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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第四章 魔王領アルヘイム編
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75:嘆きの森



 嘆きの森。

 かつては精神妨害属性のある強力な瘴気により、人々を『悲嘆』と言う状態異常にしたと言う。

 一度ひとたび森に入れば嘆き咽び泣く声が絶え間なく続いた事から、付いた名が『嘆きの森』である。

 僕らは今、その森を進んでいた。


「い、今って昼だよね?」


 僕は周囲を見てつい誰とも無くそう訊いた。


「あ、ああ。その筈だ」


 それに答えるクレナも流石に少し面食らってる様だ。

 森に入ってからと言うもの、進むにつれ陽の光が霞む様に薄くなり、到頭どこに太陽があるかも分からなくなった。

 だが夜の様に暗いと言う訳では無く、寧ろ明るさに関しては支障は無い。

 ただ空の色がすっかり変わってしまった。


 今の空はペンキでも塗りたくった様な態とらしい紫だった。

 太陽どころか雲一つ無くどこまでも続く様な濃い紫の空。

 距離感が分からなくなり、いっそすぐそこに天井があるかの様にも見え始めた。


 ぶ、不気味が過ぎる。

 僕は内心でそう溢した。


 更には辺りを見れば昼間の様に支障が無いのも不気味さに拍車をかけた。

 それに物音一つしないこの森。

 太い幹と濃い樹冠が密集してすぐ奥が暗くなり、道を外れれば遭難は必至だと思われた。


「非常に濃い魔力を感じます。それも余り良くない。確かにこれは長時間居ると良くなさそうですね」


 リリスが顔を澄ませて言う。

 リリス大先生がそう仰るのなら間違い無いのだろう。

 どうせ一、二晩で抜けるのだ。このまま突っ切ってしまおう。


「これが噂の嘆きの森ねー。本当に来れるなんて光栄だわ。ここにしか生息しない魔物とかも居るのよ?」


 と、案外物怖じしていないリシアがそう言った。


「例えば?」


「うんー、有名なのだと『魔呪麻樹まじゅまじゅ』ね。植物型の魔物で杖の素材によく使われるの」


「へぇ」


 杖かぁ。魔法使いが使うワンドって奴か?

 確かにそれっぽいのなら町の方で持ってる人を見たことある。


「あ、そうだ」


 と、僕はある事を思い出して呟いた。


「そう言えば紹介したい人が居るんだった」


 唐突ながら誰ともなく言ったそれに視線が集まる。


「えーと、エリア様って人で、普段は天界に居る神様なんだけど」


「あなたまだそんな事言ってるの? 罰が当たるわよ?」


 すかさず突っ込んでくるリシアは無視し。


「うーん。いつか紹介したいんだけど、難しいそうでさぁ。一応その人も仲間なんだ。まぁ、適当に頭入れといて」


 僕は悩みつつも話のさわりだけ皆んなに伝えた。


「女神エリア……ルンバスの方で唯一教会があった宗派の神か」


「え? よく知ってるね」


「あの時はいろいろ目立っていたしな」


 と、肩を竦めるクレナ。


「それに、俺達は元々ロビアに住んでいたし」


「え? そうなの?」


「ああ。俺とマリンの生まれはロビアだ」


 へぇ。


「あ、だからロビア辺り探してたんだ」


「まぁな」


 クレナは前を向いたまま応じた。


「あの時の方か」


 そして思い出す様に呟いたクレナ。

 そういえばクレナは知ってたっけ。


「マリンも一度会っている筈ですよ」


「え?」


「私と初めて会った時に隣に居た筈です」


「えーと、うーんと」


 マリンが思い出そうと唸っていた。


「何よ。皆んなして。はーいはい。私だけ知りませんよーっと」


 そんな勝手知ったる僕らの会話が気に入らない様に、リシアがそっぽ向く。


「仲間はずれですよーだ」


 構って欲しそうなその態度につい苦笑いする。


「リシアって信心深い様に見えるけど、何か信仰してる神さまが居るの?」


 僕はそれに乗ってやるつもりもありながら、前から少し気になってはいたそれを訊いた。


「一応、居るには居るのかな」


 と、リシアは真剣な表情で虚空を眺めて返した。


「ただ名も知らない神さまだわ。主神って言うのかしら? 私の魂に『祝福』を授けてくださった神様を一応敬ってはいるわ」


 そう思ったよりも真面目な話になり、リシアは注目を浴びた。


「ふふっ。驚いたかしら? 私には寵愛の神様による祝福が掛かっているのよ」


 と、可笑しそうにリリスの方を向いて言うリシア。


「いえ、祝福が掛かっている事は知っていました。私には魂が視えるので」


「そう。って、それ凄いわね。祝福持ちより珍しいんじゃない?」


 平常に返したリリスに逆にリシアは驚かされてる様だった。


「後天的にしろ、先天的にしろ、魂が視える人は極々一部って言うけど」


 へぇ。リリスがレミリアとか天使達と同じように魂が視えるのか。

 この場の誰よりも長い付き合いだが僕も初めて知ったなぁ。


「しかし、これでハッキリしました。やはり私には精神妨害系に対する耐性ある様です」


 と、そうリリスは感情の読み取れない表情で言って。


「あ、別に今のはリシアの事が好ましくないと言う訳ではなく」


「うぅ、酷いわリリスちゃん。そんなふうに思ってたなんて。この気持ちは果たして瘴気の影響かしら?」


「ち、違っ! あ、あのっ!」


 珍しくリリスがわたわたしていた。

 見てて面白かったが片目を閉じて小さく舌を出すリシアを見ると、軽くフォローしようかと思って。


「前方注意」


 クレナの一言に漏れなく警戒態勢を取った。


「あらあら、噂をすればってやつじゃない?」


 そんな中リシアが面白気に言っていた。

 その視線の先を辿ると他の木々と少し色合いの違う樹木が目立った。

 灰色の嗄れた様な樹皮のそれは、葉一つ付いていない枝をもぞもぞ揺らし。


「うえ!? 動いた!」


 僕は驚いて声を上げる。

 その樹木自体が自立して動いてる様であった。

 地面に広がる根の脚をカクカクと歪に動かし、左右に幹を揺らしながら近づいていた。

 軽快な動きと淋しい樹冠を見るに中は空洞だ。

 正面の樹皮はご丁寧に人が叫んだ様な表情までしてる。

 三つの点で人の顔に見えると言う何とか現象かもしれないが。


「大丈夫よ。あれは無闇矢鱈と襲う魔物じゃないし」


 柄に手を握って警戒する僕とクレナにリシアが言う。


「え? そ、そうなの? 何で?」


「何でって言われても……」


 拍子抜けして問い返した僕にリシアは言葉に詰まっていた。


「まぁ、魔物が全て肉食とは限りませんので」


 な、なるほど。

 さすがリリス。僕の疑問を一言で的確に解消した。

 僕らがそんな会話する間にもそいつはゆっくりと僕らに近づき。


「えっ。ちょ、ちょっと。近い」


 僕らを邪魔する様に通って各角そいつから距離を取る。

 枯れ木と言った印象のそれだが、一応は立派な木の大きさだ。

 近づかれると威圧感がある。

 そいつは皆んなに避けられると向きを変えてまた向かってくる。


 明らかにこちらを認知して近いていた。

 と言うか、ぞろぞろと森の奥から同種と思われる樹木が出て僕らを囲んでいた。

 全てに人が叫んだ様な顔模様がある。偶然では無さそうだ。

 と言うか、これは明らかな敵対行為。


「全方位会敵! 迎えるぞ!」


 クレナが剣を引き抜いて叫ぶ。

 雰囲気で察していた僕は躊躇なく相棒を引き抜き近くの樹木へと切り掛かった。


「なっ、硬った!」


 だがトンッと軽快な音を響かせ剣は幹に食い込んで止まる。

 僕が剣を引き抜く間にも樹木らは僕らとの距離を詰める。

 太い根の脚に踏まれぬ様後ずさった。

 今は非戦闘員や後衛の命を預かってるのだ。無責任な事はできない。


「逃げるわよ! そいつら動きは遅い筈だから!」


 中心に居たリシアの合図で僕らは突っ切った。

 クレナが剣を押し込む様に突いて前方の樹木をよろめかせ、その隙に走り抜く。

 リシアの言う通り動きはとろかった。

 各角走って樹木との十分な距離を置く。


「碌な攻撃手段を持たない種で良かった」


 落ち着いた所でクレナが言う。


「お、襲わない種なんじゃなかったの?」


「そう言う個体よ。魔物はリソースを奪い合う様できてるし」


 参って問う僕にリシアが答えた。

 さっそく嘆きの森の洗礼を受けた様だ。


 にしても植物系の魔物か。

 人や今まで出会った魔物がそうだったから印象付けられていたが、哺乳類以外にも魔力による特異な進化をしてきた生物は居るのだろう。

 そう言えばリシアは蟲系も居るとか言ってたっけ。

 哺乳類や鳥類、爬虫類。粘性生物スライム見たいな謎系(無脊椎でいいのかな? でも動物じゃ無さそうだ)も居れば、今度は植物系と来た。類としては粗方出尽くしただろうか?

 魚類や両生類もきっと居るのだろうが、さすがにもう生物の系統はないよね?


「アズサ。その剣、見せてくれ」


「ん? いいけど」


 と、クレナに言われて僕は持ったままだった剣を渡す。


「刃こぼれ一つしていない。使ってないからだと思っていたが、これはどうも……」


 そうクレナは剣の刃を見ながら呟く。


「丈夫な剣みたいだな」


 と、僕に剣を返した。

 僕も何となく剣を眺めながら腰の鞘へと落ち着かせた。


「マリン。大丈夫?」


 僕はマスク越しに息を切らすマリンへと向けて言った。

 視線を受け、マリンは何処か気まずげにマスクを下ろした。

 落ち着いた、ゆっくりな所作だった。


「私が、呪いを解く事を躊躇していた理由なんですが、本当は他にあります」


 いつしか視線が集まっていた中、マリンはそう告げた。


「その、言い訳が利くといいますか」


 視線を下に漂わせ、続く言葉を探す様に。


「嫌われていても、呪いの所為せいにできると言うか。その、呪いが無ければ本当の自分で評価されるので、それが怖くて……。本当の意味で嫌われるのが」


 そう独白する。

 僕らはその様を黙って見守っていた。

 そしてマリンはその瞳に揺るぎない意志を灯した様に。


「でも……今は凄く、解きたいんです」


 碧眼を前方に向けてそう言った。



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