79:二度目の死。先輩女神さん。
微睡みから目覚める様に僕は瞼を開けた。
ほんの一瞬うたた寝してたかの様な感覚。
ここは?
僕は周囲を見渡す。
僕が居たのは縦横七メートルは在ろうかと言う広い空間で、全体的に薄い黄色に光って見える。
そこにポツンと向かい合う椅子が二つ。その片方に座っていた僕。他には誰も居ない。
そして向かいの椅子の後ろには扉があった。
ま、まさか天界!?
僕は一気に状況を把握して焦りが込み上げてきた。
今にも足踏みする為だけに立ち上がろうかと余裕を無くしていると、扉が開いた。
優然と入ってくる一人の女性。
その女性は海を思わせる様な輝かしくも深い青の髪を持ち、服装は着物の特徴と祭服の見た目を合わせた様な物。露出は抑えられ、それは肩口で揃えられた髪と同じ青を基調としていた。
まだ年端も行かぬ、十七、八歳くらいの少女と言った見た目である。
その人が慣れた動作で向かいの椅子へと座り、一度『ふぅ』と落ち着く様に息を吐いた。
見惚れてしまいそうになる程端正な顔立ちだった。
「こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
心情にそぐわぬ平凡な挨拶に応じる。
まるで吸い込まれそうになる様な深い碧眼が向けられ、僕は緊張した。
「貴方も戸惑ってるんでしょうけど、私達も急に貴方が来て戸惑ってるのよ?」
と、こちらの気を見透かしたように少女は言い。
「天徒、預咲君」
続いたそれに息を呑む様だった。
めっきり上の名前じゃ呼ばれなくなって久しく、フルネームを言われると少しドキリとする。
「私の事は……そうね。一応エリアの先輩だから、先輩女神とでも呼んで構わないわ」
「え、エリア様の?」
「ええ」
輝かしい青髪を揺らして頷く少女改め先輩女神さん。
「全く、それで言えば何を考えているのかしらねぇ。最近のあの子の行動は全く読めないわ」
と、先輩女神さんは文句を零す様に言っていた。
「あ。そ、そうだ。ここはやっぱり天界で間違いないんですか? 僕すぐに戻らないと、一体あれからどれくらいの時間が」
「まぁ、落ち着いて。下界の様子は分かってるけど、今はそれと言った脅威も無いみたいだから。それに貴方もすぐ下界へと返す事になるだろうから安心なさい」
状況を思い出して焦る僕に、先輩女神さんは落ち着き払った様子で応えた。
「それから時間だけど、貴方が天に召される事となって十分も経ってないって言えば、少しは安心するからしら?」
そう深い青の瞳で見返した先輩女神さん。
よ、よかったぁ。
にしてもあれから十分程度で天界へと場所変わりなんて、まるで転移だな。
「普通は死後も世界との癒着があって、すぐ天に召されるって訳じゃないんだけどね? 個人差や地域差はあるけど五十日間くらいはまだ地上でふわふわしてるの」
と、先輩女神さんは僕の疑問に答える様に言った。
「他にも強い怨念や未練によって世界との癒着が強固になればずっと居着く事もあるけど。所謂地縛霊ね」
「強い怨念や未練……あ、ああ、なるほど。感情は魔力そのもの」
ずっと前にレミリアから聞いた事を思い出す。こんな所で応用が効くとは。
「そしてあの子の掛けた魔法はその繋がりを断ち切る物。だからあなたは地上に留まる暇もなくここに来たのよ」
「はぁ」
先輩女神さんの説明に空返事する。
正直あまり実感は無いのだ。
確かに急に場所が変わったが、それ自体はもう三回目だし。いや、ロビアでの事も合わせると四回目か。
なんと言うか少し寝て起きた感じだ。先程の、今思えば睡魔の様な物に身を任せ、若干の微睡から目が覚める様な感覚。
今回のは起きて一体どれくらい寝ていたのかが分からないあの感じだ。
一瞬な気もするし、長い間だった気もする。
「一応訊くけど、貴方が対アンデットの魔法によりこちらへと来たのは、偶々って事でいいのよね?」
「え? あ、はい。掛けた本人も焦った様子でしたし」
「そう。よかった」
と、僕の返事に安心する様に呟く先輩女神さん。
僕がどうしたのかと疑問に思って見ていると。
「色々と勘繰る人達が出てくるのよ。そう言った意味でも、あまり長居はしてほしく無いものね」
そう言って先輩女神さんは顔を仰いだ。
それに僕は一つ重要な事に思い至る。
「え、えっと。今更ですけど、どうやって帰れば」
「そこは任せなさい。魂を扱う事は我々の領分だから」
と、心配とは裏腹に先輩女神さんは頼もしく応えてくれた。
「今の貴方は霊体そのものでね。下界に取り残された貴方の魔力の肉体に宿っていた状態ともまた違う。もっとも、これが本来の『霊』としての在り方でしょうけど」
その言葉に僕は自身の体を見下ろす。
これが?
「ここは下界の様な物質世界と精神世界の狭間の様な次元の世界でね。今の貴方の様な精神生命体でも支障無く活動できる世界なの。自覚は無いでしょうけど、側から見ると貴方若干薄い感じがするわよ?」
はぁ。まぁ女神様が言うのならそうなのだろう。
「ま、ともかく。そんな状態であれば神個人の力で下界へと送る事ができるわ。投げ入れると言った感じかしら? 魔法ではなく、一種技術とでも思ってもらった方が分かりやすいわね」
「そんな事が」
「ええ。私達はこれで天上の全てと、多少の天下を取ったと言っても過言じゃ無いわ。……と、ちょっと喋り過ぎたわね」
そう顔を澄ませた先輩女神さん。
「ま、私から言える事はそれくらいの多少の常識だけね。他に何か聞きたい事とかあったかしら?」
と、そうこちらに瞳を向ける。
女神様直々に質問できる貴重な機会を頂いた様である。
「えぇっと。一人一人こんな事してるんですか? とても追いつきそうに無いですけど」
「あら、あなた結構勘いいのね。それとも前もこんなだったから疑問に思ったかしら? その通り、一人一人こんなのんびり案内してたらとてもじゃ無いけど間に合わないわ。普通は問答無用で死者統括……って言っても分からないか。まぁ、所謂天国って所に纏めて放ってしまうのよ。混乱を避ける為に一応は説明会みたいなのは開くけどね。纏めてざっと二百人くらいに説明するかしら? あれやった事あるけど、質問攻めで遇らうのが大変なのよね」
そう先輩女神さんは思い出す様に言う。
「まぁ、とにかくこうやって一対一で話す相手は限られてるわ。大体は天界にとって有益な存在に対してか、見過ごせない相手か、はたまた何らかの布石を打っていた家系に連なる者か」
「はぁ」
「転生って普通順番待ちだから、最初に案内する事なんて無いんだけどね。それでも魂の状態とか、下界での過ごし方によっては優先されるのよ」
そう先輩女神さんはつらつらと語る。
「あの子は確か事故死未成年課兼病死未成年課だったわね。優先的に転生の許可が降りる対象だから、あの子には相手の意向により転生かを決める権限があった。ちょ〜と職権乱用しようとしてたみたいだけど」
事故死未成年ねぇ……そういえば、僕の死因も結局分かってないなぁ。
そしてあの子ってエリア様の事か。
「あ、あの。エリア様って近くに居ないんですか? せ、折角だし、会えたらなぁ〜なんて」
僕は先輩女神さんの様子を窺う。
「そうね。会いたいわよね」
と、それにくすくすと物知り顔で先輩女神さんは肩を揺らした。
「大丈夫よ。きっと思ってるよりずっと近いうちに会えるわ」
疑問気に思っていると先輩女神さんはそう言って微笑みを向けた。
それに尚も僕は疑問気なままで居ると。
「貴方。エリアの事、好き?」
「え!? い、いやまぁ、そりゃもちろん……好き、ですけど」
急な話に僕は視線を彷徨わせながら答えた。
先輩女神さんはそれを一通り眺めた後。
「そう。あの子をよろしくね」
そう微笑んだ。
それに惚けて僕はただ見返した。
と、先輩女神さんは虚空へ視線を落として眼を窄める。
「そろそろ時間の様ね。あの子らが落ち着くのを視計らってたけど、これ以上待たせても良くなさそうだし」
先輩女神さんはそう言って椅子から立ち上がる。
こちらへと踏み寄る先輩女神さん。
僕もそれに応じて立ち上がった。
「それじゃ、目を閉じて」
促されるまま目を閉じる。
「預咲君。貴方に一つアドバイスよ」
と、瞼越しに話しかけられ若干戸惑う。
そして顔を近付ける気配の後。
「大事な話は、耳元か暗がりでね」
そう耳元で囁かれ狼狽した。
心地の良い甘美な響き。目を開けるべきなのか迷って焦る最中、身を抱く様な浮上感と眠気が襲い──
◯
僕は重量を感じる体で横たわっているのを自覚した。
微睡みから覚める様に瞳を開けて、暗い紫の空が目に入る。
「預咲君!」
「うわぁっ!?」
途端、真上から覆いかぶさられ驚き声を上げる。
「良かったぁ〜! 良かったよぉ〜!」
その声はエリィさんのだった。
目の前を彼女の腹部が覆う。白い肌、臍が見えた。
後頭部の感触と言い、膝枕された状態で抱き付かれてる様だった。
「大丈夫? どこも悪い所ない?」
「え、あ、は、はい。特に何も」
「そっかぁ」
起き上がった彼女に応じて僕も上体を起こす。
僕の返事を聞いて安心した様に溢す。
エリィさんは地面に直接女の子座りしていた。
白いルーズソックスを履いてるとは言え、石ころも多いここじゃ痛かったろうに。
「驚いた。こりゃ神の奇跡、究極の神聖魔法である蘇生魔法か?」
と、周囲を囲って見守っていた皆んなの内、グレンがそう問うた。
「い、いや、私がやった事は送り返されて来た魂の定着を多少手伝ったくらいで……魔法って言うよりは技術と言うか」
そう生真面目に答えようとするエリィさん。
「今回は器の損傷により魂が抜けた訳じゃ無いから、それを残った器にまた定着させるだけで蘇生ができたんだ。とは言え血肉の体であればこうは上手くいかなかったろうけど」
ふむ。とにかくこの体だからできたみたいだ。
僕は皆んなを見回す。
「よかったです」
安心した様に微笑むリリス。
それに涙目のマリンも勢いよく頷く。
「心配したわよ」
「一先ず安心だな」
と、リシアとクレナ。
「心配掛けたみたいだね」
僕は言いながら立ち上がった。
エリィさんも立ち上がるのを目に据え、辺りを見渡す。
「所で、ゾンビは?」
「全部浄化しちゃった。ここら一体も全部浄化したから出てないゾンビもこれで一時眠ったままだよ」
軽い様子で答えたエリィさん。
すごいな。
「神聖力が一番活発になる感情は愛と庇護欲なんだよ〜」
そうおちゃらけた様に言って微笑む。
守ってくれてたのか。
「ありがとう。エリィさん」
「エリィでいいってぇ」
不服気に口を尖らせたエリィさん。
よっぽど距離感があるのが嫌な様だ。
とは言えこの人は何故だか妙に敬ってしまう。
「じゃ、今回のお礼って事でこれからそうしよう?」
「わ、分かったよ……エリィ」
身長差から見上げてくるエリィの言葉に押され、僕は気恥ずかしく思いながらも応えたのだった。
◯
「え、えっと」
墓地も抜けて森を進む中、困った様にエリィが溢した。
「な、何かな? リリスちゃん」
「別に」
エリィがその元凶に向けて問うと、リリスはすっとエリィから視線を外した。
そしてまたエリィを見る。
エリィは僕の隣を歩き、その更に隣からリリスはエリィを覗く。
先程からリリスがエリィの事を気にかけていた。
それも割と露骨だ。
エリィが僕に近づく度じーと見つめたりしている。
まるで威嚇か牽制でもしてるかの様だ。
視線に耐えかねた様子で若干下がるエリィ。
それにリリスも若干こちらへと詰める。
何だか微妙な距離感で歩いていた。
「所で、膝枕とはそんなに良い物なのですか?」
「え? ま、まぁ、ちょうど良いっちゃちょうど良いかな?」
「ふーん」
と、訊いといて抑揚無く鼻を鳴らすリリス。
「アズサは私のは拒否してましたね」
「えっ。い、いや拒否なんて……。それにほら、さっきのは勝手にされてただけだし」
「ふーん」
また鼻を鳴らした。
「なに? もしかして僕が頼んだらしてくれるの?」
「は? 嫌です」
「えぇ」
思ったより冷たい反応に落胆含めて困惑する。
「頼んでされる様な謂れはありません。そんな安売りしたくありませんし」
ツンッと言って退けたリリス。
リリスらしい考えだ。
「今のも気になって訊いただけです。勘違いしないでください」
「は、はい」
念を押すリリスに僕は頷く。
リリスの場合ツンデレとかじゃなく本当に言ってそうだな。
それからも僕らは道を進み続け、次第本道と言った具合の幅広い路へと合流した。
左側から合流される予定だったらしいが、右側の道へと合流した。
「共同墓地行き……だからあんな多かったのか」
枝分かれする道に立った案内板を見てクレナが呟いた。
道を間違えてたらしい。
ま、着いた訳だし万事問題なしだ。
それからも森を進み続け、瘴気の影響も目に見えて無くなっていった。
何と言うか空気が綺麗になった感じがするのだ。
感覚的な物もあるし、視覚的にも何となくそう感じる。
そして空だが紫の様な色は無くなり、ただの暗い夜空となった。
ただ黒い空である。雲や星も見えない。問題なのはそろそろ白み出してもいい頃合いなのだ。
ただその気配は一向に無い闇夜である。
相変わらず周囲を見る分には支障無かったが。
「魔王教?」
「ええ。魔王領には一定数その宗派に属する者が居るそうよ」
そんな道中、聞き返した僕にリシアは応えた。
「主にはかの氷の魔王を始めとする魔王を崇拝する宗派でね。圧倒的力を持ち、統治による加護と安泰を齎す対象として崇めるのよ」
リシアから魔王領での風習について教わっていたのだ。
「故に主に魔族が信徒と言うことになるわね。何れかの魔王を崇拝する者を纏めて信徒としてる訳だから、統一された組織では無いみたいだけどね」
「へぇ〜」
宗教かぁ。元々そこら辺は詳しくないのもあるが、こちらの世界の宗教観は独特な物があるからなぁ。
神が認知されてる世界でありながら、纏めて多神教があると言う訳ではなくて、個々の神々に対する宗派が存在する。
もしかしたら幾人かの神さまを纏めて◯◯教と言った風に多神教もあるかもしれないが、どちらにせよ独特だ。
この世界では一神教は無いのかもしれない。
そう思うと少し気になってくる。
「この世界の代表的な宗教って何があるの?」
「そりゃ世界での代表的な宗教は纏めて『十二宗派』って呼ばれてる十二の宗教でしょう」
僕は流れで問い、リシアもそれに答える。
「他にも聖魔十二宗教だとか、十神教だとかって言われてるわね。基本的に『一教』って言われてるクラスの宗教はこれね」
なるほど。
「歴史や規模もさる事ながら、どれも何れかの国で国教として掲げられているわね。あ、でも一つだけ違うか」
最後思い出した様に呟くリシア。
この世界の常識としてまた勉強しないとな。宗教関連はリシアが詳しそうだ。
勉強の優先順位は単語、歴史、宗教と言った所か。
そんな会話も挟みつつ、ついに僕らは街へと着いた。
森の途中に現れた簡素な門。木で囲っただけのそれだが確かに街の入り口だった。
そこから左右に並ぶ堀と外壁。深さも高さも二メートル程と然程立派でもない様に感じる。
もっと厳粛な感じを想像してたが、案外門番一人居ない緩さであった。
一応森に隣接する様な端の町な訳だし、過疎地なのかもしれない。
とにかく入るしかない。
僕らは魔王領最初の街へと踏み入ったのだった。




