感でな。悪魔君主程の存在となるとその身の有無だけで弱い魔物は生活圏を変える事となる。逃げるか寄るか。魔物の気質や主の性質にもよるが、ともかくあの地の魔物は逃げる方であった。だが、奴の気配は十年前唐突に消えた」
納得しつつ聞いていたが、最後の一言で未解決の問題である事を周知させられ現実に引き戻された様になる。
「それを歯切りにあの地の魔物は活発化しだした。調査の為に小鬼族や仔狗族などの雑兵を送り込んだのも少なからぬ要因になってしまっているだろうがな」
僕はレミリアからの警告と、リシアとの会話を思い出す。
そしてそれら纏まらない思考も魔王さんの続きにあった。
「天界によるとあの地の悪魔……いや、悪魔教は幹部クラスが四名。そしてそれらを統括する悪魔が一名……と言う事だった。これにより私の中でその君主が私の追う悪魔であると確信した。上位悪魔三体を従えるなど、悪魔君主でなければ不可能であるからな」
リシアの予想通り、本当に更に上の存在が居たとは。
「依然としてその悪魔の居場所は不明である。半端な事ではあるが、この話はこれで終わりだ」
と、唐突とも言える話の終わりに僕は少し困惑する。
「え、えぇっと。お話はありがたかったのですが、何故その様な事を態々……?」
「警告だ。悪魔の得意とする魔法は妨害系や状態異常。それらは精神妨害系の物もある。例え天賦の加護を受けた君でも、悪魔君主の使うそれには敵わないだろう」
意図が汲めず問うた僕に、魔王さんはリリスの方を向いて言った。
「嘆きの森を抜けて来た様だが、あれとは比較にならんだろうからな」
「え? ど、どうして森から来た事を」
「ヘルスタインの町長から連絡があった。あの街には侵入者を知らせる膜の様な陣が貼ってある。君達へと軽い接触の後、危険無しとの判断を下した様だが」
接触? ああ、もしかして最初に声を掛けて来た人か?
あの人お偉いさんだったのか。
「森の瘴気は年々減っているとは言え、あの道を通ってくる者などそう居ない。いや、通れる者がな。君らも彼女の加護が無ければまともな進行はできなかったろう」
確かに、あの悲嘆の状態異常が続く様なら詰んでいたかもしれない。
魔法を使う場面も無く、今回の活躍は控えめだと思っていたが、やはりリリス様様であったか。
「ねー、話長いーー。ティア飽きたー」
「もう終わるさ」
と、魔王さんの手を取り引っ張るティアちゃん。ぶらぶらと踵を軸に揺れる。
それに魔王さんは体も態度も全くブレない。
「とにかくこれで話は終わりだ。そちらから何も無ければこの場は切り上げるつもりだがどうだね?」
その問いかけに僕らは顔を見合わせた。
それぞれ聞きたい事は聞けた様で、皆んな確認する様な顔を見せ合う。
と、クレナが魔王さんに向き直り。
「では最後に一つ。何故我々の様な部外者にこの様な話を?」
そうはっきりと問うた。
「私は言ってしまえば死に損ないの老体だ。訊かれもしない過去を語るはご愛嬌と言った所だろう」
その魔王さんの返事にクレナは満足した様だった。
僕は更に皆んなが何もない様子なのを見届けて、もう一度魔王さんへと向き直った。
「僕からも、一つあります」
そして最後を任せるには丁度良いと暖めていたそれを問う。
「ある日、僕は前世の記憶の一部が還りました。その時ある人と『また会いましょう』と約束したのを思い出したんです。僕はその人を探しています。名も立場も分からぬ相手を探すにはどうしたらいいかの知恵をお借りしたく……。そして早い話、僕の前世は何なのか、どうやって調べたらいいか。もしくはこれらを知っていそうな人物をご紹介いただければ幸いです」
僕は真っ直ぐに魔王さんの方を見て言う。
この旅の目標は魔王に会い、マリンの呪いを解いてもらう事にあったが、もう一つ、忘れてはならない目標が僕にはある。
それは人探しだ。
前世でまた会おうと約束した人が居る。その人に会う事が僕の最終的な目標だ。
だが問題なのが全くと言っていい程手がかりが無い所にある。
僕の前世が何なのか。相手は誰なのか。時代はいつなのか。
それらを聞くとなると長命で博識な人に訊くのが良いと思ったのだ。
先ず浮かんだのが目の前の紅の魔王である。マリンの事で用事もあるしちょうどいい。
魔王さんなら何かしらの手がかりかその為の情報くらいは貰えるかもと思ったのだ。
今こうして相対してそれは間違いじゃなかったと確信してる。
もっと言えば僕の事を知らないかとはっきり訊きたかったが、その答えは先程聞いたし、よくよく考えれば前世が魔王と知り合いなど自惚れが過ぎる気がして訊くのは気が引ける。
その様な事を内心で思いながら返事を待ち、魔王さんは暫し考える様な間を置いた後口を開いた。
「ふむ。なるほどな。だが先程も言った様に、私から教えられる事は無い。だが可能性が僅かでも存在するとすれば、それはやはり天上の神々に聞くのが良かろう。奴らに寿命は無い上、争いの無い天上で暮らしている。永劫の時を生きる神々の中には君の前世の事をよく知る人物も居るやも知れぬ。可能性の話だがな」
と、魔王さんは教えてくれた。
「ありがとうございます」
僕は両手を横に頭を下げる。
天界か。
やはりあそこを頼るしかないか。
だが天界は行くのが難しすぎるからなぁ。
両手を上げてアピールするティアちゃんを持ち上げ、魔王さんは腕に座らせる様な形でティアちゃんを抱っこした。
そのまますぐに眠たげな瞼で頭を預けるティアちゃん。
「随分と時間が経ってしまったな。流石に君らも疲れたろう。食事と部屋を人数分用意している。今宵はこの城で過すといい」
僕らはその言葉に目を丸くした。
「あ、あ、あの。こ、これと言って、何も返す物もないんですが」
「何、過酷な旅路を経て我が前に立った小さな勇者達を、少し持て成してやろうと思っただけさ。勇者を歓迎するのは魔王の本文なのでね」
と、戸惑う僕に魔王さんはそう告げた。
意外とお茶目な人なのか?
ともかくお礼を言うべく、僕は改めて魔王さんへと腰を折る。
「あの、いろいろとありがとうございます。何から何まで協力していただいてる様で」
「いいさ。私とて何も打算無くやっている事ではない。今も、何人か視てるだろうしな」
え?
と、その言葉に辺りを見渡す。
天井も見上げたが、当然見知らぬ人影は無かった。
兎にも角にも、この場での謁見は終わり、僕らは一晩この城で過す事が決定された。




