82:階級社会
魔王領アルヘイムは階級社会である。
特権階級、平民階級、労働階級の三つである。
主に小鬼族、仔狗族、帽子族、一部大鬼族や豚頭族が労働階級にあたる。
これらは卑き魂の転生先とされ、生まれながらにこの国では奴隷の身分だ。
奴隷と言っても小作人の仕事だし、自由権が無い訳ではないらしいが。
魔族と言うのはそれら魔に属する者の総称だ。
内訳された種族毎に得意不得意や特徴がある。早い話し知性に差があった。
だがここは法と秩序のある世界。完全な自由を与えた所で野垂れ死ぬのが関の山。
それなら確かに単純な仕事を与えた方が良い。
ある意味適材適所なのかもしれない。
『レッド・キャップは頭イカれちまってるからな。ま、元が妖精系なだけあって寿命も長いし、良い労働力なんじゃね?』
とはグレンの言葉である。
外を出れば魔物として討伐対象にすらなる様な存在も居る。
世知辛い様だが慈悲もある。実際他でお金を稼ぐ手段を得る事ができるならそれで良いし、それ自体が知性の証明にもなる。自由権により禁じられている訳ではないのだから。
それらすらも理解できずに国を出るなら確かに魔物として討伐されてしまうのも致し方ないのだろう。
この世界に来てかなり最初の頃小鬼族の群れに襲われたのが懐かしい。
あれは確かに知性などあまり感じなかったな。
僕はそういった事を今一度頭の中で反芻した。
僕らは左右に座板があるだけの荷車に乗り、暫定雄牛に引かれて道を進んでいた。
夜だから当然暗いが、それでも今夜は月明かりが十分過ぎる程明るく、灯り無しで進んでいた。
月も星も視えるという事は町の陣からは出たのだろう。
道を少し離れた先は農地の様で、整地された平らな道が見渡せた。
馬と比べて落ち着いた牛の歩行に、壁も天井も無く周囲を見渡せる荷車。
冷たい夜風が通り、夜の山々と星空を眺める事ができた。
静かな夜の中に歯車の音と鈴虫の鳴き声が鳴り響く。
位置関係は右手奥から僕、リリス、グレンと並び、左手奥からはリシア、クレナ、マリン、エリィの順だった。
牛車に揺られる間、リシアからこの国の主な住民であろう種族の名前と俗称を叩き込まれ、僕らの牛車の御者をするダンディな豚頭族のおじさんからも、この国の常識を少々学ぶ事ができた。
先程のがその内容である。
「あちらをご覧ください。先の説明ででた労働階級の者達です」
と、おじさんが農地の方を見渡して言った。
確かに夜だというのに幾つか人影がある。
その人影は遠目からでも成人の腰辺りと小柄に見え、大半がローブを羽織っている様だった。
下げたフードから覗いた顔は犬の様なそれだった。
リシアから聞いた特徴からして恐らくは仔狗族だろう。
「私も元はあちらの身でした。荷を積む仕事から始まり、作物の運搬をする労働を経て御者の技術を学び、貯めた報酬で老朽化した荷車を購入し、手押しで人を運ぶ事業を始めました。そこから拡大していって今に至ります」
へぇ〜。苦労人だなぁ。
僕は四本指で手綱を握るおじさんを見上げた。
「あの、失礼かもしれませんが、あなたと話していてそれ程知性の差を感じないのですが。寧ろ僕より頭よさそうと言うか」
「私が豚頭族にしては知性が高いと言いたいのでしょう? もっともな疑問です」
と、おじさんはこちらの考えなど見透かした様に答えた。
「我々魔族は全にして個。集団での位置付け、つまりは役職により正しいリソースを割り振る事によって相応の知性に芽生えるのです。これが所謂〝群れの進化〟」
取り分け僕やリシアはその話を興味深く聞いた。
「私はこれで労働の身分から商会を取りまとめる役まで成り上がった身。少なからぬ恩恵も御座いましょう」
僕らが説明欲しさに雛鳥の如く見上げていると、おじさんは続けてくれた。
「例えば八……いえ、十と言う力を持った小鬼族が十体居るとしましょう。その中でそれぞれ役職がある筈です。知恵を絞る者、戦う者、給仕する者。全体意識により繋がった集団と言うのはその中で知性や力の貸し借りを行うのです。他八体の力を九にする代わりに、二体の戦闘員の力を十四にすると言った具合に」
な、なるほど?
相変わらずこの世界の常識は感覚的で掴み所の無い感じだが、まぁ何となくでいいだろう。
「その最果てが魔王なのです。国単位での〝群れの進化〟。その力の集約せし長、王。魔の王。『魔王』」
その説明に僕らは息を呑む様だった。
こう聞くと凄い人物の様に思えてくる。
いや、実際四百年以上も生きてて、戦争も経験して、ずっと王様やってる人なんて想像も付かないが。
それでもこうやって聞くと根本的に自力が違うのが伝わってくる。
「あ、あの、僕らその魔王さんに会おうと思ってるんですけど」
「魔王様に? ご冗談ですかな? 滅多な事を言うものではありませんよ」
「あ、はい」
振り返り目を合わせて言ってきた。
注意されてしまった様だ。
「あの、例えばの話なんですけど、魔王さんに会うにはどうしたらいいでしょうか?」
我ながら懲りて無いが、諦めきれずに僕はそう問う。
おじさんはこちらを一瞥した後前を向き。
「平民の身で魔王様との謁見が叶うなど私は聞いた事がありませんな。無論最高の武器や道具の献上により例が無い訳では無いでしょうが、それでも魔王様が直に応じるなど滅多な事でしょう」
そうおじさんは教えてくれる。
「幸い平和な世で武功を上げる事も叶いませんからな。ああ、それで言えば……いえ、まったく。何をバカな事を」
と、おじさんは自分で言いかけて馬鹿馬鹿しい様に首を横に振った。
「え、えっと。どうかされましたか?」
その様子につい気になって訊くと、おじさんはこちらを一瞥してから答えた。
「全く持って信憑性など皆無な噂ではありますが、魔都──つまり魔王様のお膝元、王都アルヘインにて成り上がり、最も強い事が証明された者には魔王様との謁見が叶う……などと言う噂が昔から囁かれているのです」
最も強い事……
「まぁ、〝強き者に従え〟が我ら魔の者達に共通する、憲法より上の唯一絶対の不文律でございますからな。それで言えば合理的なのでしょう。魔王様への下剋上が許される条件としては」
一人反芻する僕におじさんはそう付け加えた。
魔王さんに下剋上? いや無理無理!
そもそも一つの町を占めるだけで無理が過ぎる。
「魔都アルヘイン。独特な町です。間違いなくアルヘイムで最も多様な種が集まった地でしょう。人族も少なからず居る筈です」
「え? 人族も?」
「ええ。他にエルフなどの妖精系も居る筈です」
妖精系! 存在を知ってからずっと期待してる対象の一つだ。
何だか楽しみである。
「この先七つ以上の町を過ぎた後、山と湖があり西の方へ迂回して行けば魔都アルヘインです。近い道を言うなら山道を自力で登る事も可能です。寧ろ歩いた方が直線で行けて早いでしょうな」
と、そうおじさんは話を締めたのだった。
その後無事に次の街へと着く事ができた。
◯
だいぶ無理のある話ではあるが、先程ので王都を実力で占める事が魔王に会う一つの手段である事が共通認識となってしまった。
クレナの言う当てもかなり賭けだ。他の方法を模索するのは当然である。
その後街に着いて早々だが別行動を取る事となった。
両替をする為にリリスとグレンが銀行へ行き、リシアがどうしても街を回りたいと言い出してそれに付き添う形でクレナも別れた。二組とも情報収集も兼ねるらしい。
牛車に長いこと揺られてもう空が白み出す頃の筈だがその気配は無く、どうやらこの街も常夜らしい事が分かる。
それは活気のある街の様子から見てもそうだった。
灯籠を出したり建物から漏れる灯りが、眠る時間など決まってない事を知らせる。
両替商も開いてるといいが。
と言うか、グレンと二人っきりのリリスが心配だ。一応あいつはリリスから有り金を巻き上げた前科がある。
そもそも二人っきりの時点で歯痒い感じがする。
言っても仕方ないしカッコ悪いのは分かってるので一先ず送り出したが。
こちらにも任された用事があるし。
余った僕とマリンとエリィは次の街への乗合牛車?を調べて序でに予約もしておいた。
出発は三時間後だ。
その後満足の行く結果を得られたらしい各角と集合し、時間もあるので適当な店で食事を済ませる事となった。
入ったのは酒場の様な雰囲気のお店。円卓のテーブルが並び活気もあった。
「おい見ろよ。人族だぜ?」
「まさか。にしては子供の見た目だ。小人系じゃないのか? レプラコーンとか」
「ならもっと小せぇよ。あいつら小鬼族とか仔狗族みたいな背丈だぜ?」
「じゃあエルフに違いない。よく見ろ、美形揃いだ」
「てめぇこそよく見やがれ。エルフは耳長いだろうが」
と、そんな会話を入って早々囁かれる。
話してる二人組の男性らの見た目は奇抜な黄緑の髪と紫の髪。更には触覚の様な物が側頭部から生え、片方は目が虫の様な赤い複眼、もう片方は瞬膜に覆われた様な黒い眼をしていた。
背中に生えた昆虫の様な羽といい、特徴からして皇蟲族だろう。
尖り過ぎて衣装の様にも見えるが、そこにはその姿で生きてきた質感があり、種族である事を実感させる。
「あら、人間か妖精系かしら? 何れもこの店に来るのは初めてね。お口に合えばいいけど」
と、エプロン姿の給仕の女性が言った。
恐らく有翼族だった。
背中から鳥の様な翼が生えている。
手首から先は鱗の様な肌質になり、指先の爪は切り揃えられてるが鋭利な形をしていた。伸びてれば鉤爪になりそうだ。
脚は意外と普通だった。服とブーツに隠れてるので本当のところは分からないが。
にしても独立した翼を持ってるのは凄いな。
「なにジロジロ見てるのよ。えっち」
「え? あぁ、いや。す、すみません」
身を抱いて半目で言うその人に謝る。
エリィがその人と自分の胸を見比べていた。
「おおっとぉ。すまねぇ、小さくて見えなかった」
「え。あ、はい」
と、後ろから軽く打つかられて振り返る。
態とらしく謝る男性に応じる。
見上げる程の背丈。濃い藍色の肌。筋骨隆々の体。馬の頭。黒い髪?たてがみ?
馬頭族だろう。武闘派の種族だ。
「人族ってのは群れる生き物らしいが本当の様だな。それで成体かそれに近しいんだろう? 脆い種族の本能かもしれんが鬱陶しい事だな」
と、そう馬頭族の男性は大仰に言った。
「あぁ? こいつらと一緒にすんな」
怒るとこそこかよ。
グレンの言葉に呆れる。
「まぁ! 馬頭族ね! 魔族でも武闘派な種族と話せて嬉しいわ!」
と、いつもより幾分か明るく言ったリシア。
困った時ほどリシアは気が利く。
「ふ、ふん! 脆弱な種族が。せめて静かにしとくんだな」
「ゔぎゃっ」
と、鼻を鳴らしてテーブルへ移動しようとした男性はぼーっと突っ立っていたマリンに打つかった。
今度こそ素で打つかったみたいだ。
「あ。ご、ごめんなさい」
「き、気を付けやがれ! 人族と戯れるつもりなどないわ!」
謝るマリンに男性は過剰に反応していた。
しょんぼりしてクレナとリシアに保護されるマリン。
ちっ。うば丸と大違いだ。
問題にならなくて何よりだが内心で悪態つくくらいいいだろう。
端の方へ向かう男性に合わせて僕らも空いていた中央のテーブルへと着いた。
◯
「おいおーい。人族ってのは草食動物か何かか? そんなんじゃ力が付かねーのも納得だなぁおい」
それなりに食べてるつもりだが、くだらない難癖を付けてくる馬頭族の男性。
これ、差別ってやつ?
やだなぁ。そういうの。
「シャイボーイ。あんたこそ注文しないならさっさと出てってよ」
「あ、ああ。いつもの」
「あーい」
と、それに有翼族の店員が注文を受けに軽くやり取りしてから戻った。
「何だ? さっきから煽り散らかしてる割には大人しい野郎じゃねーか。いつの間にか調教済みの荷役馬にでも入れ替わったのか? ほら嘶いてみろよ」
「何だと!」
煽り返すグレンに憤慨する馬頭族の男性。
それにただでさえ注目していた周りも酒の肴と囃し立てた。
「ちょ、ちょっとぉ。ああ言うのは無視でいいって」
「てめぇはそんなんだから舐められんだよ」
喧嘩腰に立ち上がるグレンを宥めるも見下ろされて言われてしまう。
「おい! あれを持ってこい!」
と、馬頭族の男性はそう誰ともなく指示を出した。
両者空けた空間に出て腕を伸ばす。
もうこうなったら止められそうもない。
こっそり帰ってしまおうか? なんて思ってると有翼族の店員が『あれ』と思われる物をドンッと二人の中央に置いた。
それはただの正方形のテーブルだった。
「さぁ来い! 荷役馬か軍用馬か確かめてみろよ」
そして馬頭族の男性はそれに片肘を突くと、もう片方を待つ様に手の平を翳した。
一層熱気を増す周囲。
どう考えても腕相撲の図だった。
「は? 殴り合いじゃねーの?」
「おいおい。そりゃ血気盛んな王都連中の話だろ? 俺達の町の者らは無闇野蛮に互いの体を傷付けたりしない。日々の努力と力をその右腕一本に集約して全権を賭ける。そう言った紳士的で崇高なやり方なのさ」
返事を聞いたグレンが冷めたのが分かった。
と言うか、僕も少し肩透かしだ。
「あんたら知らねぇのか? この街では勝負事は全部腕相撲で白黒付けるって決まってんだよ。そう言う条例さ」
なっ。そんな脳筋な公的ルールがまかり通ってるのか!?
「さぁ掛かって来い! 今言った様に他の街じゃ喧嘩や決闘まで合法だせぇ? これにビビってる様じゃあ、先へは進めねぇなぁ」
僕の内心も他所に馬頭族の男性はそう煽った。
「なんかやる気剃れたわ。お前代わりにやれよ」
「えぇ!? 僕!?」
と、肩を落として戻ったグレンが僕に匙を投げる。
「おいおい逃げるのか?」
「こいつは先鋒だ。その後相手してやるよ」
「はっは! 随分舐められたものだ。いいだろう。全員かかってくるがいい!」
向こうはやる気満々の様だ。
僕は渋々立ち上がり向かう。
「両者左利きでない限り原則右腕を使うルールだぜ?」
何で細かくルールあるんだよ。
そんなツッコミは一先ず飲み込む。
「やっちゃえー!」
そしてリシア。なんで煽る側なんだ。確かにこう言うイベントみたいなのは好きそうだが。
「では尋常に……始め!」
位置につき、店員の合図で踏ん張る。
「ぐぅ……! ふぅ!」
「ふん。この程度か」
結果あっさり負けた。
「弱えぇー」
「うっさい!」
グレンに噛み付く。
続いて当のグレンだが彼も僕よりは健闘しつつも結局負けた。
「お前も負けてんじゃん」
「うっせ。力は無ぇんだよ」
もちろん言い返しておいた。
ほうほう、負け惜しみが染みるねぇ。
にやにや見てたら凄く嫌そうに見返してきた。
「まだ一人居るだろ?」
と、クレナの方を見て馬頭族の男性は言った。
クレナは諦めた様に溜め息つくと立ち上がった。
結果拮抗はしつつもクレナでも馬頭族の男性には勝てなかった。
「あんた、余力あっただろ?」
と、さっさと席に戻るクレナの背中へ、馬頭族の男性は言う。
「本気だったよ」
「あっそ」
それにクレナは肩を竦めて返していた。
「ま、勝ちは勝ちだ。戦争には負けたがやはり個々の力は我ら魔族の方が強いと言う事だな」
満足気に頷いている馬頭族の男性。
「仕方ない。私も出ましょう」
と、リリスが立ち上がる。
「えぇ? 無理しなくていいってぇ」
「仲間がやられておいて黙ってられません。あ、グレンはどうでもいいですが」
「けっ。言いやがる」
僕の制止も聞かずにリリスは男性の前へと行った。
「おいおい。嬢ちゃん相手じゃ俺が悪者みてーじゃねぇか」
男性がそう周囲へ向けて言って、笑いが起こった。
◯
結果だけ言おう。リリスが勝った。
「あ、あんた一体レベル幾つだよ!?」
「さぁ、測ってないので何とも」
床に翻って驚愕する男性に、リリスは飄々と返す。
『こりゃ大番狂わせだな!』『違ぇねぇ!』と賭け事をおこなっていたらしい人達が騒ぎ出す。
なんかどっかで見た光景だ。
「まったく。柄に無い事するからよ。別に強くもないくせに」
「ばっ、お前! 締まらない事言うなよ! そもそもお前が色目使われたとか言うから」
と、その言葉に有翼族の店員の目は呆れた物になる。
「何本気にしてるのよ。さっきのは常套句ってやつでしょう?」
できてるのだろうか? 種族が違うのにお盛んな事だ。
と言うか、できるのだろうか? 子孫的な意味で。
「つーか言う事あるっしょ?」
その言葉に馬頭族の男性はその場で跪いた。
「参りました。本当は人族がどんなものか気になったもので。失礼をお許しください」
と、そう頭を垂れる男性。
「はい。これでそこのお嬢ちゃんのが序列が上ってはっきり決まったって訳。ちなみに法的効果は無いから悪しからずね」
そう手を打って言う有翼族の店員。
これと言って事を荒げたくない僕らはその様子に満足する。
「あんたもこれに懲りたら馬鹿な事やめなさい。別に強くなくたってデートの一回くらいしてあげるわ」
「お、おう」
誰かの恋路も進展があった様だし、今回の事は水に流そう。
恋路に悩む姿は誰であっても親近感が湧くから不思議な物だ。
ちなみに、彼の頼んだ『いつもの』とは野菜スティックだった。
グレンが何か言おうとしてたが必死で止めた。




