84:魔王の城下町 ─魔都アルヘイン─
僕らは観光と調査を兼ねて大通りへと来ていた。
単純に人の多い方へと移動してただけなのだが、どうやら歓楽街へと来てしまった様だ。
周囲には派手な染色や装飾で目を惹くよう凝らされた店が建ち並び、街灯など必要のない光量だ。
あちこちから届く多様な音楽が雑多な物音に加わり、存在を主張し合っている。
すごい。
文字通り夜の街って感じだ。
「そこの僕ー。一緒に入らない?」
周囲を見渡していると、二階の屋上からこちらを見下ろす女性と目が合った。
大胆にガラス張りにされた屋上のプール。まるで広告代わりにそこを泳ぐのは、下半身に美しい魚類の鱗と尾鰭が付いた女性の姿であった。
人魚族だ。
艶やかな白い肌や豊満な胸を強調するかの様な水着を着て優雅に泳ぐ。
そしてその内の一人が休む様に縁に腰掛け、僕へと手招いていた。
僕は緊張して視線を逸らした。
み、未成年には刺激が強いぃ。
「水かけちゃえー!」
「わっ」
と、軽い水飛沫が僕を襲う。
僕は手の甲に付いたプールの水を凝視する。
軽い逡巡の後、僕は知識欲に負けてそれをぺろりと舐めた。
ふむ。淡水か。
海に居るイメージがあったが普通の水でも大丈夫みたいだ。
「あ、あなた、今のは流石にちょっと引くわよ?」
と、見るとリシアが引き攣った顔でこちらを見ていた。
「ち、違っ! 今のは知的好奇心から来るもので……!」
僕は慌てて言い繕うも、既に皆んな一歩引いた目でこちらを見ていた。
プールのお姉さんも同じ様な反応をしている。
「り、リリスまでそんな目でぇ!」
そしてリリスですら半目になって若干僕から距離を置く。
リリスからの蔑視が一番心にくる。
「私ちょっとあのプール入ってくる!」
「お前は話をややこしくするな!」
駆け出そうとするエリィをグレンが服を掴んで制止する。
まるで知り合いじゃないとでも言いたげな微妙な距離を皆んなから感じる中、何故かマリンだけは少し関心した様な目を向けていた。
と、ハッと意識が戻った様になり、ポケットを弄るとハンカチを取り出す。
「ど、ど、どうぞ」
おずおずと差し出すマリン。
「ありがとうぅ。マリン〜」
傷心していた僕は有り難くそれを受け取り水気を拭き取った。
純粋無垢な少女の優しさが身に染みる。
「洗って返すね!」
「大丈夫です! ……へへっ」
僕から奪うばう様にハンカチ取って、マリンが緩んだ笑みを溢していた。
◯
話に聞いた通り、王都には同じ人間族と思われる人達もちらほら居た。
今までの反応からして妖精系の種族も似通った外見の様なので、必ずしも人間とは限らないのだろうが。
グレンの言葉を借りる様だが、やはり初めて来る町と言えど最初にするのは腹拵えだ。
毎度の如く酒場の様なお食事処に来て円卓へと着く。
「はいよー!」
店員の活気な声が届く。
トレーを片手にすらすらと滑る様に店内を移動する店員。布を巻いただけと言う胸を主張する際どい格好。
下半身が蛇の様に伸びて、爬虫類の様な鱗まで付いている。
実際蛇の下半身なのだろう。
蛇姫族だ。
看板娘なのだろう蛇姫族の店員は他の客に呼ばれて忙しなく動いていた。
艶やかで滑らかな赤い鱗は手入れが行き届いてる様に見える。上半身よりずっと長い。二メートルはありそうだ。
多種多様な種族を見る機会が多くてこの国は飽きない。
「くっそー! せっかくここまで来たってのによー!」
店内の一角にて、同じ人間の青年がそう叫んだ。
その声は活気ある店内に褪せる様四散する。
赤銅色の短髪に、赤銅色の瞳。鈍く灯りを反射する甲冑を着けていた。
「まぁまぁ、よかったじゃない。どっちにしろ私達みたいな弱小パーティーには早かったわよ」
と、それを宥めるのは黒に近い紫の髪に、深い紫の瞳の少女だ。
濃い紫のローブを羽織っていた。
「やはり俺達に必要なのは深謀遠慮な頭脳と、洽覧深識な常識と、優美高妙な品性、を併せ持った仲間だな」
「それだけ分かっておきながら何一つ自分で会得しようとしない姿勢流石です!」
したり顔で頷くのは青髪短髪の偉丈夫。それに追随するのは桃色の髪をサイドに三つ編みした小柄な少女だった。
「今回は、いや今回も! ちょっとばかしミスったが俺達はいずれ必ず魔王を打倒する!」
「「「おー!」」」
立ち上がり宣言した赤銅色の髪の青年に、他三人も手を上げて続く。
その様子にリリスがくすくすと笑っていた。
珍しい。と言うか可愛い。
「土地柄偶にああ言うバカが湧くのよねー」
「あはは」
料理を持ってきながら言った蛇姫族の店員の言葉に苦笑いする。
人間族として一括りにされなくて良かったと思ったが、僕らのやろうとしてる事も蛮勇の範囲な気がした。
「魔王様を打倒するだと? お前達の様な貧相な冒険者風情にできるかよ!」
「何だとー!」
「まぁまぁ、事実じゃない」
周囲に囃し立てられ、紫髪の少女に宥められる青年。
何でこうもこの世界の若者は血気盛んなんだ。
僕は身内の過半数が女子である以上、少し緊張してそれらを気に留めていた。
この町では安易に喧嘩が起きかねない。
何故ならこの町は殴り合いまでに限るが喧嘩が合法だ。
一応互いにアルヘインの条約に誓った意志を明確にした下、一方が音を上げるか気絶するまでと言うルールはあるので決闘との間と言った感じだ。
ま、幸いあの青年が目立ってくれてるお陰でこちらは黙々と食べれてるし、そっと成り行きを見守る程度にしとこう。
「おいおい、冒険者風情がなんだって? 何でもこの町は喧嘩が合法なんだろう? 力が有り余ってるならそこんとこ実戦形式で教えてくれよ」
そういや身内にも血気盛んな奴居た!
グレンの奴がまた変な事に首を突っ込んでいった。
本当に警戒すべきは身内の愚者とはよく言ったものだ。
「フッ。いいぜぇ。人族がどんなものか気になってた所だ」
それに応える牛頭族の男性。
牛の様な顔立ちに筋骨隆々の体躯。体には黒い毛並みが、側頭部からは黒い角が生えていた。
「あいつ何処でも問題起こすな」
「そ、それが趣味みたいな所あるからね」
ぼそりと呟いたクレナに僕も呆れつつ応じた。
周囲が騒ぐ中、二人は腕を伸ばして躍り出た。
すごいデジャヴだ。
「一応は右の手の平を見せた状態で合図の言葉を言うのが正式だが、最悪両者の意図が汲めるならそれでいい。合図の言葉は、『アルヘインに誓って』」
牛頭族の男性を真似てグレンも手の平を向ける。
「『アルヘインに誓って』」
◯
「ほ、本当にいいの?」
「いいのいいの。あんな奴ほっとけ」
僕の手を引くエリィがそう答えた。
長引きそうだったので僕らは店を出て行ってしまった。
まぁ、元々自由気ままでどうせ今回も僕らとは別の宿を取るのだろうが。
そんな具合で王都初日は終えた。
◯
翌日。
とある町の一角にて。
『おはようございます! グレンさん!』
立ち並び挨拶するのは十人程の魔族達。
直角九十度の統一されたお辞儀で挨拶するのは、悠然と宿から出てきたグレンに対してだ。
「いや何でこうなんだよ!」
感情が漏れ出て僕は叫んだ。
グレンに呼ばれて一人来たのだが、早速とんでもない物見せられた。
「いやなんか、小規模だがあの酒場で島作ってたらしくてな。その番張ってた奴を俺が倒しちまっらしいんだが、このままじゃ示しが付かないとか言われて」
そうグレン自身、若干の戸惑いはある様で後ろ髪掻いていた。
「グレンさん、失礼ですがこの方は?」
「ん? ああ、こいつはアズサ。まぁ友達みたいなもんだ」
と、昨日喧嘩した相手だろう牛頭族の男性が低姿勢で確認する。
「アズサの兄貴! よろしくお願いします!」
「ああ、兄貴とかやめて! やっさんじゃないんだから!」
一歩前に出てきて腰を折る魔族の人に、僕は慌てて言う。
「馬鹿野郎! グレンさんが同格と認めたお方だ! さん付けやろがぁ!」
「ちち、違っ! それで怒った訳じゃ……!」
途端それを牛頭族の男性がぶん殴ってその人は吹っ飛ぶ。
慌てて否定はしてみるも当然もう遅い。
つかマジ怖ぇぇ!
「グレンさん! 早速ですが、折入って頼みがあるのですが」
「ん? 言ってみろ」
「はっ! それが──」
と、それを歯切りに牛頭族の男性は話し出した。
◯
この街には『高度社会に於ける人為的善行の多段的数値化制度』、略して『ニコニコポイント』と呼ばれる物がある。
どう略したかと言うとそれはこの世界本来の発音の中で、笑顔を表す俗語的擬音的な言葉の『ニコニコ』が取れるので、つまりはこの世界での略し方と言う事になる。
この説明を聞いた時に僕の自動翻訳の限界を感じたが、今はそんな事関係ない。
この『ニコニコポイント』は何かと言うと、早い話良い事したら貰えるポイントだ。
孤児院及び慈善団体に対する金銭的寄付を行った者にはスタンプが配られ、額に応じた回数それを押す権利が与えられる。
このスタンプの数が『ニコニコポイント』だ。
魔王政府の運営する割と公式な物である。
牛頭族ら不良溜りの連中はこの『ニコニコポイント』を集める事に躍起になってるとか。
それだけでなく、これを集める事に派閥争いの様な事まで起こっていると。
「で、それ貯めると何になるの?」
「何も無いですけど」
「無いのかよ!」
応えた牛頭族の男性──名前はゴウルと言うらしい──にツッコむ。
「ああ、一応魔王様に褒められる! と言う特典ならあります。文書ですけど」
文書かよ。
ま、まぁ上納金みたいな厳ついシステムではなくてよかった。
「で? 頼みってなんだよ」
「はい! ワシらはこの『ニコニコポイント』を得る為に日々鎬を削っているのですが」
「シノギだとか言わないで! 物騒だから!」
あ、いやこれは僕の自動翻訳で勝手にそう理解しただけか。って、それも良くねぇし!
あ、あかん。グレンやゴウルの影響で言葉遣いが端なくなってしまった。
「この町の最大派閥は主に三つ。シズン教団傘下の灯火組。荒くれ者が集った武闘派集団、放浪組。その他の弱小グループが集まって同盟を組んだ同盟組。ワシらはこの同盟組に当たります」
僕が遮ったのも特に気にせずゴウルは続ける。
「そして放浪組ですがスタンプを集めるために非道な行いをしてると噂が絶えないのです! 不正に近い事を行う灯火組も許せませんが、無理矢理スタンプを押させるなど言語道断! これを打倒し町の平和を守るのは我らの悲願! ぜひお力添えをお願いしたく……!」
そう苦渋の表情で頭を下げるゴウル。
「よし。いいだろう。どうせこの町を占める事が手段の一つでもあった。俺達がこの町を占めてやるよ!」
「ちょっ!?」
勝手に『達』って付けんな!
流石にこの町を占める云々は冗談だろうが、軽はずみな事言わないでほしい。
「くひひっ。おいおい、牛頭族の所の頭領が変わったって聞いて来たがなんだい? 本当に人間に島を譲っちまったのかい。ま、あんたら牛共は見た目だけで皮下脂肪が多いからねぇ」
と、そう言ってぞろぞろとやってくる集団があった。
ただでさえ大きな図体を持つ豚頭族の人達が道を陣取ってやって来る。
代表する様に一歩前にでる豚頭族の男が今しがた喋った人の様である。
「んだてめぇら? 『アルヘインに誓って』」
い、いきなり!? 口上もなく喧嘩腰かよ!
「お、おう。威勢がいい人間じゃねぇか」
代表の男も面食らった様である。
「グレンさん!」
「てめぇらは黙ってろ。おい豚。養豚場に行きたくなけりゃ俺と一対一張れ」
「ぶ、豚……!」
グレンの言葉に代表の男は怒りが込み上げた様に皺を寄せた。
「人間が調子に乗りやがってよう! 後悔してもしらねぇぜ! 『アルヘインに誓い』だッ!」
「耳にタグ付けてやるよ!」
そう互いに構えあった二人。
「ぐ、ぐ、グレンさん! その方は同盟を誓った仲です! つまり味方です!」
「は? そうなの?」
と、ゴウルの言葉にグレンは呆けて振り返った。
「くひひひひひっ。ゴウルも察しの悪いやつだなぁ……お前ら!」
「「「『アルヘインに誓って』!」」」
下卑た笑みを浮かべて言った代表の言葉を合図に、他の豚頭族達も手の平を向けると追随して宣言した。
「ピイラ殿! 何を!?」
驚愕するゴウルにピイラと呼ばれた豚頭族の男は笑みを深める。
「反乱だよ。自分の島に浸り、最近のお前らはますます穏和を謳ってやがる。そんなんじゃぁ、放浪組の奴らには潰されるのがオチだ。その牛角が必要ねぇってんなら除角してしまおうって訳だよ」
「そ、そんな! 身内で争う余裕なんて無いのに!」
「だから俺ら豚頭族が纏めてやるって言ってんだよ。まさか人間に島取られるくらいひ弱になってちゃぁ、今日にでも傘下に加えてやらねぇとなぁ?」
そうピイラは悲壮気なゴウルと違い楽しそうに言っていた。
「だ、そうだ。ほら、お前らどうなんだ? 話し合いは無理そうだぞ? さっき言ったお座りは解いといてやる」
と、グレンはゴウルらを振り返って言った。
それにゴウルは苦渋の表情の後宣言した。
「『アルヘインに誓って』」
◯
「あのさぁ、加減って物知らないの?」
僕は目の前に転ぶ豚頭族達を見据えて言った。
中にはぴーぴーと泣いてる者も居る。
いや、この場合鳴いてるでいいのかな?
この惨状を招いた当の本人は肩を竦めて往なしていた。
「ぽっと出の人間に島を取られたと聞いて、この話が放浪共に広まる前にそれほど程までに弱体化したゴウル達を庇護下に加えようと思ったのだが、まさか返り討ちに遭ってしまうとは」
「ピイラ殿! その様な考えを」
グレンにボコボコにされたピイラはそう起き上がりながら語った。
「条例に誓って負けた喧嘩だ。格上と認めるのは仕方あるまい」
ピイラは跪き、他の豚頭族達も真似て跪いた。
『我ら一同、グレン様の軍門に降ります!』
そして一斉にグレンへと頭を垂れて宣言したのだった。
え? まさか、マジでこの町占める気?




