88:紅の魔王
石畳みの橋の先に魔王城が佇む。
その距離100か200メートルと言った所か。
漆黒の巨城が夜の中でも尚、威厳と威圧感を衰えずに佇んでいる。
橋の入り口の門にて僕らは全員集まっていた。
現在クレナの持つ紹介状を傍の門衛所にて出し、通行の許可が出るのを待っていた。
その間僕は手前の門を見る。
アーチ型の両開きの鉄格子に阻まれ、橋は渡れない様になっている。
その手前の左右に一人ずつ配備された門番が直立不動で居た。
片方は豚頭族、もう片方は狼男族だろうか。
二名とも重厚な鎧を着て先端が斧の様になっている槍を持っていた。
歴戦の戦士と言った雰囲気を感じる。
豚頭族の人も今まで見た人と違う。毛並みや肌が灰色っぽく、体格と牙が一回り大きい。
恐らくは上位種族なのだろう。
「火器の持ち込みは禁止されております。ご容赦ください」
と、蜥蜴族の門衛の人に言われて、リシアは胸のホルスターから拳銃を外した。
預かってくれるそうでそれを渡す。
「剣はいいんですか?」
「ええ。正装として認知しております」
意外だな。銃の次点で煩そうだけど。
大概の荷物は宿で預かってもらって軽装ではあるが、クレナと剣だけは持っていた。
久々に腰に落ち着かせていた相棒を手放さなくていいと聞いて安心する。もう片時も離れたくない。
「お嬢さん。こちらは魔剣ですね?」
「え? あ、そうなのかな?」
軽い身体検査中、エリィの腰に差されていたダガーが引っ掛かった。
「預からせて頂きます」
「あ、はーい」
素直に渡すエリィ。
その後許可が降りた様で門番により鉄格子の柵が開かれた。
「じゃ、俺はここまでだな」
グレンが言って僕は疑問気に彼を見る。
「魔王の所までは行かないっつってただろ?」
そう言えばそうだったっけ。
まぁ、元々僕らの旅な訳だし。
「私は行っちゃうよ?」
「好きにするといい」
確認するエリィにグレンは素っ気なく応える。
エリィが付いて来るのは正直謎だが兄妹が文句を言わない以上僕は何も言わない。
「残したゴウル達も気になるしな。ま、帰る時一声掛けてくれ」
そう彼は手をひらひらと振って去って行った。
◯
長い橋を渡って六人で渡って行く。
現在マリンはマスクを着けていない。最近は室内ばかりで会っていたのもあって、正直こちらの方が見慣れている。
呪いを掛けた本人が影響するとも思えないし大丈夫だろう。それにマスク姿は不敬かも知れない。
途中、城を覆う透明な膜に気付いた。
陣の様な模様が所々描かれている様に見えた。
「あれ、結界ってやつ?」
「だろうな。可視化される程とは余程上等らしい」
僕の呟きにクレナが応えた。
次第高さ五メートルはあろうかと言う黒く重厚な扉が近づく。
目の前まで来ると何も言わずともそれは開いた。
そして中から恭しくお辞儀をするタキシード姿の中年の男性が居た。
「クレナ様、マリン様、並びに御一行の皆様方。よくぞお出でになりました。私本日の案内役を申し付けられております、クロムと言う者です。以後お見知り置きを」
クロムさんに招かれ僕らは城へと踏み入った。
内装を一言で表すなら赤と金、と言った感じだった。
隙なく敷き詰められた赤の絨毯。左右に弧を描いて登る階段、その手摺りや天井に下がるシャンデリア、調度品などは金色を基調としていて輝かしい。
想像はしていたが、やはり広い。
クロムさんに付いて行き、僕らは城の奥へと進む。
堂々と進むクレナの背中を追って、きょろきょろと物珍しく周囲を見ていた。
い、今から魔王さんに会うのか……
流石に緊張してきた。
階段を登ったり廊下を進んだりしていると、城の外観で想像してたよりはずっと早く、謁見の間へと着く事ができた。
「皆様、くれぐれもお気をつけてください」
と、扉を開ける寸前、そうクロムさんが言い添えた。
そりゃまぁ、無礼が無い様にはするけど。
何か含み気だった事と言い、解せない思いのまま光量増す室内へと入った。
謁見するからには厳格で広々とした部屋を想像してたのだが、思っていたよりもずっと狭かった。
それでも横幅は十メートル以上、奥行きは二十メートル程ある様だった。更に天井は十メートル程と見上げる程あり、床には赤い絨毯が敷いてある。右手には夜の景色が覗く窓が並んでいた。
そして部屋の中央には仁王立ちする一つの人影が。
「わっはっはっはっはー! よく来たのだ勇者達よ!」
その人影から発せられる、幼い少女の声が響いた。
「この先に進みたくば我を倒してからにするのだな!」
そう腕を組み、顔を澄ませた実際に幼い少女。
一際鋭い犬歯が特徴的な少女だった。
髪は若干の緩みを帯びた滑らかで美しい白色で、瞳の色はアメジストを思わせる様な綺麗な紫色。
白髪は背中まで伸び、ヘアゴムでハーフツインにしていた。ヘアゴムにはそれぞれ立体四方形の装飾が二つ付いている。薄い紫の半透明で、ガラス製かもしれない。
黒と紫、所々赤色が映えるゴシックドレスを着こなす。胸元の一際大きな赤いリボンが可愛らしかった。
あざとさ全開な衣装だが、端麗な容姿と幼さ多量に残る姿から違和感は無い。
身長は僕のお腹か肋骨辺りと低い。どう考えても10歳越えた辺りの幼い少女だった。
謎の少女の登場に緊張してた分僕らは面食らう。
「お嬢様、お戯れも程々にしてください。大切なお客様です」
お嬢様?
あの召使い風の人がこの城内でお嬢様って呼ぶって事は……
自ずと答えは導かれる。
だがそんな言葉や思考とは裏腹に、その少女は尊大な態度を崩さない。
「この城に招かれ私と相対した時点で、そんなのは関係ないのだ! さぁ人間、私と勝負しろ!」
言うないなや、腰の鞘から剣を引き抜き駆け出した。
「え? いや、ちょ、ちょっと!?」
咄嗟に僕は相棒を引き抜きそれを受け止めた。
場に渡る金属音。カチカチと刃を鳴らして鍔迫り合いへと成る。
い、いやちょっと。なにこれ? 止めてよ。
助けを求める様に壁際に佇むクロムさんを見る。
「お客様にその様な無礼はお辞めください」
「お客だからなのだ! パパの客なら遠慮は要らないのだ!」
一応注意はしたクロムさんだが活気な少女は止まらない。
次々と斬撃を打ち込み僕は防戦一報で後退しだす。
一撃一撃が少女から繰り出される物と思えない程重い。
細身の剣にこの身長差。ハンデがあって尚手間取っていた。
「ちょ、ちょっと! 止めなくていいの!?」
リシアが後で叫ぶ。
鍔迫り合いへと成り背後をちらりと見た。
女子組が空気を読んで距離を置き、リシアに言われたらしいクレナは少し眉間に皺を寄せて、こちらをじっと見つつも動く気配は無かった。
良い判断だろう。
「お嬢様は模擬戦が好きなのです」
「い、いやでも真剣ですよこれ!?」
「お嬢様が持つのは模擬剣です」
「い、いや、僕のがって意味で」
クロムさんと話すが埒は明かない。
流石にこの子を傷付けた場合に国際問題になるのは想像が付く。
僕らが理由で400年平和なこの世界の歴史に傷を付ける訳にはいかない。
「法治国家に住まう者として言わせて頂くと、正当防衛かと」
と、どっちの味方か分からない言葉を発すクロムさん。
少女は距離を置き、また僕に斬撃を繰り返す。
「ちょ、待って」
少女が一振りする度、刀身と空気を震わす金属音が響き、火花が散る。
僕は全力で力を込め剣を持つ。
──こ、この子強い……!
ダメだ、余裕が無い。
僕は軽く牽制のつもりで打ち返す。
このままこの子を相手してると本当に大怪我を負いかねない。
「おお、やっとやる気になってくれたか!」
嬉しそうに言う少女。そんな無邪気な表情とは裏腹に繰り出される猛烈な斬撃。
態と大きく振りかぶった僕に、少女は軽い所作で後ろへ二、三メートルも跳躍してしまう。
僕は腰を落とし、剣を半ば肩に担ぐかの様な形で構えた。
上段の構えだ。
クレナから教わった基本的な五つの構えの一つである。
相手の動きを見てそれに対処する構え故、本来は格下相手にする様な構えだ。
見た目もそうだが相手を見下す様な構えである。
「本当にいいんですね?」
「寧ろ私は止める立場ですので、全責任は私にあると言えます」
確認に答えるクロムさん。言質は取れたと受け取っておこう。
皆んなと距離を置きたいのもあり僕から駆け出した。
繰り返す斬撃。流石に少女に向かって本気で剣を振るうのは気が引け、身長差を活かして少女の頭上を空振る軌道で剣を打った。
だが単純に少女の剣技は僕の上を行った。
「ッ!」
頬を掠める少女の剣。模擬剣とは言え鋭さはある程度ある。少女の素速い剣撃に血を流した。
「す、すごい! なんだこの香りは!」
と、若干血の付いて色褪せる刀身を鼻に寄せ、興奮した様子で言う少女。
徐に指先で血を拭き取って指を咥える。
「うっっっま! 美味しい! 凄く美味しい!」
そして目を輝かせる少女。
「おい人間、もっと舐めさせてくれ!」
「え、えぇ?」
まさか屍喰族? いや、そう言えば魔王さんは吸血鬼だったなと思っていると。
「いっそ直飲みだぁ!」
「ちょちょちょっ!」
剣をかなぐり捨てて掴み掛かろうとする少女に、僕も剣を手放して応じる。
──やっぱこの子力強い……!
首元目掛けて伸びる少女の両手首を掴み、取っ組み合いへと至る。
少女の白く鋭い犬歯が覗いた。
「やめなさい。ティア」
と、その時。
前方から男性の声が届いて、少女の手が緩んだ。
「パパ!」
既に僕の事など意にも介さず、その元へと駆け寄る少女。
僕はいつの間にか奥に佇む男性へと目を向けた。
そして悟る。
──ああ、これは勝てないな……と。
最早若干の興奮から来る戦意も失せ、僕は立つ力以外、緊張して力んでいた全ての力を脱力した。
スーツか制服の様な特徴を併せ持つ、黒い貴族服を着こなした長身の男性。
若干の緩みを帯びた薄い紫色の髪で、それを中央から左右に分ていた。
瞳の色は赤。いや、紅い。
身長180は超えるだろう。体格も良く凄みがある。
整った顔立ちで見た目は二十代前半と言った所か。いや、本当に見た目だけで言えば十代でも通る程若々しい。だがその佇まいや感じる貫禄からとても近しい年齢だとは思えなかった。
そして腰には一振りの剣を差している。
あの子がパパって呼ぶって事は……
いや、いっそそんな事はもう関係ない。今まで見てきたどの人物とも別格。
間違いない、この人が。
「待たせたね。私が魔王アルディ=フェイトだ」
そう、その人が紅の魔王さんであった。
◯
「どうやらうちの娘が粗相をしたようだね。何分人付き合いの慣れない子でね。私から謝っておこう」
「い、いえ」
僕は応じつつ剣を拾って鞘に収める。
寧ろ怒られなくてよかったぁ。
皆んなも警戒を解いたのだろう。離れていた分を詰める。
模擬剣はクロムさんが拾ってまた端に控えていた。
「挨拶はしたのか?」
と、魔王さんの隣に落ち着いた少女へ魔王さんは促す。
「お初にお目に掛かります。私、ティア・ラミリィ=ラヴでございます……なのだ!」
ドレスを摘み優雅なお辞儀と共に並べた挨拶であったが、最後に無邪気な笑顔と共にボロを出した。
ティアちゃん……で、いいのだろうか? 流石に不敬か?
「え? む、娘? ほ、本当に?」
「ああ、本当だとも。この謁見もそうだが、非公式故この場に居るのは私の腹心のみだ」
と、この場の誰よりも動揺した様子でエリィが訊いていた。
「え、えーと。幾つか訊いても?」
「12なのだ!」
エリィに元気よく応えるティアちゃん。
12歳? こんなもんだっけ?
まぁ、発育は人それぞれか。
なんて思ってると、魔王さんは僕らを見回す様に視線を流した。
「よくもこれだけ特異な魂が集まったものだ。君達が集ったのは、決して偶然ではないのだろうな」
と、意味深な事を呟いていた。
一時視線を僕に置いていた。魔王さんの紅い瞳が合う。
次に視線を女子組の方へと移し、また一時の間誰かを見ている様だった。
誰を見ているのか気になり振り返ろうとした頃に。
「して、君がクレナ君か」
最後隣に居たクレナへと視線は落ち着き、魔王さんは言った。
「お初にお目に掛かります。アルディ陛下。家名は棄てた身ですので省かせていただきます」
それを受けクレナは紳士的で綺麗なお辞儀を披露する。
その後ろのマリンもローブを摘むとお淑やかにお辞儀した。
二人とも慣れている。
「そんな畏まらなくていい。楽にし給え」
魔王さんのその言葉に二人とも力を抜く。
「君達の要件は分かっている。私がその娘に掛けた呪いを解いてほしいとの事だろう。だがその前に、君自身が私の話を聞いて尚呪いを解くかを決めねばなるまい?」
と、その言葉にマリンは目を丸くする。
「な、なにを」
「つまりは、呪いがある場合の利点と、無い場合の欠点をね」
呆然と呟いたマリンの言葉に魔王さんはそう応じた。




