80:閑話・先輩女神の溜め息
仄かに黄色くそれ自体が光る四面の廊下。
区間を開けて左右に扉の並ぶ長いそれにて。
「い、一体どういう事!?」
私は動揺を隠しもせず声を荒げた。
コツコツと絶え間なく響く自身の足音が急ぎの用である事を周知させる。
「わ、分かりません。情報より早く彼が来てしまいました」
私の歩行に付いて来ていた天使の一人が応えた。
私に群がる様付いてくる五、六人の天使達。輝く金髪を肩口で揃え、瞳は深い碧眼である。
頭一つ以上下につむじのあるその子達は必死に私の歩幅へと合わせていた。
種族的に金髪碧眼の幼い少女の様な見た目が殆どの天使達。
実際私と比べるとずっと幼く感じる子らだった。
と、ずっとこちらを見上げていたらしい一人の天使の視線に気づく。
私が視線を向けると彼女は私の頭上へと視線を向けた。
私は気恥ずかしく思いながらナイトキャップを取ってその子に預けた。
「と、とにかく、調査課の方から緊急時の応対は案内部であり、監視員のお目付役である方に回せと」
だからって急すぎるわよ。
そもそも何? 彼は死んだの?
普通死だからってすぐには天界に来ない筈だ。
エリアも下界に居るのだ。天界の情報力と合わさり報告の方が先になる筈。
いや、一つ可能性があるとしたら。
私は思慮に耽つつ目を窄める。
この状況から視てそうだろう。
彼が居ると言う部屋の前に来て、私は手に持っていた数枚の書類を天使に渡した。
今はこんな物持ってても仕方ない。
左右に居た天使達が気を利かせて一歩下がる。
私は扉の前に立って顔を仰いだ。
(この部屋か……)
「はぁ」
また報告書が増えるわね。
そう溜め息ついてから私は扉を開いた。
そこには燃える様に赤い髪に、同じく燃える様に赤い瞳を持った少年が居た。
◯
私は後ろ手に扉を閉じて部屋を後にした。
今しがた赤髪の少年の案内を終えた所だった。
先程まで居た天使達も今ははけていた。
私はその場から移動する気になれず暫し思慮に耽た。
私達案内部は設立の経緯やその汎用性から常々情報部の息が掛かっている。
実質的に情報局傘下の様なものなのであった。
故にこう言った時折り無茶な案内も振り込む。
特に私に。
とは言え、一先ずは無事に事を終えたと見ていいだろう。
滞りなかった筈だ。
何かと話題の彼。
同じく下界へと召喚されてしまったエリアを捜索した隊の班長も、今は調べ物に熱心だと聞く。
天眼のレミリア。彼女の異名だった。
長年下界での調査を主とする仕事に携わり、その道で一つの派閥を作ってると言ってもいい。
実際彼女を慕う者は多く、指揮官向きの人だった。
実績も含めかなり優秀。完全に現地で経験を積み実力で物言わせてきた叩き上げタイプの人である。
何より彼女の『眼』は便利だった。総じて魔眼などと呼ばれている時折り特殊な力を持つ瞳に開眼する者が現れるが、彼女もその一人であり、自力で『天眼』に開眼した数少ない一人である。
あの眼は下界での調査関係に置いて力を振るう。まさに彼女に打ってつけの眼であった。
天界の政治絡みの事に口を挟む人ではないとの話だが、さすがに今回の件は気になったのだろう。
まぁ、あの捜索班長がいろいろと勘繰るのも無理は無い。
何せ捜索隊を組ませておいて隊長単独での捜索指令の後、ばったり捜索対象と出会う何て事はでき過ぎているのだから。
まるで誰かはエリアがどこに居るかを知っていたかの様だ。
ま、実際そうだしその指示を上層部を通じて出したのは私である。
件の捜索班長は報告書を読んだ時、明らかに不自然な動きをしてるだろう。
拠点をルンバスに構え、自身は指揮を取る立場でありながら単身でウルヘス行きの馬車へと乗っている。
経費は落ちただろうが、護衛役として向かったのはあの班長が金銭関係での証拠を無くす為の独断での行為だろう。極秘な指示であった為に。
そう。これらはあの班長にとって極秘な任務であった。
他に知っていたのは捜索隊でも連絡、解読班の中の一部だろう。
班長からしたら少々首を傾げざるを得ない指示だった筈だ。
状況に拍車を掛けて彼女を疑心暗鬼にさせてしまった様である。
彼女の立ち回りは見事であるが、かなり気苦労が絶えなかったろうと想像に難く無い。
そして話はここからだ。
エリア捜索が主たる任務であった筈だが、彼女はエリアが見つかった事自体は遅れて報告している。
だが本題はそこじゃない。
彼女は彼の件も滞りなく報告しているが、それをまるで別件の様に報告しているのだ。
もし彼がちゃんとした手続きを踏んで案内されていたなら、彼の件──つまりは案内中の異界人が召喚されていると言う事──でも騒ぎになり、彼女が彼の事を報告した時点でエリアの事も明るみになる筈だった。
しかしそれは無かったと言う事は、秘密裏に彼がエリアに案内された事となる。
きっとこれはあの班長が天界を出し抜いて私的見解の元行った事だろう。
そして一足先に彼が意図的にこちらの世界へと呼ばれたのだと確信したのだろう。
「ふっ」
件の捜索班長、天界上層部に鎌をかけるなんて肝が座ってるわね。
私はつい笑みが溢れてしまった。
何処かで扉の開閉する音が聴こえ、私は静かに歩みを始める。
エリアを召喚したのもあの子と聞くし、明らかに計画的なことよね。これ。
何者かが裏で糸を引いているのは間違いない。
というか、私が居るとは言え、彼を監視しといて神を召喚したあの子の方を監視しないのはどうもおかしい。
と、その時ある可能性が過って私は歩みを止める。
まさか、私も知らされていない……?
なにかと隠し事の多い上層部ならありえる。
というか、もっと早くにこの可能性に気づくべきだった。
(あー、もう! 何で肝心な時に限ってあの子を視てあげれてないのよ! 私!)
もどかしい思いに私は頭を抱えて首を振った。
(というかこれ、完全に私も巻き込まれてるわよね……)
少し冷静になってそう内心で言ちる。
(願わくば、あの子の抱えてる問題も、まるっと彼に救ってもらいたい物だけど)
そう取り留めなく思ったそれも、今は可能性など彼方であった。




