エピローグ:二人のその後
少年らがこの村を去った後の、村の北口付近にて──
「珍しいですね。あの少年、『祈り』ではなく『拝み』をしていましたよ。外から来た人なのに」
一度も振り返らずに禿げた山道を降る、その少年らを眺めで青年は言った。
「おや、そうかい。だが魔の地に向かう人ならさして珍しくないよ」
「そうなのですか?」
その隣に佇んでいた老婆は青年の言葉に応えながら、巨岩の方へと歩き出した。
祭壇の前に二人は並び、伸ばした両手を合わせると巨岩を拝んだ。
それもいずれか終わると、また二人は並んで少年らの背中を見送った。
「ミチヨ様、先程のは一体」
青年は今まで躊躇っていたそれを老婆に問う。
「さぁね。ただ感じた事を言っただけさね」
それに老婆は素気無くとも取れる言い方で答えた。
「大丈夫でしょうか? あの者達の行く先は」
やはりそれで青年の憂いは取れぬ様に、再度背中を視線で追って質問を重ねた。
「確実に一人死ぬねぇ」
「そんな」
思わず振り向く青年。
「恐らく、その加害者があの中に居た為に因果が大きく成り過ぎていた。一体誰が誰を殺すのやら。何にせよ、苦労の絶えない旅路だろうねぇ」
老婆は口にする内容とは裏腹に淡々とした様子であった。
「どうにか……どうにかできないのでしょうか?」
それに諦めきれずに青年は問う。
「さぁね。重なった因果はそう簡単には解けないよ。神の奇跡でもない限りはねぇ」
緩く風吹く中老婆は言いながら天を仰いだ。
「それに、あの子達はどうも過酷な運命にあるみたいだ。それこそ、今日居た全員」
そして老婆は先程を思い出し、少年らの方を向いて告げた。
「あの場の七人共ねぇ」
「七人? ミチヨ様、あの者達は五人でしたよ?」
その老婆の言葉に青年は疑問気に振り返った。
「おや、そうかい。また数え間違えかのう」
そう老婆は返すと自宅の方へと歩き出すのだった――。
〇
「へっくしゅ!」
緩く風が吹いて私は寒さにくしゃみをした。
荒野の様に禿げた山道を石ころに足を取られぬ様に降る。火山岩の様に灰色っぽい石以外何も無い斜面は一面見渡せた。
そして見渡せるのは前方も含み、先に広がる森の景色が山脈の終わりを告げる。
「風邪か? くらい訊いてよ」
私は隣を歩く深い藍色の髪と瞳を持つ少年へと言った。
「お前、日に日に我が儘になってないか?」
「へへへ。いい子ちゃんしてた分が返ってきてるのかも」
その少年、グレンは呆れ返った表情を私に向ける。
今までの旅でこの表情を見るのももう慣れた。
彼も慣れてくれればいいのに。
「それよりも気をつけろよ? 魔法掛けてても万全じゃ無いんだからな?」
「分かってるってー」
確認する様に言う彼に何となく応じる。
私達の視線の先、二百メートル程離れた所に五人の集団が居た。
無論、預咲君達だ。
相変わらずこそこそと後をついて行ってる私達だが、今回とてそれを諦めた訳では無い。
錯乱の魔法。
精神妨害系の一種で、対象を中心として生きとし生きる物から存在を気付かれにくくする魔法である。
彼のこの魔法により身を隠す場所の無い道でもこうして闊歩する事ができていた。
道中魔物と会敵した時も随分とこれに助けられたものだ。
「にしても随分長い間発動してるね」
「なんか知んねーけど、魔力量だけはあるみたいなんだよなー。計った事ねーけど」
私の言葉にグレンは何となく応じる。
私の発言通り、この魔法は預咲君達が村を立つ雰囲気を察してからずっと発動されていた。
少しの間ではあるが彼らと行動圏が被っていたのだ。
私達は預咲君達より三日遅れで移動する様にしてたのだが、思ったより彼らが最後の村に滞在した様で追い付いた時は焦った物だ。
ちなみに錯乱の魔法と言えど受けた人や周囲が錯乱する訳ではない。
この魔法は対象からの気を逸らす事ができるのだ。
正確には視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、磁覚を魔法が掛かった対象を中心として鈍らせる事ができるのである。
あくまで気付かれにくくする魔法なので、真昼間の目の前に踊り出よう物ならもちろん分かるだろうが。
「それよかあいつらに効果があるのか分からんがな。特にアズサやリリス辺りは」
「どうだろうね〜。あの子、精神妨害系の魔法に耐性あると思うし」
「まぁ、あの様子じゃそうなんだろうな」
私達は目下に彼らを見据えてそんな会話をする。
彼らを追いかけている以上、彼らが何故魔王領に用事があるかも当然分かっている。
そうなると預咲君らに対してこの魔法の恩恵に預かれるかは疑わしい。
幸い彼らは振り返らずに進みづけてるので何とも無いが。
「にしても、長かった山脈の旅も終わりかぁ。大変だったけど、新鮮で良かったなぁ。茅葺き屋根とか初めてみたし」
私は気の緩みから間伸びして言った。
最後の村に関しちゃちょっとした観光気分だった。
土着信仰と言い独特の文化が根付いている様であった。
流石は我ら神々が不干渉の地である。
「うぅ、寒い。これが無かったら乗り越えられなかったよー」
私は肩を抱くと背中に丸めて積んだ布を指して言う。
「行商人から買ったやつか。そういや、ランタンの町で作られる布地は仕立てが良い事で有名だな」
「へぇー、そうなんだ。特産品ってやつだ」
たかだか布だがこの旅の苦楽を共にし愛着も湧いているのだ。
「あの街も随分前に感じるな。野次馬性分としちゃ話題に事欠かない町だった。その布関連でも一つあるぞ」
「なになにー? うんちく?」
彼の言い草に私の好奇心が擽られる。
「何でも、その布一枚で成り上がった会社の所の一人息子と、商業地区の地主でありその町の貿易組合会長兼町長の娘が婚約してたらしいんだが、息子の方が女に引っかかって婚約が破綻、親類の関係上町全体がギスギスしてるって話だったか……。ま、過ぎ去る町だからそれ以上知らねぇが」
「縁起悪くしないでよ」
愛着を返せ。
神が縁起を気にするなんて可笑しな話ではあるが。
「って言うか、防寒具と言い大した装備も無いのに良く乗り越えられたね」
「真冬の馬小屋よりマシだぞ?」
基準が可笑しいって。
守銭奴な彼は山脈を行くには余りに軽装だったのだ。
今は余計な物を村に置いて益々身軽になっている。
「にしても一体君ってば何で稼いでるのさ。情報屋だけじゃ食ってけないでしょ? 信用が大事なんだから移動しながら何て稼げやしないでしょ?」
何かしてる様子も無いのに、偶に振って沸いた様に小金が入るのも彼の謎だ。
「情報さえあればやりようはあんのさ。今回は長期移動と言うのも利用した。その結果選んだ金稼ぎの一つは交易だ」
と、私の問いに彼は語り出す。
「物価は勿論、道中の町の特産品、各町の交易路と状況、市場に回った珍しい商品やそれを欲しがる人々の声にも聞き耳を立てておく。そうして利があると感じた商品を買い揃え別の町で売る。身体使う暇ねーんだ。頭使わねーとな」
「それ交易って言うか転売じゃない?」
「大差ない」
肩を竦めるグレン。
彼はいっそ商人にでもなればいいと思う。
「一番美味しかったのは『解魔の霊薬』を転売した時だな。相場より随分と高値で買いたいと言う人が居たからすぐに売ったよ」
「えっ。準二級以上の霊薬の個人取引は御法度じゃなかった? 税金がどうとかで」
「おおっと。俺はあくまで箱を売ったんだぜ? その中にたまたま偶然、解魔の霊薬が入ってただけだ」
「こいつ……」
私は彼を半目で見つめる。
解魔の霊薬。
精神妨害系の魔法を解除する霊薬の中でも上等な物であった。
「法の抜け道ってやつだよ。最も、お貴族様用に態とかもしれんがな」
そう彼は肩を竦めて飄々と言って退けるのだった。
「にしても、いつの間にそんな事」
「ロビアの方で出回ったのを買っといたのさ。そっから情報を流して高値で買ってくれる奴を一時待った。ま、アズサ達と行動圏が被ってたから、受け渡し自体は組合で荷物運びの依頼として出したがな。お前が気づかないのも無理はない」
いろいろと動いてたみたいだが、やはりやり方は賛同できかねる。
「安心しな。しっかりと誰かが届けてくれたぜ?」
と、私の視線をどう勘違いしたかそう補足するグレン。
こいつは……
つい最近ロビアの方の事件で、組合での運送関連の依頼に関する法律が見直されてるって言うのに。
犯罪の片棒を担がされたその誰かが不憫でならない。
預咲君らと行動できないのは残念だが、このクズ野郎を遠ざけられてるのは案外良いのかもしれない。
預咲君が居たらきっと彼にこの役をやらせていたに違いない。
預咲君はそのまま清廉潔白で居てくれ〜! と私は彼の背中に念を送るのだった。
(あ、ついでに言うと私以外の女に引っかからないでね〜!)
〇
「へっくしゅ!」
寒さと言うか、悪寒と言うか、何かねっとりした物を感じて僕はくしゃみする。
梺に向かって禿げた山道を僕らは降っていた。岩と石ころと砂利以外何も無い道を進む。
到頭山脈の旅も終わりである。
僕は後ろの方で皆んなの姿を眺めながら少し感慨深くなっていた。
「マリン? もう僕らだけなんだし、マスクは外さないの?」
と、僕は最後列でとぼとぼと歩くマリンを見て言った。
村を立ってから随分経っているが、未だマリンはマスク姿だった。
「そっちの方が落ち着く? まあ、似合ってるし良いと思うよ」
僕の言葉を聞いてマリンは困った様に笑う。
そんな僕らを振り返って見ていたらしいリシアの方をマリンが見返す。
と、それにすぐ目を逸らして泳がせるマリン。
そして軽く駆けてリシアを過ぎると、前の方に居たリリスの隣へと落ち着いた。
まさか……
チラチラと数度こちらを見返すマリンを見て、僕はある可能性が過ぎった。
僕はリシアへこいこいと手で招いて後ろへと来させる。
今のリシアは銃剣の付いた猟銃を担ぎ、髪は束ねてポニーテールにしていた。
「あの〜、リシア。君の祝福についてなんだけどさ」
僕は躊躇いつつもリシアへ問う。
「その祝福って、同性にも効果があるの?」
「当たり前じゃないの。祝福に性別も関係ないわ」
「じゃ、じゃあさ。例えば女の子から、本気で好きになられたりとかも、する?」
「まあ、そうね。今まで何度かあったわ。気まぐれで関係を持ったのは二、三人程度だけど」
その返答を聞いて、マリンの方を見つつ。
「あれってさ……」
そう先を察する様呟いた。
「私、やっちゃった?」
それだけで僕の言わんとしてる事は伝わったらしく、リシアは僕の方を見る。
「何か言ってた? 私の事を気にする様な事。何か訊かれたりした?」
「いや、別に」
「そう」
と、ほっとした様子のリシア。
「まぁ、こうなったら仕方ないわね。今のところはこの関係を崩すつもりはないわ。一先ずの目標は魔王の元に行く事なんだし」
「正直、助かるよ」
公私混同じゃないが、ちゃんと分け隔てて考えてくれるリシア。
「だけど」
「はいはい。無理はしないわよ。ま、私からどうこうってのは無いわね。女の子相手は好みじゃないし」
そう飄々と言うリシア。
余り気にしていない様子のリシアと歩きつつ、僕は目の前を歩くマリンを見据える。
一体いつからなのだろう?
僕にはリシアの祝福の効果を感じないから気付かないだけで、本当は初対面の時から気になってたのだろうか?
まあ、これ以上は無粋か。
祝福云々の話も絡んでるとは言え、人の恋路を無闇に詮索したくはないな。
「い、いや待った。それで言えば」
僕はまたもある可能性が過ぎる。
それも前もこんな事があった様な既視感。
「く、クレナはどうなのさ」
「ああ」
つまりはそう言う事だった。
僕の言った可能性にリシアは納得した様に零す。
「あれは、大丈夫よ……。とにかく、大丈夫なの」
それに言って聞かせる様に答えたリシア。
その視線の先は先頭を行くクレナに向けられていた。
「本当に偶にだけど居るのよね。祝福が効かない人って。その類じゃないかしら。残念な事この上ないわ」
そう言って軽く肩を竦めるリシア。
確かに平気そうだし、リシアが言うならそうなのだろう。
僕はその姿を一時眺め。
「何だか、リシアもちょっと変わったね。前はもっとツンツンしてたって言うか」
「え? そ、そう、かしら? 褒めてるのよね? えへへ」
その言葉にリシアは頬を緩ませた。
「あなたも、案外頼り甲斐のある時あるじゃない。最初はとんだヒモ野郎かと思ったけど。……あれ? 今もか」
「う、ぐっ」
心を抉るそれに唸る。
「あ、あれでやれる事はやってたんだよ? リシアと出逢った日も、共同とは言え荷物を届ける依頼くらいはやったし」
「荷物を……? 私と出逢った日って事は、マカロンの町でって事よね?」
「え? まぁ、確かそんな名前の街だっけ」
と、リシアは妙な所が気になった様で僕もそれに答えた。
「ふふっ。そう。ちゃんと届けたの?」
「もちろん」
その返事にリシアはまた別種の微笑みを湛え、満足気な表情をしていた。
その後も道を進み続け、先に広がる森が近づいてきた。
纏まり無く歩く中、僕の近くを歩いていたリリスがほんの小さく、何かに反応する様に体を動かした。
「ん。どうかしたの? リリス」
それなりに長い事一緒に居る僕だからこそ気付けたろうそれだった。
「魔力が……全回復しました」
「おおー、よかったじゃん」
余韻を感じる様に軽く顔を仰いで告げたリリス。
ルンバスでの件から約三ヶ月。結構時間掛かった気もするけど、こんなもんなのかな?
「やはり、あの時よりも総量が増えてますね」
「あの時って、ルンバスの時?」
「ええ」
と、リリスは思慮深気に顔を作ると。
「それにしても、時間が掛かった気もしますが」
そう解せない様に呟いていた。
そこら辺はさっぱりだからなぁ。
まぁ、何はともあれこれでリリスも万全な状態になった訳だ。
そして向かうは危険地帯レベル1である『嘆きの森』。その先の魔族の暮らす街。果ては魔王の元。
四百年前の戦時、戦後の経済の停滞が約百年続いたと言われる氷の時代。
氷の魔王を筆頭としたその戦争は人類勢が勝利を納め、残党勢力はばらばらにされた。
その一角である紅の魔王。
この大陸北部の小さな領土を納める王である。
リシア談によると戦後にこの大陸に移り住んだ様なので、氷の魔王を筆頭とする戦争は別の大陸で起きたと言う事だろう。
氷の時代と呼ばれるそれはこの世界では常識だ。
お伽噺にすらなっている。
魔王を倒さんとする少女が旅をし、強力な武器や仲間と出逢い、魔王を討つ。
そんなありふれたお伽噺には続きがある。
氷の魔王がその後生死も分からず、行方不明なのは有名な話だが、それは勇者も同じである。
魔王を少なくともあと一歩の所まで追い詰めたとされる勇者の少女。数々の記録や伝承から存在自体は確実とされ、強力な『聖杯の祝福』を受けていたとされる少女。
彼女もまた、謎多き人物だった。
(紅の魔王さんに会ったら、もしかしたらそこら辺の話も聞けるかな?)
そんな楽観的な事を考えていると、到頭僕らは森の前に立った。
濃い緑と太い幹が連なる怪しげな森。
陽の光が届きにくいのかどんよりと暗い。
木々が避ける様に道ができて僕らを誘う。
僕は生唾飲む。
たかだか森なのに雰囲気がある。
「到頭来たな」
と、先頭を歩いていたクレナが振り返る。
僕らは顔を見合わせた。
各角頷き合う。
今更余計な言葉は要らない。
「行こう」
端的に宣言し、僕らは魔王領へと踏み入った。
〇
とある街の留置所から、その黒髪の大男は暗い足取りで出てきた。
たった一日の留置で済んだのは偏に犯罪歴が無い事と、彼の信頼に値する社会的地位にあった。
その大男は目の前の空を仰ぎ眩しさに目を窄めた。
だがその眩しさは偏に日光による物だけではなかったかも知れない。
「おはよう」
そう彼の目の前に立つ若い女性。
大柄な男と比べると影に飲まれそうな程背が低く、赤毛がかった髪を後ろで三つ編みにした女性だった。
そして警戒心の無い微笑みを湛える。
「何しに、ここに……」
「迎えに来た」
抑揚無く呟く大男に端的に返す女性。
「俺は、裏切ったのに」
「ううん。信じてたから」
大男の言葉に女性は首を横に振った。
「あの人も、悪気は無いの分かってたし」
そう言って女性は今までの事を内心で思う──
ある日、私の婚約者であるケインをあの女に取られ、直接文句を言いに行った。
寵愛の祝福を持った女性が居るのは町内では有名であった。
そしてその人と対峙した時、それを理解した。
溶けゆく怒りと嫉妬。この感情をそのままにする為に会うのはそれだけにした。
ケインが置かれてる状況も何となく理解した。
そして困っているのはあの女も同じである事は分かったから、それ以上何か言うのはやめた。
ケインもそうである。自分の感情が祝福による物と知りながらもう自分ではどうする事もできない所まで来ていた様である。
「これ、必要無かったみたいだね」
私は言いながら一つの小瓶を掲げる。
それには濃い紫の液体が入っていた。
とある日に、私の元へと送られてきた物。
『解魔の霊薬』
これを自身とケインに使ってやれとの事だろう。
自分で使わない辺りやっぱりあの女は小心者だ。
「これだけの事をした……許されない」
ケインは項垂れて言う。
「大丈夫だよ。皆んな分かってくれるよ」
それに私は優しく諭した。
「最悪、駆け落ちでもしよう?」
そして手を差し伸べた──。
その後、その男女がどうなったかは不明である。




